LAメタル

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LAメタル(えるえい めたる)は、1980年代前半から後半にかけ、アメリカ合衆国内で活躍していた多くのロックバンドやミュージシャン達によって作られた当時の音楽趣向を日本独自の解釈で言葉にしたものである。

西海岸にあるロサンゼルス(L.A.)にあるサンセットストリップに、全米各地からミュージシャンが集まってそれぞれがロックバンドを結成し、立ち並ぶクラブで連日連夜演奏を重ねた。元々サンセットストリップは造語で、Sunset Blvd という通りの名称を指す。

多くのミュージシャンたちは長髪にレザークローズ、メイクをしたりなどし、女性はそのルックスに夢中になり、またテクニカルなサウンド、後世になって80年代サウンドと呼ばれる事になるシンプルでキャッチーなサウンドに男性ファンのフォロワーも多くなった。サンセット・ストリップはハリウッドに近く、高級住宅街のビバリーヒルズに隣接しているため、古くからハリウッドスターが居住したり訪れたりする町として有名であったが、1980年代に入り、週末になると通りをまともに歩くことが出来ないほどの人が溢れるほど、若者達の間で猛烈なムーブメントが起こる。

レコード会社は人気のあるバンドと次々に契約をし、レコードを販売する。

そして、MTVの誕生により視覚的なマーケティングが可能になったことで、当時のムーブメントを一気に昇華させた。当時のアメリカでは1987年に始まった「Headbangers Ball」にて週末に3時間、ミュージックビデオやバンドのインタビューを流す。これによりファッション、音楽を一体とした一大音楽産業としてムーブメントは全世界に大きく広がっていく。

その当時の特に人気の強いバンドの多くはLAから活動を始めていたことで、当時の日本の音楽メディアがそれらのバンドのサウンドを「LAメタル」と呼んだ事で広まった。よって、この言葉そのものはムーブメントと音楽ジャンルを混合した日本でのみ使われる造語である。また、グローバルな視点では一切通用しない。

(2017年にL.A Metal Summit in Tokyo というロックフェスが企画された。モトリー・クルーのヴィンス・ニールや、ラットのスティーブン・パーシー、シンデレラのトム・キーファーらをブッキングし、後に中止となるが、その際にラットスティーブン・パーシーはLAメタルと呼ぶことについて拒否したという記録がある)

元々LAではドアーズヴァン・ヘイレンといった人気のバンドが活動していたことで、数々のロックバンドやミュージシャンたちが1970年半ばから多数活躍をしていた。それらのミュージシャンたちのサウンドが成熟してきたころが1980年代の前半にあたる。

代表的なバンドでは モトリー・クルー[1][2]クワイエット・ライオットラットがある。[2][3]

ほかにドッケン[4]や、ポイズンウォレントW.A.S.P.ブルー・スクリームブラック&ブルー (Black 'n Blue)、グレイト・ホワイトストライパージェフリアキールラフ・カットリジー・ボーデン[5]なども強い人気があった。ガンズ・アンド・ローゼズも、この動きの末期に登場したバンドであるとされる[5]

80年代のこのムーブメントには、2017年現在も活動している人気バンドのボン・ジョヴィもカテゴライズされることがあるが、ボン・ジョヴィはニュージャージー出身であったため、これらのムーブメントにおいて初期段階のビジュアルやサウンドに類似点があったのみであり、このLAメタル という部分に厳密には属さない。

このムーブメントは、溢れかえる程の人に対して行われたドラッグの売買、HIVの蔓延、未成年の夜間外出禁止条例の策定といった要因に加え、1989年ころからシアトルにて結成された多くのバンドが起こした新たなムーブメント「グランジ」により、急激に縮小し90年代後半には殆どのバンドが解散、事実上の解散、活動停止となり、ムーブメントは完全に消滅した。

サンセットストリップの賑わいがなくなったことの非常に大きな理由として、HIVによる死者が増えたことにあるとも言われる。

ラットのギタリストはこの時期にHIVに感染しその数年後に命を落とす。

80年代のこれらのバンドのサウンドは特徴的で、その前後のどの時代の音楽趣向とも異なる希有な作りになっていることが多く、その事で90年代以降はパロディ的な要素とされるようになる。元々はファンであったというその後のミュージシャンたちは数多く存在するが、サウンドとして追従するバンドは非常に少ない。

2017年現在では、Steel Panther が同時期のファッションや音楽スタイルをトリビュートし、LAを拠点に活動をしている。

出典・脚注[編集]

  1. ^ “ファンの愛に大サービス モトリー・クルー来日公演 ニッキー・シックスに聞く”. 読売新聞・東京夕刊: p. 7. (2011年10月27日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  2. ^ a b “美形ロックは永遠に不滅 ロック女子覆面座談会”. アエラ (朝日新聞社): 50. (2005年2月25日).  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  3. ^ “[サウンズBOX]ポピュラー ハワード・ジョーンズほか”. 読売新聞・東京夕刊: p. 8. (2010年5月6日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  4. ^ 川崎浩 (1995年2月6日). “<アーチスト>ドッケン “再婚”はスリル満点”. 毎日新聞・東京夕刊: p. 8  - 毎索にて閲覧
  5. ^ a b Jun Kawai 『ミュージック・ライフが見たLAメタル』 シンコーミュージック・エンタテイメント、2011年ISBN 978-4401636587『ミュージック・ライフ』復刻本第5弾はLAメタル!”. 音楽出版社 (2011年11月30日). 2014年1月14日閲覧。