アナーキー (バンド)
| アナーキー | |
|---|---|
| 別名 |
THE ROCK BAND 亜無亜危異 |
| 出身地 |
東京都 埼玉県和光市 |
| ジャンル | パンク・ロック |
| 活動期間 | 1978年 - |
| レーベル |
1980年 - 2006年 2018年 - |
| メンバー |
仲野茂 (ボーカル) 藤沼伸一 (ギター) 寺岡信芳 (ベース) 小林高夫 (ドラムス) 逸見泰成 (ギター・オマモリ) |
| 旧メンバー | 名越藤丸 (ドラムス) |
アルファベットでは「ANARCHY」、漢字では「亜無亜危異」(または「亞無亞危異」)と記す。バンド名の由来はセックス・ピストルズの楽曲「アナーキー・イン・ザ・UK」から名づけられた。
目次
概要[編集]
埼玉県和光市の団地育ちのメンバー(辺見以外は東京都生まれ)を中心に、1978年に結成。メンバーは4人が埼玉県立和光高等学校、1人が埼玉県立浦和工業高校出身。1979年にヤマハ主催のアマチュア音楽コンテスト「EastWest」にて優秀バンド賞、最優秀ボーカリスト賞を獲得し、翌1980年にシングル「ノット・サティスファイド」、アルバム『アナーキー』でビクターインビテーションよりデビューした。1986年にはギターのマリが痴話喧嘩の末、元妻を刺し逮捕されたため、「THE ROCK BAND」と改名するが、メンバーのソロ活動が活発になり活動休止状態になる。その後、1996年に新メンバーを加え活動再開したが、2001年に活動休止。2013年オリジナルメンバーで新曲発表&ライブ。2017年マリの死去後に残されたオリジナルメンバー4人でイベントライブ出演。翌年2018年オリジナル4人での「亜無亜危異」名義で活動再開。
メンバー[編集]
ANARCHY(1978年 - 1985年、1994年、1996年、2013年、2017年)[編集]
- 仲野茂(なかの しげる、1960年1月2日 ‐ )-ボーカル
- 元仲野茂BAND。現ゲタカルビ(活動休止中)、高樹町ミサイルズ、LTD EXHAUST II、SDR(セドロ)、アコギなSS。
- 通称シゲル。
- 逸見泰成(へんみ やすなり)-ギター
- 元ゼロ戦、R、Graffiti Bus(ex.誘蛾燈)。現JACKS、CANDY PASSION、MariCats。
- 通称マリ(由来は辺見マリ)。
- JILL(PERSONZ)の元夫。離婚後の1986年6月16日、新宿ロフトのパーティで遭遇した際に、彼女が外人と親しくしていたことに腹を立てて包丁で刺し、殺人未遂で懲役2年6月の実刑となった[1]。
- 2017年6月4日、死去[2]。57歳没。遺骨は埼玉県内の霊園に納骨され[3]、また生前の本人の希望により毎年登っていた山に散骨されたという[4]。
- 藤沼伸一(ふじぬま しんいち、1959年11月7日 ‐ )-ギター
- 現REGINA、Aggressive Dogs。泉谷しげるのサポートギタリストとしても活躍中。
- 通称シンイチ。
- 寺岡信芳(てらおか のぶよし、1959年12月29日 ‐ )-ベース
- 現Groovi'n。リクオのサポートベーシストとしても活動中。
- 通称テラオカ。
- 小林高夫(こばやし たかお)-ドラムス
- 現ゲタカルビ。ロリータ18号のマサヨ率いるナンシースパゲティーでも活動中。
- 通称コバン。
THE ROCK BAND (1986年 - 1992年)[編集]
- 仲野茂 - ボーカル
- 藤沼伸一 - ギター
- 寺岡信芳 - ベース
- 小林高夫 - ドラムス
ANARCHY(1996年 - 2001年)[編集]
亜無亜危異 (2018年 - )[編集]
- 仲野茂 - ボーカル
- 藤沼伸一 - ギター
- 寺岡信芳 - ベース
- 小林高夫 - ドラムス
- 逸見泰成 - オマモリ
経歴[編集]
1980年にビクターからデビュー。当初はソニーからのデビューを予定していたが、ソニーからの誘いのあった同じ日にビクターと契約をした。仲野茂曰く、「ソニーのディレクターに呼ばれてピラフを奢ってもらったからもうソニーでいいや」と思っていた所、ビクターのディレクターに呼ばれ「自分達のデビューに全てを懸けている」と熱く語ってくれた事と「実はソニーのディレクターが何だか気に食わなかった。アウディに乗ってきたりムカつくファッションだったし」という理由でそちらを破棄して契約。
デビュー当時は全員国鉄の作業服(ナッパ服)を着用し、髪を逆立てたスタイルだった。セックス・ピストルズのような性急なリズムと反抗的で歌詞のロックは、当時の中高生に人気を誇った。
デビューアルバム『アナーキー』はオリジナル曲と、ザ・クラッシュ、チャック・ベリー、スティッフ・リトル・フィンガーズ、イーター等の曲に日本語のオリジナルの歌詞を乗せたカバー曲を収録し、10万枚以上の売り上げを記録し、一躍人気バンドとなる。
しかし、そのアルバムに収録されていた曲「東京イズバーニング」(クラッシュ「ロンドンは燃えている!(London's Burning) 」のカバー曲)が、クラッシュの「王室批判」になぞり日本の皇室を揶揄する歌詞であったため、レコード会社が右翼系の政治団体から抗議を受け、回収という措置を取るに至った。後にこの曲を削除して再発されている。
その後も次々とアルバムをリリースしていくが、演奏能力が一向に上達しない(敢えてしない)パンクバンドとは違い、演奏のレベルがグングン上達していき、純然たるパンクロックには留まらず、クラッシュになぞってレゲエ、ダブ等を楽曲に取り入れた幅広いサウンドも展開し、人気を誇るバンドに成長する。
業界内でもファンは多く、北野誠、薬丸裕英、小泉今日子、中村獅童、音楽関係では尾崎豊、ボアダムスの山塚アイ、THE MAD CAPSULE MARKETSのKYONO、ザ・クロマニヨンズの甲本ヒロト、頭脳警察のPANTA、Theピーズの大木温之、eastern youthの吉野寿、ロリータ18号のマサヨ、JUN SKY WALKER(S)、BUCK-TICKの今井寿、山下達郎などがファンを公言しており、山下達郎に至ってはアルバムを発売日に買っていたというエピソードが存在する。
当時はBOØWYやTHE ROOSTERSといったバンドと仲が良かった。特にBOØWYの氷室京介とギターのシンイチは、映画『裸の24時間』で競演したり、ヤマハ主催のバンドのコンテストにアナーキーが参加した際に氷室も高校の同級生の松井常松達とデスペナルティというバンドで参加していたり、BOØWYのデビュー当時のキャッチコピーが「エアロスミスとサザンオールスターズとアナーキーを足して割ったバンド」と呼ばれていた過去があったりと因縁深い。
しかし、一方で歌詞の内容やサウンド、アクションに対し、ただのクラッシュの模倣であるという批判も多く、同時期に活躍していたパンクバンドTHE STALINの遠藤ミチロウは当時、雑誌等で「あいつらはライブで『俺達は政治の事を考えてるのに皆外でテニスをやってやがる!』みたいな事言ってるけど、あいつらのライブに行くより外でテニスでもしてたほうが健康的でいい」と、アナーキーの批判を行っていた。遠藤とは映画『爆裂都市』の出演をめぐり喧嘩になり、新宿ロフトで行われた映画の打ち上げに仲野と逸見が殴り込むまでに至った。その後も長らくお互いがいがみ合っていたが、数年後に出演したイベントで泉谷しげるの仲裁によって和解。
その後も順調に活動していたが、1986年にギターのマリが痴話喧嘩の末に元妻を刺し逮捕された為、バンドは活動休止。 残ったメンバーでバンド名を「THE ROCK BAND」と改名し活動を続けるが、メンバー個々の活動が目立ち始めバンドは数年間で活動休止状態に。
1994年と1996年にオリジナルメンバーが結集し、一夜限りの再結成ライブ(正確には94年は新宿LOFTと渋谷ON AIR EASTで2回、96年は赤坂BLITZで1回)を行う(なお、その94年のライブ音源や映像の一部はCD化やVIDEO化されており、「東京イズバーニング」や、未発表曲「タレントロボット」も収録している)。
1996年秋頃に仲野・藤沼・寺岡が新メンバーに当時WRENCH(レンチ)のドラムス名越藤丸を加え再始動(名越はレンチと並行で活動、レンチの方は2003年脱退。逸見と小林は参加せず)当時人気のあったデジロック色を強めたバンドに生まれ変わり3枚のアルバムをリリースするも、2001年に活動休止。
2006年に全アルバムとオリジナルメンバーによる新曲、さらに秘蔵映像を収録したDVDをセットにしたBOX「内祝」が限定発売され、2008年には太田達也監督によるドキュメンタリー映画『アナーキー』が全国各地で公開された。
2013年5月4日、「TOWER RECORDS presents “MAVERICK KITCHEN”」(恵比寿LIQUIDROOM)の最終演者としてオリジナル・メンバーで登場し、新曲を含む8曲を演奏した [5]。
2017年6月4日、ギター逸見泰成(マリ)死去。 同年7月2日、フウドブレイン20周年記念「FUÜDOBRAIN MUST DIE」(新木場STUDIO COAST)に4人のオリジナル・アナーキーで出演。
2018年9月5日 18年振り(オリジナルメンバーでは33年振り)の新作 「パンクロックの奴隷」をリリース。
作品[編集]
シングル[編集]
- ノット・サティスファイド (1980年)
- シティーサーファー (1980年)
アルバム[編集]
ANARCHY[編集]
- アナーキー (1980年)
- '80維新 (1980年)
- 亜無亜危異都市(アナーキーシティ) (1981年)
- READY STEADY GO (1981年)
- ANARCHY LIVE (1982年)
- ANARCHISM (1982年)
- REBEL YELL (1983年)
- デラシネ (1984年)
- BEAT UP GENERATION (1985年)
- 亜無亜危異 Vol.1 (1989年・ベスト盤)
- アナーキー Vol.2 (1989年・ベスト盤)
- ANARCHY LIVE 1994 (1994年)
- ディンゴ (1997年)
- THE BLAST OF 亜無亜危異 (1997年・ベスト盤)
- ANARCHY SYNDROME [LIVE] (1998年)
- PARADOX (1999年)
- FREAKSNEGOTI (2000年)
- 内祝 (2006年・コンプリートBOX、CD13枚+DVD3枚+BOOK1冊)
THE ROCK BAND[編集]
- アナーキー (1986年)
- 四月の海賊たち (1987年)
亜無亜危異[編集]
- 'パンクロックの奴隷 (2018年9月5日) (CD+DVD)
トリビュートアルバム[編集]
- Q:Are we ANARCHIST? (1999年)
- TRIBUTE TO ANARCHY (2006年)
VHS/DVD[編集]
- 旗をかかげろ (1985年)
- HISTORY OF ANARCHY (1996年)
- ライブ帝国DVDシリーズ 『アナーキー』 (2005年)
- アナーキー (2009年)(ボックスセット内祝の特典DVDを再編集したリミックスムービー。映画上映された後DVD化。)
書籍[編集]
- 心の銃 (1980年)
- REBEL ROUSER (1983年、ISBN 9784827000689)
- 亜無亜危異ヒストリー タブーの正体 (2018年11月21日、シンコーミュージック)
脚注[編集]
- ^ 『読売ニュース総覧』301ページ(読売新聞社、1985年)
- ^ “更新0606■訃報・公式発表■ | FUUDOBRAIN TOKYO BLOG(2017年6月6日)”. FUUDOBRAIN TOKYO. 2019年3月31日閲覧。
- ^ “TOSHI@GUROUさんはInstagramを利用しています:「昨年6月4日に他界されたアナーキー逸見泰成さんの納骨が逸見家より公式発表されました。” (日本語). Instagram. 2019年6月1日閲覧。
- ^ 故人公認のスタッフFacebook2017年8月12日投稿
- ^ “復活アナーキーがまさかの新曲披露&名曲連発! 〈MAVERICK KITCHEN VOL.5〉レポPart.5”. タワーレコード (2013年5月17日). 2017年6月7日閲覧。