この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護)

武蔵野銀行

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
株式会社武蔵野銀行
The Musashino Bank, Ltd.
Japanese Musashino Bank head office.jpg
本店
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8336
略称 武銀、むさしの
本社所在地 埼玉県さいたま市大宮区桜木町一丁目10番地8
設立 1952年(昭和27年)3月6日
業種 銀行業
金融機関コード 0133
SWIFTコード MUBKJPJT
事業内容 預金業務、貸出業務、有価証券売買業務・投資業務、為替業務など
代表者 代表取締役頭取 加藤喜久雄
資本金 457億43百万円
(2015年3月31日現在)
発行済株式総数 3,380万5,000株
(2015年3月31日現在)
純利益 単体:107億98百万円
連結:144億67百万円
(2015年3月期)
純資産 単体:2,219億10百万円
連結:2,293億77百万円
(2015年3月31日現在)
総資産 単体:4兆2,379億8百万円
連結:4兆2,570億62百万円
(2015年3月31日現在)
従業員数 単体:2,242名
連結:2,353名
(2015年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 7.22%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口4) 3.62%
三菱東京UFJ銀行 3.60%
武蔵野銀行従業員持株会 2.30%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 2.26%
(2015年3月31日現在)
主要子会社 #関係会社参照
外部リンク 武蔵野銀行
テンプレートを表示
武蔵野銀行のデータ
店舗数 96
(本支店・出張所)
貸出金残高 3兆2,232億33百万円
預金残高 3兆8,362億25百万円
特記事項:
(2015年3月31日現在)
テンプレートを表示

株式会社武蔵野銀行(むさしのぎんこう、The Musashino Bank, Ltd.)は、埼玉県さいたま市大宮区に本店を置く地方銀行で、いわゆる戦後地銀である。

概要

内閣書記官長貴族院議員を務めた遠藤柳作がデフレ下における資金難の救済を称えて、青木正上原正吉横川重次貫井清憲馬場元治など埼玉県内外の政治家に呼びかけて発起[1]。旧野村合名出身の熊田克郎を経営陣に迎え、1952年(昭和27年)4月に開業した。

設立にあたっては、県内におけるトップシェアを握っていた埼玉銀行が、反対したことなどから経営理念に潜在預金余力の開拓とそれによって集めた預金を中小企業中心への融資として運用を図ることなどを方針として盛り込み[1]、昭和40年代初頭までは、営業店の開設は20店舗台までに抑制した。その後1969年4月、埼玉銀が都市銀行へと転換したことや[2]、県南部が東京のベットタウンとして人口が急増した状況を踏まえ、県内の新工業都市や公団の団地・市街地・住宅地へと店舗網を広げていった[3]

武蔵野銀は保証協会付き融資を好む行風であるとされ、県内の自営業者を除く企業法人においては、単独のメインバンクを担うケースは稀であるとされる。また県内における大部分の自治体から武蔵野銀は指定代理金融機関を受託している中、秩父郡横瀬町からは指定金融機関を受託している。このほか茨城県猿島郡五霞町からも指定金融機関を受託している。大和銀行を親密先とし長らく筆頭株主であったが[4][5]、のちに株式は同行から三菱東京フィナンシャル・グループに売却された。

1991年4月、埼玉銀が協和銀行と対等合併してあさひ銀行が発足。本店を東京都に移転したことから2003年まで唯一県内に本店を置く銀行となった。2003年3月、あさひ銀行から埼玉りそな銀行が分離され、再び地元に大規模な銀行が誕生した。これによって武蔵野銀は「県民の銀行」をキャッチコピーとして、地元銀行であることを強くアピールするようになった。

2003年には埼玉りそな銀行と統合し、「県民銀行」を発足させる構想が浮上したが宙に浮いている。2010年代には地銀再編の潮流の中で三菱東京UFJ銀行主導の統合推進が現実味を帯びており、群馬銀行などとの統合も構想されているが、実現には至っていない。また、埼玉りそな銀行とは店舗網が重複しており、東京都内での出店を強化している。

2015年3月25日、千葉銀行と包括的な提携である「千葉・武蔵野アライアンス契約」を締結した。これによって両行とも3%を上限とする株式を持ち合うほか、グループ会社の相互活用やITシステムの共同開発を進めるとしている。なお両行とも経営統合や合併は考えていないと説明している[6][7]

コーポレートアイデンティティ

2005年(平成17年)に、20年以上使用されてきたロゴタイプ(和文の『武蔵野銀行』)と緑色のコーポレートカラーをワインレッドへと一新。従来からの行章(△形)を発展させたシンボルマークを新たに導入した。これに伴い、『ぶぎん』の名称とロゴはパンフレットなどではあまり用いられなくなった[† 1]。 また最近では、埼玉県内の地域別にキャッチフレーズをつけている。

沿革

ATM提携について

関係会社

連結子会社

ギャラリー

脚注

注釈

  1. ^ かつては「ビギン・ザ・ブギン」というキャッチフレーズを使っていたこともある。

出典

  1. ^ a b 『日本地方金融史』P 117
  2. ^ 『日本地方金融史』P 118
  3. ^ 『日本地方金融史』P 119
  4. ^ あさひ銀と大和銀の経営統合、中小金融機関に大きな影響も ロイター(2001年9月7日)
  5. ^ 『エコノミスト』P 23
  6. ^ “千葉銀・武蔵野銀、包括提携を締結 「統合考えず」”. 日本経済新聞. (2016年3月25日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFB25H93_V20C16A3000000/ 2016年3月30日閲覧。 
  7. ^ “千葉銀と武蔵野銀が「生煮え連携」を組む本音 「効果があるのか?」銀行業界で疑問が噴出”. 東洋経済オンライン. (2016年3月29日). http://toyokeizai.net/articles/-/111375 2016年3月30日閲覧。 
  8. ^ a b c d e f g 「沿革」『株式会社武蔵野銀行 S1005534:有価証券報告書 ‐ 第92期』
  9. ^ “「じゅうだん会共同版システム」 武蔵野銀行、琉球銀行で稼働開始” (プレスリリース), じゅうだん会行 日本アイ・ビー・エム株式会社, (2006年1月4日), http://www-06.ibm.com/jp/press/20060104001.html 2015年10月9日閲覧。 
  10. ^ 「久米川支店」オープンします! (PDF)”. 武蔵野銀行 (2014年4月10日). 2014年4月22日閲覧。
  11. ^ 「板橋支店」の開設について”. 武蔵野銀行 (2015年7月6日). 2015年10月9日閲覧。

参考文献

  • 『エコノミスト』 2000年3月28日号
  • 日経金融新聞編 地方金融史研究会著『日本地方金融史』日本経済新聞社、2003年。ISBN 4532350514

関連項目

外部リンク

座標: 北緯35度54分17秒 東経139度37分6.6秒