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八戸市

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はちのへし ウィキデータを編集
八戸市
八戸市旗 八戸市章
八戸市旗 八戸市章
1931年8月27日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
市町村コード 02203-9
法人番号 2000020022039 ウィキデータを編集
面積 305.56km2
総人口 208,399[編集]
推計人口、2026年5月1日)
人口密度 682人/km2
隣接自治体 三戸郡階上町五戸町南部町上北郡おいらせ町
岩手県九戸郡軽米町
市の木 オンコ(イチイ
市の花
八戸市役所
市長 熊谷雄一
所在地 031-8686(八戸市庁
青森県八戸市内丸一丁目1番1号
北緯40度30分44秒 東経141度29分18秒 / 北緯40.51228度 東経141.48839度 / 40.51228; 141.48839座標: 北緯40度30分44秒 東経141度29分18秒 / 北緯40.51228度 東経141.48839度 / 40.51228; 141.48839
外部リンク 公式ウェブサイト

八戸市位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

ウィキプロジェクト

八戸市(はちのへし)は、青森県東部にある県庁所在地である青森市に次ぐ県内第二の人口を有しており、南部地方の中心都市である。中核市に指定されており、青森市や県内人口3位の弘前市とともに、青森県主要3市の一角を構成する。1929年(昭和4年)市制施行。

概要

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八戸都市圏は約33万人の人口を擁する。三戸郡を包含する八戸圏域連携中枢都市圏に位置する[1]南部地方(青森県東部)の中心都市であり、商圏青森県東部や岩手県北部を包摂する[2]2002年12月には東北新幹線八戸駅まで延伸されている。八戸港は工業港、フェリー港、漁港を兼ねている[3]

八戸藩が置かれた城下町でもある。伝統芸能であるえんぶり(朳)および八戸三社大祭騎馬打毬はいずれも国の重要無形民俗文化財に指定されている。伝統工芸品には八幡馬[4]八戸焼南部姫毬などが、郷土料理には南部煎餅八戸せんべい汁いちご煮など、駅弁は「八戸小唄寿司」、特産品には市川いちご糠塚きゅうりなどがある。お盆には「背中あて」を食べる慣習が根付いている[5]温泉銭湯も歴史的に多く存在する。

スケートアイスホッケーが盛んで、氷都八戸の異名を持つ[6][7][8]。実業団体やジュニアチーム、女子チーム、素人アイスホッケーを含め加盟登録数は60チームを数える。

B-1グランプリ発祥の地でもある。

「八戸」の名称は、岩手県北・青森県南西部一帯に古くから存在している数に「戸」のつく地名がもととなっている。「戸」自体の由来は牧場の番号や駐屯地の番号など諸説ある。詳細は糠部郡参照。

なお、三八地域県民局が設置されていたが、各地域県民局は2025年令和7年)3月31日で廃止された(本庁所管部ごとに各圏域に個別に各事務所〈地域連携事務所や県税事務所、環境管理事務所など〉を設置している)[9]

地理

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八戸市中心部周辺の空中写真。2013年4月16日撮影の145枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

歴史

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古代

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縄文時代是川遺跡風張遺跡がある。風張遺跡からは縄文時代後期の[注釈 1]が出土している。風張から出土した合掌土偶国宝となっている[11]ほか、是川からも数々の工芸品が出土している。

中世

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1191年建久2年)、甲斐国南部氏北東北一帯を源頼朝から賜ったとされている。南部氏が実際に北東北に移ってきたのは南北朝時代である。1334年建武元年)、南部師行根城を築き、根城南部氏(遠野南部氏)の祖となった。また、市内には築城年不明の櫛引城もあり、古くから櫛引八幡宮の神事に深く関与していた櫛引南部氏が居城としていた。

16世紀後半、櫛引南部氏と根城南部氏が互いの城に攻め入るなど、領内では南部氏一族同士の内紛が相次いでいた。同じ頃、南部氏の一族である南部右京亮こと大浦為信(津軽為信[12]九戸南部氏らと手を組んで津軽地方を統一していく中、盛岡藩藩祖南部信直は出兵して為信に対抗しようとしたが、信直と対立する櫛引南部氏、七戸南部氏、九戸南部氏らの反対によりなされなかった。その後も、櫛引南部氏らは浅水城や苫米地城に攻め入るなど、南部信直勢力への抵抗を続けたが、豊臣軍により鎮められた[注釈 2]

根城南部氏は1627年寛永4年)、三戸南部氏(後の盛岡南部氏)の命により遠野に居城を移した。

近世

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転機となったのは江戸時代前期の1664年寛文4年)である。盛岡藩2代藩主・南部重直が世継ぎを決めずに亡くなったため、盛岡藩は御家断絶の危機を迎えた。江戸幕府盛岡藩10万石を八戸2万石と盛岡8万石に分け、八戸南部氏の祖となる南部直房により八戸城が築かれた。これが八戸藩の始まりである。八戸藩の領地と現在の八戸市の領域にはかなり違いがあり、現在の岩手県久慈市までが八戸藩だった。

この際、八戸藩に逆恨みをした盛岡藩により、八戸藩初代藩主直房と八戸藩2代藩主直政が暗殺される事件が起き、当時幕府が実際に調査を行なった[13]。その後、盛岡藩より通信を3代八戸藩主に迎えたが、以後、盛岡藩と新たな姻戚関係が結ばれることは無かった。八戸藩は支藩ではなく独立した藩であったこと、藩主暗殺事件の因縁や姻戚関係が疎遠であったことも関係し、八戸藩には盛岡藩を「本家」と見る雰囲気は希薄であったとされる。

戊辰戦争の際、八戸藩は弘前藩や盛岡藩と同じく、幕府側の奥羽列藩同盟に属すこととなる。途中で弘前藩は新政府側の官軍に寝返ったが、八戸藩は、当時の9代藩主南部信順が新政府側の薩摩藩出身だったこともあって当初より新政府寄りとされ、盛岡藩や仙台藩から仮想敵として見なされていた。そのため八戸藩は、列藩同盟に参加は続けながらも、弘前藩よりも先に官軍に寝返っていた久保田藩と水面下で連携するなど、新政府側の姿勢も見せ難局を上手く切り抜ける。八戸藩は「盛岡藩には引きずられない」という意識から、不戦に徹したとされる。弘前藩と盛岡藩が戦った野辺地戦争においても、盛岡藩から強制されたため消極的に参加したが、一人の死傷者も出さなかった[14]。戊辰戦争後、列藩同盟に積極的でなかったとされ、八戸藩は弘前藩と同様に朝敵扱いをされず、朝敵の盛岡藩になされたような減封転封等の処罰は行われなかった。

八戸城は寛永4年 (1627年)に築城され、現在の三八城公園にあった(したがって八戸公園は城跡ではない)。城下町には三日町、十三日町など市の立つ日を名前とした街が並んでおり、現在も八戸市中心市街地となっている。

近代

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明治4年(1871年)、八戸藩は八戸県を経て、弘前県[注釈 3]など5県と合併し青森県となる。この合併を画策したのは、元八戸藩士で八戸県大参事の太田広城と、元会津藩士で斗南県小参事の広沢安任である。両人は8月13日、5県合併案を政府に建言し、内務卿大久保利通をはじめ明治政府高官による事情聴取の結果、9月4日に館県も含めた6県の合併令達に至っている。

1870年(明治2年)、天候不順が続き凶作。五穀の収穫は皆無となった[15]

1915年大正4年)、鮫浦港修築工事が開始され、1929年昭和4年)に商港に指定された。

1924年(大正13年)5月16日、大火があり1223戸が焼失[16]

1935年(昭和10年)6月8日、鮫町天女ヶ窪にあった飛行場で皇国飛行協会八戸支部主催の八戸防空飛行大会が開催。離陸中の飛行機(サムルソン乙型偵察機)が誤って観客者の中へ突っ込み死者3人、重傷1人を出す事故が起きた[17]

現代

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八戸市には馬淵川新井田川という比較的大きな河川が流れている。特に馬淵川は蛇行が激しく流量も多いため、水害の多い河川だった。特に河口部分で馬淵川が大きく曲がって新井田川と合流するような形で太平洋に注ぎ込んでいた。1937年(昭和12年)、馬淵川の改修工事(河口付近の直線化)が難航し、戦争のために中断された。1949年(昭和24年)に工事が軌道に乗り、新産業都市に指定された1961年(昭和36年)に完成した。これにより水害が減り、臨海地域を工業地帯として利用可能となった。

1947年(昭和22)8月10日、昭和天皇が館村役場、八戸魚市場、市内の工場、牧場、小学校などに行幸(昭和天皇の戦後巡幸[18][19]。また昭和天皇は、1977年(昭和52年)10月3日第32回国民体育大会開催に合わせ市内を再訪。八戸市公民館、八戸市体育館などにも行幸した[20]

1961年(昭和36年)5月28日、台風4号接近に伴いフェーン現象が発生。翌5月29日、白銀町で放火により火災が発生。フェーン現象の強風により火災が延焼し、死亡2名・負傷者16名、建物全壊2棟、半壊及び破損10,665棟、被害額3,326,020千円の被害が発生した[21]白銀大火)。後日、天皇・皇后から御救恤金が県に対して下賜された[22]

2011年平成23年)3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)に伴う津波により臨海部は大きな被害を受けたものの、岩手県以南よりは比較的被害が少なかった[23]

2020年(令和2年)、新型コロナウイルス感染症対策のための市内の小・中学校で臨時休校を実施[24]。祭事などのイベントも中止された[25]

沿革

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気候

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寒暖の差が大きく気温年較差日較差が大きい顕著な大陸性気候である。降雪が多く、豪雪地帯に指定されている。

平均気温は10.5℃である。平年値では猛暑日が0.7日、真夏日が14.6日、夏日が55.0日、真冬日が10.5日、冬日が106.7日となっている[27]。また、1月から2月にかけて日平均気温が氷点下となっている。

冬季は、-10℃付近の気温が数日程度観測される[28]

年平均降水量は1045.1mmである。また、年平均降雪量は134cmである。

年平均日照時間は1844.3時間である。

極値[29] 観測値 観測年月日
日最高気温 37.0℃ 1978年8月3日
日最低気温 -15.7℃ 1953年1月3日
八戸特別地域気象観測所(八戸市湊町字館鼻、標高27.1m)の気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
最高気温記録 °C°F 15.0
(59)
19.0
(66.2)
23.5
(74.3)
29.7
(85.5)
34.3
(93.7)
34.5
(94.1)
36.5
(97.7)
37.0
(98.6)
35.4
(95.7)
30.4
(86.7)
24.9
(76.8)
19.7
(67.5)
37.0
(98.6)
平均最高気温 °C°F 2.8
(37)
3.6
(38.5)
7.6
(45.7)
13.8
(56.8)
18.7
(65.7)
21.1
(70)
24.9
(76.8)
26.5
(79.7)
23.6
(74.5)
18.2
(64.8)
11.9
(53.4)
5.4
(41.7)
14.9
(58.8)
日平均気温 °C°F −0.7
(30.7)
−0.2
(31.6)
3.1
(37.6)
8.6
(47.5)
13.5
(56.3)
16.7
(62.1)
20.7
(69.3)
22.6
(72.7)
19.4
(66.9)
13.5
(56.3)
7.3
(45.1)
1.7
(35.1)
10.5
(50.9)
平均最低気温 °C°F −3.9
(25)
−3.7
(25.3)
−0.9
(30.4)
4.0
(39.2)
9.2
(48.6)
13.3
(55.9)
17.7
(63.9)
19.5
(67.1)
15.7
(60.3)
9.0
(48.2)
3.0
(37.4)
−1.6
(29.1)
6.8
(44.2)
最低気温記録 °C°F −15.7
(3.7)
−15.5
(4.1)
−12.3
(9.9)
−5.5
(22.1)
−2.6
(27.3)
0.4
(32.7)
5.0
(41)
9.4
(48.9)
4.8
(40.6)
−2.6
(27.3)
−6.3
(20.7)
−13.4
(7.9)
−15.7
(3.7)
降水量 mm (inch) 43.6
(1.717)
40.4
(1.591)
56.6
(2.228)
63.4
(2.496)
88.1
(3.469)
103.7
(4.083)
136.9
(5.39)
141.8
(5.583)
156.3
(6.154)
110.1
(4.335)
55.5
(2.185)
48.9
(1.925)
1,045.1
(41.146)
降雪量 cm (inch) 40
(15.7)
42
(16.5)
29
(11.4)
2
(0.8)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
2
(0.8)
22
(8.7)
134
(52.8)
平均降水日数 (≥0.5 mm) 8.8 8.3 9.3 9.7 11.2 10.1 12.1 11.9 11.4 10.1 9.8 8.4 121.1
平均降雪日数 (≥1cm) 10.4 9.9 5.9 0.5 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.7 6.1 33.3
% 湿度 71 70 66 65 72 81 84 82 80 75 71 71 74
平均月間日照時間 126.1 130.9 166.2 186.9 198.5 168.2 149.7 159.5 148.2 155.7 130.3 124.1 1,844.3
出典:気象庁 (平均値:1991年 - 2020年、極値:1936年 - 現在)[30][31]

産業

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1989年平成元年)に「はちのへ共通商品券」が発行されている。朝市は、市民の買い物・飲食と観光客誘致の両方に貢献している[32]

工業

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青森県指定伝統工芸品

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八戸市内でも指定されている[35]

農産

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特産品

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畜産

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水産

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水揚げ数量は2021年度は全国12位の4万4472トンで、サバ1万0005トン、イカ7842トン、イワシ1万8966トンなどが主要な魚種となっている。水揚げ数量が5万トンを割るのは72年ぶりで、水産業再生の必要性が唱えられている。[38]


主な漁港

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  • 八戸漁港
  • 白浜漁港
  • 深久保漁港
  • 種差漁港
  • 大久喜漁港
  • 金浜漁港

商業

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主な商業施設

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このほか、アニメイト未来屋書店くまざわ書店文教堂書店、川村商店、成田本店、木村書店、アリス書店などが単独出店している。最大規模の書店はVidawayが運営するTSUTAYA八戸ニュータウン店である。

金融機関

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ATMが主体の金融機関
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かつて市内にあった金融機関
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生活協同組合

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サービス

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通信

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マスメディア

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土曜夕方(16:00~16:50)と日曜午前(10:00~11:00)に同支社制作のラジオ番組が放送されている[注釈 11]
かつては本社を八戸市に置いていたが、2006年7月1日付けで放送センター(演奏所)のある青森市に移し、同局は八戸支社になった。

IBCTVImitは本来岩手県内のテレビ局であるが、岩手県北部の沿岸地方(久慈市)と内陸地方(二戸市)の双方に交通の便が良い八戸市に取材拠点としての支社を置いている。 また同市の大半の地域では、岩手県内のテレビ(TVIIATIBCmitNHK盛岡放送局)の送信局の一つである二戸中継局から発射される電波により岩手県のテレビを越境受信する事が可能であり[注釈 13]、特に青森県に存在していないフジテレビ系列の番組を最速で多く放送するmitの需要は同市でもかなり高いものとなっている。 また、mitは青森県南部地域(三八上北)を実質的な放送エリアであるとしてHPで明言しており[43]、同テレビの緊急地震速報は岩手県内に出された場合や三八上北地域に出された場合に放送される。岩手県北の商圏が八戸にあるので、岩手県内でのテレビ・ラジオ等の気象情報では岩手県外の八戸地方の天気も紹介される例が多い。

行政

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八戸市庁 本館(2007年7月)
(隣の「別館」が完成する前は「新館」と呼称していた。)
八戸市庁 別館(2011年10月)
1994年12月に発生した三陸はるか沖地震の際、当時同地にあった市庁「旧館」が壊滅的な被害を受け使用不能となったことから、それを教訓に免震構造によって建て替えられたものである。
南郷事務所(2007年5月撮影)
かつての南郷村役場であり、2005年3月31日に市町村合併によって設置された地域自治区「南郷区」の南郷区役所を経て南郷事務所となった。
  • 市長 : 熊谷雄一(2021年11月17日就任、1期目)

歴代市長

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氏名 就任年月日 退任年月日
市長職務管掌 西岡太郎 1929年(昭和4年)5月1日 1929年(昭和4年)9月21日
1 1 近藤喜衛 1929年(昭和4年)9月22日 1930年(昭和5年)5月19日
2 2 神田重雄 1930年(昭和5年)8月18日 1942年(昭和17年)8月17日
3
4
3 5 山内亮 1942年(昭和17年)10月1日 1946年(昭和21年)5月17日
4 6 夏堀悌二郎 1946年(昭和21年)7月20日 1951年(昭和26年)4月4日
7
5 8 村井倉松 1951年(昭和26年)4月25日 1953年(昭和28年)10月23日
6 9 岩岡徳兵衛 1953年(昭和28年)12月8日 1965年(昭和40年)11月16日
10
11
7 12 中村拓道 1965年(昭和40年)11月17日 1969年(昭和44年)11月16日
8 13 秋山皐二郎 1969年(昭和44年)11月16日 1989年(平成元年)11月16日
14
15
16
17
9 18 中里信男 1989年(平成元年)11月17日 2001年(平成13年)11月16日
19
20
10 21 中村寿文 2001年(平成13年)11月17日 2005年(平成17年)11月16日
11 22 小林眞 2005年(平成17年)11月17日 2021年(令和3年)11月16日
23
24
25
12 26 熊谷雄一 2021年11月17日 現職
  • 1929年5月1日の市制施行時から市長選任選挙で近藤喜衛が市長に選出され、市長に就任するまでは、市長職務管掌(現在の職務代行者相当)として青森県庁から西岡太郎が派遣された[44]

庁舎

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  • 青森県合同庁舎
  • 八戸市庁(本館・別館)
  • 八戸市南郷事務所(旧南郷村役場、旧八戸市南郷区役所)
  • 八戸市民サービスセンター(市川・大館・是川・下長・館・豊崎・八戸駅・南浜・白銀・島守、八戸駅の前身は上長)

環境への取組

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議会

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八戸市議会

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青森県議会

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  • 選挙区:八戸市選挙区
  • 定数:8名
氏名 会派名 当選回数 備考
田名部定男 民主連合 8 元市議会議員
清水悦郎 自由民主党 7 元市議会議員
山田知 自由民主党 6 元市議会議員
大崎光明 自由民主党 2
高畑紀子 新政未来 1 立憲民主党
夏坂修 公明党 1 元市議会議員
工藤悠平 自由民主党 1 元市議会議員
田端深雪 日本共産党 1

衆議院

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当落候補者名年齢所属党派新旧別得票数重複
神田潤一51自由民主党126,137票
高畑紀子58立憲民主党65,909票
田端深雪64日本共産党12,966票

提携

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海外

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人口

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2015年平成27年)国勢調査の人口増減を見ると、2.68%減の231,257人であり、増減率は県下40市町村中4位。

八戸市と全国の年齢別人口分布(2005年) 八戸市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 八戸市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
八戸市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 216,955人
1975年(昭和50年) 231,945人
1980年(昭和55年) 245,617人
1985年(昭和60年) 248,691人
1990年(平成2年) 247,983人
1995年(平成7年) 249,358人
2000年(平成12年) 248,608人
2005年(平成17年) 244,700人
2010年(平成22年) 237,615人
2015年(平成27年) 231,257人
2020年(令和2年) 223,415人
総務省統計局 国勢調査より

人口動態概要

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2024年現在約21万人となっており人口減少が続いている。八戸市の人口推移を見ていくと1950年(昭和25年)では人口14万人程度に過ぎなかったが急速な発展を遂げ、1980年には24万人に到達し、30年間で10万人の人口増加を果たした。八戸市の人口は1950年代は年間4000人、1960年代は3500人、1970年代は3000人の大幅な人口増加が続いていたが、1980年代に入ると産業構造の変化もあり人口移動は社会減少に転じた。それにより1980年以降から2000年頃までは24万人台で頭打ちとなった。2000年以降は自然動態の減少もあり人口減少傾向が年々強まっている。なお八戸市内でも旧八戸市の人口は1997年頃まで人口増加を続けていたが、旧南郷村地域は1955年(昭和30年)頃から長期間に渡って人口減少が続いている。

表1. 国勢調査結果に基づく八戸市の人口推移
実施年八戸市人口(人)旧八戸市人口(人)旧南郷村人口(人)八戸市増加数(人)旧八戸市増加数(人)旧南郷村増加数(人)八戸市増加率(%)旧八戸市増加率(%)旧南郷村増加率(%)国内増加率(%)
1950年 143,489133,26310,226-------
1955年 160,412149,93810,474増加 16,923増加 16,675増加 248増加 11.8増加 12.5増加 2.4増加 7.3
1960年 184,680174,34810,332増加 24,268増加 24,410減少 142増加 15.1増加 16.3減少 1.4増加 4.6
1965年 198,602189,3879,215増加 13,922増加 15,039減少 1,117増加 7.5増加 8.6減少 10.8増加 5.2
1970年 216,955208,8018,154増加 18,353増加 19,414減少 1,061増加 9.2増加 10.3減少 11.5増加 5.5
1975年 231,945224,3667,579増加 14,990増加 15,565減少 575増加 6.9増加 7.5減少 7.1増加 7.9
1980年 245,617238,1797,438増加 13,672増加 13,813減少 141増加 5.9増加 6.2減少 1.9増加 4.6
1985年 248,691241,4307,261増加 3,074増加 3,251減少 177増加 1.4増加 1.4減少 2.4増加 3.4
1990年 247,983241,0576,926減少 708減少 373減少 335減少 0.3減少 0.2減少 4.6増加 2.1
1995年 249,358242,6546,704増加 1,375増加 1,597減少 222増加 0.6増加 0.7減少 3.2増加 1.6
2000年 248,608241,9206,688減少 750減少 734減少 16減少 0.3減少 0.3減少 0.2増加 1.1
2005年 244,700238,4286,272減少 3,908減少 3,492減少 416減少 1.6減少 1.4減少 6.2増加 0.7
2010年 237,615231,7375,878減少 7,085減少 6,691減少 394減少 2.9減少 2.8減少 6.3増加 0.2
2015年 231,257225,9265,331減少 6,358減少 5,811減少 547減少 2.7減少 2.5減少 9.3減少 0.8
2020年 223,415218,7184,697減少 7,842減少 7,208減少 634減少 3.4減少 3.2減少 11.9減少 0.8

山形市との人口推移比較

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東北地方で人口規模が第8位の山形市と、第9位の八戸市。この規模の近い両市の人口動態を比較・考察する。 八戸市の特徴は、戦後から高度経済成長期にかけての著しい人口増加にある。1950年から1980年までの30年間で、山形市が1.3倍(約5万人)の増加であったのに対し、八戸市はそれを大幅に上回る1.7倍(約10万人)を記録し、人口24万人を擁する都市へと急成長を遂げた。 一方、1980年以降は減少に転じている。2025年現在、山形市が1980年当時の人口規模を概ね維持しているのに対し、八戸市はピーク時から15%近く(約3.5万人)減少しており、両市は対照的な推移を見せている。

表2. 八戸市・山形市の人口推移
実施年八戸市人口(人)山形市人口(人)八戸市増加率山形市増加率注釈
1950年 143,489180,569--
1965年 198,602193,737増加 38.4増加 7.3
1980年 245,617237,041増加 23.7増加 22.4
1995年 249,358254,488増加 1.5増加 7.4
2010年 237,615254,244減少 4.7減少 0.1
2025年9月1日 210,303237,847減少 11.5減少 6.4

出生・死亡

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2005年以降、出生数を死亡数が上回る自然減少が続いている。少子高齢化が年々強まっており、2024年では年間死亡数の3,276人に対して年間出生数は1,039人と3分の1程度に過ぎなかった [45][46][47]

人口動態年次推移1980年-2024年 現在の八戸市域に相当する推移
西暦出生数死亡数自然増加数
1980年3,647人1,268人2,379人
1985年3,405人1,374人2,031人
1990年2,780人1,410人1,370人
1995年2,748人1,710人1,038人
2000年2,485人1,706人779人
2005年2,011人2,049人△38人
2010年1,862人2,352人△490人
2015年1,742人2,574人△832人
2020年1,378人2,750人△1,372人
2024年1,039人3,276人△2,237人

教育

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大学・短期大学

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私立(五十音順)

高等専門学校

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国立・独立行政法人

高等学校

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県立(五十音順)

※:以下は廃校。

私立(五十音順)

※:私立高校の数が同規模の他都市より多い。これは生徒の増加に対応して私立高校が早期に開校したことにより受け皿となったためである。同時期に公立高校でも共学化や普通高校の新設が図られた。

中学校

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市立(五十音順)

※:以下は廃校。

八戸市・階上町学校組合立

※:以下は廃校。

私立

小学校

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市立(五十音順)

※:以下は廃校。

八戸市・階上町学校組合立

※:以下は廃校。

特別支援学校

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県立(五十音順)

学校教育以外の施設

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職業訓練施設

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施設

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警察

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消防

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医療

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国立病院

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県立病院

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市立病院

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その他の病院

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保健

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郵便

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直営郵便局

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  • 八戸郵便局〔集配局〕(84006)
  • 八戸西郵便局〔集配局〕(84060)
  • 南郷郵便局〔集配局〕(84087)
  • 八戸鮫郵便局(84053)
  • 八戸小中野郵便局(84074)
  • 八戸常泉下郵便局(84110)
  • 島守郵便局(84129)
  • 豊崎郵便局(84144)
  • 八戸中央通郵便局(84158)
  • 八戸新井田郵便局(84160)
  • 館郵便局(84163)
  • 八戸湊郵便局(84165)
  • 八戸荒町郵便局(84185)
  • 市川郵便局(84197)
  • 本八戸駅内郵便局(84198)
  • 八戸白銀郵便局(84200)
  • 種差郵便局(84209)
  • 是川郵便局(84218)
  • 桔梗野郵便局(84210)
  • 八戸吹揚郵便局(84224)
  • 八戸江陽郵便局(84237)
  • 八戸根城郵便局(84244)
  • 八戸大町郵便局(84246)
  • 日計郵便局(84251)
  • 八戸旭ヶ丘郵便局(84255)
  • 八戸大杉平郵便局(24259)
  • 多賀台郵便局(84262)
  • 八戸白銀台郵便局(84263)
  • 八戸類家郵便局(84267)
  • 八戸中居林郵便局(84269)
  • 八戸河原木郵便局(84272)
  • 八戸湊台郵便局(84278)
  • 八戸田面木郵便局(84282)
  • 八戸湊高台郵便局(84284)
  • 八戸ニュータウン郵便局(84287)
  • 八戸駅前郵便局(84288)
  • 高岩簡易郵便局(84707)
  • 八戸下長簡易郵便局(84733)
  • 三條簡易郵便局(84782)
  • 東前田簡易郵便局(84784)
  • 八戸卸センター郵便局(84795)

文化施設

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ホール

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図書館

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社会教育施設

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その他

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霊園

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市営
  • 東霊園
  • 西霊園
  • 南郷中央霊園

交通

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鉄道

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八戸駅

※:八戸市庁の最寄り駅は本八戸駅であるものの、『JTB時刻表』では八戸駅が中心駅として記載されており、いずれも八戸市中心市街地までは距離がある。八戸駅と市中心街は路線バスが10分間隔程度で結んでいる[48]

かつて存在した鉄道

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  • 南部鉄道:尻内駅(現:八戸駅) - 張田駅 - 正法寺駅 - 七崎駅 - 豊崎駅 - (終点は五戸駅

バス

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路線バス

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※:2009年3月に市が策定した「八戸市地域公共交通総合連携計画」により、同市内を運行する八戸市交通部八戸市営バス)、南部バス(当時)、十和田観光電鉄(十鉄バス)共通の系統番号表示がなされた。2009年に詳細が決定し、地図『バスマップはちのへ』が発行された。さらに、2010年4月1日のダイヤ改正時よりバスの方向幕への表示が開始された。2022年2月26日より Suicaと相互利用の地域連携ICカード「ハチカ[49]」を導入。すでに交通系ICカードを導入していたJRバス東北や東北新幹線に加え、市営バス南部バスでも交通系ICカードが使えるようになった。ただし、在来線の八戸線青い森鉄道線では使えないため注意が必要。なお、同市内を運行する十和田観光電鉄の路線バスでも利用可能だが、ハチカの交通ポイントや定期券の対象外となる。

八戸大野線
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高速バス

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関連施設

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道路

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高速道路

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高速自動車国道
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  • E4A 八戸自動車道(国道環状線)
高規格幹線道路(一般国道自動車専用道路)
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高速自動車国道に並行する一般国道自動車専用道路
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  • E4A 一般国道45号 百石道路(三環状線から分岐)
    • (7) 八戸北IC - (上北郡おいらせ町)

一般国道

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県道

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主要地方道
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一般県道
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市道

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  • 八戸市道白銀沼館環状線(市道環状線)
  • 八戸市道上組町湊線
  • 八戸市道沼館三日町線
  • 八戸市道大久喜港線
  • 八戸市道厳島線
  • 八戸市道南海岸五号線
  • 八戸市道沢金浜線
  • 八戸市道西金浜二号線
  • 八戸市道大久喜線
  • 八戸市道階上道線
  • 八戸市道二号白浜道線
  • 八戸市道白銀金吹沢道線
  • 八戸市道白銀鮫線
  • 八戸市道島守根子久保線
  • 八戸市道十文字沢代線
  • 八戸市道沢代西山線
  • 八戸市道境ノ沢刈又線
  • 八戸市道相畑古里線
  • 八戸市道不習長代線
  • 八戸市道不習楜桃沢線
  • 八戸市道崎ノ木沢水吉線
  • 八戸市道不習山田線
  • 八戸市道島守根子久保線
    • ほか

船舶

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港湾

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航路

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海上保安部

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空港

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1965年から1975年までは三沢空港での民間機共用が米軍の保安上の理由に伴い、中止されていたことから海上自衛隊八戸航空基地が代替していた。

名所・旧跡・観光

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史跡

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考古

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種差海岸
  • 長七谷地貝塚〔市川町字長七谷地吹上〕縄文時代早期、国の史跡
  • 是川遺跡〔是川〕国の史跡
縄文遺跡、出土品は八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館で展示、出土品は国宝や国の重要文化財に指定
  • 長七谷地貝塚 〔市川町字長七谷地吹上〕国の史跡、縄文時代早期の貝塚および集落遺跡
  • 丹後平古墳群〔根城字丹後平〕古墳100基前後と推定、国の史跡

中世

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本殿ほか:国の重要文化財
工芸品:国宝赤糸威鎧兜白糸威褄取鎧兜)、重要文化財紫糸威肩白浅黄鎧兜唐櫃入白糸威肩赤胴丸兜兜浅黄威肩赤大袖二枚付
  • 根城(ねじょう)国の史跡
前述の八戸市博物館と隣接し、「史跡 根城の広場」として公開されている

近世

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  • 八戸城角御殿表門 〔内丸〕県重宝八戸城下の名残をとどめる唯一の遺構
  • 餓死萬霊等供養塔および戒壇石 〔新井田字寺ノ上〕県史跡対泉院にある天明の大飢饉の餓死者供養
  • 一里塚(県史跡)
〔十日市天摩〕、〔南郷大字頃巻沢字長久保〕、〔南郷区市野沢字新田、中野字大久保〕、〔南郷大字大森字砂子崎、字林崎〕慶長年間

近代

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文化展示施設

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観光拠点

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公園・広場・運動施設

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祭り・催事

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スポット

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朝市・飲食

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展望台

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自然

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日本の音風景100選ウミネコ繁殖地。国の天然記念物
離岸流のため遊泳はできないが鳴り砂で知られる海岸。

  環境省が選定した「快水浴場百選」に撰ばれた。

  • 種差海岸(種差海岸インフォメーションセンター、芝亭)
三陸復興国立公園、国の名勝

路上

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  • 市庁前ロータリー
ヒマラヤスギがクリスマスイルミネーションで彩られる。

スポーツチーム

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サッカー

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スケート・アイスホッケー

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「氷都八戸」の歴史は1947年昭和22年)の第1回冬季国体から始まったとされている。以来、冬季国体は2009年のみちのく国体まで過去11回八戸で行われた。また、アイスホッケー1932年(昭和7年)の第3回全日本アイスホッケー選手権大会から始まり過去4回八戸で開催。60年ぶりの八戸開催となった2007年(平成19年)の第74回全日本アイスホッケー選手権大会は各地で行われた。1948年(昭和23年)の第16回全日本アイスホッケー選手権大会(盛岡)では八戸ホワイトベアが優勝を飾った。アジアリーグアイスホッケーH.C. TOCHIGI 日光アイスバックス、廃部になったSEIBUプリンスラビッツなどにはゆかりの選手も多い。

  • 主なジュニアホッケーチーム
    • 八戸ホワイトベアJr、八戸北Jr、八戸南Jr、八戸東Jr、八戸パイレーツJr
  • 主なホッケー実業団
    • 八戸ブルースターズ(旧八戸市庁)、八戸信用金庫、YSアイスホッケー(吉田産業)、小中野フェニックス
  • 主なスケートリンク
  • 主なスケートリンク跡地
    • フットサルアリーナ八戸(東アイスアリーナ)、田名部記念アリーナ(南部山アイスアリーナ)(南部山健康運動公園内)、GODOアイスパレス

出身有名人

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あ行

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か行

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さ行

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た行

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な行

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は行

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ま行

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や行

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ら行

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ご当地アイドル

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ゆるキャラ・マスコット

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脚注

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注釈

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  1. 炭素14年代でおよそ3000年前、竪穴建物の土間(床面)から炭化米粒7粒が出土した。八戸市教育委員会が発掘調査、北海道大学の吉崎昌一のグループが明らかにした。縄文後期に属することが確実であれば、日本最古の米である。[10]
  2. その後、櫛引南部氏の一部は津軽に移り、津軽為信の家臣として武田姓を名乗った。
  3. 盛岡藩と弘前藩の対立はあったが、八戸藩と弘前藩の間には目立った確執は無かったとされる(『明治維新期成立大名における隣藩関係』より)。
  4. 地域自治区が導入されたのは新潟県上越市に次いで2例目。
  5. 2015年4月1日、地域自治区の設置期間満了に伴い、南郷となった。
  6. 青森県内で直営店舗が置かれるのは八戸市と青森市青森中央郵便局内)のみである。
  7. 八戸市内に唯一本店を構える金融機関である 。
  8. 岩手県北部(二戸・久慈地区)も取材・購読対象地域としており、地域ニュース面には「岩手県北」欄も不定期で掲載。
  9. 青森県全域を取材・購読対象地域としており、八戸地区の地域ニュースは「上十三(かみとうさん)・下北」という題名で掲載。さらにラテ欄も在盛局は最終面に岩手めんこいテレビをフルサイズで、第二TV&ラジオ面には他の在盛民放TV局をハーフサイズで、在盛ラジオ局も在青局と同一サイズで各々掲載。加えて津軽・下北地方は在札局の越境視聴者も多いことから、在札局はテレビ北海道が最終面にフルサイズで、他の在札局は第二TV&ラジオ面にハーフサイズで、在札ラジオ局も在青局と同一サイズで各々掲載。
  10. 2017年秋にFM補完放送として開局。
  11. なお、2017年3月までは土曜夕方の番組は県南地方(八戸・十和田地域)のみの放送だった。
  12. 地域ニュースの岩手県北(二戸地域)面は日によって「県北・八戸」という題名になる場合があり、岩手県を取材・購読対象地域とする地方紙でありながら八戸地区の話題も掲載。なお第二TV&ラジオ面は在青TVおよび在仙TVのみをハーフサイズで掲載し、ラジオは(在青局を含めた岩手県外局は非掲載で)在盛局のみ掲載。
  13. NHK青森放送局NHK盛岡放送局が2ch、ABA(青森朝日放送)IAT(岩手朝日テレビ)が5ch、ATV(青森テレビ)IBC(IBC岩手放送)が6chでそれぞれリモコンIDが重複するため、同市のテレビの設定においてこれらの在盛局は7ch、9ch、10ch、11chなど在青局と在盛局の双方が使用していないリモコンIDが割り当てられる場合が多い。【例:NHK盛岡総合は7ch(本来は青森県でRABのリモコンIDとして使われる1ch)、IATは10ch(本来は青森県でABAのリモコンIDとして使われる5ch)、IBCは11ch(本来は青森県でATVのリモコンIDとして使われる6ch)】
  14. 八戸第二養護学校高等部を旧八戸南高等学校に移設
  15. 1 2 3 4 南部バスの倒産に伴い、2017年3月1日より岩手県北自動車が南部支社として事業譲受したが、南部バスの名称をブランド名として継続使用している。
  16. 一部運航便はジェイエア
  17. 運航はジェイエア
  18. 運航は北海道エアシステム

出典

[編集]
  1. 八戸圏域連携中枢都市圏八戸市ホームページ(2018年1月24日閲覧)
  2. 産業都市八戸八戸市企業誘致促進協議会(2019年7月7日閲覧)
  3. 漁港について”. 八戸市. 2024年2月23日閲覧。
  4. 1 2 八戸の郷土玩具 八幡馬・やわたうま”. 株式会社八幡馬. 2023年2月23日閲覧。
  5. 八戸のお盆といえば!「せなかあて」をご紹介八戸市観光ブログ(2015年8月12日)
  6. 八戸市. 氷都八戸物語 ‐ 氷都・八戸デジタルアーカイブ”. hyoto.city.hachinohe.aomori.jp. 2020年10月13日閲覧。
  7. 日経クロステック(xTECH). 「氷都・八戸」、地域の価値高める新アリーナをどう造る”. 日経クロステック(xTECH). 2020年10月13日閲覧。
  8. “歴史に幕 「氷都八戸」の象徴、YSアリーナに交代へ 記念イベントに清水宏保さん、岡崎朋美さん登場 /青森”. 毎日新聞. (2019年2月25日). オリジナルの2019年11月15日時点におけるアーカイブ。 2020年10月13日閲覧。
  9. 地域県民局廃止/知事への権限集中に懸念も”. 東奥日報. 2025年4月2日閲覧。
  10. 佐原真「米と日本文化」金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事6 考古学と現代』岩波書店 2005年
  11. 国宝「合掌土偶」八戸市ホームページ(2018年1月24日閲覧)
  12. 津軽為信の祖母は根城南部家の出身である。
  13. 表向きの死因は病死とされた(『八戸藩二代直政公御家督之節御礼御奉書』より)。
  14. 『幕末とうほく余話』無明舎出版、2006年10月20日。
  15. 池田正一郎『日本災変通志』新人物往来社、2004年12月15日、724頁。ISBN 4-404-03190-4
  16. 下川耿史 家庭総合研究会 編『明治・大正家庭史年表:1868-1925』河出書房新社、2000年、477頁。ISBN 4-309-22361-3
  17. 観衆の中へ滑走の飛行機突入、四人死傷『東奥日報』(昭和10年6月9日夕刊).『昭和ニュース事典第5巻 昭和10年-昭和11年』本編p15-16 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
  18. 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、96頁。ISBN 978-4-10-320523-4
  19. 宮内庁『昭和天皇実録第十』東京書籍、2017年3月30日、404頁。ISBN 978-4-487-74410-7
  20. 『昭和天皇御召列車全記録』p.147
  21. 2 八戸地方に被害を及ぼした主な風水害”. 第1章 八戸の概要・災害の記録/2 災害の記録. 八戸市役所. p. 6(110). 2026年5月30日閲覧。
  22. 宮内庁『昭和天皇実録第十三』東京書籍、2017年9月30日、224頁。ISBN 978-4-487-74413-8
  23. 東北地方太平洋沖地震による津波の浸水区域八戸市ホームページ(2022年10月30日閲覧)
  24. 新型コロナウイルス感染症対策のための小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校等における一斉臨時休業について(通知)”. 文部科学省 (2020年2月28日). 2026年2月9日閲覧。
  25. 八戸三社大祭に続き”夏の風物詩”がまた消えた「2020年八戸七夕まつり・小唄流し踊り」が中止”. 地域NEWS 号外NET (2020年4月25日). 2026年2月15日閲覧。
  26. 『新編八戸市史 通史編Ⅲ 近現代』「第四章八戸市の誕生 第一節八戸市制の施行 一、四カ町村合併による八戸市の誕生」の177ページより参照。
  27. 八戸(平年値)
  28. 八戸(年ごとの値)
  29. 八戸(観測史上1~10位の値)
  30. 平年値ダウンロード”. 気象庁. 2026年4月4日閲覧。
  31. 観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2026年4月4日閲覧。
  32. 日本最大級の朝市「館鼻岸壁朝市」八戸市観光情報サイト(2018年1月24日閲覧)
  33. 八戸太陽光発電所の営業運転開始について~当社初のメガソーラー発電所が営業運転開始~東北電力プレスリリース(2011年12月20日)
  34. 八戸センターYahoo! JAPAN(2018年1月24日閲覧)
  35. 青森県地域産業課・青森県の伝統工芸品
  36. 特集:2014年4月号「いちご」|青森のうまいものたち
  37. 産地レポート:2010年8月号:県南の伝統野菜 糠塚きゅうり…金浜一美さん(八戸市)|青森のうまいものたち
  38. 八戸港21年水揚げ、72年ぶり5万トン割れ イカなど不漁”. 日本経済新聞電子版. 日本経済新聞社 (2022年1月14日). 2022年6月13日閲覧。
  39. 田向地区商業施設公募5社の提示額を公表 - 『デーリー東北』2012年6月5日(47NEWS)
  40. 八戸にイオンスタイル 青森県内1店舗目オープン”. 東奥日報 (2024年5月24日). 2024年5月25日閲覧。
  41. 青森県 店舗一覧ブックオフ・ホームページ(2018年1月24日閲覧)
  42. 本のまち八戸八戸市ホームページ(2018年1月24日閲覧)
  43. https://www.menkoi-tv.co.jp/company/areamap/index.html
  44. 『八戸市史 通史編Ⅲ 近現代』(八戸市・2014年3月31日発行)175頁~182頁「第四章 八戸市の誕生・第一節 八戸市制の施行」より。
  45. 八戸市統計ダッシュボード
  46. 旧南郷村統計ダッシュボード
  47. 出生数推移
  48. 市営バス・南部バス 八戸駅 ⇔ 中心街間の10分間隔運行八戸公共交通ポータルサイト(2019年7月7日閲覧)
  49. HOME”. 八戸圏域地域連携 ICカード 「ハチカ」. 2022年6月3日閲覧。
  50. 笹ノ沢-八戸駅間「ささバス」実証運行開始
  51. 八戸大野線の代替運行について”. 八戸市 (2026年3月30日). 2026年4月13日閲覧。
  52. 1 2 3 八戸大野線住民説明会 (PDF). 軽米町. 2026年4月13日閲覧。
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関連項目

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外部リンク

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行政
観光