M-AGE

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
M-AGE
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
活動期間 1989年 - 1994年
レーベル ビクターインビテーション
(1991年)
ゼオインビテーション
(1992年 - 1994年)
メンバー KOICHIRO
MIYO-KEN
OKAZAKI KATSUSHIGE
DJ PEAH
旧メンバー KAJIWARA YUJI

M-AGE(エム エイジ)は、日本ロックバンド

来歴・概要[編集]

メンバー全員が長身。初期は歪んだギターが心地よいUKロックの影響が顕著であったが次第にエレクトリック色を強めて行った。同一の楽曲であってもシングルとアルバムではミックスが異なり、完全に同一のバージョンが複数の作品に収録される事が極端に少ない。 オルタナティブダンスやデジタルロックブームを10年近く先取りした形態で「早すぎたグループ」として伝説的存在になっている。

  • 1989年3月4日、この日放送の『三宅裕司のいかすバンド天国』に出場(当時はKOICHIRO、OKAZAKI他の4人組)、演奏した曲は『ANGEL FANTASY』。しかしこの時は“完奏”ならず。
  • 1989年6月、ギターがMIYO-KEN、ベースがKAJIWARAにそれぞれ交替。これを機に、エレクトリック色を取り入れたバンドにシフトする。
  • 1991年、コンピレーション・アルバム『DANCE 2 NOISE 001』に「CALL ME」で参加。
  • 1992年、ビクターインビテーションレーベルより、1stシングル「WALK ON THE MOON」をリリース。
  • 1992年、ビクター内のXEOレーベルが発足、そちらへ移籍し、2ndシングル「someday close your eyes」をリリース。
  • 1993年、ベースのKAJIWARAが脱退。
  • 1994年、解散。

メンバー[編集]

解散時のメンバー[編集]

KOICHIRO(こういちろう)
ボーカル担当。歌唱力については賛否あった。かつて浅香唯主演の映画『YAWARA!』に出演した経験も。解散後にUndoを結成するも活動休止。
MIYO-KEN(みよけん)
ギター担当。解散後、三代堅としてBUCK-TICK櫻井敦司のソロライブ等に参加。清春のソロ・ライブでのバンドマスターを務めるかたわら、現在もアレンジャーや、ユニットu crack irigaruとして活動。
OKAZAKI(おかざき)
ドラム担当。本名・岡崎達成(おかざきかつしげ)。1967年2月2日生まれ。茨城県日立市出身。解散後はGUNIW TOOLSにサポートメンバーとして参加、2002年からはそのGUNIW TOOLSのASAKIとともにAGE of PUNKとして、また2004年からはBUCK-TICKの今井寿及びmedia youthKIYOSHIとともにLucyとして活動。2008年よりMinimum Rocketsにてツインドラムの片翼も担う。
DJ PEAH(でぃーじぇい ぺー)
DJ担当。M-AGE以外にも横山和俊とのユニット「PANDEMONIUM」での活動や、SCHAFTのアルバム『SWITCHBLADE』に参加。後期にはエレキギターのようにターンテーブルを肩から提げる事もあった。解散後もDJとして活動の傍ら、MIYO-KENのユニットu crack irigaruにサポート参加。

活動途中で脱退したメンバー[編集]

KAJIWARA YUJI(かじわら ゆうじ)
ベース担当。1993年に脱退し、CMJKとともにCONFUSIONを結成。

作品[編集]

オリジナル・アルバム[編集]

8cm シングル[編集]

マキシ・シングル[編集]

リミックス・アルバム[編集]

ビデオ[編集]

  • WALK ON THE MOON」(1991年)
  • someday close your eyes」(1992年)

コンピレーション・外部参加作品[編集]