今井寿

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今井寿
出生名 今井寿
生誕 (1965-10-21) 1965年10月21日(53歳)
出身地 日本の旗 日本, 群馬県藤岡市
学歴 群馬県立藤岡高等学校卒業
ジャンル ロック
職業 ギタリストミュージシャン
担当楽器 ギター
ノイズ
テルミン
ギターシンセサイザー
ボーカル
活動期間 1985年 -
レーベル HAPPY HOUSE
事務所 BANKER
共同作業者 BUCK-TICK
SCHAFT
SCHWEIN
Lucy
横山和俊
公式サイト Lucy official web site
著名使用楽器
フェルナンデス・STABILIZER SLV
フェルナンデス・BT-120MM
フェルナンデス・BP-220HI
YMO
RCサクセション
バウハウス
ジョン・ライドン
布袋寅泰
スターリン
ザ・キュアー
など

今井 寿(いまい ひさし、1965年10月21日- )は、日本ミュージシャン群馬県藤岡市出身。

ロックバンドBUCK-TICKギタリスト。BUCK-TICKとは別に活動しているバンド・Lucyではギターだけでなくボーカルも担当。

身長175cm。血液型はO型。既婚。

デビュー初期の頃は「HISASHI」と表記されていた。他のメンバーと違い愛称はなく、メンバーからは「今井」、「今井くん」、「今井さん」などと苗字で呼ばれている。

来歴[編集]

3人の兄妹の長男で、4歳下の弟と8歳下の妹がいる。また叔母も同居していた[1]

実家は「今井商店」と言う名前のタバコ屋マンガ雑誌缶コーヒーなども置いてあり、学生時代は仲間の溜り場となっていた。次第に知り合いの知り合いなど今井の知らない人間も出入りするようになり、その中にいたのが櫻井敦司、樋口豊であった[1]

高校生(16歳)の時に、RCサクセションを聴いて、バンドマンを職業にすることに決める[2]。当時は小僧寿しアルバイトをしていたが、店長(女性)とその夫がロック好きだったため、RCサクセションなどの好きな曲をラジカセで聴きながら寿司を握っていた[3]。最初に買ったギターはフィッシャーのストラトキャスターであり、ギターを始めて1ヶ月後に初ステージを経験している。

高校卒業後は都内のデザイン系専門学校に進学。

1984年BUCK-TICKの前身バンドである「非難GO-GO」を結成。その後、バンド名を「BUCK-TICK」に改名。当時、櫻井と星野と樋口はまだ群馬に住んでおり、バンド活動の為、週末毎に当時ボーカリストだったアラキと帰郷するという生活を送っていた。バンド活動が軌道に乗り始めていったこともあり、専門学校は最終的にドロップアウトしている。

1987年9月21日ビクターインビテーションよりメジャーデビュー。

1989年4月21日LSD使用による麻薬取締法(現「麻薬及び向精神薬取締法」)違反で逮捕される[4]。懲役6ヶ月、執行猶予3年の有罪判決。12月29日東京ドームで行われたライブ『バクチク現象』で復帰。

1991年藤井麻輝とのユニットSCHAFTを結成。

1994年、SCHAFTを本格始動。

2001年櫻井敦司PIGのレイモンド・ワッツ、KMFDMサシャ・コニエツコと共にインダストリアルバンドSCHWEINを結成。

2004年KIYOSHI、岡崎達成とLucyを結成。

2006年、イベント「WEAR RED SHOES Vol.3」に高樹町ミサイルズのギターとして出演。

2008年5月、ホームページ上で結婚を報告。

2013年8月、第一子が誕生したことをブログで発表[5]

2016年1月、約21年ぶりにSCHAFTを本格再始動。

音楽性と影響[編集]

非常に独創的なフレージングやコード感を持つギタリストであり、バンドの移り変わりの激しい音楽性をあくまで自己流に創造する。不協和音の多用やノイジーなアドリブなどがプレイ上の特徴である。テクノニューウェイヴからの影響が強いため、雑誌のインタビューなどでも「キーボードシンセサイザーのような感覚で弾いている」と度々語っている。ステージではギター以外にテルミンも使用しており、曲によってはギターシンセサイザーも演奏する。インタビュー等で「変な音を出す」ことに対してのこだわりを多く語っているが、ギターしか使用しない理由については「ギターの形をした楽器しか弾けないから」「(ギターっぽくない音も)結局はギターでないと出せない音だから」と語っている[6]。一方で、自身のこだわりについては「最終的にはギタープレイ云々よりも曲」だと語っている[6]。TVの音楽番組において、ギターソロの部分でチューニングを始める、両手を上げる、ギターに弦を張らずに出る、星野と共に生シタールを適当に弾く、ギターソロの部分で携帯電話を出していじり始める、などのパフォーマンスを行うことがある。これは「『カラオケなのに生演奏っぽく演出する』のを嫌っていたから」という噂があったが、今井本人は2010年8月27日のブログでこの件について触れ、機材トラブルへの考慮から、カラオケ演奏が自分や星野の希望によるものであったと明らかにした上で、「(あのような行動をしたのは)面白いから」、「TVでのカラオケ演奏。嫌いじゃないです。俺は、楽しんでます。」とこの説を否定している[7]

BUCK-TICKのライブで開演前に流されるBGM(オープニングBGM)は、今井が聴いている音楽から選んだものである。ライブ期間中になると、使用したBGMのリストをブログに載せて話題にしている。選曲については、会場の広さや客の状態(指定席なのか立ち見なのか)を考慮しているが、あえて無視する場合もある[8]

受けた影響[編集]

60年代のポップサウンドと80年代の多様化したアプローチにはその音楽的基盤の多くを負うが、その間の70年代のロックサウンドの硬質化の影響をほとんど受けていない。ただし、近年は最近の若手ロックバンドからクラシックまで幅広いジャンルの音楽を聴いている。

学生時代はRCサクセションザ・スターリン[9]アナーキー[9]セックス・ピストルズバウハウスなどのパンクロックと、プラスチックスYMO[9]一風堂などのテクノやニューウェイヴに影響を受けたほか、ファンブックにおいて60年代ポップスからの影響も告白している。布袋寅泰からは「ソロを弾かなくても格好良いギタープレイ」「ギターではないようなサウンドをギターで奏でる」といったスタイルも影響を受けている[6]。一方で、いわゆるオーソドックスなロックにあまり興味を示さず、ローリングストーンズのライヴでは最前列にも関わらず居眠りをし[10]ディープパープルに関しても「名前くらいは知ってるけど・・・」程度しか認識していない。またインタビューで、ヤガミトールが好きなレッド・ツェッペリンを初めて聴いた時の感想を市川哲史から質問されて、「最初はやっぱ…ボツです。」と答え、市川に「ツェッペリンにボツを出した男」と笑われた。このように当初は音楽知識の乏しかった今井だが、当時テレビ朝日の近くにあったCDショップ六本木WAVEで手当たり次第気になるCDを購入し、徐々に音楽知識を身につけていったという[11]

機材[編集]

レフティ・ギターだが利き腕は右。本人曰く「初めて持った時に左のほうがしっくりきたから」であり「祖父や父親など左利きが多い家系だからその影響かも」と語っている[6][1]

オールド、ビンテージといわれるギターにはあまり興味を示さない。ギターを選ぶ(または作る)際には見た目を重視している。初期の頃(1989年12月東京ドーム初出)はヴァイオリンを模した「マイマイギター」と呼ばれるモデルを使用し、ヴァイオリンの弓でギターを演奏したりしていた。1997年頃には「スタビライザー」と呼ばれる、特殊な形状のオリジナルモデルを作成。後にテルミン内蔵モデルのギターも作成した。「一目でわかるオリジナルモデル」を作成するようになったのは、布袋からの影響であるという[12]

人物[編集]

バンドでの役割[編集]

  • バンド結成当初から現在に至るまでBUCK-TICKの作曲のほとんどを担当している。アルバム毎のサウンドや世界観の構築は基本的に今井の意向によるものである。
  • 前身バンド"非難GO-GO"と"BUCK-TICK"のバンド名も今井による命名である。
  • 初期は作曲に合わせてほとんどの曲に作詞をしていたが、『TABOO』以降は1つのアルバムに2、3曲となっていた。その後、『天使のリボルバー』以降の近作ではアルバムに4-5曲と増加傾向にあり、シングル曲も今井作詞のものが増えている。
  • MY FUCKIN' VALENTINE』『CHECK UP』『細胞具ドリー:ソラミミ:PHANTOM』『RHAPSODY』などの楽曲で櫻井との掛け合い的にサイドボーカルを執っているが、アルバム『Six/Nine』収録の『相変わらずの「アレ」のカタマリがのさばる反吐の底の吹き溜まり』ではメインボーカルを務め、アルバム『Mona Lisa OVERDRIVE』収録の『Sid Vicious ON THE BEACH』では、初めてソロのリードボーカルを担当した。
  • 頬に書いてあるB-Tの文字がトレードマーク。
    • デビュー当初は頬全体に大きく書かれていたが、『SEVENTH HEAVEN』の頃より「なんか…みっともねえから」という理由で小さく書かれるようになり、現在に至る。頬ではなく首筋に書かれていたり、「BiTch」と書かれていた時期もあった。また、20年以上前より、右側の前歯2本にそれぞれ、「B」、「T」と金色の文字を入れている[13]
  • スロースターターの傾向があるのか、作曲期間の締め切りを超えてしまったり、レコーディング中も寝ているというエピソードも多い。その影響で『darker than darkness -style 93-』ではアルバムリリースより前にツアーが始まってしまったり、『Six/Nine』など星野英彦が作った楽曲では今井がギターを弾いていないケースも存在する。
  • ステージ衣装のデザインやアイデアを出すことについてもメンバーの中で一番遅い。今井曰く「(夏休みの)前半後半、遊びまくって、ギリギリでヒイヒイ言いながら、約1ヶ月分の日記をつけ始める。そんな小学生。それは俺。」とのこと[14]

評価[編集]

hideは今井について「狂ってるとか正しいとかいう次元を超えた、不思議な音程感を持ったプレイヤー」と評している[6]

作品[編集]

BUCK-TICK、Schaft、Schwein、Lucyでの活動についてはそれぞれ該当する欄を参照。

他作品へ参加[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]