ブルー・オイスター・カルト

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ブルー・オイスター・カルト
Blue Öyster Cult
Blue Öyster Cult - Wacken Open Air 2016-AL1829.jpg
ドイツ・ヴァッケン公演(2016年8月)
Hook-and-cross black.svg
バンド シンボルロゴ
基本情報
別名 Soft White Underbelly
(1967-1971)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ロングアイランド
ジャンル ハードロック
ヘヴィメタル
サイケデリック・ロック(初期)
活動期間 1967年 - 現在
レーベル コロムビア・レコード
ソニー・ミュージック
CMC/サンクチュアリ・レコード
公式サイト blueoystercult.com
メンバー エリック・ブルーム (Vo/G)
バック・ダーマ (G)
ダニー・ミランダ (B)
リッチー・カステラーノ (G/Key)
ジュレス・ラディーノ (Ds)
旧メンバー アラン・レイニア (Key/G)
アルバート・ブーチャード (Ds)
ジョー・ブーチャード (B)
ほか別記参照

ブルー・オイスター・カルト(Blue Öyster Cult)は、アメリカ合衆国出身のロックバンド。略称「BÖC」。

ヘヴィメタルの源流となったグループの一つ[1]1967年に結成し、休止を挟みながら50年以上に渡り活動している。代表曲に「(Don't Fear) The Reaper」「Godzilla」「Burnin' for You」がある。

音楽性と活動の変遷[編集]

結成からメジャーデビューまで[編集]

1967年サンディ・パールマンが、自作の詩「The Soft Doctrines Of Imaginos(イマジノスの柔らかな経典)」(#イマジノス参照)の世界観を、ロックによって表現するというコンセプトで、協力者アルバート・ブーチャード(B)とともにミュージシャンを集め、ニューヨーク市ロングアイランドで結成された。結成当初のバンド名は「Soft White Underbelly」[2]であった。パールマンはマネージメントを担当し、ライブのブッキングやレコード契約を速やかにまとめて、彼らを表舞台に送り出したのであるが、バンドに与えたパールマンの影響はそれに留まらず、自作の詩をバンドのオリジナル曲の歌詞の素材として提供し、バンドが生み出した世界観にも決定的な影響を与えた。

1968年エレクトラ・レコード向けにアルバムを制作するが、エレクトラの反応は悪く、アルバムの発売は中止される。一方バンドはシンガーを交替させ、エリック・ブルーム(Vo/G)を迎え入れる。1969年、バンドはフィルモア・イーストの舞台に立つが、ステージの評判は今ひとつであった。パールマンはバンド名の変更を決定。「オアハカ」「ストーク・フォレスト・グループ」など短期間にバンド名を入れ替える。結局バンド名が「ブルー・オイスター・カルト」に落ち着いたのは1970年のことであった。この間に、またいくつかの楽曲をレコーディングしているが、エレクトラはサンプル盤としてシングルを300枚プレスしたに留まった。

メジャーデビューから活動期[編集]

1974年のグループショット

1972年、「コロムビア・レコード」より『Blue Öyster Cult』でデビュー。変形十字のシンボルマークもこの時から使用が開始されている(#バンド名とシンボルの由来参照)。アルバムはビルボード200にチャートインし、バーズアリス・クーパーマハヴィシュヌ・オーケストラらと盛んにツアーを行って知名度を上げていった。レーベルは彼らをアメリカ版ブラック・サバスとして売り出そうと試み、『Tyranny and Mutation』(1973)、『Secret Treaties』(1974)とコンスタントにアルバムをリリースする。

ライブ・アルバム『On your feet or on your knees』(1975)の好調なセールスにより広く知られるようになった。なお、このアルバム題名となっている'On your feet or on your knees!'を冒頭でMCとして叫んでいるのはニューヨーク・パンクの礎の一人でもあるパティ・スミスである。当時としてはLP盤2枚組の高価なセットであったが、N.Y.でのアンダーグラウンド系ロックの記録として未だに評価が高い録音であり、スタジオ録音のB.O.Cとは趣が異なる演奏が聴ける名作である。 次いで代表作ともいえる『Agents of Fortune』(1976)をリリースする。『Agents of Fortune』からのシングル「(Don't Fear) The Reaper」[3]が全米12位まで上昇し、アルバムはゴールド・ディスクを獲得する。1980年代のハード・ロック・ブーム以前にこの数字を出したハード・ロック・バンドはさほど多くない。

1977年のグループショット

『Spectres』(1977)では、ゴジラをテーマにしたシングル「Godzilla」が、エリック・ブルームによる日本語ナレーションを挿入したこともあり、ハード・ロック通の間でネタとして評判になるも、前作ほどの成功は収められなかった。翌年、ライブ・アルバム『Some Enchanted Evening』(1978)をリリース。プラチナ・アルバムを獲得する。コンサートにおいては、レーザー・システムを導入するなど、派手なパフォーマンスでも注目を浴びる。

1979年、バンドはそれまでの全てのアルバムをプロデュースしていたサンディ・パールマンに代わり、トム・ワーマンを迎えて『Mirrors』(1979)をリリースする。しかし完成したアルバムは重さに欠けるとして不評を買う。続いて、マーティン・バーチをプロデューサーに起用してアルバム『Cultösaurus Erectus』(1980)をリリース。マーティン・バーチの起用は、当時ブラック・サバスのマネージメントをも請け負っていたパールマンの引きによるものであった。つまりパールマンはブラック・サバスの『ヘヴン&ヘル』(1980)のサウンドをブルー・オイスター・カルトに持ち込もうとしたのである。この試みは一定の成果を挙げ、アルバムはイギリスにおいてもヒットする(英チャート18位)。

同じくマーティン・バーチのプロデュースした『Fire of Unknown Origin』(1981)では、シングル「Burnin' For You」が全米トップ40入りするヒットとなる。この曲は当初"バック・ダーマ" ローザー(G)のソロ・プロジェクト用に書かれたものであったが(ブルー・オイスター・カルトには合わないと判断された)、パールマンの指示でアルバムに収録されることとなった。また、本作収録の「Veteran of the Psychic Wars」の歌詞はマイケル・ムアコックが書いたことで知られている。このアルバムに伴うツアーの最中、アルバート・ブーチャード(Ds)が失踪するという事件も発生した。この時に代役となったのは、バンドのライティング担当技師だったリック・ダウニー(Ds)である[4]。このツアー音源を元に、ライブ・アルバム『Extraterrestrial Live』(1982)をリリース。アルバート・ブーチャードがドラムを叩いているのは2曲だけで、残りはリック・ダウニーのプレイである。ダウニーはその後正式なドラマーとしてバンドに加入。この頃アルバート・ブーチャードは、バンド結成の発端であり、後述するパールマンの創作企画「イマジノス」の実現に取り組んでいた。

分裂[編集]

プロデューサーにブルース・フェアバーンをむかえ、『The Revölution by Night』(1983)をリリース。バンドはアルバムの出来に満足していたが、セールス的には前スタジオ作に届かなかった。このアルバムに伴うツアーを終えてリック・ダウニーは脱退。

1985年、バンドは2週間の西海岸ツアーをブッキングされるがドラマーが不在のままだったため、急遽アルバート・ブーチャードを呼び戻してツアーは行われた。ツアー終了とともにアルバート・ブーチャードは再び離脱。続いてアラン・レイニア(Key)も脱退してしまう。レーベルとの契約消化のため、バンドは不本意ながらの作品『Club Ninja』(1986)をリリース。新メンバーにジミー・ウィルコックス(Ds)とトミー・ズヴォンチェク(Key)が加入した。スタジアム・ロック的でもあるこのアルバムは、そこそこのセールスをあげたものの、以前のブルー・オイスター・カルトを知るファンからの評価は低かった。

1987年、加入したウィルコックスとズヴォンチェク(Key)が短期間で脱退。オリジナル・メンバーのエリック・ブルームと"バック・ダーマ" ローザーの2人だけとなり、バンドは空中分解する。

イマジノス[編集]

1988年、コンセプト・アルバム『Imaginos』が突如リリースされる。このアルバムの企画は、サンディ・パールマンが、ブルー・オイスター・カルトが結成される前から構想していたもので、そのコンセプトはハワード・フィリップス・ラヴクラフトクトゥルフ神話をベースにしていたものだった。3rdアルバム『Secret Treaties』に収録された「Astronomy」と「Subhuman」も、実はこのコンセプトに基づき書いた曲でもあった[5]

アルバート・ブーチャードは、その後も曲を書き溜めており、バンドを脱退した1982年にこの作業に本格的に取り組み、レコーディングを行った。しかし「コロムビア・レコード」は、アルバート・ブーチャードのソロ・アルバムとしては、この企画に興味を示さなかったため、パールマンは、エリック・ブルームと"バック・ダーマ" ローザーに協力を仰ぎ、新たなボーカルと演奏を加え、ゲストプレイヤーにジョー・サトリアーニロビー・クリーガーらを迎えて、ブルー・オイスター・カルト名義のアルバムとしてリリースされた。

同時に発表されたスティーヴン・キングのナレーションが入ったミュージック・ビデオとともに、コンセプト・アルバムとしての評価を得たものの売り上げは芳しくなく、バンドはレーベルのプロモーションがない状態でツアーせざるを得なかった。「コロムビア・レコード」がソニーに売却される際、バンドは契約を失ってしまった。

1990年代以降[編集]

アラン・レイニア(2006年)

コンセプト・アルバム『Imaginos』以降、バンドは散発的な動きしかみせなかったが、1990年代後半に「CMCレコード」と契約してからは、活動がまた活発になる。

1998年、10年ぶりのアルバム『Heaven Forbid』をリリース。サイバーパンク系SF作家のジョン・シャーリーのコンセプト、および歌詞提供が話題となった。

2001年にもアルバム『Curse Of The Hidden Mirror』を発表するが、以降スタジオ盤のリリースはない。現在はユニバーサルミュージック傘下のサンクチュアリ・レコードに所属している。

2013年、創設メンバーの一人 アラン・レイニア(Key/G)が他界[6]。残されたエリック・ブルームとバック・ダーマの2人を中心にメンバーチェンジを繰り返しながら、主に全盛期の曲をメインとしたライブ活動を行っている。

その他、1991年にリリースされたライブビデオからの音源で製作された『Live 1976』(1994)。2002年にリリースされたライブDVDからの音源で製作された『A Long Day's Night』(2004)などがある。

バンド名とシンボルの由来[編集]

変形十字のシンボルマーク

バンドを名づけたサンディ・パールマンによれば、ブルー・オイスター・カルトとは、パールマンの詩「イマジノス」で語られる「地球の歴史を監視するエイリアン組織」の名称である。これは"Cully's Stout Beer (カリー黒ビール)"のアナグラムから造られたとも述べている[7]。変形十字のシンボルは、セカンドアルバムまでのジャケットデザインをしたビル・ゴーリックが、錬金術で鉛を表す記号のひとつをもとにデザインした[8]

メンバー[編集]

※2019年8月時点。一部レパートリーにおいてはエリック以外のメンバーがリード・ヴォーカルをとったこともあり、また「ME 262」をライヴで披露する際、アルバートもギターを持ち出してフォース・ギターの轟音パフォーマンスを行うこともあった。

現ラインナップ[編集]

旧メンバー[編集]

  • アラン・レイニア (Allen Lanier) - キーボード/ギター/ベース (1967-1985, 1987-2007, 2012) ♰RIP.2013
  • アルバート・ブーチャード (Albert Bouchard) - ドラムス (1967-1981, 1985)
  • アンドリュー・ウインター (Andrew Winters) - ベース (1967-1970)
  • レス・ブラウンシュタイン (Les Braunstein) - ボーカル (1967-1969)
  • ジョー・ブーチャード (Joe Bouchard) - ベース (1970-1986)
  • リック・ダウニー (Rick Downey) - ドラムス (1981-1985)
  • ジミー・ウィルコックス (Jimmy Wilcox) - ドラムス (1985-1987)
  • トミー・ズヴォンチェク (Tommy Zvoncheck) - キーボード/ギター (1985-1987)
  • ジョン・ロジャース (Jon Rogers) - ベース (1986–1995)
  • ロン・リドル (Ron Riddle) - ドラムス (1987-1991)
  • チャック・バージ (Chuck Burgi) - ドラムス (1991-1992, 1992-1995, 1996-1997)
  • ジョン・ミセリ (John Miceli) - ドラムス (1992, 1995)
  • グレッグ・スミス (Greg Smith) - ベース (1995)
  • ダニー・ミランダ (Danny Miranda) - ベース (1995-2004)
  • ジョン・オライリー (John O'Reilly) - ドラムス (1995-1996)
  • ボビー・ロンディネリ (Bobby Rondinelli) - ドラムス (1997-2004)
  • ルディ・サーゾ (Rudy Sarzo) - ベース (2007-2012)
  • カシム・サルトン (Kasim Sulton) - ベース (2012-2017)

ディスコグラフィ[編集]

アルバム 邦題 ビルボード
200
備考
1972 Blue Öyster Cult 狂気への誘い #172
1973 Tyranny And Mutation 暴虐と変異 #122
1974 Secret Treaties オカルト宣言 #53
1975 On Your Feet Or On Your Knees 地獄の咆哮 #22 ライブ盤
1976 Agents Of Fortune タロットの呪い #32
1977 Spectres スペクターズ #43
1978 Some Enchanted Evening 暗黒の狂宴〜B.O.C.ライヴ #45 ライブ盤
1979 Mirrors ミラーズ #44
1980 Cultösaurus Erectus カルトサウルス・エレクタス #34
1981 Fire Of Unknown Origin 呪われた炎 #24
1982 Extraterrestrial Live - #29 ライブ盤
1983 The Revölution by Night ナイト・レボリューション #93
1986 Club Ninja 倶楽部ニンジャ #63
1988 Imaginos - #134 コンセプト・アルバム
1992 Bad Channels - - サウンド・トラック
1994 Live 1976 - - ライブビデオ(1991)より
1998 Heaven Forbid - -
2001 Curse Of The Hidden Mirror - -
2004 A Long Day's Night - - ライブDVD(2002)より

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ハードロック/ヘヴィメタル厳選50タイトル、特別価格で一挙リイシュー”. Rolling Stone Japan (2019年7月17日). 2019年8月14日閲覧。
  2. ^ lesvegas.com Soft White Underbelly [1]
  3. ^ 日本では、最初シングルA面"Sinful Love(邦題・罪深き恋)"、B面"(Don't Fear) The Reaper(邦題・死神)" で、典型的B面ヒットとなった
  4. ^ リック・ダウニーとシン・リジィのドラマーであったブライアン・ダウニーに血縁関係は無い
  5. ^ songfacts.com [2]
  6. ^ ブルー・オイスター・カルトのアラン・レイニア、逝去。享年66歳”. rockin'on (2013年8月16日). 2019年8月14日閲覧。
  7. ^ ZigZag Magazine #62 (1976.7)
  8. ^ Internet Sacred Text Archive p.283[3] (参考図版)

外部リンク[編集]