広島銀行
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仮本店 (2018年2月) | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | |
| 略称 | ひろぎん |
| 本社所在地 |
〒730-0031 広島県広島市中区紙屋町一丁目3番8号 仮本店(本店業務場所):〒732-0804 広島県広島市南区西蟹屋一丁目1番7号 |
| 設立 |
1945年(昭和20年)5月1日 創業 1878年(明治11年)11月 |
| 業種 | 銀行業 |
| 法人番号 | 5240001012809 |
| 金融機関コード | 0169 |
| SWIFTコード | HIROJPJT |
| 事業内容 | 預金業務、貸出業務、有価証券売買業務・投資業務、為替業務など |
| 代表者 |
代表取締役会長 角廣 勲 代表取締役頭取 池田晃治 |
| 資本金 |
545億73百万円 (2016年3月31日現在) |
| 発行済株式総数 |
6億2,526万6千株 (2016年3月31日現在) |
| 純利益 |
単体:300億2百万円 連結:313億55百万円 (2016年3月31日現在) |
| 純資産 |
単体:4,345億77百万円 連結:4,479億19百万円 (2016年3月31日現在) |
| 総資産 |
単体:8兆1,852億78百万円 連結:8兆1,852億78百万円 (2016年3月31日現在) |
| 従業員数 |
単体:3,163人 連結:3,259人 (2016年3月31日現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 |
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 4.30% 明治安田生命保険 3.04 損害保険ジャパン日本興亜 2.66%% シーピー化成 2.38% 三菱東京UFJ銀行 2.09% 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 2.03% 日本生命保険 1.93 住友生命保険 1.93% 中国電力 1.92% みずほ銀行 1.83%% (2016年3月31日現在) |
| 主要子会社 |
ひろぎんビジネスサポート株式会社 ひろぎんモーゲージサービス株式会社 しまなみ債権回収株式会社 ひろぎんウェルスマネジメント株式会社 ひろぎん保証株式会社 ひろぎんカードサービス株式会社 |
| 関係する人物 | 橋口収(元頭取) |
| 外部リンク | https://www.hirogin.co.jp/ |
| 広島銀行のデータ | |
|---|---|
| 法人番号 | 5240001012809 |
| 店舗数 |
国内本支店151店 出張所16 海外駐在員事務所3 |
| 貸出金残高 | 5兆2,672億28百万円 |
| 預金残高 | 6兆7,975億73百万円 |
| 特記事項: (2016年3月31日現在) | |
株式会社広島銀行(ひろしまぎんこう、Hiroshima Bank, Ltd.)は、広島県広島市中区に本店を置く地方銀行。通称「ひろぎん」。
目次
概要
広島県と広島市の指定金融機関である。
広島県全域(広島市内56ヶ店)をはじめ、岡山県、愛媛県、山口県にも多くの店舗を展開。また、福岡県、兵庫県に2店舗を持つほか、松江市、大阪市、名古屋市、東京都に店舗を有する。
現在の本店ビル(地上9階・地下2階、延床面積約2万9,000平方メートル)は1965年竣工で、耐震化されているものの老朽化が進んでいることから、改築計画が進められている。新本店ビル(地上19階・地下1階、延床面積約4万3,500平方メートル)は高さ約94mの高層ビルとなり、免震構造が採用されるほか、建物の四隅に自然換気を促すエコボイドが設置される。2018年4月から本店ビルの解体を開始、新本店ビルは2021年1月に竣工する予定で、本店は工事の期間中、2016年に取得した旧・ひろしまMALLに仮移転する予定である[1]。
2005年(平成17年)4月に女性職員の制服を一度は廃止したが、2007年(平成19年)7月に復活している[2]。
沿革
源流
当行の設立は、1945年(昭和20年)5月、広島県下の5行が統合した新立の「藝備銀行」(当行の旧称)の発足に遡るが、その前史として1920年(大正9年)6月に発足した(旧)藝備銀行の時代がある。さらにその源流は1897年(明治30年)に設立された第六十六銀行・(旧)廣島銀行、およびこの2行それぞれの前身たる第六十六国立銀行(1878年・尾道市)・第百四十六国立銀行(1879年・広島市)の2つの国立銀行の発足まで遡ることとなる。広島銀行(廣島銀行)が1979年に刊行した社史は『創業百年史』と題されており、第六十六国立銀行の設立をもって当行の創業としている。
(旧)藝備銀行時代
大正期の戦後恐慌を背景に、第六十六銀行・(旧)廣島銀行を含む県下7行が合同して発足した(旧)藝備銀行は、昭和初期の金融恐慌・世界恐慌を背景に、1925年~1934年に広島県および愛媛県の中小12の地方銀行を合併・買収して営業圏を拡大し、今日の広島銀行の基礎を築いた。一方、備南地域の銀行は1930年発足の備南銀行のもとで統合されるか、同年岡山市に発足した中国銀行に統合されるかいずれかの道を取ったため、この地域は現在、(備南銀行の後身となった)広島銀行と中国銀行が入り組む営業圏となっている[3]。
以上のような銀行の整理統合が進められた結果、1937年に「勧農合併」の動きのなかで広島県農工銀行が日本勧業銀行に統合されると、県下に本拠地をおく銀行は藝備銀行・呉銀行・備南銀行・三次銀行・広島合同貯蓄銀行の5行となった。この5行は戦時期に入ると「一県一行」政策のもと、大蔵省主導による合併構想の対象となった。第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)4月25日には、「(新)藝備銀行」の新立合併の認可が与えられ、4月27日の創立総会を経て5月1日に新立合併(発足)および新銀行の開業となった。以上のような歴史の結果、藝備銀行→広島銀行は、旧藝備銀行時代を含め直接統合されたものだけで合計24の前身銀行をもつことになった(これについては前身諸行を参照のこと)。
原爆被災と戦後の復興
発足間もない(新)藝備銀行にとって最初の試練となったのが1945年8月6日の原爆投下である。これによって市内中心部に所在する本店および塚本町支店・横町支店など8店舗が全焼し、被爆時の在籍職員432名の1/3におよぶ144名が死亡するなど大きな犠牲を払った。爆心地から260mの位置にあった紙屋町の本店は、外形は残ったものの爆風によって屋根を押し下げられるとともに、直後に発生した火災が10日になるまで収まらず内部は全焼し、勤務していた20名が犠牲となった。爆心地から480mの塚本町支店もわずかに玄関アーチと外壁の一部だけを残して壊滅し、この日をもって同支店は廃止された。爆心地から1.76㎞の京橋支店も外形は残ったもの内部が全焼したため店舗としては廃止された。また東警察署として接収されていた旧下柳町支店(現・銀山町支店)は爆心地から1.2㎞の距離にあって必死の消火作業で火災は食い止められたため、翌8月7日から臨時の県庁として使用された。
被爆2日後の8月8日、当行は橋本頭取以下25名が集まり、袋町の日本銀行広島支店に仮営業所を設けて営業を再開、無通帳のまま支払い業務を開始した。そして敗戦後の9月20日には本店での執務を再開し、10月9日には営業部も本店に復帰した。戦後、1949年4月に始まる復旧工事を経て初代本店は改修され、廣島銀行本店として1962年の改築まで使用された[4][5]。
「広島銀行」への改称
第二次世界大戦後の1950年8月6日、藝備銀行は被爆5周年を記念して広島の知名度を活かすべく「廣島銀行」と改称し、1965年には本店を新築した。さらに1988年に「広島銀行」に改称し現在に至っている。
年表
- 1878年(明治11年) - 現在の広島県尾道市において第六十六国立銀行創業[6]。
- 1879年(明治12年) - 広島市において第百四十六国立銀行創業。
- 1897年(明治30年) - 第六十六国立銀行が第六十六銀行、第百四十六国立銀行が廣島銀行(旧廣島銀行)と改称。
- 1920年(大正9年) - 第六十六銀行、(旧)廣島銀行ほか5行が統合し、藝備銀行(旧藝備銀行)設立(本店広島市)[6]。
- 1927年(昭和2年) - 市内紙屋町に本店(初代本店)を新築・移転。
- 1945年(昭和20年)5月
- 1949年(昭和24年)4月 - 仮営業所を建て、本店の改修工事を開始。
- 1950年(昭和25年)8月 - 廣島銀行に行名変更[6]。
- 1961年(昭和36年)12月 - 広島証券取引所に上場。
- 1962年(昭和37年)11月 - 本店新築工事により初代本店の解体。帝国銀行広島支店(後の広島アンデルセン)の建物を仮本店として使用。
- 1965年(昭和40年)2月 - 現(2代目)本店が竣工。
- 1970年(昭和45年)4月 - 東京証券取引所・大阪証券取引所市場第二部に上場[6]。
- 1971年(昭和46年)2月 - 東京・大阪両証券取引所市場第一部に上場[6]。
- 1974年(昭和49年)6月 - 全店オンラインシステム完成。
- 1979年(昭和54年)5月 - 第2次総合オンラインシステム稼動。
- 1987年(昭和62年)4月 - ディーシーカードと共同で「ひろぎんディーシーカード」(後のひろぎんカードサービス)を設立。
- 1988年(昭和63年)7月 - 広島銀行に商号変更(「廣」の字を新字体に改める)。同時にロゴマークも、アルファベットの「H」をモチーフとした、現在のものになった。
- 1991年(平成3年)9月 - 第3次総合オンラインシステム稼動。
- 2003年(平成15年)
- 2005年(平成17年)6月 - ディーシーカードとフランチャイズ契約を結び銀行本体によるクレジットカード業務開始。
- 2008年(平成20年)1月1日 - 広島を地盤とする証券会社のウツミ屋証券と合弁で、ウツミ屋証券のリテール部門を引き継ぐ証券会社「ひろぎんウツミ屋証券」を設立。
- 2013年(平成25年)3月11日 - インターネット支店のひろぎんネット支店を開設。
- 2014年(平成26年)1月28日 - 千葉銀行など大手地銀9行と地域再生・活性化ネットワークに関する協定書を締結[9]。
- 2017年(平成29年)
- 2018年(平成30年)
- 2月13日 - 本店窓口を仮本店に移転。
前身諸行
(旧)藝備銀行・(新)藝備銀行に直接統合(合併・買収)されたものに限定する。本店所在地(広島県以外のものについては県を示した)については統合時のものである。
(旧)藝備銀行(1920年~1945年)に統合されたもの
| 銀行名 | 本店所在地 | 設立年 | 統合年(経緯) | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 第六十六銀行 | 尾道市 | 1897年 | 1920年(新立合併) | 第六十六国立銀行(1878年設立)の後身。 |
| (旧)廣島銀行 | 広島市 (現・中区) |
1897年 | 1920年(新立合併) | 第百四十六国立銀行(1879年設立)の後身。 |
| 広島商業銀行 | 広島市 (現・中区) |
1896年 | 1920年(新立合併) | |
| 三次貯蓄銀行 | 双三郡三次町 (現・三次市) |
1896年 | 1920年(新立合併) | |
| 比婆銀行 | 比婆郡庄原町 (現・庄原市) |
1912年 | 1920年(新立合併) | |
| 角倉銀行 | 甲奴郡上下町 (現・府中市) |
1912年 | 1920年(新立合併) | |
| 双三貯蓄銀行 | 双三郡吉舎町 (現・三次市) |
1900年 | 1920年(新立合併) | |
| 中国商業銀行 | 1921年 | 1925年(合併) | ||
| 尾道諸品銀行部 | 尾道市 | 1898年 | 1925年(買収) | 尾道諸品(株)の金融部門。尾道諸品自体は存続しその後「尾道諸品倉庫(株)」と改称。 |
| 加計銀行 | 山県郡加計町 (現・安芸太田町) |
1899年 | 1926年(買収) | |
| 仁方銀行 | 賀茂郡仁方村 (現・呉市) |
1921年 | 1926年(買収) | |
| 多川銀行 | 1909年 | 1926年(買収) | ||
| 広第一銀行 | 賀茂郡広村 (現・呉市) |
1922年 | 1927年(買収) | |
| 呉第一銀行 | 呉市 | 1915年 | 1927年(買収) | |
| (旧)愛媛銀行 | 愛媛県 | 1922年 | 1928年(合併) | 現存の同名銀行とは別銀行。 |
| 西条銀行 | 愛媛県新居郡西条町 (現・西条市) |
1897年 | 1928年(合併) | 第百四十一国立銀行(1879年設立)の後身。 |
| 伊予三島銀行 | 愛媛県宇摩郡三島町 (現・四国中央市) |
1896年 | 1928年(合併) | |
| 可部銀行 | 安佐郡可部町 (現・広島市安佐北区) |
1921年 | 1928年(買収) | |
| 備後銀行 | 芦品郡府中町 (現・府中市) |
1899年 | 1934年(買収) |
(新)藝備銀行(1945年~)に統合されたもの
| 銀行名 | 本店所在地 | 設立年 | 統合年(経緯) | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| (旧)藝備銀行 | 広島市 (現・中区) |
1920年 | 1945年(新立合併) | 紙屋町の本店は(新)藝備銀行→広島銀行の本店に継承。 |
| 呉銀行 | 呉市 | 1927年 | 1945年(新立合併) | |
| 備南銀行 | 1930年 | 1945年(新立合併) | 尾道支店(旧・尾道銀行本店)は(新)藝備銀行→広島銀行の支店となり現・おのみち歴史博物館。 | |
| 三次銀行 | 双三郡三次町 (現・三次市) |
1921年 | 1945年(新立合併) | |
| 広島合同貯蓄銀行 | 広島市 (現・中区) |
1921年 | 1945年(新立合併) | 下柳町の本店は広島銀行銀山町支店に継承。 |
ATM提携
関連財団
ギャラリー
脚注
- ^ a b c d 新本店ビルの建設について - 広島銀行 2017年3月23日
- ^ 制服の復活について - 広島銀行ニュースリリース2007年7月2日
- ^ 有元正雄ほか『広島県の百年』山川出版社、1983年、pp.178-179。
- ^ 被爆建造物調査委員会 『ヒロシマの被爆建造物は語る』 広島平和祈念資料館、1996年、p.43、62-63、102、171。
- ^ 広島市『廣島銀行「創業百年史」編纂資料 仮目録』 (PDF) 「文書群概要」、ⅰ-ⅱ(2019年1月閲覧)。
- ^ a b c d e f “会社概要 > 沿革”. 広島銀行. 2012年4月25日閲覧。
- ^ (広島銀行の)歩み
- ^ “地銀初!広島銀行と福岡銀行の共同システムが無事稼働”. 日経コンピュータ. (2003年1月6日) 2014年5月26日閲覧。
- ^ “地銀9行が地域再生で連携 福岡銀など、域外融資も”. 日本経済新聞 (2014年1月28日). 2014年12月11日閲覧。
関連書籍
- 有元正雄ほか 『広島県の百年』 山川出版社、1983年 ISBN 4634273403 - 広銀設立に至る諸銀行の沿革について記述。
関連項目
- 広島銀行ブルーフレイムズ - 2003年シーズンで廃部。
- おのみち歴史博物館 - 旧尾道銀行本店→広銀尾道東支店。建物自体は広銀が所有。
- 広島銀行銀山町支店 - 旧建物は旧広島合同貯蓄銀行本店。
- 人影の石 - 広銀本店に隣接して立地する三井住友銀行広島支店についての記述がある。
- サンフレッチェ広島 - 株主およびユニフォーム(練習用)スポンサー。
外部リンク
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