マーティン・ゴア

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Martin Gore
Martin Gore 2009 London cropped.jpg
基本情報
出生名 Martin Lee Gore
生誕 (1961-07-23) 1961年7月23日(55歳)
出身地 イングランドの旗 イングランド ダゲナム
ジャンル ニュー・ウェーヴ
シンセポップ
オルタナティヴ・ロック
エレクトロニカ
職業 ミュージシャン
ギタリスト
シンガーソングライター
音楽プロデューサー
作曲家
作詞家
担当楽器 ギターボーカルキーボードサンプラーベースピアノ
活動期間 1979年 -
レーベル ミュート
サイアー
リプリーズ
共同作業者 デペッシュ・モード
VCMG
公式サイト www.martingore.com

マーティン・リー・ゴア(Martin Lee Gore、1961年7月23日[1] - )は、イングランドダゲナム出身のミュージシャンギタリストシンガーソングライターデペッシュ・モードのメンバーで、長年に渡りバンドの作曲と作詞を担当している。身長172センチ。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

イングランド南東部のダゲナムにて、イギリスに駐留していたアフリカ系アメリカ人陸軍兵士の父と、白人の母親パメラ・マーガレット・ゴアの間に生まれる。しかしパメラは別の男性と結婚したため、マーティンは実の父親のことを知らされずに長年過ごしてきた。マーティンの実父がアフリカ系アメリカ人であることは長らく伏せられていた(1990年代に暴露本で明かされるまでという話もある)。13歳の時に育ての父が実父ではないことを知り、後にアメリカ南部にて実父と対面している。なおマーティンにはカレン(1967年生まれ)、ジャクリーン(1969年生まれ)という2人の異父妹がいる。[2]

1977年バジルドンニコラス・コンプリフェンシブ・スクールを中退。昼間は銀行で働きながら、夜や週末は学友だったフィル・バーデットと結成した"Norman and the Worms"というアコースティック・デュオで活動する。

1979年代後半、学友だったヴィンス・クラークロバート・マーロウと共に、友人のポール・レッドモンド(Paul Redmond)を招いて "The French Look" を結成。ボーカルはロバート、マーティンがギター、ヴィンスとポールがシンセサイザーを担当した。

デペッシュ・モード結成[編集]

1980年にヴィンスの学友であったフレッチことアンドリュー・フレッチャーと出逢う。ヴィンス、フレッチと共にデペッシュ・モードの前身となる"Composition of Sound"を結成。結成当初はヴィンスがボーカルとギター、マーティンがキーボード、フレッチがベース担当だった。やがてヴィンスの勧誘によりデヴィッド・ガーンが加入、バンド名もDepeche Modeと改名する。

その後バンドはミュート・レコードダニエル・ミラーに見出され、1981年にデビューする。デビュー当時、バンドの作詞・作曲はヴィンスがメインで行っていたが、かねてよりプロモーションとツアー活動に不満を抱いていたことから同年に脱退。以後バンドの楽曲のほとんどがマーティンの作詞・作曲によって手掛けられていくこととなり、この件が彼の才能を開花させるきっかけとなった。作風もそれまでのポップな明るいサウンドから陰影に富んだ叙情的なものへと変化し、以降のバンドの音楽性に多大な影響を与えていく。脱退時にヴィンスは「マーティンは、僕よりも優れたソングライターだから大丈夫さ」との言葉を残してバンドを去るが、当のマーティンは「自分自身の曲を信じなければいけなくなったんだから、プレッシャーは凄かった」と眠れぬ日々が続いたことを告白している。[3]

なおデペッシュ・モードは2017年までに14枚のオリジナルアルバムと数多くのシングルを発表。それらの総数が9000万枚近い売り上げを記録し、今もなお活動している。近年は4年に1度のアルバム発表と2年近いライヴツアーを行うサイクルを繰り返している。

ギターは主にグレッチ製の物を使用。また各アルバムにて、平均して2曲前後メイン・ボーカルを務めている。

ソロ活動[編集]

マーティンはバンド活動の傍ら、2003年カヴァーソング集『Counterfeit²」を発表。また1980年代より様々なアーティストの作品に参加したり、リミックスなどを手掛けている。

近年では2011年にかつてのバンドメイトであるヴィンス・クラークテクノユニット"VCMG"を結成、翌2012年に作品を発表している。ソロ作品では2015年4月に『MG』が発表され、これまでのカヴァーやデペッシュ・モードで見られるオルタナティブ・ミュージックとも異なるエレクトロニック・ミュージックを披露している。

私生活[編集]

1989年パリで出逢ったアメリカ人ランジェリーデザイナー兼モデルのスザンヌ・ボアバート(Suzanne Boisvert)と1994年8月に結婚。ヴィヴァ・リー(1991年生まれ)、エイヴァ・リー(1995年生まれ)、カロー・レオン(2002年生まれ)の3人の子供を設けたが、2006年に離婚。

2014年6月にKerrilee Kaskiと再婚している。2016年2月19日、Kerrileeとの間に長女ジョニー・リー(Johnnie Lee)が誕生。マーティンにとっては第4子であり、三女となる。

1983年、デペッシュ・モードのバンドメンバー(当時)のアラン・ワイルダーと共に肉を食べることを止め、以後菜食主義を貫いている。

アルコール、特にビールが好きで、一時期アルコール依存症に陥っていたが、2000年代になり禁酒を宣言。アルコールを絶つことに成功した。

プレミアリーグアーセナルFCのファンである。余談だが、デペッシュ・モードのバンドメンバーであり、公私に渡るパートナーであるアンドリュー・フレッチャーはライバルチームのチェルシーFCのファンであるが、このことに関して彼らが険悪になったということはない。

現在はカリフォルニアサンタバーバラ在住。

ディスコグラフィ[編集]

アルバム[編集]

その他[編集]

VCMG[編集]

外部参加[編集]

リミックス[編集]

  • Spirit Feel – "Rejoice" (Mystic Span Mix) (1994年)
  • Garbage – "Queer" (The Most Beautiful Woman in Town Mix) (1995年)
  • ON – "Soluble Words" (Sublingual Remix) (1999年)
  • Señor Coconut And His Orchestra – "Smooth Operator" (In-Disguise Remix) (2003年)
  • Diamond Version - "Get Yours" (Martin L. Gore Remix) (2013年)

脚注[編集]

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  1. ^ Malins, Steve. Depeche Mode : Black Celebration : The Biography. Andre Deutsch, 2007. ISBN 978-0-233-00178-4
  2. ^ Lilian R. Franke. “Depeche Mode Biography Martin Lee Gore”. Depechemodebiographie.de. 2015年4月30日閲覧。
  3. ^ ライヴ・アルバム『101』ライナーノーツより