yukihiro

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yukihiro
出生名 <本名非公開>
別名 YUKIHIRO
Yukihiro
YUKI P'UNK
生誕 (1968-11-24) 1968年11月24日(54歳)
出身地 日本の旗 日本千葉県市川市
ジャンル ロック
ニュー・ウェイヴ
インダストリアル
エレクトロニカ
テクノ
ハウス
オルタナティヴ・ロック
シューゲイザー
職業 ドラマー
シンガーソングライター
ギタリスト
ベーシスト
DJ
作詞家
作曲家
編曲家
エンジニア
担当楽器 ドラム
パーカッション
ボーカル
ギター
ベース
ターンテーブル
キーボード
シンセサイザー
サンプラー
活動期間 ZI:KILL
1989年 - 1990年
OPTIC NERVE
1991年
DIE IN CRIES
1991年 - 1995年
L'Arc〜en〜Ciel
1998年 -
acid android
2001年 -
geek sleep sheep
2012年 -
Petit Brabancon
2021年 -
レーベル Danger Crue Records
(1995年 - 2000年)
track on drugs records[注釈 1]
(2001年 - 現在)
Ki/oon Records
(2001年、2003年 - 2006年)
事務所 MAVERICK
共同作業者 L'Arc〜en〜Ciel
acid android
geek sleep sheep
Petit Brabancon
公式サイト tracks on drugs
上領亘テリー・ボジオ

yukihiro(ユキヒロ)は、日本ミュージシャンドラマーDJシンガーソングライター

ロックバンドL'Arc〜en〜Cielgeek sleep sheepPetit Brabanconのドラマー。元ZI:KILLDIE IN CRIESのドラマー、元P'UNK〜EN〜CIELベーシスト。L'Arc〜en〜Cielではメインコンポーザーの一人として、「New World」や「DRINK IT DOWN」「Cradle」「trick」などの楽曲を手掛けている。

2001年からは、ソロプロジェクト・acid androidの活動を開始。このソロプロジェクトでは、ドラムの他に、ボーカルギター、プログラミング、ミキシングを担当している。現在までにアルバム7作品[注釈 2]、シングル4作品[注釈 3]、映像作品4作品を発表している。他にも、THE MAD CAPSULE MARKET'STHE NOVEMBERSのアルバムにプログラミングで参加している。

所属事務所はMAVERICK。所属レーベルはDanger Crue Records

概要[編集]

プロフィール[編集]

1968年11月24日千葉県市川市にて生まれる。バンドメンバーやファンからの愛称は「ユッキー」または「先生」。血液型はA型。2021年現在、独身。

学生時代 - Zi:KiLL加入・脱退[編集]

yukihiroがドラムを始めたのは高校入学の時だったという。入学祝いを貰い、それでギターを買おうと楽器店へ向かったが気に入るものが見つからず、ギターと同じフロアに置いてあったドラムセットに一目惚れし、ドラムを始める。そのドラムセットがタムやシンバルがきっちりと組み込まれていたことを気に入ったという。「跳ね返りが悪くなる」という理由で防音マットも敷かずフルセットで叩き、近所から苦情が来たため、市役所の訪問を受けたことがあるという。結局、叩く時間を決めることで、事態は収拾された。そして高校入学後から髪を伸ばし始め、バンド活動を始めた。

高校時代はバンド活動に傾倒し、次第に学校へ行く意味を見失い、退学しようと親に相談したという。ただ、親にかなり怒られたため、高校を卒業後し千葉商科大学へ進学することを決断する。大学合格時も進学を辞退しようとしたが、高校の教師から「入りたくても入れなかった人もいる。お前が合格した代わりに誰かは落ちているんだ」と諭され、大学に進学する事となった。ちなみに大学を選んだ理由は「家から通えるから」だったという。

大学在学中に、東京ヤンキースを結成する前のUME、NORIとGUERRILLAを結成。1989年6月11日には、GUERRILLAとして目黒鹿鳴館でのライヴを敢行。このライヴを見ていたKEN(ZI:KILL)がyukihiroを誘い、そのままZI:KILLに加入した[1]。その後2枚のアルバム制作に参加したが、そのレコーディング終了後の1990年12月28日にZI:KILLを脱退することとなる。バンドを脱退した理由は、ロンドンでのレコーディング中にボーカルのTUSKが「バンドを辞める[2]」「yukihiroがいなければ残る[2]」と言い出したためで、結果バンドに途中加入したyukihiroが抜けることとなった。2006年の雑誌のインタビューにおいて、yukihiroは「その頃の僕のフェイバリットはミニストリーで。もっと極端なものがカッコいいと思ってたんですよね。だけどその頃のZI:KILLは、もっと普遍的なものを目指そうとしてるような、そんなふうに感じて。僕は後から入ったっていうのもあったけど、もっと突き詰めたかった。まぁ、その時は若かったんで、妥協できなくなってしまった[2]」「僕以外のメンバーも、違和感を感じてたと思うんですけどね、音楽的な部分でも。"何であの曲にあんなドラムのパターンをつけるんだ"、って。"もうちょっとシンプルなドラム付けてくれればシングルになるのに"とか[2]」と述べており、他のメンバーとの間で音楽的な隔たりが生じていたと振り返っている。ZI:KILLを脱退した途端に、レコード会社の人間に見放されたため、初めて訪れた海外で放り出される結果となった[2]

DIE IN CRIES結成 - 解散[編集]

1990年12月にZI:KILLを脱退した後、ロンドンに残ったyukihiroは現地の通訳と色々な場所に出かけていたという[2]。その後、D'ERLANGERを解散したKYOにロンドンから電話をしたことで、新たなバンドを結成する方向に向かっていくこととなる[2]

まず、1991年8月10日にKYOがソロプロジェクトとしてDIE IN CRIESを開始し、アルバム『NOTHINGNESS TO REVOLUTION』を発表。1991年9月10日には、yukihiroが室姫深(ex.THE MAD CAPSULE MARKET'S)を誘い、ユニットOPTIC NERVEを結成し、アルバム『OPTIC NERVE ABSTRACTION』を発売。この作品は、当時yukihiroが目指していた「打ち込みとの同期を取り入れた音楽[3]」となっており、小西健司(4-D、ex.P-MODEL)、TAKA(山口貴徳)、杉山勇司百々政幸といったエレクトロ・ミュージックに精通する面々がレコーディングに参加している。当時、OPTIC NERVEは既に前述のKYOのアルバムに参加していたため、2人を加えて新たにバンドDIE IN CRIESとして活動することが決定した。そこにTAKASHIを加え、1992年3月11日にアルバム『VISAGE』でメジャーデビューを果たす。1995年7月2日東京ベイNKホールでのライヴをもって解散するまでの全作品(スタジオアルバム5作、シングル7作)にドラマーとして携わっている。なお、このときの事務所がデンジャークルー・レコードだったことが、後に、sakuraが抜けてドラマーを探していたL'Arc〜en〜Cielに誘われるきっかけとなった。

1995年のDIE IN CRIES解散後からソロ活動を開始し、同年8月19日にはソロ名義で日清パワーステーションにてDJ&ライヴイベント「case in Water 〜invitation from yukihiro〜」を開催した。この模様は同年11月21日に発表したライヴビデオ&ライヴアルバム『「8.13」LIVE AT NISSIN POWER STATION '95.8.13』に収録された。また、ソロ活動の傍らで飯島直子のシングル「Change my mind」にサポートドラマーとして参加する他[4]大友康平アイドルのサポートドラマーとして活動する。飯島直子のレコーディングに参加したのは、後藤次利がドラマーを探していたことがきっかけだったといい、yukihiro曰く「この後も何度か仕事を振ってもらえた[4]」という。さらに、1996年1月24日には、THE MAD CAPSULE MARKET'Sのアルバム『4 PLUGS』にプログラマーとして参加している。ただ、このバンドに所属していなかった期間についてyukihiroは「ドラム以外の仕事をほとんどしなかったため、財産は尽きかけ住む家もなくなり、デンジャー・クルーのギターテックの家に居候する生活が一年ほど続いた[4]」と後年に述懐している。

L'Arc〜en〜Ciel加入 - 現在[編集]

1997年2月24日に、L'Arc〜en〜Cielのドラマーだったsakura覚醒剤取締法違反による逮捕を受け、同バンドにサポートドラマーとして参加。翌年1998年1月1日付けで正式加入することとなった。L'Arc〜en〜Cielにyukihiroが加入したことで、ドラムの音作りがタイトかつシャープなスタイルになり、さらに打ち込みバンドサウンドを同期させたドラムプレイが増えたことで[5]、バンドの音楽性が大きく変化することとなった(その後の活動はL'Arc〜en〜Cielを参照)。

L'Arc〜en〜Ciel加入以降も、時折他のバンドのレコーディングやライヴにサポートミュージシャンとして参加している。2002年には上領亘(ex.GRASS VALLEY、ex.P-MODEL)と白石元久が結成したユニット、crowのライヴ「Surround Space Perception」にゲストドラマーとして出演している。また、2016年1月には今井寿BUCK-TICK)と藤井麻輝minus(-)睡蓮、ex.SOFT BALLET)によるユニット、SCHAFTのアルバム『ULTRA』および『Deeper and Down』のレコーディングにドラマーとして参加し、同年に開催したライヴツアー「TOUR ULTRA -The Loud Engine-」にバンドメンバーとして同行している。2020年には、THE NOVEMBERSのアルバム『At The Beginning』にシーケンスサウンドデザイン、プログラミングとして参加している[6]

また、2012年には、2001年より始動した自身のソロプロジェクト・acid androidのレコーディングに参加していた百々和宏MO'SOME TONEBENDER)と、345(凛として時雨)に声を掛け、新たなスリーピースバンドを結成。2012年8月に行われたacid android主催のDJ&ライヴイベント「acid android in an alcove vol.5」においてバンド名を明かさず初ライヴを行っている。同年9月にはバンド名、geek sleep sheepを発表し、新たなバンドを本格的に始動した。geek sleep sheepは、2012年に行われたライヴツアー「20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL」の日産スタジアム公演終了後の楽屋において、yukihiro主導でプロジェクトがまとまったものだという[7]。前述のライヴツアー以降、L'Arc〜en〜Cielの活動予定がなかったこともあり、yukihiro曰く「"ドラマーとして何かに参加する"でなく"バンドでドラムを叩きたい"[8]」と考えていたといい、この思いからバンド結成に至ったと述べている。geek sleep sheepの楽曲は、1990年代のオルタナティヴ・ロックグランジに影響を受けたものが多いが、本人達は一つの音楽性に拘っているわけではないという。また、オリジナル曲が少ない時期は、多くのカバー曲をライヴでプレイしており、レディオヘッド[9]ショッキング・ブルー[9]ストロベリー・スウィッチブレイド[10]スマッシング・パンプキンズ[10]マンサン[10]といった様々なジャンルのミュージシャンのカバーを披露していた。

さらに、2021年には、DIR EN GREY)が主導し結成したバンド、Petit Brabanconに参加している。京とyukihiroに加え、ミヤMUCC)、antz(Tokyo Shoegazer)、高松浩史(THE NOVEMBERS)がメンバーとして参加しており、antzと高松はyukihiroの推薦により加入している。同年12月27日に日本武道館で行われる所属事務所主催のライヴイベント「JACK IN THE BOX 2021」にて初ステージを行っている。

バンド・ユニット遍歴[編集]

音楽性[編集]

パート[編集]

L'Arc〜en〜Cielでは、ドラムだけでなく、楽曲によってはギターキーボードをレコーディングで担当している。また、OPTIC NERVEやDIE IN CRIESの頃から引き続き、シンセサイザーサンプラープログラミングを担当している。さらに、L'Arc〜en〜Cielのパートチェンジバンド、P'UNK〜EN〜CIELではベースを担当している。

また、1991年にOPTIC NERVEとして発表したアルバム『OPTIC NERVE ABSTRACTION』では、自身初のボーカルを担当している。後述の1995年のソロイベントやソロプロジェクト・acid androidでもボーカルを担当しているが、1998年に正式加入したL'Arc〜en〜Cielでは、ドラムセットの前にマイクを置いていた前ドラマーのsakuraとは対照的に、ライヴにおいてバッキングボーカルを担当していなかった。ただ、2003年にL'Arc〜en〜Cielが行ったライヴ「Shibuya Seven days 2003」において、自作曲「trick」をhydetetsuyakenらとギターで演奏しながら共に歌っており、以後のライヴでも自作曲のボーカルを一部担当するようになっている。

さらに、1995年にソロ名義で開催したイベント「case in Water 〜invitation from yukihiro〜」以降、自身が主催するイベントやhideTHE NOVEMBERSなどの主催ライヴイベントにおいて、ディスクジョッキーとしてステージに立っている。また、1999年に発表したL'Arc〜en〜Cielのアルバム『ark』に収録された自作曲の「Cradle」ではターンテーブルを担当。2005年発表の同バンドのアルバム『AWAKE』収録の「AS ONE」ではスクラッチを取り入れており、L'Arc〜en〜Cielの楽曲の中にもyukihiroの嗜好の一部が垣間見られる。他にも、「It's the end」や「wild flower」のレコーディングにおいてタンバリンシェイカーを演奏している。

2001年から活動を開始した、ソロプロジェクト・acid androidでは、メインボーカル、プログラミングを務めており、楽曲の作詞・作曲・プロデュースを自身で行っている。また、曲によってはギター、ドラムを担当している。また、アルバム『acid android』や『faults』、『GARDEN』ではすべての楽曲のミキシングを担当している。ちなみに、2000年に発表したL'Arc〜en〜Cielのリミックスアルバム『ectomorphed works』においても、すべてのミックス作業をyukihiro単独で行っている。

他には、2019年に発表されたロックバンド、GRASS VALLEYの復刻アルバムボックス『Original Album Remastered Edition Box』のリマスタリング作業の監修も行っている[11]

楽曲制作[編集]

L'Arc〜en〜Cielとしては作詞・作曲を手掛けた楽曲は少ないものの、『ark』、『ray』以降の全てアルバムに自身が作曲した楽曲が収録されている。L'Arc〜en〜Cielで曲を書くことに関し、yukihiroは「当時"みんな書くから書かなきゃなあ"と思った[12]」と述べている。一方で「他のバンドとかでダメって言われてた曲がアルバムに入って嬉しかった[12]」とも語っており、「a swell in the sun[13]、「L'heure[12]、「hole[14]といった、以前に在籍していたバンドで採用されなかった曲やソロ用で温めていた曲が、L'Arc〜en〜Cielで採用され音源化されている。

L'Arc〜en〜Cielでのyukihiro作曲の楽曲は、「New World」や「trick」、「get out from the shell」に代表されるように、ハウスブレイクビーツなどを下敷きにしたマシーン・ビートとバンドサウンドを同期させたプレイを取り入れたものが多い[5]。他にも、yukihiro作曲の楽曲として、ブリストル・サウンドを意識した「Cradle」や[15]ポストパンクのリバイバルを受けて制作した「spiral[16]など、海外のムーブメントの影響を受けて制作された楽曲が挙げられる。また、1998年から2000年の間に発表されたシングルのカップリングには、yukihiroによるリミックス音源が収録されており、2000年には集大成としてリミックスアルバム『ectomorphed works』が発表されている。このアルバムでは、yukihiroがマンチェスター・ブームの頃のイギリスに憧れていたこともあり[17]ハウスを中心としたダンス・ミュージックとしてL'Arc〜en〜Cielの楽曲を再構築している。さらに、他のメンバーが作曲した楽曲の打ち込みによるアレンジを担うことが多く、「winter fall」(ken作曲)、「SEVENTH HEAVEN」(hyde作曲)、「AS ONE」(hyde作曲)などでサウンドデザインを行っている。

L'Arc〜en〜Cielにおいて作曲する際は、原曲を提示した後にアレンジを他のメンバーと共同で取り組むことが多い[5]。例えば、「New World」ではサビをhydeが制作しているため共作としてクレジットされており、「REVELATION」ではhydeがメロディーの制作を担当している[5]。また、「shade of season」ではkenと共同でアレンジを行っている[18]

一方、自身のソロプロジェクトにおける楽曲制作は、ギターリフや取り入れたい音色、サンプリングから作り始めることが多いという[5]。特にOPTIC NERVEやacid androidの初期は、「RED MOON」、「ring the noise」、「let's dance」、「violent parade」など、ラウドなギターリフとグルーヴィーなマシーン・ビートを融合したインダストリアルなサウンドを追求していた[19]。他にもacid androidでは、yukihiroなりにシューゲイザーを解釈し制作した「swallowtail[19]チルアウトを意識した「a lull in the rain[1]など様々な楽曲を手掛けている。ただ、2017年に発表したアルバム『GARDEN』以降は音楽性が大きく変わり、「echo」や「roses」のような、バンドサウンドよりもシーケンスの音色を主体とした[20]、1980年代のニューウェイヴシンセポップテクノエレクトロ・ポップを意識した楽曲が増えてきている。

楽曲制作の姿勢について、yukihiroは「自分は感情を曲で表現しようというのはあんまりないんですよね。ただ格好良い音を純粋に出したいし、それが聴きたいんです。例えばディストーションのギターを聴きたいならどういう音にすればいいのか、ドラムの音やベースの音をどういじれば最大限の効果を出せるのかっていうほうに興味があるんですよ。設計に近い感じですね[19]」と述べている。

音楽的ルーツ・音楽的嗜好[編集]

主にニューウェイヴポストパンクインダストリアルエレクトロ・ポップテクノハウスクラブ・ミュージックなどを好んで聴き、自身が制作する楽曲もこの影響を受けている。ドラムのプレイがタイトであることも、同期させた際にズレや音の響きの違いを軽減させるために考慮されていると思われる。音楽の原体験として、一風堂の「すみれ September Love」を挙げており、テレビでこの曲を披露している姿を見たことが音楽を始めるきっかけだったと語っている[21][22]

中学生・高校生の頃はMTVなどのヒットチャートにランクインしていた音楽をよく聴いていたといい、ジャパン[23]デュラン・デュラン[24]を好んでいたという。他に1980年代では、デペッシュ・モード[25]ザ・キュアー[25]ジョイ・ディヴィジョン[26]バウハウス[27]エコー&ザ・バニーメン[28]U2[29]といった、ニューウェイヴやポストパンク、ゴシック・ロックを好んで聴いていたという。

バンドを始めてからは新宿UK EDISONというレコード店によく赴き、アンダーグラウンドシーンの情報を得ていたと述べており[30]、「ボディー・ミュージックと書いてあれば何でも買っていた。そうやって聴いていた音楽をどうやってバンドに採り入れるかをいろいろ試行錯誤していた[19]」と語っている。後に傾倒していくこととなるインダストリアル・ミュージックもレコード店で知ったという。インダストリアルに目覚めるきっかけとなったアーティストとしてミニストリーを挙げており[30]、yukihiro曰く「聴いてすぐにサンプラーを買いに行った」という。他にはフロント 242[31]フロント・ライン・アッセンブリー[31]アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン[32]であったり、BUCK-TICK[33]SOFT BALLET[34]GRASS VALLEY[21]といった日本のバンドも好んで聴いていたという。また、この頃はアンビエント・ミュージックも好んで聴いており、KLF[35]アート・オブ・ノイズ[35]なども愛聴していた。

1980年代後半から1990年初頭にかけて流行したマンチェスター・ムーブメントにも大きな影響を受けており、このムーブメントに憧れてリミックスを始めるようになったという。このジャンルのアーティストでは、ザ・ストーン・ローゼズ[36]ハッピー・マンデーズ[36]808ステイト[37]などをフェイバリットとして挙げている。また、ブリストルで生まれたトリップ・ホップも好んでおり、マッシヴ・アタック[38]トリッキー[39]ポーティスヘッド[40]も好きで、DJとしてライヴイベントでよくかけていた。

1990年代には、ナイン・インチ・ネイルズ[41]ピッチシフター[42]ケミカル・ブラザーズ[43]アンダーワールド[43]ミート・ビート・マニフェスト[43]などのエレクトロニカやインダストリアルであったり、レディオヘッド[27]レッド・ホット・チリ・ペッパーズ[44]ザ・ヴァーヴ[44]プロディジー[44]プライマル・スクリーム[43]スマッシング・パンプキンズ[45]といったオルタナティヴ・ロックを好んで聴いている。特に尊敬するレディオヘッドのライヴは鑑賞し、グッズ売り場で購入したポスターを額縁に入れて家に飾っていたほどである。また、他のジャンルでは、ガリアーノ[46]シャーデー[47]ヤング・ディサイプルズ[37]マザー・アース[48]などのジャズの要素を含んだポップスも好んで聴いている。

2000年代・2010年代以降では、The 1975[28]ザ・エックス・エックス[37]イヴ・トゥモア[28]ウォーペイント[49]ナッシング・バット・シーヴス[28]ザ・ジャパニーズ・ハウス[49]ペール・ウェーヴス[49]ケリー・リー・オーウェンス[28]などを好んで聴いている。また、2010年のインタビューにおいて、ルチアーノ[19]やグリンプス[19]がフェイバリットでよく聴いていると述べていた。

yukihiroは自分が好んで聴いている音楽をリスナーとシェアすることが多く、過去には自身が出演するラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』内のコーナー「ユッキー's Power Play」において様々な音楽を紹介していたことがある。同番組ではデヴィッド・ボウイ[50]スリップノット[42]ハノイ・ロックス[51]マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン[52]ラーズ[52]モグワイ[53]などの様々なジャンルの楽曲を紹介していた。2020年頃からは、自身のソロプロジェクト・acid android公式YouTubeアーティストチャンネルにて「ACID ANDROID'S PICKS」と題し、自身が聴いている楽曲をピックアップしシェアしており、ヤー・ヤー・ヤーズザ・ホラーズチャーチズジェイムス・ブレイクフューチャー・アイランズなどが紹介されている。

邦楽では、前述のBUCK-TICKやSOFT BALLETの他に、zilch[21]フィッシュマンズ[54]ORIGINAL LOVE[55]ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション[56]などを好んで聴いている。他にはASIAN KUNG-FU GENERATIONFACTBUMP OF CHICKENスガシカオACOCoccoなどを好んで聴いている。

音楽を探す際は、好みのエンジニアやプロデューサーがクレジットされているものを中心に聴くことが多いといい、アラン・モルダー[19]テリー・デイト[19]ロス・ロビンソン[19]スティーヴ・アルビニ[53]などが関わっていた作品を好んで聴いていたという。好みのレーベル単位で聴くことも多いといい、1995年のインタビューにおいて、yukihiroは「アーティスト単位でよりもレーベル単位で選ぶことが多いんですよ。レーベルで言うと最近はClean UpとかCup Of Teaとかがいいですね[39]」と述べている。

acid android[編集]

L'Arc〜en〜Cielのファンクラブ活動の一環で、yukihiroがソロ名義で開催したイベント「acid android in an alcove」に端を発し始動したyukihiroのソロプロジェクト。このプロジェクトでは、自身が基本的にボーカル、サウンドプログラミングを務めており、ギタードラムミキシングをレコーディングで担当することもある。

2001年にyukihiro名義でシングル「ring the noise」、翌2002年にacid androidとして初のアルバム『acid android』をリリースし活動を本格的に開始した。現在までにアルバム7作品(内ミニアルバム2作、ボックスセット1作)、シングル4作品(yukihiro名義及び配信含む)を発表している。

楽曲はyukihiroが昔から好んで聴いていたインダストリアルを取り入れたものが多い。ただし、本人は「インダストリアルだけじゃなくて、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインみたいなシューゲイザー系のこだわりもあるし、あとゴスのこだわりもあるし、そういうこだわりも同じくらいある[57]」と語っており、ヘビーロック[58]エレクトロ[58]ゴシック・ロック[57]、シューゲイザー[58]チルアウト[59]、L'Arc〜en〜Cielとは違う音楽性を内包した楽曲を手掛けている。また、近年yukihiroは「(インダストリアルは)やり尽くしたとまでは言えないですけど、自分のなかでやりたいと思っていたことはやったかな[60]」と述べており、音楽性がインダストリアルからダークなエレクトロを基調としたサウンド[61]に変化している。そのため、2017年11月に発表したアルバム『GARDEN』は、1980年代のニュー・ウェイヴシンセポップからの影響を色濃く反映したアルバムとなっている[62][63]

レコーディングには、トニ・ハリディ(カーヴ)、フルカワミキLAMA、ex.SUPERCAR)、百々和宏MO'SOME TONEBENDER)、藤井麻輝minus(-)、ex.SOFT BALLET、ex.睡蓮)、今井寿BUCK-TICK)、TK凛として時雨)、O.N.O(THA BLUE HERB)、朝本浩文など多くのミュージシャンが参加している。

また、このソロプロジェクトを開始する発端となったイベント「acid android in an alcove」は定期的に企画され、基本的にオールナイトで開催されている。イベントは<ライヴイベント>と<DJイベント>に分けて行われることが多く、ライヴアクトとしてTHE NOVEMBERSMUCCMO'SOME TONEBENDERminus(-)agraphLillies and Remains土屋昌巳らが、DJアクトとして石野卓球電気グルーヴ)、DJハヤシPOLYSICS)、砂原良徳らが過去に出演している。

さらに、2017年7月1日にはアーティスト表記を大文字のACID ANDROIDに変更している。ただ、yukihiro本人は「プロジェクトの表記は大文字、小文字表記のどちらを用いてもいいと思っている」といい、「もちろんこだわっていますよ。大文字のフォントも一から作ってデザインしてますし。でも小文字でもいいんですよ。そこはお任せです[64]」とインタビューにて述べている。

作品[編集]

ソロ[編集]

yukihiro名義[編集]

シングル[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
2001年9月27日 ring the noise 12cmCD KSC2-412
9位
アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番
1995年11月21日 「8.13」LIVE AT NISSIN POWER STATION '95.8.13 12cmCD HML-011
2000年4月5日 DCCA-11
ライヴビデオ[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番
1995年11月21日 「8.13」LIVE AT NISSIN POWER STATION '95.8.13 VHS HML-004
参加作品[編集]
  発売日 アーティスト タイトル 内容
アルバム 1996年1月24日 THE MAD CAPSULE MARKET'S 4 PLUGS アルバムのプログラミングで参加
オムニバスアルバム 2001年8月23日 Various Artists Dante's Selection yukihiro名義で発表した楽曲「ring the noise」を提供
アルバム 2007年12月19日 睡蓮 音ヲ孕ム 収録曲「左手」にドラマーとして参加
2009年3月11日 六花ノ音 収録曲「浸透して」「腐葉土」「根ノ音ニタユタヘ」にドラマーとして参加
2009年12月23日 THE DAWN 収録曲「浸透して Ver.2.0」にドラマーとして参加
2016年1月20日 SCHAFT ULTRA 全収録曲にドラマーとして参加
2016年5月25日 Deeper and Down
コンピレーションアルバム 2019年3月27日 Various Artists 東京喰種トーキョーグール
AUTHENTIC SOUND CHRONICLE Compiled by Sui Ishida
People In The Boxの楽曲「聖者たち」のリミックスで参加
アルバム 2020年5月27日 THE NOVEMBERS At The Beginning アルバムのシーケンスサウンドデザイン、プログラミングで参加
書籍[編集]
種別 発売日 タイトル 発行
写真集+証言集 2011年9月 yukihiro history book beautiful days 音楽と人
単行本 2014年5月23日 yukihiro milk another story

acid android名義[編集]

シングル[編集]
フィジカルシングル[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位 収録アルバム
2006年4月5日 let's dance 12cmCD KSCL-979〜980
17位
デジタルシングル[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 収録アルバム
2014年11月24日(予約開始) the end of sequence code デジタル・ダウンロード
-
2017年10月20日 roses/ashes TODR-014
アルバム[編集]
  発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
1st 2002年9月25日 acid android 12cmCD TODR-001
-
2003年3月5日 DCCA-20
2nd 2006年5月10日 purification CD+DVD KSCL-984〜985
22位
12cmCD KSCL-986
3rd 2010年7月13日 13:day:dream TODR-002
28位
4th 2017年11月24日 GARDEN デジタル・ダウンロード TODR-015
77位
2018年4月4日 12cmCD(2枚組) POCS-9176/7
12cmCD POCS-1670
ミニアルバム[編集]
  発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
1st 2003年3月12日 faults 12cmCD KSCL-513
67位
2nd 2010年10月27日 code CD+DVD TODR-003〜004
46位
CD TODR-005
BOX[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
2011年4月13日 alcove / #1 4CD+DVD TODR-008〜012
105位
ライヴビデオ[編集]
  発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 2004年3月3日 acid android live 2003 DVD DCBA-4
2nd 2006年11月22日 acid android tour 2006 KSBL-5823
3rd 2011年2月23日 acid android live 2010 TODR-007
4th 2011年12月14日 acid android live 2011 TODR-013
参加作品[編集]
  発売日 アーティスト タイトル 内容
トリビュートアルバム 2012年7月4日 Various Artists PARADE II 〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK〜 BUCK-TICKの楽曲「SEXUAL×××××!」のカバーで参加
アルバム 2014年4月30日 sukekiyo IMMORTALIS アルバム初回生産限定盤の特典CDに収録曲「aftermath」のリミックスで参加
トリビュートアルバム 2017年9月13日 Various Artists D'ERLANGER TRIBUTE ALBUM 〜Stairway to Heaven〜 D'ERLANGERの楽曲「AFTER IMAGE」のカバーで参加
2018年6月6日 hide TRIBUTE IMPULSE hideが結成したバンド、zilchの楽曲「ELECTRIC CUCUMBER」のカバーで参加
オムニバスCD[65] 2019年9月25日 『BODY TO BODY』30th Anniversary Remixes SOFT BALLETの楽曲「BODY TO BODY」のリミックスで参加
書籍[編集]
単行本[編集]
発売日 タイトル 発行
2006年5月30日 acid android archives side-a ソニー・マガジンズ
2006年11月22日 acid android archives side-b
2006年12月28日 acid android archives complete-edition
2011年7月30日 acid android archives -extended.
2017年10月 acid android archives -fin.
アートブック[編集]
発売年 タイトル 備考
2011年 collection #1 通販サイトBARKS×ARTIST DELI SHOPPINGでの完全受注生産
2015年 collection #2
2017年 collection #3

バンド・ユニット[編集]

ZI:KILL[編集]

シングル[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
1991年4月26日 LONELY 8cmCD TODP-2241
14位
1995年8月23日 HERO
※3曲目に収録されている「LONELY (LIVE VERSION)」のみyukihiroがドラムを叩いている。
TODP-2308
26位
アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
1990年3月25日 CLOSE DANCE 12cmCD EXG-002
-
1991年3月20日 DESERT TOWN
※クレジットはされていないが、yukihiroがドラムを叩いている。
TODP-2308
10位

OPTIC NERVE[編集]

アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番
1991年9月10日 OPTIC NERVE ABSTRACTION 12cmCD HML-007

DIE IN CRIES[編集]

L'Arc〜en〜Ciel[編集]

geek sleep sheep[編集]

Petit Brabancon[編集]

シングル[編集]
発売日 タイトル 規格 品番 備考
2021年12月24日 刻 / 渇き デジタル配信 DCCA-1066
2022年4月27日 渇き CD+BD DCCA-1080~1081
CD+BD+アナログ盤 DCCA-1080~1082
12cmCD DCCA-1083
アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 品番 備考
2022年8月31日 Fetish CD+BD DCCA-108/109 2022年8月10日発売予定であったが、パッケージ製作上の不備により、8月31日へ延期となった[66]
12cmCD DCCA-107

ライヴ・コンサートツアー[編集]

yukihiro名義
公演日程 形態 タイトル 公演規模・会場
1995年8月13日 単発ライヴ case in Water 〜invitation from yukihiro〜
2001年5月23日 単発ライヴ acid android in an alcove
acid android名義
公演日程 形態 タイトル 公演規模・会場
2001年11月19日 単発ライヴ acid android act in november
2003年3月12日 - 5月27日 ライヴツアー acid android live 2003
2003年8月9日 - 9月22日 ライヴツアー acid android live 2003 ver.2
2005年10月25日10月27日11月4日 単発ライヴ acid android live 2005
2006年4月22日4月23日 ライヴイベント acid android vs mucc 2006 in shanghai
2006年5月12日 - 8月6日 ライヴツアー acid android tour 2006
2006年9月22日9月27日 単発ライヴ acid android live 2006 side-c
2010年2月13日 - 11月22日 ライヴツアー acid android live 2010
2011年8月4日 単発ライヴ acid android live 2011
2012年11月3日 - 10月24日 ライヴツアー acid android live 2012
2013年4月20日12月13日 単発ライヴ acid android live 2013
2016年4月16日 - 11月1日 単発ライヴ acid android live 2016
2017年7月8日 - 11月19日 単発ライヴ ACID ANDROID LIVE 2017
2018年4月20日 - 7月22日 単発ライヴ ACID ANDROID LIVE 2018
2019年3月30日 - 11月10日 ライヴツアー ACID ANDROID LIVE 2019
2020年10月17日 - 11月30日(中止) ライヴツアー ACID ANDROID LIVE 2020
2020年11月25日(有観客ライヴ)
2020年12月28日(配信)
単発ライヴ+配信 ACID ANDROID LIVE 2020
2021年6月12日 - 11月22日 ライヴツアー ACID ANDROID LIVE 2021

出演ライヴイベント[編集]

オーガナイズイベント[編集]

出演フェス・イベント[編集]

yukihiro名義[編集]

タイトル 会場
1997年
hide presents MIX LEMONed JELLY 8月26日 YELLOW、DX3000、蜂、MO
(DJとして出演)
2002年
crow 『Surround Space Perception』 1月8日 Shibuya O-EAST
4月14日 CLUB CITTA'
(ドラマーとして出演)
2008年
JACK IN THE BOX 2008 12月27日 日本武道館(セッションのみ)
2011年
JACK IN THE BOX 2011
2012年
December's Calling 12月17日 川崎CLUB CITTA’
(DJとして出演)
2013年
THE NOVEMBERS x Lillies and Remains presents 「Sigh」 1月13日 恵比寿LIQUIDROOM
(DJとして出演)
2016年
SCHAFT 『TOUR ULTRA -The Loud Engine-』 1月22日 CLUB CITTA'
1月24日 Yokohama Bay Hall
1月25日 LIQUIDROOM
1月27日 赤坂BLITZ
1月28日 EX THEATER ROPPONGI
(ドラマーとして出演)
2021年
JACK IN THE BOX 2021 12月27日 日本武道館(セッションのみ)

acid android名義[編集]

タイトル 会場
2003年
SONS OF ALL PUSSYS 『第二回 OSAKA BUBBLE FESTiVAL』 5月8日 なんばhatch
天嘉-弐- 12月26日 日本武道館
2004年
SONS OF ALL PUSSYS 『第四回 OSAKA BUBBLE FESTiVAL』 2月21日 なんばhatch
MUCC 『えん2』 2月19日 Zepp Tokyo
2月23日 ON AIR OSAKA
天嘉-参- 12月25日 日本武道館
2005年
天嘉-四-
2006年
コーン 『JAPAN TOUR 2006』 4月19日 Zepp Tokyo(オープニングアクトとして出演)
2007年
JACK IN THE BOX 2007 12月26日 日本武道館藤井麻輝と共演)
2008年
音楽と人 Presents MUSIC & PEOPLE 11月3日 横浜BLITZ
ROCKSTAR Energy Drink Presents ROCKSTAR TASTE OF CHAOS 2008 11月10日 新木場STUDIO COAST
2009年
VAMPS 『VAMPS LIVE 2009 ~吸血鬼VS人造人間~』 5月14日 CLUB CITTA'
JACK IN THE BOX 2009 SUMMER 8月15日 幕張メッセ展示場1~3 ホール
JACK IN THE BOX 2009 12月27日 日本武道館
2010年
音楽と人 Presents MUSIC & PEOPLE 6月13日 恵比寿LIQUIDROOM
スマッシング・パンプキンズSUMMER SONIC 2010 EXTRA』 8月11日 新木場STUDIO COAST(ゲストアクトとして出演)
JACK IN THE BOX 2010 SUMMER 8月21日 幕張メッセ展示場4~6 ホール
D'ERLANGER 『ABSTINENCE'S DOOR ♯006』 9月20日 新木場STUDIO COAST
2012年
BUCK-TICK 『BUCK-TICK FEST 2012 ON PARADE』 9月22日 千葉ポートパーク特設野外ステージ
2015年
sukekiyo 『"The Unified Field" -双卵の眼-』 2月2日 スカラエスパシオ
2019年
cali≠gari 『25th Caliversary "1993-2019" 終わらない夏の伝説達へ… 〜Can't Stopが止まらない!〜』 9月6日 恵比寿LIQUID ROOM
2MAN LIVE BAROQUE×ACID ANDROID kiss the sky Ⅳ 10月4日 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
2022年
People In The Box『-aapitb-』 7月1日 Spotify O-EAST

ドラマーとして[編集]

タイトで正確な、細かい手数を用いたフレーズフィルインが特徴。特にL'Arc〜en〜Ciel加入以前は今よりも多くの手数を用いており、叩く姿も大振りなため派手でアグレッシブなプレイだった。尊敬するドラマーとして上領亘(ex.GRASS VALLEY)を挙げており[67]、yukihiro自身が「ハイハットを複数セットするのは、明らかに上領さんの影響[67][68]」「上領さんのことが好きな方だったら、僕がハイハットを左右にセットしているのは、そのままやってるなってわかると思います[67]」と述べているようにプレイスタイルに類似点が見られる。

ドラムセット右側のリモートハットと左側のクローズドハットで16ビートを刻む独特なプレイがある。4拍子のバスドラの裏に右手のリモートハット、同時に裏の16分音符を左手のクローズドハットで刻んでおり、「Caress of venus」、「花葬」、「NEO UNIVERSE」、「Lover boy」などで見られる(各種ライヴDVD参照)。また、「snow drop」や、DIE IN CRIESの楽曲「NERVOUS」、SUILENの楽曲「左手」では、yukihiroのドラムセットの特徴ともいえるロートタムを活用したフレーズが随所にみられる。さらに、引き算でリズムを作るアプローチも多く、「NEO UNIVERSE」ではアウトロの一発を除きスネアを叩かず、終始ハイハットとキックの4分打ちだけの構成となっていたり[69]、「forbidden lover」ではマーチング・ビートのようなスネアのアクセントで楽曲を彩っている。yukihiroは「曲の仕上がりはドラマティックになってるけど、ドラムは最後まで展開しない。それだけでカッコいいんだから、余計なことはいらない[70]」と述べている。

音作りに関しては、「楽曲の中でドラムの音は小さくてタイトに、スネアとハイハットを同時に叩いたときの音が、人が聴いているという意味でのスネアの音である[71]」と考えているという。DIE IN CRIESの頃はキックの中に毛布を詰めていたことがあるほどで[72]、L'Arc〜en〜Cielの共同プロデューサーを務める岡野ハジメは「ほとんどのドラマーってキックもスネアもデカくすれば大喜びするんですけど、彼はその逆で"キックの低域がありすぎです"、"アンビエントがありすぎます"というオーダーをしてくる[73]」「ドラムがシャープでスピード感がありながら、キットとしてまとまりのある音にしたかったんだろうと解釈して、1960年代の音場のあり方の"今バージョン"をやればいいんじゃないかと思って、ドラムはタイトに1つの塊にして、その下でベースがちゃんと歌っている形にしようと思いましたね[73]」と述べている。ただ、2007年にL'Arc〜en〜Cielとして発表したアルバム『KISS』のインタビューにて、yukihiroは「(これまでは)アンビはほんとにヤだったんで、ドラムは必ずデッドで、っていうことがまず先にあったから。やっぱそこっていうのは、ある程度曲に対しての制限にもなってくるものだからっていうのもあるし。そういうところを1回こう、なくしてみて。みんなが曲を作ったときに思い描いてた音像とかがそこに明確にあるんであれば、そういう音にした方がその曲が活きるんだろうなっていうふうに思って、今回はそれでやってみたって感じですね[74]」と音作りに心境の変化があったことを示唆している。

また、「SEVENTH HEAVEN」を始め、「winter fall」、「New World」、「spiral」、「DRINK IT DOWN」などで、打ち込みブレイクビーツを同期させたプレイやスリップビートなど変則リズムを多く採り入れている。「Peeping Tom」では、1980年代のニュー・ウェイヴを意識し、ドラムの残響音をゲートで切り余韻を排除した加工を施していたり[75]、他にも「forbidden lover」では自身のドラム音をソフトに取り込みコラージュのようにドラムフレーズを切り貼りしたり、「Sell my Soul」ではドラム音をアナログ・フィルター・マシンに通し歪み加工を施している[76]。自身が好むドラム音の加工や、バンドサウンドと打ち込みとの同期をL'Arc〜en〜Cielに導入することにより、結果的にL'Arc〜en〜Cielの楽曲の幅を広げることに貢献したといえる。

使用機材[編集]

ドラムセット[編集]

ツーバスをベースに、ピッコロスネアやロートタム、多数のシンバルを構成。高く設置されたチャイナシンバルが特徴的なセットである。ドラムラックを用いて左右対称を意識して構築しており、その複雑さからしばしば『要塞』と形容されることもある。前方のチャイナシンバルとは対照的にスネアやタム類が水平に低く設置されていることにより、ライヴなどでは他のドラマーに比べて、上半身がより見えやすい。

シンバルに関しては、全てセイビアン製のシンバルを採用。ハイハットシンバルは左側にスタンド式とクローズドハットの2枚、右側にリモートハット1枚の合計3枚がセットされている。ハイハットを2枚配置するドラマーは比較的多いが、3枚配置することはあまりない。また前述した通りドラムラックを用い、スタンドを必要とせず場所に困らないため、特にクラッシュシンバルチャイナシンバルスプラッシュシンバルは組み込まれている枚数や種類が多い。

バスドラムPearlの6plyメイプルの22インチが2つ。フットペダルにはPearlのEliminator IIを使用。右足側は右バスドラ、左足側は左から順に左ハイハット・左バスドラ・右リモートハットの3つのペダルがマウントされている。リモートハイハット用のペダルはPearlではなくYAMAHAの旧モデルを使用していたが2022年よりリモートハイハットもpearl製の現在のモデルを使用している。ドラムラックの脚の部分は三脚式に改造されている。

セット中央のスネアドラムはシェルが薄く高音域で、音のヌケが良いピッコロスネア。スネアの前方には10インチのタムが1つ、本人から見て右側にフロアタムが14インチ・16インチの2つ、前方のタムをはさんで左に6インチ、右に8インチ・10インチのレモ製のロートタム3つが配置されている。ちなみに、スネアドラムは現在までに下記3種類のシグネチャーモデルがPearlから発表されている。

  • Pearl YA1435 yukihiro Signature Snare Drum
2000年頃からライヴ・レコーディングで使用しているシグネチャーモデル第一弾
  • Pearl YA1435-2 yukihiro Signature Snare Drum Version.2
2005年頃からライヴ・レコーディングで使用しているシグネチャーモデル第二弾
  • Pearl FCA1435/B-YA yukihiro Signature Snare Drum Version.3
2018年頃からライヴ・レコーディングで使用しているシグネチャーモデル第三弾

ドラムセットの変遷[編集]

DIE IN CRIES時代も基本的な配置は上記に似ているが、今よりもさらに点数が多いセッティングだった。タム類は基本のフロアタム以外は、キャノンタム2つ、ロートタム5つで構成されていた。また、ライドシンバルやクラッシュシンバルは使用せず、チャイナシンバル9枚、スプラッシュシンバル3枚、ハイハット4枚、さらにロートタムのスポークをシンバル代わりに使用するなど、現在にも況して特異なドラムセットであった。その点数の多さから、当時のローディーに「お願いですからスタンドではなく、ラックにして下さい」と泣いて懇願されたという逸話まで残っている。ちなみに、DIE IN CRIES時代に導入していなかったライドシンバルやクラッシュシンバルを後に組み込んだのは、1995年にバンドが解散し、生活の為あらゆるミュージシャンのサポートドラマーをするようになったことがきっかけだという[77]

2011年頃までは前述の構成でアークティックホワイトのセットを使用。ハイハットは左側のメイン用もリモートハットが使用されていた。前方には18インチのチャイナが2枚左右対称に高くセッティングされていたが、セット左側に1枚だけだった時期もある。2012年以降はマットブラックのセットになり、アークティックホワイトのセットは、ライヴのサブステージ等でメインのセットとほぼ同じセッティングで使用されている。2015年頃からは、ワンバスベースのセットを使用。全体の高さが以前より低くなり、スネアには初めてピッコロスネア以外の5インチのHybrid Exotiを導入。ロートタムは6・8インチの2つになった。高く聳えるチャイナシンバルは無くなり、17インチのホーリーチャイナを2枚導入。ワンバスになったことでツインペダルになった。

2018年に開催されたライヴ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas」では、再びツーバスのセットになった。配置はツーバスセット時代とほぼ同様だが、シンバル等の高さはワンバスセットに近い。スネアはウルトラキャストでフリーフローティングシステムを取り入れたピッコロスネアを使用。前方中央に17インチのホーリーチャイナ1枚が高く設置され、Hybrid Exoticはサブスネアとして取り入れられた。

シンセサイザー等[編集]

機材 モデル
キーボード&シンセサイザー
リズムマシン、サンプラー等

人物[編集]

趣味・嗜好[編集]

  • 非常にストイックな性格で、L'Arc〜en〜Cielの共同プロデューサーである岡野ハジメはレコーディングでのyukihiroについて「完璧主義者」と評しており、「自分の思い描いたビートが出るまで何十時間でも叩き続けている[93]」「彼は凄く優秀なドラマーだし上手いんですけど、『yukihiro道』がありますね。最初はそれが理解できなくて、"テイクワンが素晴らしかったから、これでいいんじゃない?"とか言ってたんだけど、許してくれないんですよ。それでもう途中で諦めて、"好きなだけ叩いてください"という風になりました(笑)[73]」「精進を積み重ねた上で、もっと高いところへという志、それが『yukihiro道』なんですよ。それを理解するために彼とはいろいろ話をしましたね[73]」と述べている。また、ともにバンドを組むhydeは「良いの録れてるのにずっとやってる[94]」、KYOD'ERLANGER、ex.DIE IN CRIES)は「レコーディングを延々にやってる。完璧主義者[95]」と述べている。
    • L'Arc〜en〜Cielのシングル「STAY AWAY」のレコーディングではドラムを100回近く叩いたといい、ドラム録りに2日かかったという[96]。また、他の曲でもドラム録りだけで2、3日掛かることもあったといい、岡野ハジメは「普通だったらだいたい良いテイクが出来たら、ミスした部分をパンチ・インするなり、エディットしてOKになるんですけど、それを許してくれないんです[73]」と述べている。
    • しかし、L'Arc〜en〜Cielのアルバム『KISS』のレコーディングでは、レコーディングに入る前に全曲1度仮で録ったことにより、以前よりドラム録りが早くなった[97]といい、2012年のインタビューでは「ここ最近は誰かが"良いね"って言ってくれたら良いんだと思えるようになった。そうした方がレコーディングの現場って楽しくなるなあって(笑)...だから今まで迷惑かけてたのかなってちょっと反省してますね[94]」と述べている。
  • ハードウェア・シンセサイザーを好んで収集しており楽曲制作にも導入している。2015年より雑誌『サウンド&レコーディング・マガジン』において、「oscillator lovers by yukihiro」と題し、シンセサイザーを主なテーマに、石野卓球電気グルーヴ)、牛尾憲輔LAMA)、日下貴世志といった様々なクリエイターをゲストを迎えた対談が不定期連載されていた。
    • また、パソコン1台とソフトシンセで行うような主流な楽曲制作も肯定的に捉えており、yukihiroは「昔、ハードウェアを積んでいた人も、今はコンピューター1台でやっちゃうよっていう人もいるし。それがその人にとって、今の自分の音楽に対する正解なんだと思う。僕はいまだにハードウェアが好きだから、ハードウェアを使ってるけど、だからといってMac1台でやっちゃう人に対して、失ったものがあるとは思わない。やりたいことに対して沿っているのであればいいんじゃないかな[87]」と述べている。ちなみに、打ち込みを始めるにあたって初めて購入した機材は、Roland MC-500 MK-IIだったという[87]
  • アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を好んでおり、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の『』、『』をL'Arc〜en〜Cielのメンバー4人で映画館を貸し切って鑑賞している。また、2012年には『Q』の最速上映会にもhydeとともに足を運んでいる。
    • アニメ『ガンダムシリーズ』も好んでおり、同アニメに登場するモビルスーツのプラモデルもよく作っている。2009年にはファンクラブ会報の企画でバンダイホビーセンターを訪れている他[98]2017年には東京・お台場にオープンした施設「THE GUNDAM BASE TOKYO」に自身がカラーリングしたプラモデルを出展している。
  • 漫画家・弐瓶勉の作品を愛読しており、アニメ映画『BLAME!』も鑑賞している。2014年にはyukihiroのオファーにより、弐瓶がacid androidのイメージキャラクターを手掛けることとなった[99]。他に漫画では『ジョジョの奇妙な冒険』を好んでいる。これは今井寿BUCK-TICK)のすすめで読み始めたといい[100]、特に第5部と第7部がお気に入りだという[101]
  • テレビゲームを好んでプレイしており、過去には『バイオハザードシリーズ』、『デビルメイクライシリーズ』、『鬼武者』、『シーマン』、『塊魂』など[102][103]をプレイしていた。
    • デビルメイクライシリーズでは、1作目となる『デビルメイクライ』において自身が書き下ろした楽曲「ring the noise」がゲームソフトの初回購入特典CDに収録されている。また、2008年には4作目の『デビルメイクライ4』において自身が作曲したL'Arc〜en〜Cielの楽曲「DRINK IT DOWN」がテーマソングに起用されている。
    • また、同ゲームの音楽制作を担当している柴田徹也と交流があり、柴田はacid androidの楽曲のリミックスを手掛ける他、L'Arc〜en〜Cielのライヴ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」において「trick」「REVELATION」の2曲のライヴ用音源のプログラミングを担当している[104]
  • 中日ドラゴンズのマスコットキャラクターであるドアラのファン[105]。また、元々野球には興味が無かったがドアラをきっかけに中日ドラゴンズのファンになった事を告白している[106]
    • 2012年に「20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL」が開催された際、自身プロデュースのもと、ドアラとyukihiroの似顔絵がプリントされた「ドアラルクチョコレート」が横浜、大阪、東京でのツアー会場限定グッズとして発売された。また、2015年に開催された「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」ではショルダーバッグ「ドアラカモ?」を会場限定グッズとして発売。
    • 2013年2014年2015年2016年にはドアラとコラボした「ドアラルクカレンダー」(2014年~2017年分カレンダー)が発売されている[105]
    • 2018年に「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas」が開催された際、自身プロデュースのもと、ドアラに加え、漫画・アニメ『ポプテピピック』ともコラボした「ドアラルクソアニメピピック ポチ袋」が会場限定グッズとして発売された。2020年以降もドアラとのコラボグッズをライヴ会場で販売している。
  • 甘い物が好物で、昔はレコーディング中に頻繁にチョコレートを食べていたという。2014年には、345(凛として時雨)とスイーツをテーマに対談している[107]
  • L'Arc〜en〜Cielのメンバーで唯一の下戸である。また、元喫煙者であり、ファンクラブの企画によりセミナーを受け禁煙に成功している。

エピソード[編集]

  • 非常に細身の体型であり、担当のドラムも体力を使うパートなためか、ツアー中に体脂肪率を計ったところ、低すぎて計測不可能になったことがある[108]
    • 食が細くライヴの打ち上げなどで食事に出かけてもあまり食べないため、それを心配したL'Arc〜en〜Cielのメンバーが、yukihiroが食べる分を一つにまとめたセット(通称:ユッキーセット)を大皿から小分けにし食べさせていたことがあった[109]。また、ライヴ当日は基本的に、水、のど飴、ウイダーinゼリーカロリーメイトぐらいしか口にしないという[95]
  • かつてはバンド内でギターを担当していたこともある。しかし、パワーコードしか押さえなかったため、弦は4本しか張っていなかったらしい。
  • L'Arc〜en〜Ciel加入以前の呼び名は「先生」だった。これは、学生時代に英語数学家庭教師をしていたことからである。また、ラルク以降も時々、特にacid androidとして活動する際には 「先生」と呼ばれているが、概ね「ユッキー」の愛称が定着している。
    • また、L'Arc〜en〜Cielのメンバー3人にとって元々バンドマンとして先輩だったため、yukihiroがL'Arc〜en〜Cielに加入した当初、kenやtetsuyaはどう呼んで良いか分からなかったらしい。hydeが前触れも無く不意に「ユッキー」と呼んだため、この愛称が定着したという[110]
  • 1995年ZI:KILLでのアルバムレコーディング中に、目指す音楽性の違いからアルバム完成後にバンドを脱退することになった。脱退が決まった途端に親しかったスタッフから冷たくあしらわれ、yukihiroだけ食事が出なくなり最終的には海外で一人放り出されたことから、「レコード会社の人間と音楽業界の人間は信用しない[2]」と人間不信気味になっていたという。そのため、DIE IN CRIESではバンドメンバーしか信用しないようになっていたという[111]。また、当時は"バンドマンたるものかくあるべし"、というポリシーを断固として守っていたという。例えば「夏でも長袖しか着ない」「ハワイには行かない」など[111]。音楽以外に割く時間はないと、自動車免許も持っていなかった。
    • L'Arc〜en〜Cielに加入し、自然体のメンバーに大きな影響を受けた後は柔和になっていった。yukihiro曰く「こうじゃなきゃ嫌だ、っていうのが減ったかな。逆に、いろんなものを楽しめるようになった[4]」という。前述のポリシーもなくなり、ハワイに行き、半袖も着用するようになり、1999年にはリーダーであるtetsuyaに「車の免許も取ったほうが良い」と言われ取得したことを、FMラジオで公言している。ただ、未だにこだわりが強いところが多いようで、hydeは「こだわりの哲学のある人[112]」と評している。
    • ただ、脱退後もZi:KILLでの活動を否定的に捉えておらず、2006年の雑誌のインタビューにて「僕の解釈ではアンダーグラウンドのもので、そういう空気とか匂いがすごいカッコいいと思ったし。例えば、色んな楽器へのアプローチにしても、普通そうしないだろっていうことをいっぱいやってたんです、彼らは[1]」と述べている。2001年には自身が出演するラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』内のコーナー「ユッキー's Power Play」において、Zi:KILLの「TERO」とDIE IN CRIESの「NERVOUSE」を選曲し流している[113]
  • yukihiroが在籍していたDIE IN CRIESと、L'Arc〜en〜Cielの所属事務所(デンジャー・クルー)が当時一緒だったこともあり、yukihiroがバンドに加入する前からL'Arc〜en〜Cielと面識があった。加入前のL'Arc〜en〜Cielの印象について、yukihiroは「いわゆるビジュアル系って言われてたわけじゃないですか。そういう人たちがやる音楽じゃないよなって、それが面白かったですね。みんなにそういう血がないんだってことですね[114]」と述べている。また、アルバム『True』を聴いたときは「こういう曲もやるバンドなんだ!って、凄く新鮮だった[115]」という。
    • L'Arc〜en〜Cielに加入直後に発売したアルバム『HEART』に関するインタビューにおいて、yukihiroは「前のラルクと違うと思われるのは当たり前だと思う」「ただ、カッコ悪くなったと思われるのは嫌だから、プレッシャーもあった[116]」と述べている。
    • また、L'Arc〜en〜Cielでドラムを叩くことに対して、2009年発売のドキュメンタリービデオで「凄いプレッシャーだよね。あの3人を前にして、俺がコケたら皆コケるわけじゃん?[117]」と発言していた。
  • 1997年に初めてL'Arc〜en〜Cielのレコーディングに参加したとき、hydeが水着を着ていてびっくりしたという(yukihiro本人は、水着と発覚するまで「ピチッとした半ズボン」だと思っていた)。また、hydeの初期の容貌から「綺麗な人」というイメージを持っていたため、いざhydeが登場したときにヒゲが生えていたことにもびっくりしたと語っている。

交流関係[編集]

  • 上領亘』(NeoBallad、ex.CROW、ex.P-MODEL、ex.GRASS VALLEY) - yukihiroがリスペクトするバンド、GRASS VALLEYのドラマー。yukihiroは上領のドラムプレイに大きな影響を受けたと述べており、Zi:KILL在籍時に、レコード会社の人間から紹介を受け交流が始まったという[11]2002年には上領が行っていたプロジェクトCROWのライヴにyukihiroが参加し、ツインドラムで上領と共演している[67]2019年には、ソニー・ミュージックが運営するオーダーメイドファクトリーにyukihiroがリクエストし、GRASS VALLEYの全オリジナルアルバムを収録した復刻ボックス『Original Album Remastered Edition Box』のリリースが実現している[118]。このボックスのリマスタリング作業はyukihiroが監修している[11]
  • 藤井麻輝』(minus(-)SUILENSCHAFT、ex.SOFT BALLET) - yukihiroがリスペクトするバンド、SOFT BALLETのメンバー。2007年には藤井が結成した音楽ユニット、睡蓮のアルバム『音ヲ孕ム』にサポートドラマーして参加している。以降も、acid androidの作品に藤井が参加したり、藤井が今井寿と再始動したSCHAFTにyukihiroがサポートドラマーとして参加するなど交流がある。ちなみにyukihiroは、2006年9月27日に行ったライヴ「acid android live 2006 side c」にて、同じくSOFT BALLETに在籍していた森岡賢と共演している。
  • 今井寿』(BUCK-TICKSCHAFT、ex.Lucy) - yukihiroがリスペクトするバンド、BUCK-TICKのギタリスト。2008年に音楽雑誌『音楽と人』の対談企画で初対面している[119]。同年11月3日には、音楽と人主催のイベント「MUSIC & PEOPLE」において、藤井麻輝を加えた3人でSCHAFTの楽曲を演奏している。その後も交流を深め、2010年10月には自身のソロプロジェクトacid androidのアルバム『code』に今井がゲスト参加し、2012年にはBUCK-TICKのトリビュートアルバムにyukihiroがacid androidとして参加している。2019年にはSCHAFT再始動に伴い、yukihiroがレコーディング、ライヴツアーにサポートドラマーとして参加している。
  • 『小林祐介』(THE NOVEMBERSTHE SPELLBOUND) - acid androidのサポートギタリストを2012年から務めている。2014年にはyukihiroがacid androidとして企画するオールナイトイベント「acid android in an alcove vol.7」にTHE NOVEMBERSとして参加している。2016年にはacid androidとTHE NOVEMBERSが共同でイベントを企画。また、雑誌企画でKENT(Lillies and Remains)を加えた3人で、1980年代のニューウェイヴをテーマに対談を行ったこともある[120]。ちなみに、小林がL'Arc〜en〜Cielのファンであることから、THE NOVEMBERSでL'Arc〜en〜Cielの楽曲「Cradle」をライヴでカバーしたこともあり、後にEP盤『TODAY』にて音源化されている。
  • 『山口大吾』(People In The Box) - acid androidのサポートドラマーを2012年から務めている。2014年には、ヤノマサシ(POLYSICS)も加えた3人でドラマー対談を行っている[121]。また、2019年にはPeople In The Boxの楽曲「聖者たち」のリミックスをyukihiroが行っている。

参考文献[編集]

  • リズム&ドラム・マガジン』リットーミュージック、2004年5月号
  • 音楽と人』、USEN(発行)、シンコーミュージック・エンタテイメント(発売)、2006年6月号
  • 『yukihiro milk another story』、音楽と人、2014年6月12日発行
  • 『リズム&ドラム・マガジン』リットーミュージック、2016年1月号
  • サウンド&レコーディング・マガジン』、リットーミュージック、2017年2月号
  • 『リズム&ドラム・マガジン』リットーミュージック、2019年5月号
  • 『サウンド&レコーディング・マガジン』、リットーミュージック、2020年8月号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ yukihiroの自主レーベル。発売元はデンジャー・クルー・エンタテインメント(2010年 - 2017年)、マーベリック(2018年以降)が担当。販売元はダイキサウンド(2001年)、ソニー・ミュージックディストリビューション(2010年 - 2011年)、ユニバーサルミュージック(2018年)が担当。
  2. ^ ミニアルバム2作、ボックス・セット1作を含む
  3. ^ yukihiro名義で発表したシングル「ring the noise」、デジタルリリースした「the end of sequence code」および「roses/ashes」を含む

参考文献・出典[編集]

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