爆風スランプ

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爆風スランプ
別名 BAKUFU-SLUMP
出身地 日本の旗 日本東京都[1]
ジャンル J-POP
ポップ・ロック[1]
ロック[1]
ニュー・ウェーブ
オルタナティヴ・ロック
パワー・ポップ
活動期間 1982年 - 1999年
2004年
2005年
レーベル CBSソニー
1984年 - 1991年
Sony Records
(1991年 - 1999年)
事務所 アミューズ
公式サイト BAKUFU-SLUMP
メンバー サンプラザ中野ボーカル
パッパラー河合ギター
ファンキー末吉ドラムス
バーベQ和佐田ベース
旧メンバー はひふへほーじん(江川ほーじん)(ベース)
(1982年 - 1989年

爆風スランプ(ばくふうスランプ、BAKUFU-SLUMP)は、日本のロックバンド1984年デビュー。

メンバー[編集]

過去に在籍したメンバー

活動の歴史[編集]

デビュー前後[編集]

ヤマハ音楽振興会主催のバンドコンテストであるEastWest1981年)にて、最優秀グランプリを受賞した『爆風銃』(バップガン)のメンバーであったファンキー末吉江川ほーじん、優秀グループ賞を受賞した『スーパースランプ』のサンプラザ中野パッパラー河合の4人により結成される。

当初、ライブで客席にむけて消火器を放射したり、スイカを投げたり、畳や戸板などを投げてその上で演奏したり、履いていた靴や火の付いた噴出花火を口にくわえたり、燃料をしみこませた綿を頭の上にのせて火をつけたりするなどの過激なパフォーマンス、放送禁止用語交じりの過激かつユニークな歌詞、歌詞に合わせた着ぐるみを着るなどの演出、などから“コミックバンド”という見方をされていた。そのため、デビュー当時は同じソニー系列のレコード会社に所属していた聖飢魔IIFITZBEATレーベル)、米米CLUBCBSソニー)と合わせて「ソニー三大色物バンド」と呼ばれていたこともあった。特に爆風スランプと聖飢魔IIはソニーのオーディション部門である「sound development」(SDマークが冠してあった)出身。デビュー当時の所属事務所はオフィスすいか。

1985年6月に夜のヒットスタジオDELUXEに初出演を果たすが、前述の火を使うパフォーマンスをしたり(後で消防署からクレームが入った)、スタジオ内を歩き回り出演者やオーケストラ演奏者と握手したりするなど大暴れ。その後も同番組に出演した際は、THE ALFEEのセットを壊したり、テレビカメラの上に乗ったりと大暴れし続ける。 この数日後にザ・ベストテンにスポットライトで出演した際も、スタジオ内を暴れまわる。

1985年12月13日に、日本武道館での初ライブを果たす。1984年に九段会館でライブを行った後、中野がトイレの窓から武道館を見て、あそこでライブをやりたいなーと思った後、レコード会社から「来年武道館を予約しておきました。」と言われ、武道館でのライブが行われることになったという逸話がある。 サンプラザ中野は、自分たちが武道館を満席に出来るわけがないと思っていた。そこから発想して「武道館に空席があるのは、ペンフレンドの女の子を誘ったが来てくれなかったから」、という言い訳ソングが作られた。後に彼らの代表作の1つとして評価されることとなる「大きな玉ねぎの下で」(「大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い」も参照)である。 その後は強力なリズムセクションを擁した実力派バンドとして徐々に認められていった。

Runnerのヒット[編集]

バンド活動に限界が見え始めてきたことから、1986年にプロデューサーとして新田一郎を迎え、新田が社長を務める代官山プロダクションに移籍した。新田はまず、売れることを目的とした活動を始めることにしたが、江川ほーじんがそれに反発して遂には脱退を決意。末吉の作った曲に、中野が辞めていく江川の姿を詞にして、「Runner」が誕生、1988年に発表された。この曲は34万枚を売り上げる。

その後NHK総合音楽番組ジャストポップアップ』にて演奏し、番組の元にリクエストが殺到。これがきっかけで、1988年の『第39回NHK紅白歌合戦』にも出場を果たし、翌年(1989年1月9日の二度目の武道館公演を行った。そして江川はこの公演を最後に去っていく。ちなみに当初の予定では1月7-9日の3日間公演であったが、昭和天皇崩御により7、8日公演を「自粛」中止。

天才・たけしの元気が出るテレビ』の挿入歌に使用された「Runner」は、初のビッグヒットとなった。カラオケでもノリのいい曲として脚光を浴び、また現在でも高校野球ブラスバンド応援歌における定番曲としても定着する。

江川脱退後、ベーシスト不在期間のテレビ出演などに際しては、現在は同じアミューズ所属のサザンオールスターズ関口和之や、古くから親交がある聖飢魔IIゼノン石川(現・石川俊介)、THE ALFEE桜井賢SHOW-YA仙波さとみプリンセス・プリンセス渡辺敦子男闘呼組高橋一也スターダストレビュー柿沼清史カシオペアのキーボーディスト向谷実(シンセベースを演奏)、千葉のローカルタレントジャガーなどのミュージシャンが代役を務めた。その後、兄弟バンド的な存在だったTOPSベーシストだった和佐田達彦(バーベQ和佐田)が正式メンバーとして加わった。爆風スランプとしてのメンバーチェンジはこの時だけである。

ちなみに、同時期に活躍した聖飢魔IIやTOPSとは親交が深かったこともあり、共同でライブを行ったり、TOPSのボーカルの三井雅弘はTOPS解散後、爆風スランプのマネージャーに就いたりもした。プリンセス・プリンセスとは、中野が住んでいたアパートにプリンセス・プリンセスのプロデューサーが住んでいたこともあり、よく一緒に酒を飲んでいて、プリンセス・プリンセスはこの時、「私達、本当に売れたいんです。」と話していたという。

ヒット曲の連発〜長期休養[編集]

1989年に現在の所属事務所アミューズに移籍してからも、「月光」「リゾ・ラバ」とヒット曲を続々と生み出し、アルバム『しあわせ』に収められていた「大きな玉ねぎの下で」のリメイクバージョン「大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い」も大ヒットとなった。この時期、日本テレビで冠番組爆風スランプのお店(爆店)』も放送されている。その後、メンバーの疲労も蓄積したため、個々のメンバーが海外へ出向き長期休暇を取ることとなった。

海外での経験はアルバム『ORAGAYO〜in the 7th heaven〜』に生かされ、アルバム『In the 7th heaven』にはサンプラザ中野・パッパラー河合が南アフリカでの政治デモで演奏した曲(生録音)が収録された。また、中国へ出向いたファンキー末吉はそれ以来中国に魅せられ、ついには中国に活動の主軸を移し"Asian Drum King"と呼ばれるようになった。

しかし、長期休養後に発売されたアルバム(『ORAGAYO〜in the 7th heaven〜』)・シングルの売れ行きは芳しくなかった。

低迷期・ソロ活動[編集]

『ORAGAYO〜in the 7th heaven〜』の後に発売されたアルバム「青春王」はヒット曲「Runner」と同様に「青春」を軸に製作されたアルバムだが、これも売上は芳しくなかった。メジャーデビュー前後の「破天荒」、ミリオンヒットを生み出した「青春」という主軸を失った爆風スランプは、ヒット曲らしいヒット曲は「涙2(LOVEヴァージョン)」のみで、長い低迷期をさまようこととなった。

その間、各メンバーはソロ活動を行うようになり、それぞれ成果を上げている。この間の1992年11月6日にはミュージックステーションに出演、サンプラザ中野が客席へダイブし豆電球2個とパネル1枚を破損するなど、破天荒さの片鱗を留めた姿も見せた。

  • サンプラザ中野
    • ジングルベルコンピレーション『Jingle All the Way!』(バップ)で「ジングルベル〜サンタさんとトナカイさん〜」を収録
  • ファンキー末吉・バーベQ和佐田
    • BBF(「爆風スランプのバーベQ和佐田とファンキー末吉」の略語)というユニットを組み、アルバム「ZUM ZUM PARADISE」をリリース
  • ファンキー末吉
    • ロックバンド「ノイズ・ファクトリー」のプロデュース
    • 中国でのアーティストのプロデュース
    • ソロアルバム「亜洲鼓魂」のリリース
  • パッパラー河合

電波少年とのタイアップ[編集]

進め!電波少年中の企画「猿岩石のユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の応援曲として「旅人よ〜The Longest Journey」が採用され、企画の人気と同様、ヒット曲となった。

直後に発売されたアルバム『怪物くん』は2枚組(初版限定)で発売され、爆風スランプ・レコード会社の力の入れ様がうかがわれるものだった。

活動休止[編集]

アルバム『ハードボイルド』を発表した翌年、1999年4月に活動休止を発表。

活動休止後[編集]

1999年4月に活動休止後、中野と河合はスーパースランプを再結成。末吉と和佐田は、ハードロックバンドX.Y.Z.→Aにて活動中。また、1989年に脱退した江川は、ファンクバンド"RHINOCEROS"(ライナセロス)、ツインベースのバンド「ダブラーズ」などで活動中。

2004年の12月に、当時中野が火曜コメンテーターを務めていた朝日放送おはよう朝日です」の企画で一夜限りの再結成を果たし、大阪のABCホールで熱唱。この時、和佐田もスキンヘッドにしていたためメンバーの4人中3人がスキンヘッド。久しぶりに歌ったせいか中野の声は不安定だった。

また、2005年12月19日-20日の2日間限定で、新宿コマ劇場にて、再結成ライブ「45歳のフェス(恋愛の日・青春の日)」を行った。20日のラストでは、中野が込み上げ歌えなくなった場面もあった。また、河合の弁髪が身体的事情により無くなったことも判明。このライブはUSENの無料パソコンテレビGyaOで配信された。

2007年12月30日には、1日限りの再結成として、名古屋のライブハウス「ELL」の「THANX! ELL 30th ANNIVERSARY SPECIAL」に参加し、2年振りのライブを行った。共演は175R。175Rは爆風スランプの6thアルバム『I.B.W-It's a Beautiful World-』の楽曲「それから」をカバーした。

2008年10月5日には、大堀川防災レクリエーション公園にて、河合以外のメンバー、中野、末吉、和佐田でほぼ爆風スランプとして(後に「サンプラザ中野くんバンド」、「SFQ」と改名)、「音街かしわ2008〜MUSIC PLATFORM〜」に参加。爆風スランプ時代の楽曲を披露した。

2010年12月12日には、東京国際フォーラムで1日だけの復活ライブ「爆風復活しまんすライブ!!〜サンプラザ中野くん50歳だー!!〜」を行った。このライブでは、サンプラザ中野くん50歳を記念して様々なサプライズを展開。開演前の入場アナウンスにデーモン閣下が登場。同日の同場所、隣のホールで聖飢魔IIのミサが開催されていた為に布教しに来たという。また、本編曲中「無理だ」の中で、無理なことをやり続けている電撃ネットワークも登場。サンプラザ中野くんパッパラー河合電撃ネットワークの餌食となって盛り上げた。

2011年9月、ファンキー末吉が、爆風スランプのトリビュートアルバムをプロデュースすることが決まり、親交のあるミュージシャンを中心に参加を募った。賛同したミュージシャンは、アースシェイカー、生田ノブヤ(ノイズファクトリー)、石川俊介聖飢魔II)、内田雄一郎筋肉少女帯)、梅原"PAUL"達也(44マグナム)、X.Y.Z.→A王様サンプラザ高円寺くん渡辺英樹田口智治笠浩二米川英之C-C-B名義)、曾我泰久THE GOOD-BYE)、田中雅之(ex.クリスタルキング)、デーモン閣下(聖飢魔II)、ホッピー神山三井雅弘(ex.Tops)、山下昌良ラウドネス)、ロリータ18号など[1]。 2011年12月25日、爆風スランプのトリビュートアルバム『We Love Bakufu Slump』発売。2013年1月15日、前述のアルバムに、ACE、CRACK BANQEST、ROLLYザ・キャプテンズ上野まなオズ和佐田達彦山本恭司、話音(野村義男+力石理江)らが新たに参加した『爆風トリビュートComplete』を発売。参加アーティスト数組が出演する発売記念ライブが同年1月13日、14日に行われた。

楽曲[編集]

曲は当初、中崎英也などの外部作曲家によるものも多少あったが、3枚目のアルバム『楽<RAKU>』(1986年)の頃より、ほとんどがメンバーの手によるものとなる。以降、作詞のほとんどはサンプラザ中野によるものであり、また、作曲のほとんどは河合、末吉、江川らメンバーが手掛けたものとなった。『怪物くん』からは和佐田も本格的に作曲に参加し始めた。 サウンド面の特徴としては、まず「爆風銃」出身の末吉と江川によるヘヴィーでファンク色の強いリズムがあり、そこに、プログレッシヴ・ロックヘヴィメタルの影響の強いパッパラー河合のギターが、時に異様な音世界を繰り広げ、歌謡曲と童謡を織り交ぜた明るくもハスキーな中野のボーカルが乗るという独特なものであった。 同時期に活躍していたほかのバンドに比べて洋楽嗜好が強く、楽曲の幾つかは有名な洋楽バンドの曲をパロディにしたものも多い。

ヒット曲は「無理だ!」(「〜決定版」のほうは、歌詞に不適切な部分【いわゆる放送禁止用語】があったため、NHKで放送禁止)、「Runner」、「リゾ・ラバ」、「大きな玉ねぎの下で」等がある。

パロディ[編集]

先述したように、爆風スランプの楽曲には国内外の有名な曲をパロディにしたものがある。各ディスコグラフィー内の項目も参照。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. 週刊東京『少女A』(1984年8月25日)
  2. うわさに、なりたい(1984年12月8日)
  3. 無理だ!決定盤〜YOU CAN NOT DO THAT〜(1985年5月22日)
  4. 嗚呼!武道館(1985年10月10日)
  5. 青春の役立たず(1986年2月26日)
  6. らくだ/ヤシの木かげ(1986年6月21日)
  7. まっくろけ(1986年9月5日)
  8. 愛がいそいでる(1987年4月22日)
  9. THE TSURAI(1987年9月21日)
  10. きのうのレジスタンス(1988年4月8日)
  11. ひどく暑かった日のラヴソング(1988年8月1日)
  12. Runner(1988年10月21日)
  13. 月光(1989年4月7日)
  14. リゾ・ラバ -Resort Lovers-(1989年7月19日)
  15. 大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い(1989年10月21日)
  16. 45歳の地図(辛口生ヴァージョン)(1990年4月8日)
  17. 組曲「天下御免の回り物」より カネ(マネーに捧ぐ)(1990年10月21日)
  18. おおBEIJING(1991年1月21日)
  19. 東京ラテン系セニョリータ(1991年6月21日)
  20. がんばれ、タカハシ!(1991年11月1日)
  21. 2 (LOVEヴァージョン)(1992年3月1日)
  22. 友情≧愛(1992年7月22日)
  23. さよなら文明/涙3 (ナミダサンジョウ)(1992年10月21日)
  24. マンビー人生(1993年5月21日)
  25. 勝負は時の運だから(1994年2月21日)
  26. 愛のチャンピオン(1994年7月21日)
  27. 神話(1995年2月22日)
  28. 新しいことを始めよう(1996年5月22日)
  29. 旅人よ 〜The Longest Journey(1996年9月21日)
  30. 天使の涙(1997年6月1日)
  31. モンスター(1997年8月8日)
  32. 暖かい日々(1998年3月1日)

企画盤[編集]

  1. ちゃんちゃらおかP音頭(1985年11月1日)※「こぼうず隊」名義

非売品[編集]

  1. ディスコGO!GO!ハイランダー(1989年)※コスモ石油にて配布
  2. 2(青春ヴァージョン)(1992年)※進研ゼミ「中学講座」会員配布

アルバム[編集]

  1. よい(1984年8月25日)
  2. しあわせ(1985年11月1日)
  3. (1986年10月22日)
  4. JUNGLE(1987年10月1日)
  5. HIGH LANDER(1988年11月2日)
  6. I.B.W.(1989年11月1日)
  7. ORAGAYO 〜in the 7th heaven〜(1990年11月10日)
  8. 青春王(1991年9月21日)
  9. アジポン(1992年11月21日)
  10. TENSION(1994年3月21日)
  11. ピロリ(1995年4月21日)
  12. 怪物くん(1997年1月22日)
  13. ハードボイルド(1998年4月1日)

ミニアルバム[編集]

  1. ダンスにGO-ON!(1991年8月23日)

ベストアルバム[編集]

  1. 青春玉 -学生時代-(1992年3月30日)
  2. 決定版!爆風スランプ大全集(1994年10月1日)
  3. 決定版!爆風スランプ大全集2 〜The Very Best Of パッパラー河合〜(1997年1月22日)
  4. STAR BOX 爆風スランプ(1999年1月30日)
  5. SINGLES(1999年4月1日)
  6. STAR BOX EXTRA 爆風スランプ(2001年12月05日)
  7. GOLDEN☆BEST 爆風スランプ ALL SINGLES(2009年08月19日)

その他[編集]

  1. Ultimate 12inch Singles(1988年7月21日)
  2. 爆風伝説 〜Legend of BAKUFU-SLUMP〜(非売品)
  3. STAR BOX BAKUFU-SLUMP(1999年1月30日)
  4. STAR BOX EXTRA(2001年12月5日)

ダウンロード[編集]

  • 45歳の地図 〜リストラバージョン〜(着メロでのダウンロード配信。)

未発表曲[編集]

  • AIDSのうた
  • 同じ道
  • 音頭でちゃぶ台
  • 清き一票
  • 坂出 マイ・ラブ
  • 夏の海
  • ふんだりけったり
  • ほらアホになる
  • ゆかいな坊さん
  • よいこの動物園

ビデオ[編集]

ライブビデオ[編集]

  1. BAKUFU-SLUMP 武道館ライブ'85(1986年4月21日)
  2. 爆風元年(1988年5月21日)
  3. I.B.W TOUR 1990(1990年6月21日)
  4. ORAGAYO ワールドテレビ(1991年3月21日)
  5. 決定版 爆風スランプ大全集 君はあの野音を見たか(1994年11月2日)

PV集[編集]

  1. MADE IN HONGKONG(1985年7月1日)
  2. BAKUFU-SLUMP VIDEO CLIPS(1988年12月1日)
  3. BAKUFU-SLUMP in バトルヒーター "THE BLUE BUS BLUES"(1989年9月21日)
  4. Dancer 踊る踊る俺たち(1991年8月23日)
  5. BAKUFU-SLUMP VIDEO CLIPS 2(1992年9月21日)

ビデオシングル[編集]

  1. 嗚呼!武道館(1985年12月13日)
  2. 45歳の地図(1990年9月21日)
  3. おれはイナズマ(1991年1月21日)

タイアップ[編集]

  • なお、番組内でのタイトルクレジットは「BANG BANG BANG」となっている。
  • キリンビバレッジ FIRE 挽きたて工房」CMソング(「挽きたての歌(原題・「無理だ!〜YOU CAN NOT DO THAT〜」)」、2007年9月7日 - )大泉洋が替え歌を歌っている。パッパラー河合がギター参加。
    • 2012年3月からは同CMのBGMに「Runner」が採用された(アレンジは内山肇)。

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1988年(昭和63年)/第39回 Runner 10/21 岸千恵子
1989年(平成元年)/第40回 2 大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い 08/20 佐藤しのぶ
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。


出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]