遠藤遼一

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遠藤 遼一(えんどう りょういち、1967年12月6日 - )は、日本ミュージシャン

経歴[編集]

音楽活動以外にも、CMにてナレーションワーク、及び出演も行っていた。

人物[編集]

SOFT BALLET時代は主に作詞を手掛けた。

オペラ歌手の父と、声楽出身のピアノ教師である母との間に生まれる。兄弟はおらず一人っ子である。両親は遠藤が幼い頃に離婚しており、実父の記憶はほとんどないという[1]。父親と声がそっくりとのこと。

幼少時は母親っ子であり、映画やオペラなど母親が見るテレビ番組を一緒に見ることが多かったという。また集団生活は苦手で、絵を描くのを好んでいた。[1]

小学校4、5年の頃に母親が再婚するが、母一人子一人の生活が身についてしまったことで、再婚相手の「男らしさ」に疑問、反発を覚え、その反動で中学時代から化粧をして学校に通うなどの奇行を繰り返す。高校にも馴染めず、ファッション業界への興味が強くなったことも手伝って、3ヶ月あまりで自主退学。なお、この時期にはすでに森岡賢と面識があったとのこと。

退学後はアルバイト[注釈 1][注釈 2]をしながら服飾デザインの学校に通うも、高校中退により家庭内にて居心地の悪さを感じるようになった為、家出し新宿ディスコ「ツバキハウス」に入り浸るようになる。また何となく居心地が良いと感じたことから、真冬でも屋外で寝泊りするような日々を送っていた。[注釈 3]

雑誌『JUNE』のモデルとして活動していた時期がある。なお藤井麻輝と森岡賢も同誌のモデル経験がある。

ディスコグラフィー (ENDS)[編集]

オリジナル・アルバム[編集]

  • 「THE ENDS」(1996年)
  • 「SPACY」(1997年)
  • 「HOWL」(1998年)
  • 「FIRE WORKS」(1999年)
  • 「ADVENTURE 48」(2000年)
  • 「MAGIC DAYS」(2001年)
  • 「THE COUNTER」(2004年)
  • 「FOUND」(2005年)

その他のアルバム[編集]

  • 「MAGIC YEARS-the rise from the ends- ends best selection」(2001年) - ベスト盤 ※初回版のみDISC2付属(UNPLUGGED LIVE曲収録)
  • 「HI-UNPLUGGED」(2004年) - ライヴ盤
  • Jubilee」(2006年) - セルフカバー盤
  • 「HI UNPLUGGED ENDS×LOVELESS "WHITE HEAT"」(2006年) - ライブ盤
  • 「HI UNPLUGGED LIVE ~vibes Circus~」(2007年 iTunes専用) - ライブ盤

シングル[編集]

  • 「蜘蛛と星」(1996年)
  • 「自由なこころ」(1997年)
  • 「シャララ」(1997年)
  • 「愛のうた」(1998年)
  • 「トキメキ」(1998年)
  • 「炎天」(1999年)
  • 「WAY」(1999年)
  • 「すべてに等しく吹きつける風のように」(2000年)
  • 「SWEET DREAMS FOREVER」(2000年)
  • 「LIMITLESS」(2005年)

ビデオ[編集]

  • 「VIDEO SPACY」(VHS 1997年)
  • 「MAGIC HOUR」(DVD 2001年)
  • 「1ST HI UNPLUGGED FebRUARY 24 2002 SHIBUYA-AX」 (DVD 2002) - ライブ盤
  • 「LIVE 2005 TOTLAL TONED」(DVD 2005年)- ライブ盤

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 原宿の靴屋、洋服屋、カフェバー、ハンバーガー・ショップなどで働いていた。 (ROCKIN'ON JAPAN 1991年8月号)
  2. ^ SOFT BALLET時代のマネージャーは当時のアルバイト先が同じだったとのこと。(ROCKIN'ON JAPAN 1991年8月号)
  3. ^ 芝浦の倉庫街、花園神社東郷神社の境内、新宿ロフト横の駐車場、代々木公園東銀座駅の階段などが当時のねぐらだったという。 (ROCKIN'ON JAPAN 1991年8月号)

出典[編集]

  1. ^ a b ROCKIN'ON JAPAN 1991年8月号

外部リンク[編集]