草野マサムネ

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草野 マサムネ
出生名 草野 正宗(くさの まさむね)
別名 草野 正宗(作詞名義)
生誕 (1967-12-21) 1967年12月21日(54歳)
出身地 日本の旗 日本福岡県福岡市早良区
学歴
ジャンル ロック
オルタナティヴ・ロック
パワー・ポップ
ギターポップ
J-POP
職業 ミュージシャン
担当楽器 ボーカル
ギター
ハーモニカ
タンバリン
活動期間 1991年 -
レーベル
事務所 Road & Sky
共同作業者 スピッツ

草野 マサムネ(くさの マサムネ、1967年〈昭和42年〉12月21日[1] - )は、日本ミュージシャンボーカリストギタリスト作詞家作曲家ラジオパーソナリティである。ロックバンドスピッツボーカリストギタリスト。本名は草野 正宗で、読みは同じ。福岡県福岡市早良区出身。

人物[編集]

概要[編集]

  • 身長167.5cm、体重53kg、血液型はO型である。
  • 弟と妹がいる長男である。スピッツのメンバーは全員が長男である。草野家の長男は代々名前に「正」の字がつく。祖父は正実、父親は正典である。
  • 10代の頃から花粉症で、アレルギー性鼻炎持ち。
  • コンタクトレンズメガネを使用している。
  • 自身の性格について本人は、「あまのじゃくでひがみっぽい子分肌」と語っている。

来歴[編集]

趣味・嗜好など[編集]

音楽的影響[編集]

  • 小学生のころ、ラジオのヒットチャートカウントダウン番組のベスト10を毎週ノートにつけており、チープ・トリックなどの洋楽や、浜口庫之助などのフォークソング歌謡曲を愛好していた。今でも影響を受けたアーティストとしてチープ・トリックを挙げている[1]
  • バンドに興味を持つようになると、ユーライア・ヒープなどのハードロックヘヴィメタルに夢中になり、パンク・ロックに傾倒をはじめた。
  • 組んでいたバンドの名前は「ラディッシュ」→「からす屋」→「チーターズ」→「スピッツ」。チーターズではチータこと水前寺清子の「365歩のマーチ」をパンクロック調で演奏したり、「『いちご白書』をもう一度」をブラック・サバス風に演奏したりするなど奇をてらい、洋楽と歌謡曲の融合傾向が当初より見られた。
  • 学生時代にスピッツの前身といえる「ザ・スピッツ」を結成した当時はパンクかぶれだったが、THE BLUE HEARTSの「人にやさしく」に出会い、自分の求めていた音楽を先にやられたことにショックを受けて自信をなくし、一旦音楽活動を休止した。再開してもしばらくはTHE BLUE HEARTSの影響を抜け出せず、自分の個性を模索し始め、たどり着いたのが、ドノヴァンを参考としたアコースティックギターを持ってのフォーク・ロックだった。また、同じくショックを受けたアーティストととしてたまをTHE BLUE HEARTSと共に挙げている。
  • 「自分の声が好きではない」と度々公言しており、自身のハイトーンなヴォーカルが激しいロックのイメージとは合わずコンプレックスであると明かしている。特にイギー・ポップのようなシャウトに憧れがあると言う。
  • 洋楽だけではなくエレファントカシマシニューエスト・モデルばちかぶりなど日本のロックからも多大な影響を受けている。パンク音楽を脱した影響の一つに、ザ・コレクターズのアルバム『虹色サーカス団』を挙げている。

音楽活動[編集]

  • スピッツの楽曲の全ての作詞と、ほとんどの作曲を担当している。作詞、作曲の際の名義は本名の「草野正宗」を用いる。他アーティストへの楽曲提供もしている。聴き手自身でいろいろな解釈をしてもらいたいからと、自身で楽曲の解説をすることは少ない。
  • 作詞に関しては他のメンバーから全面的に信頼されており、外部プロデューサーの笹路正徳も一切口出しをしたことがない。
  • 歌手としても多くの作品に参加している。

他アーティストへの提供曲[編集]

※カバーは除く。

作詞のみ。アルバム『TRANSISTOR GLAMOUR』収録。
作詞のみ。アルバム『froggie』収録。
もともとはスピッツがアマチュア時代に演奏していた曲。2ndアルバム『名前をつけてやる』の時にレコーディングされたが収録には至らず、歌詞を一部変更して提供した(その後、『花鳥風月』にオリジナルを収録)。
  • テディベアに埋もれてrosy
1994年、スピッツとしてライブで一度だけ演奏され、1年後にrosyに提供となった。プロデュースは、後にスピッツの9thアルバム『ハヤブサ』を手がける石田ショーキチ
これももともとはスピッツがアマチュア時代に演奏していた曲(後に『花鳥風月』でセルフカバー,シングル『流れ星』になった)。ちなみに辺見えみりはスピッツの大ファンであり、この曲と同名のアルバムでは「夢じゃない」「ハニーハニー」「サンシャイン」もカバーしている。
  • 愛のしるしPUFFY
これも後に『花鳥風月』でセルフカバー。メロディーはもともと『フェイクファー』の候補曲として書いていたもの。奥田民生から依頼を受けたため、同じく依頼を受けたトータス松本と電話で相談してお互いに提供することを決めたという(トータス松本は「ネホリーナ・ハホリーナ」を提供)。
作曲のみ。作詞は松本隆。後にイベントでセルフカバーした。2015年には松本隆のトリビュートアルバムで草野が歌う音源が発表された。(後述)
映画『害虫』主題歌。映画監督の塩田明彦から作詞作曲の依頼を受けた(ちなみに、塩田監督の『月光の囁き』に、スピッツの「運命の人」が主題歌に抜擢された経緯がある)。
作曲のみ。アルバム『Lady Miss Warp』収録。
  • 恋のエチュードPUFFY
アルバム『Splurge』収録。ダイハツのCMソングにもなった。
アルバム『宴 〜party〜』収録。編曲と演奏にはスピッツのメンバー全員が参加。よなは徹とは過去に、スピッツの「ナンプラー日和」(11thアルバム『スーベニア』収録)でコラボレーションしている。また、スピッツにもライブでのみ演奏された楽曲に「夜明け」というものがあるが、提供曲とは異なる楽曲である。
アルバム『Ken Hirai Singles Best Collection 歌バカ2』収録。後に『見っけ』(初回限定盤、アナログ盤、デラックスエディション Spitzbergen会員限定盤のみ収録)でセルフカバー。

ソロでの参加作品[編集]

※スピッツのメンバー4人での参加については、スピッツの項目を参照。

  • スナオになりたいね種ともこ(シングル/1993年2月21日)
カップリング曲「今さら I LOVE YOU」にバッキングボーカルで参加。
  • WHAT'S UP?森純太(2000年3月10日)
6曲目「18の夏」にアコースティック・ギターで参加。
亀pact discの1曲目「灰色の瞳」(加藤登紀子長谷川きよしのデュエット曲のカバー)で椎名林檎とデュエット。
スペシャルディスクの1曲目「Sleep John B」(ザ・ビーチ・ボーイズの「Sloop John B」のカバー)にコーラスで参加。
アコースティックギターとサビ部分の作詞、ボーカルで参加。アルバム『よろしくお願いします』ではアルバムバージョンで収録。
太田裕美の「木綿のハンカチーフ」をカバー。編曲はスキマスイッチ常田真太郎
11曲目「わかれうた」(中島みゆきのカバー)で平井堅とデュエット。
2曲目「水中メガネ」を歌っている。[4]
1曲目「正しい街」に亀田誠治プロデュースによるスペシャルバンド「theウラシマ’S」のボーカル&アコースティック・ギターで参加(他のメンバーはドラムス鈴木英哉 from Mr.Children、ギター:喜多建介 from ASIAN KUNG-FU GENERATIONベース:是永亮祐 from 雨のパレード[5]

出演[編集]

ラジオ番組

脚注[編集]

[脚注の使い方]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]