THE YELLOW MONKEY
| THE YELLOW MONKEY | |
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左上から吉井和哉、菊地英昭、廣瀬洋一、菊地英二。 (2017年11月) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
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| ジャンル |
ロック グラムロック オルタナティヴ・ロック ハードロック ポップ・ロック |
| 活動期間 |
1988年 - 2004年 2016年 - |
| レーベル |
TRIAD/日本コロムビア (1992年 - 1996年、2016年 - 2018年) ファンハウス BMGファンハウス(Ariola Japan) (1996年 - 2004年) ATLANTIC/ワーナーミュージック・ジャパン (2018年 - ) |
| 事務所 |
BOWINMAN MUSIC (1992年 - 2004年) TYMS PROJECT[* 1] (2016年 - ) |
| 公式サイト | THE YELLOW MONKEY |
| メンバー |
吉井和哉(ボーカル・ギター) 菊地英昭(ギター) 廣瀬洋一(ベース) 菊地英二(ドラムス) |
THE YELLOW MONKEY(ザ・イエロー・モンキー、略称:イエモン)は、日本のロックバンド。1988年に結成し、1992年5月21日に「Romantist Taste」でメジャーデビュー。2001年1月8日に活動停止を発表後、2004年7月7日をもって解散。その後、2016年1月8日に再結成された[1][2]。
かつての公式ファンクラブは「Petticoat Lane」。再結成後の公式ファンクラブは「BELIEVER.」。
目次
メンバー[編集]
- 吉井和哉(よしい かずや、1966年10月8日 - )
- 菊地英昭(きくち ひであき、1964年12月7日 - )
- ギター担当。愛称・エマ(EMMA)。東京都八王子市出身、日本大学文理学部応用地学科卒業。一部の楽曲では作曲も行っている。現在はソロプロジェクト「brainchild's」の他、様々なアーティストのサポートメンバーとして活動している。
- 廣瀬洋一(ひろせ よういち、1963年4月19日 - )
- 菊地英二(きくち えいじ、1967年6月6日 - )
サポートメンバー[編集]
- 三国義貴(みくに よしたか、1955年7月23日 - )
- キーボード担当。北海道札幌市出身、北海道札幌西高等学校卒業。4thアルバム『smile』から制作・ライブ演奏のサポートメンバーとして活動していた。
- 鶴谷崇(つるたに たかし、1970年11月17日 - )
- 兵庫県神戸市出身、ノース・テキサス大学の音楽学部ジャズ科卒業。
- 1999年にMary-go roundとしてデビュー。2002年より活動休止。
- 2006年からは吉井のソロ活動にサポートキーボーディストとして参加。2016年からTHE YELLOW MONKEYのサポートメンバーとして活動開始。
影響[編集]
吉井はSABBRABELLSやアクションなどのジャパニーズメタルバンドから影響を受けている[3]。
バンド名[編集]
バンド名の「イエローモンキー」とは、主に西洋圏で使用される東洋人に対する蔑称である。吉井が自身のイニシャルである「Y」から始まる英語を辞書で探していたことがきっかけで、「ダサくてシニカルな名前にしたい」と考えていた吉井によって、結成前に発案されていたという[5]。また、その名称からローリング・ストーンズがバンド名を初めて聞いた際、「すげえ名前だな。絶対忘れねえ」と語ったエピソードもある[5]。
吉井は名称に込められた思いとして「洋楽へのコンプレックスがあった」ことを語っており、「日本のロックにこだわりをもっているが、『日本のロック』という言葉には既に洋楽へのコンプレックスがあり、それは永遠に消えない」としている[5]。また、「ルックスが良くて長身なのが『イエローモンキー』のコンセプトで」とし[6]、事実、183cmの吉井以下全員が180cm前後の身長である。
- 略称
「イエモン」の略称がファンを中心に用いられているが、吉井を中心としたメンバー自身は使用することがなく、コアなファンからは長らく敬遠されていた。しかし、2013年に発売されたベストアルバム『イエモン-FAN'S BEST SELECTION-』は、長く応援し続けてくれたファンにも「イエモン」という略称を受け入れてもらうため、最もわかりやすい愛称としてタイトルに相応しいのではという意見がメンバーやスタッフから上がり、満場一致で「イエモン」がタイトルとして採用されることとなった[7][8]。
来歴[編集]
結成〜ブレイク[編集]
- 結成、デビュー
1988年に結成。当初は元SHOCKの松尾賢一がボーカル、元URGH POLICEの吉井がベースを担当していたが、以前から親交のあった元MURBASの廣瀬洋一をメンバーに誘い、吉井はギターに転向した。さらに「KILLER MAY」のドラムとして1986年にメジャーデビューしていた菊地英二が同バンドの解散後に加入する。後に松尾が吉井との「音楽的な意見の食い違い」を理由に脱退したため吉井がボーカルに転向し[* 2]、「KILLER MAY」のギターとして活動していた英二の実兄・英昭が加入。1989年12月28日に現メンバーで初めてのライブを行う。
当時は渋谷区のライブハウス「渋谷La.mama」を拠点に精力的なライブ活動を行っていたが、バンド初期はデヴィッド・ボウイ、ミック・ロンソン、T.Rexなどを彷彿とさせるグラムロック色が強く、メンバーが奇抜な衣装に派手な化粧をしたりするなど、後のヴィジュアル系のようなルックスだった。また、吉井がライブで女装をし、オカマキャラを演じることにより当初苦手だったMCが「面白い」と評判になり、結果的に観客動員が増えた[10]。当時の観客層は9割女性だったという。
- メジャーデビュー
1992年5月21日、日本コロムビアより1stシングル「Romantist Taste」でメジャーデビュー。レコード会社はフォーライフ・レコードとの2社間で決めかねていたものの、吉井がある日見た夢に美空ひばりが現れ「『あとは任したわよ』って言われた」ことを決定打とし、コロムビアへの所属を決定することとなった[11]。1か月後には1stアルバム『THE NIGHT SNAILS AND PLASTIC BOOGIE』をリリースした。だが、枚数は思うように売れずオリコンチャート圏外となり、インディーズ時代からのファンにも酷評を浴びるなど芳しくなく、後に吉井も「(所属事務所の)社長もどう売っていいのか分からなかったと思う」と語っている[12]。しかし、ライブの動員数はイベント出演なども手伝って伸び続け、チケットは毎回完売状態だった[13]。1993年4月には日本青年館で初のホールライブを実施。同ライブでは、両手を縛られ頭に袋を被せた裸の女性2人をステージに出す衝撃的なオープニング演出を行った。
当時、日本コロムビアのディレクターだった宗清裕之はセールスが伸び悩むことを危惧し、「もっとコマーシャルな方向に行こう」と提案した。その一方、吉井は「この先もバンドを続けていく上で、1回はコンセプトアルバムを作りたい」と語り、1994年3月にコンセプトアルバムとして3rdアルバム『jaguar hard pain』をリリースする[14]。吉井は本作の主人公である「ジャガー」になりきるため、髪を丸坊主の軍人カットにした。春、夏、冬と3本のツアーを通して1年がかりで「恋人マリーと出会う」というストーリーの結末に向け、通常のMCを廃した独自のステージを展開した。観客動員は軒並み上がっていったが売り上げ枚数は伸び悩み、吉井は「なんでライブはみんな虜になってくれるのに、音源に関してはそうならない?」と悩んだという[15]。観客動員が良かったこともあり、ツアーの終盤に翌年日本武道館公演が実施されることが決定する。
この年には『ROCKIN'ON JAPAN』3月号の表紙を飾ったが、抜擢した副編集長の井上貴子は後に「当時もまさかの表紙で、業界の波紋を呼んだ。だからこそやってよかった、といまだに思える一冊」と述懐している[16]。
- 路線変更、ブレイク
デビュー以降思うようなセールスを残せなかったことで、メンバーはスタッフとミーティングを重ねた。ディレクターである宗清との「10万枚で終わるか、オリコン1位を目指すのか」という話し合いに、メンバーは「オリコン1位を目指す」という答えを出し、これを機にしてチャート向けな楽曲作りに路線変更する[14]。1995年1月にリリースされた5thシングル「Love Communication」はヒット曲を意識して作られ、目論見通り自身初のオリコンシングルチャートTOP30入りを果たし、スマッシュヒットを記録。同年2月にリリースされた4thアルバム『smile』はオリコンアルバムチャート初登場4位を記録し、大幅に売上はアップした。
このアルバムを引っさげ、同年4月に初の日本武道館公演を実施し、即日完売するなど順調に人気を上げていく。同年7月にリリースされた7thシングル「追憶のマーメイド」がシングル初のTOP20入り、同年9月にリリースされた8thシングル「太陽が燃えている」がシングル初のTOP10入り、イギリスでレコーディングされた5thアルバム『FOUR SEASONS』が念願のオリコン初登場1位を記録するなど、バンドの人気を確実なものとする。帰国後まもなく始まったツアー「TOUR '95 FOR SEASON」ではトータルで9万人を動員した。
1996年2月にリリースされた9thシングル「JAM/Tactics」が累計80万枚(公称。オリコンでは約60万枚)、同年7月にリリースされた10thシングル「SPARK」が累計55万枚を超えるヒットを記録する。
ファンハウス時代[編集]
- レコード会社移籍後
「SPARK」リリースの直後、1996年7月に日本コロムビアを離れてファンハウス(現・アリオラジャパン)に移籍。吉井は移籍に関し「『ちょっと違うレーベルでやってみたいね』っていうことだった」「色々折り合いがつかない部分が出てきた」ためと後年に振り返っている[17]。同年の12月には日本コロムビアから非公認ベスト・アルバム『TRIAD YEARS actI〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY』が発売され、バンド唯一のミリオンセラーを記録した。
ファンハウス移籍後は独自のロックを追求。吉井は6thアルバム『SICKS』の制作にあたり、「1日3曲録音をノルマ」とする。作成した300曲を80曲に絞り、さらに厳選したものを収録曲とした。吉井は当時の状況を振り返り「自分の中で、音楽がものすごく噴出してるのがわかった」と語っている[18]。『SICKS』は吉井自らが最高傑作と自負する作品となり、オリコン初登場1位、オリジナルアルバムでは自身最高の売上を記録した。
11thシングル「楽園」、12thシングル「LOVE LOVE SHOW」、13thシングル「BURN」(公称累計90万枚。オリコンでは約66万枚)など、シングルにおいても、いずれも45万枚以上の高いセールスをキープ。14thシングル「球根」は、シングルでは自身唯一のオリコン初登場1位を記録するなど、この時期に最も安定した人気を保つことになる。
1997年は精力的なライブ活動を行い、2月には20公演を回る「ARENA TOUR '97 "FIX THE SICKS"」を実施し、トータル15万人を動員。同年7月に「フジロックフェスティバル '97」に参加(後述)。同年8月、全国5会場のスタジアムツアー「TOUR '97 〜紫の炎〜」を実施し、4万人近いキャパシティを軒並みソールドアウトにした。
- PUNCH DRUNKARD TOUR
1998年にリリースされた7thアルバム『PUNCH DRUNKARD』では、3作連続となるオリコン初登場1位を記録。ハードロック寄りとなり、ライブを強く意識したアルバムとなった。その一方で吉井は「世田谷のスタジオでデモを録ったんですよ。(中略)音も良かったし、勢いもすごかった」「(ロンドンでレコーディングを開始したら)なんか上手く行かない。あのデモを超えられない」といったスランプ状態に陥り[19]、「今まで上昇していたバンドが下降し始めた感じ」を実感していたという[20]。
このアルバムを引っさげ、同年4月にはホール72本、アリーナ41本、計113本を1年かけて回る「PUNCH DRUNKARD TOUR」を実施。同年1月7日の読売新聞紙上で、14thシングル「球根」と『PUNCH DRUNKARD』のリリース情報とともに、全113本のツアー日程が全面広告で掲載された。3日に1回のペースでライブを行ったツアー以外の面でもメンバーは多忙を極め、ツアー中に計4枚のシングルをリリースし、それに伴うレコーディング・PV撮影・TV出演、同年7月にはイギリスでのライブを実施、翌年に公開された高橋栄樹の監督映画『trancemission』の撮影、同年12月28日には「メカラ ウロコ・9」を行うなど、精力的に活動を行った。
数々のアクシデントにも見舞われ、同年9月9日の香川県県民ホールのライブ終了後、過労によって倒れた吉井が病院へ運ばれる事態に。年始一発目の1999年1月9日には音響スタッフがステージの「奈落」に落下して死亡するなど、メンバーにとっては精神的・体力的にもハードなツアーとなった。
選曲の面でも吉井は苦悩し、前半のホールツアーは「洋楽志向のチャレンジ」として『PUNCH DRUNKARD』のアルバム曲が中心であったが、ツアーラストである1998年10月6日の岡山市市民会館で、吉井が「このツアーは失敗でした」と発言。後半のアリーナツアーからは「エンターテインメントに戻す」とし、アルバム曲を控えて過去のヒット曲を中心に演奏するようになった[21]。
吉井は後に、1999年3月10日に横浜アリーナで行われたファイナルを「覚えてない。お客さんが見えていない」[22]、ツアー全体を「ひたすら打たれ続けてた感じ」と表現した[23]。「PUNCH DRUNKARD TOUR」は延べ55万人を動員し、1年間の経済効果は、グッズ・チケット・CDなどの売上を合わせ、100億円以上になるという[24]。
このツアーのドキュメントとして、2013年9月28日に『パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE』が公開されている。
- 外部プロデューサー導入
「PUNCH DRUNKARD TOUR」終了後、吉井は休養期間にシングル候補曲を10曲制作した。さらにバンドサウンドを見直すためのミーティングが行われ、シングル作品に朝本浩文、森俊之、笹路正徳などの外部プロデューサーを導入する「コラボレーションシリーズ」を行う。吉井は「とにかくバンドを続けていくため、2000年はシングルを多くリリースする」という方針に決定。その理由として、「長期間休んだ後に良いものを作れる自信がなかった。バンドの色々なことを一つずつ直していきたかったから」と語っている[13]。
後に吉井は「自分の楽曲を他人に委ねる時点ことは、よく考えれば、もう終わったってこと」[25]といった否定的な発言を多く残しているが、反面「このまま手癖で続けるわけにもいかず、30代、40代とバンドを続けていくために必要なことだったのも事実」とも語っている[26]。またバンドの狙いとは裏腹に国内プロデューサー陣は「このままがいい」として、あまりバンドサウンドに変化をもたらす指示はしてもらえなかったという[27]。
- 「もうやめたい」
8thアルバム『8』の楽曲のレコーディングのためにロンドンへ向かった際、当時メンバーが多忙だったこともあり、スタジオに吉井一人しかいないという状況が続く[28]。メンバーとの温度差を感じ始めた吉井が帰国後、バンドの所属事務所ボウィンマン(BOWINMAN)に社長含む関係者を集め「俺をクビにしてくれ」と頼み込み、バンドへの不満を投げかけた[29]。バンドは存続したが、「微妙な距離感が生まれた」と吉井は語っている。ただし、後に廣瀬は「俺をクビにしてくれ」という発言の直後に「そりゃねえだろ!」の突っ込みを廣瀬が入れるなど雰囲気は決して暗いばかりではなかったと語っている[30]。「PUNCH DRUNKARD TOUR」を終えて約1年が経過した2000年3月18日に事務所で吉井から告げられた、「もうやめたい」。廣瀬が場を和ませつつも話が終わると事務所は沈黙が続き、そこへ電話が鳴った[* 3]。 友人の中原繁が死んだという知らせの電話である。吉井和哉は同じ年の中原繁と朝まで夢を語り合ったのを後に回想している[* 3]。中原繁はコロムビア時代のTHE YELLOW MONKEYのプロモーション担当者でもあり、かつて「JAM」を懸命に売り込み大ヒットに導いた。それまでのヒット路線を逸脱する「JAM」をコロムビアは容易に認めなかったが、そのコロムビア社内にあって中原は奮闘し、『ミュージックステーション』にバンドを引っ張り「JAM」を歌わせた。「オレが絶対売ってやるよ!」、中原の言葉が吉井はとても嬉しかった[* 3]。中原繁の急死を伝える電話により解散の危機は回避され、「少し休もう」と、THE YELLOW MONKEYは活動休止期間に入ることになった[* 3]。
- 活動休止に向けて
2000年7月にリリースされた22ndシングル「パール」、同年7月にリリースされた8thアルバム『8』は吉井のセルフプロデュース作品となった。『8』のアルバムツアーは行われず、バンドは初となる国内ロックフェスに参加。しかし、そこでの吉井はノーメイクでジャージ姿という格好で出演。「はたから見ても異常、イエローモンキーを引き受けていない」状態であった[31]。
同年12月30日、『CDTV年越しプレミアライブ』に緊急生出演。吉井が「ツアーが終わったら、俺たちプー太郎になっちゃうけど…」とコメントした後、23rdシングル「BRILLIANT WORLD」を披露し番組のトリを飾る。これが活動休止前の実質THE YELLOW MONKEYとしての最後のTV出演となった。
2001年1月8日に初の東京ドーム公演となる「メカラ ウロコ・8」を行う(詳細は後述)。吉井は「最後の東京ドームのライブは死んでた。(中略)なんの気持ちの昂りもなかった」「とにかくこれをやったら終われる。やっと休める」といった気持ちを持っていたという[32]。初の大舞台にも関わらずメンバーはステージ裏で円陣を組んだり会話をしたりすることもなく淡々としており、「振り返ると、それだけモンスターバンドだったんだなあと。(中略)もう本能でやれる」と胸懐した[33]。
活動休止〜解散[編集]
「メカラ ウロコ・8」終了後にバンドを活動休止させ、メンバーはそれぞれソロ活動期間となる。ファンは活動再開を待ち望んだが、2004年7月7日に解散を正式発表した。吉井は「解散を伝えたその日に会って、近況を聞いてみたら、皆それぞれやりたいことがあって、バンドに戻れる状態じゃないと思った。各々好きな事をやりながら、年に一回アルバムを作ってライブをするという意見もあったけど、僕にとってこのバンドっていうのは、それじゃ駄目だった」「疲れもあるけど、メンバーがどうこうなんて言えない。バンドを解散させるのは辛いし、メンバーは最高だから、別れるのは寂しいし、心細いんだけど、とにかく解散は僕の我儘で、僕の責任」と語った。逆に、他のメンバーからは「吉井を追い込ませて、感情を吐き出させてやれなかった」「もっと力になってやりたかった」など、互いを擁護する発言が目立った。
同年12月26日、東京ドームで開催された「THE EXHIBTION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY メカラ ウロコ・15」の最終日にメンバーが再集結し、9thシングル「JAM」を演奏した。会場中が合唱の中、吉井は「ずっと歌ってて下さい」と言い残し、メンバーは去った。実は去り際にマイクオフの状態で吉井が「ありがとう」と言っているが、会場にはほとんど聞こえていなかったため、物議を醸した。
後に吉井は「マイク通してはね、ダメだったの。(中略)“ありがとう”より“ごめんね”って言いたかったかな」「オフマイクで“ありがとう”って言って、終わらしたくない気持ちがまだ残ってるわけですよ、きっと。言っちゃったらほんとに最後というか…。だからもしかしたら僕の中でイエローモンキーは成仏してないのかもしれない」という心境だったことを明かし[34][35]、また「JAM」を演奏した後に「THE YELLOW MONKEYは終わりません」というMCを吉井自身も期待していたが、「バンドは完全に終わっているんだということを、演奏しながら感じちゃった」という[36]。
再集結[編集]
- 解散期間中の活動
バンド解散後、各メンバーはソロミュージシャンとしての活動を継続。特にフロントマンの吉井は大規模なツアーを行うなど精力的に活動する。THE YELLOW MONKEYとしても、解散後にもかかわらず公式ウェブサイトが開設された。吉井はソロ活動で2007年に「"JAM" 以来」の「空気感が出せた」シングル「バッカ」をリリースし、このミュージック・ビデオの中では「JAM」の映像が使用されている。解散中も様々なミュージシャンがTHE YELLOW MONKEYの各曲をカバーし、披露した。バンドへのトリビュート・アルバム『THIS IS FOR YOU〜THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』はファンハウスを引き継いだレコード会社アリオラジャパンから2009年にリリースされた。2013年に吉井が「来年から、普通じゃない野良犬に戻ります」を宣言しファン投票ベストアルバム『イエモン-FAN'S BEST SELECTION-』(コロムビア)の発売・アルバムリマスター盤の発売・過去のライブDVDのリリースなどが行われた。
解散からの年月は色々なわだかまりを消し去り、吉井はファンが待っていることも分かっていた[37]。吉井はロンドンのハイド・パークで2013年7月6日と7月13日に開催されたローリング・ストーンズの歴史的ライブを観た[* 4]。バンドが宝であると改めて思った[37]。吉井は、もう一回バンドをやってほしいと、かつてのメンバーにロンドンからメールを送信した[37]。その頃の吉井は「憧れのレーベル」[38]であったEMIからソロの諸作品をリリースしていたが、2014年11月18日に古巣コロムビアへの移籍を発表した[39]。それとともにレアコレクションの発売が敢行された。
- 再集結の新年
2016年1月4日、奇しくも申年となったこの年にTHE YELLOW MONKEYの新公式サイトに“Repus”と称した謎のカウントダウンティザー広告が表示され、1月8日がカウントダウンの期日となっていた。また、同じページには英字の暗号文章が記載されており、インターネット上では様々な憶測を呼んだ。 そしてカウントダウン当日の1月8日午前0時、公式サイトにて再集結とともに全国ツアー、新ファンクラブ発足を発表。同年元旦より東京・JR渋谷駅前の東急百貨店壁面に「金色のさなぎ」の写真入りポスターが、1枚毎めくられる形で貼られており、8日の午前0時に再集結を知らせる告知が現れた。
各種スポーツ新聞では号外が配られたほか、「イエモン、サル年に復活」が多くの誌面を飾った。
- ツアー開始
ツアー初日の5月11日は、解散前最後の楽曲にして唯一シングル曲においてコンサート未披露状態にあった「プライマル。」の初演を1曲目としてスタートし(この曲は多数のテレビ、ラジオ、インターネットライブ放送局が生中継した)、さらに「楽園」「BURN」などのファンハウス時代のヒット作を中心に、2月にWeb公開した15年ぶりの最新曲「ALRIGHT」も含めた集大成公演であった。ツアー後半ではコアファン向けに『SICKS』の曲目を中心に一部セットリストを入れ替えている。
吉井は「15年の間様々な事がありました。具体的にはおそ松くんがおそ松さんに変わりました」などと笑いを取る一方で「今日だけは素直に言わせて下さい。ただいま!」と復活の喜びをMCに込め、さらに「今後も継続して活動したいと思いますよ」「このTHE YELLOW MONKEYは生涯解散することはありません」とバンド活動の永続を宣言し、この発言の真意を8月に出演したNHK『SONGS』においても語っている。
メカラ ウロコ[編集]
バンドの誕生日とも言える12月28日には、「メカラ ウロコ」と言う「昔のTHE YELLOW MONKEYに戻る」と言う趣旨の元、初期の楽曲をメインにしたライブを1996年、1998年、1999年、2001年、2016年、2017年[40] 2018年 [41]にわたり7度行った。吉井曰く「忘年会も兼ねて」のイベントである。
基本は2部構成で行われ、第1部は通常のバンド演奏、第2部からは「メカラ ウロコ楽団」と呼ばれるオーケストラ団体と共に曲を演奏する(弦編曲と指揮はチェリストの四家卯大が担当)のが通例となっていた。2016年以降は「メカラ ウロコ楽団」としての参加はなく、2016年の「27」は徳澤青弦オーケストラ、2018年の「29」は佐藤万衣子ストリングスがそれぞれ演奏している(2017年はストリングス編成自体がなし。)また、ライブの途中ではメンバーが「東京ブギウギ」の替え歌「おそそブギウギ」を歌うのが恒例となっていた。
これらとは別に2004年の解散イベントも「メカラ ウロコ・15」と銘打たれている。また、2009年12月22日に結成20周年記念としてフジテレビで放送された特番も『メカラ ウロコ・20』と釘打たれた。
バンド解散後も吉井は2006年〜2015年、毎年12月28日に日本武道館でライブを行うのが恒例となっている。ただし通常のライブツアーの一環として開催される場合が多く、「メカラ ウロコ」のタイトルは使われていない。
バンドを再結成した2016年には16年ぶり(日本武道館では17年ぶり)のライブとなる「メカラ ウロコ・27」を開催。
- メカラ ウロコ・7(1996年12月28日)
- 1st - 3rdアルバムの楽曲が中心で構成され、オープニングの「MORALITY SLAVE」では、1993年に実施された日本青年館でのライブの演出を再現し、頭に袋を被せた女性(武道館側のNGで今回は裸ではない)を2人から20人に増やして披露された。吉井が自身の自伝にて「いまだに見ますからね。あのライブ映像は。(中略)喜びの部分では、過去にもあれを超えるライブはない」と胸懐する[42]ほど気に入っているライブであり、「いつか完全版を出したい」と綴った約2年後の2009年に完全版の『メカラ ウロコ・LIVE DVD BOX』がリリースされた。ラストでは吉井がレコード会社移籍による心境を語り、移籍後第1段シングルとなる「楽園」がライブのトリを飾った。
「メカラ ウロコ」として第一回目となった本公演は、『普段やれない事をやりたかった』というMCにあった通り、初期楽曲のみで構成され、はじめてオーケストラを入れた二部構成を取り入れた。最後のMCではレコード会社移籍についても触れ、移籍後第一弾シングルとなる「楽園」の初披露でライブを締めくくった。
- メカラ ウロコ・9(1998年12月28日)
- 1997年は『PUNCH DRUNKARD』のレコーディングなどで多忙だったこともあり、1年空いている。「PUNCH DRUNKARD TOUR」中の開催であり、武道館2DAYSの後日でもあったため、充分なリハーサルができない状態であったが、メンバーの強い希望により行われた。前回と同様、1st - 3rdアルバムの楽曲が中心である。アンコールの「MERRY X'MAS」では、吉井が『jaguar hard pain』に登場するマリーに女装して披露された。トリを飾った「SO YOUNG」はこの日が初披露であり、後に18thシングルとしてリリースされた。
113本の「PUNCH DRUNKARD」 ツアーの最中、日本武道館2DAYS公演の翌日、3日目にして全て内容を変え「メカラ ウロコ」公演として開催。久しぶりに吉井和哉扮するマリーによる「MERRY X’MAS」が演奏され話題を呼んだ。最後のMCで多忙な1年間を誇りに思うと述べ、ロングツアー中に制作された「SO YOUNG」を初披露。事前に新曲のアナウンスが無かったため、来場者へは大きなサプライズとなった。
- メカラ ウロコ・10(1999年12月28日)
- 「PUNCH DRUNKARD TOUR」後の活動休止明けに行われた。29日のファンクラブ限定ライブ「We are Petticort Laner de 公演」との2本立てで開催された。女性コーラスとしてロビー・ダンツィ、マナ・リオンの2名、ホーンセクションとしてつづらのあつし(サクソフォーン。管編曲も担当)、青柳誠(サクソフォーン)、佐々木史郎(トランペット)、下神竜哉(トランペット)、清岡太郎(トロンボーン)が参加し、翌年に開催されたコンサートツアー「SPRING TOUR」にも帯同している。初めて4thアルバム以降の楽曲も披露され、1st - 6thアルバムまで幅広く選曲された。トリを飾った「バラ色の日々」はこの日がライブ初披露である。
初めてのアリーナツアーオープニング曲「RAINBOW MAN」のアレンジから、初めての日本武道館のオープニング曲「マリーにくちづけ」に繋がるメドレーは冒頭からファンを驚かせた。約半年間の休止期間を経て久々のライブとなったが、ゲストミュージシャンも加わり、文字通りバンド結成10周年の節目となる、幅広い内容のライブとなった。結果的にこの公演が解散前最後の日本武道館公演となる。ラストナンバーには「バラ色の日々」が初披露された。
- 過去3公演とは異なり、日本武道館ではなく大阪ドームと東京ドームで行われ、開催日はバンドの誕生日とは無関係である。楽曲はメンバーの「今やりたい曲をやろう」という意向で、アルバム『8』の収録曲を中心に構成されている。吉井曰く「昔の曲でセットリストを組んだら、『8』の収録曲が全然入ってなかった」ために、先述のコンセプトのもとセットリストが組み直されたという。そのためタイトルも11(12)ではなく、アルバムに合わせて『8』となっている。ライブのラストでは吉井が「私たち、普通の野良犬に戻ります!」「我がイエローモンキーは永久に不滅です!」というMCと共に「WELCOME TO MY DOGHOUSE」がトリを飾った。THE YELLOW MONKEY活動休止前最後のライブであり、後に再結成を迎えるまで実質的にバンドのラストライブとなった。
活動休止前、最後のライブとなった公演。今までの会場、開催日、結成周年とは異なり、8thアルバム「8」にかけたタイトルで、メンバーの今やりたい曲をやるという内容で臨んだライブ。東京ドーム公演では『私たち普通の野良犬に戻ります』『我がイエローモンキーは永久に不滅です』という言葉を残し、インディーズ時代の曲「WELCOME TO MY DOGHOUSE」でラストライブを終えた。
- メカラ ウロコ・27(2016年12月28日)
- 20年前に初めて行われた「メカラ ウロコ・7」と直前まで行われていたツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR -Subjective Late Show-」の内容を組み合わせ形で披露。「MORALITY SLAVE」や「真珠色の革命時代(Pearl Light Of Revolution)」などはメカラ ウロコ・7同様の演出で披露され、選曲もインディーズ時代のものから当時の最新曲「砂の塔」まで幅広く選曲された。「吉井がギャグを言うと銀テープが飛ぶ」という当時恒例であった演出も再び登場した。(なお当時の事情を鑑み、特攻で炎が上がる形に変更されている)
2016年1月に再集結を発表、アリーナツアー、ホールツアーを経て単発公演として開催された。 1996年の初回公演から20周年にあたり、当時と同じオープニングナンバー「MORALITY SLAVE」で幕を開けた。日本武道館公演は17年ぶりとなるが、会場の独特な設計を活かした360度座席解放もTHE YELLOW MONKEYに似合う圧巻のステージとなった。
- メカラ ウロコ・28(2017年12月28日)
17年ぶりとなった東京ドーム公演2DAYSを大成功におさめた直後、「九州SPECIAL」と銘打ち、選曲や演出を一新して福岡 ヤフオク!ドームで開催された。過去に1度しか披露されていない「Wedding Dress」から始まり、客席内のステージへ移動してのアコースティックアレンジや1995年以来約22年ぶりに披露された「追憶のマーメイド」など様々なサプライズが用意された。
- メカラ ウロコ・29(2018年12月28日)
再集結後も披露されなかった曲が多数を占めた本公演は、1曲目が「ジュディ」で始まり「サイキック No.9」、「STONE BUTTERFLY」、「DEAR FEELING」、「GIRLIE」などアルバム「8」の曲を演奏しつつ、メカラ ウロコ・9の楽曲「Oh! Golden Boys」「DONNA」「仮面劇」「遥かな世界」「街の灯」なども披露された。また、今まで1度も演奏されなかった「薬局へ行こうよ」が初めて演奏され、「甘い経験」「離れるな」などといった「PUNCH DRUNKARD」の曲も演奏された。「毛皮のコートのブルース」をメカラ ウロコで演奏するのは初めてであり、1999年12月29日の「Petticoat Lane de公演」以来の演奏となった。また、新曲を本編で演奏するのは初めてである。最後は、アルバム先行リリースされる新曲「I don’t know」で締めくくった。また、メカラ ウロコというタイトルでライブを行うのはこれで最後となった。
フジロックフェスティバル[編集]
1997年7月26日、天神山スキー場(山梨県)で開催された第1回目の「フジロックフェスティバル」1日目に参加。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(以下RATM)とヘッドライナーのレッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下RHCP)に挟まれ、トリ前での登場というタイムテーブルであった。
この音楽フェスティバルに大勢のファンが駆け付け、朝一番から何百人とステージ最前列に並んだ[43](このフェスでは、後々まで語り継がれるいわゆる「イエモン地蔵」[* 5]と呼ばれる現象も発生した[44])。最前列のため雨中に傘[* 6]やレインコートも無く、上にノースリーブ・下にスカート・足元にハイヒールかサンダルという格好の女性らの姿がそこにあり[43]、台風直撃も影響して気温の低下もみられた[45]。主催のSMASH代表・日高正博はその光景を見て心配になり、(18時開演予定の)出番まで最前列を一度離れるよう女の子たちに声をかけた[43]ところ「こんなに近くで会えるチャンスはない」「離れたら同じ場所にまた戻って来られるようにしてもらえるのか」など、日高に食い下がる事態も起こった[43]。
フー・ファイターズ(以下FF)の演目が始まる頃、大雨の会場はモッシュやクラウド・サーフィングで大盛り上がりになり、既に会場の前方は泥だらけであった[45]。最前列に残っていたファンの女性らは「モッシュに押し潰され、泣きながら、ステージも観ないで、唯々最前列にしがみついてTHE YELLOW MONKEYの出番を待っていた[43]」という。日高はそれらに困ってもいたが、運営責任者としてはこれ以上は危険であり気が気ではなく、ファンのために出番を早めてFFの次(RATMの前)へ振り替えることを提案[43]し、THE YELLOW MONKEYサイドが承諾[43]。しかし、RATMサイドは「自分たちは変更に異論はないが、フェスティバルの流れでいえばフー・ファイターズの後にTHE YELLOW MONKEYが演奏するより、RATMとRHCPの間に(メロウでスローな)THE YELLOW MONKEYが演奏する従来通りの順番のほうが観客全体を落ち着かせ、危険な状態を回避できるのではないか」とアドバイスを送る[43]。フェス全体としてはRATM・RHCPが続くほうがより危険であるというこのアドバイスにより、順番変更は実現しなかったが[43]、日高はトム・モレロと打ち合わせて、ステージ袖に立つ日高とステージ上のトムで時々アイコンタクトをして、日高とトムの判断次第で演奏ストップにしようと決めた[43]。RATMの演奏から15分ほど経過すると、観客はモッシュのマナーが出来ていて、モッシュが潰れたらお互い助け合う様子を見た日高はステージ袖から立ち去った[43]。RATMの演奏は続き、観客は泥まみれになって熱狂した[45]。およそ1時間遅れのスケジュールで行われたRATMの演奏後、30分の休憩を挟み、THE YELLOW MONKEYが登場した。
当日のセットリストは以下の通り。
- SUCK OF LIFE
- A HENな飴玉
- See-Saw Girl
- TVのシンガー
- 紫の空
- RED LIGHT
- 天国旅行
- BURN
- LOVE LOVE SHOW
- 悲しきASIAN BOY
これらのヒット曲を控えたセットリスト(10曲中7曲がアルバム収録曲)と、台風に伴う豪雨に見舞われた天候もあり観客の反応は芳しくなく、楽屋では他のメンバーが盛り上がる中、吉井は1人憔悴した面持ちで静かに座っていた[46][47]。後に吉井は自らの自伝で「『洋楽ファンに叩きつけてやる!』って。叩きつけたはいいけども……なんだかわけのわかんないことになっちゃって」「変な話、あのフジロックの挫折感で、解散しちゃったようなもんだから。解散の理由の何%かは」[48]などと回想し、本人にとって厳しい経験となった。セットリストに関しても、吉井は「『過去の楽曲で一番ロック的なものを用意してあげなきゃ』って思って、裏目に出たんですね」[49]と反省の弁を述べた。
また、THE YELLOW MONKEY出演を日高に推した渋谷陽一は[43]、この当時に『ROCKIN'ON JAPAN』の邦楽アーティストの人気投票でTHE YELLOW MONKEYが1位に選出されたことを踏まえ「洋楽のユーザーにとって一番人気のあるバンドであり、それがウケなかったのはプレゼンテーションを間違えたということ」と評価。失敗の要因は「吉井くんの気負いと自意識だったのではないか」と分析している[50]。
一方、ギターの菊地は「そこまで失敗感はない」とし、「RHCPやFFがノリノリで聴いてくれたこともあり、非常に嬉しかった」と対照的な意見を述べている[51]。
PV[編集]
「Love Communication」、「JAM」のプロモーションビデオは吉井自らの監督で撮影された。次のシングル「SPARK」以降は「パール」と「プライマル。」を除く13曲のシングルで高橋栄樹が監督を務めた。高橋は、時間的な余裕と自由な表現を許容され、プロモーションビデオだけでなく映像作品『BLUE FILM』、ライブビデオ『RED TAPE』などを製作し、吉井から「イエローモンキーの第5のメンバー」と言わしめた。
高橋は「LOVE LOVE SHOW」「BURN」を監督した1997年に「SPACE SHOWER Music Video Awards」ベストディレクター賞を受賞している。
評価[編集]
他ミュージシャンからの評価[編集]
- 1993年にソロ活動を開始した頃、ファンを公言して楽曲をとても褒めていたという[52]。また、『ROCKIN'ON JAPAN』1998年6月号で14thシングル「球根」を「凄いなと思った」と絶賛している。
- 自著である『天声美語』(2000年4月20日発売)の「聴くべきロック系音楽リスト」において「ザ・イエローモンキー吉井和哉のバラードとデオダートとビートルズ」を推薦している。また、美輪は2016年の復活公演に花を贈っているほか、2017年の新ベストプロモーションではオフィシャルキャラクターの声を担当している。
- テレビ東京の音楽番組『JAPAN COUNTDOWN』(2000年7月22日放送)にて「直球勝負ならイエローモンキーには勝てない」と語った。このほか雑誌『BRIDGE』2001年8月号において吉井との「バンドとソロ」をテーマにした対談も行い「ドラムとギターの関係が良好」ということを一目で見抜いた(実際には血の繋がった兄弟同士である)。2016年には、自身の番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』において毎年行う邦楽シングルベスト発表企画において復活シングル『砂の塔』を5位に付けて高く評価していた。
- 「彼らは大きな心と繊細な気持ち、そして本当の才能を持ち合わせている野郎共だ」と評価している[53]。
- 1995年に音楽雑誌『ロッキンf』で廣瀬がジーン・シモンズと対談し、その時点でシモンズがTHE YELLOW MONKEYのアルバムや映像作品を所持していた事を明かし廣瀬を脅かせている[54]。 日本テレビの情報番組『ZIP!』(2013年10月22日放送)にて「日本のバンドで気に入っているのはTHE YELLOW MONKEYにサザンオールスターズ、そしてX JAPANにはとても影響力があった」「ずっとTHE YELLOW MONKEYとB'zについて勉強したよ」と語っている[55]。
- 2017年訪日時のインタビューにおいて[56]、シモンズは自身のソロプロジェクト内であれば選曲にルールはないという話の中で、たとえばTHE YELLOW MONKEYの楽曲のカバーも演奏しようと思えばできるのだとバンド名を挙げていた[* 7]。
THE YELLOW MONKEYから、影響を受けたミュージシャン等[編集]
- ファンを公言しており、2001年1月8日に東京ドームで行われた「メカラ ウロコ・8」にも足を運んでいる。また、美輪明宏とは同公演にて知り合い親しくなったという(2006年5月17日放送の『オーラの泉』にて)。
- 『ROCK IN JAPAN FES.2006』9月号にてファンを公言しており、吉井の自著である『吉井和哉の㊙おセンチ日記』も読破したと語っている。
- 『メカラ ウロコ・20』(2009年12月22日放送)をはじめ、様々な媒体でファンを公言している。フジテレビの音楽番組『僕らの音楽』(2007年3月30日放送)にて、コンビニでアルバイトをしていた頃に店内でTHE YELLOW MONKEYの楽曲が流れていたことがきっかけでファンになったと語っている。
- 『メカラ ウロコ・20』をはじめ、様々な媒体でメンバー4人がファンを公言している。バンド編成もTHE YELLOW MONKEYと全く同じ。トリビュートアルバム『THIS IS FOR YOU〜THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』に参加したほか、2013年にベスト盤『イエモン-FAN'S BEST SELECTION-』の特設サイトで行われた「私のTHE YELLOW MONKEY『この1曲』」という企画にメンバー4人が参加し、コメントを寄せている[57]。
- 『THIS IS FOR YOU〜THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』に「球根」のカバーで参加。特にドラムの松田とギターの菅波が影響を受けており、THE BACK HORN結成前の面識の無い時期に同じ会場の近い場所でTHE YELLOW MONKEYのライブを見ていた事が後に判明したと語っている。
- 『メカラ ウロコ・20』でファンを公言している。THE YELLOW MONKEYについて「4人が演奏した瞬間に全ての空気を変えてしまうようなバンドのパワーを感じる」と評価している。また、「メカラ ウロコ・8」にも足を運び、「ドームの広さを感じず、ライブハウスのようだった」と語っている。
- ファンを公言しており、トリビュートアルバムにも参加している。「俺にとってのアイドル」「THE YELLOW MONKEYを聴くようになってからリフ中心の曲作りに変わった」と語っている[58]。
- 吉田佳史(TRICERATOPS)
- ファンを公言しており、トリビュートアルバムにも参加している。吉井もTRICERATOPSをとても気に入っておりベストアルバム発売時にコメントを寄せたほか、2007年には吉井とTRICERATOPSで「JAM」をセッション、その後も度々共演し、吉田に関しては2009年以降ほぼすべてのライブ・レコーディングで吉井のサポートドラマーを務めている。
- 「グラムロックというよりも、もっと洗練されている感じ」「メンバーそれぞれめちゃくちゃキャラが立っている」と語っている[59]。
- 松尾はCHEMISTRY活動再開の理想的な前例としてTHE YELLOW MONKEY再集結を最初にイメージした[60]。
略年譜[編集]
1980年代[編集]
1990年代[編集]
- 11月、初のツアーを実施。
- 7月21日、インディーズレーベルENGINEから『Bunched Birth』リリース。
- 11月、大阪でワンマンライブを行い、動員数が増え始める。
- 12月、日本コロムビア・トライアドレーベルと契約。
- 4月14日、渋谷クラブクアトロでデビュー・コンペンション・ライブを実施。
- 5月21日、日本コロムビアより1stシングル「Romantist Taste」でメジャーデビュー。
- 6月21日、1stアルバム『THE NIGHT SNAILS AND PLASTIC BOOGIE』リリース。
- 3月1日、2ndシングル「アバンギャルドで行こうよ」、2ndアルバム『EXPERIENCE MOVIE』を同時リリース。
- 4月、日本青年館で初のホールライブを実施。
- 9月1日、ライブビデオ『life Time・SCREEN〜追憶の銀幕〜』リリース。
- 2月21日、3rdシングル「悲しきASIAN BOY」リリース。
- 3月1日、3rdアルバム『jaguar hard pain』リリース。初のコンセプト・アルバム。
- 7月21日、4thシングル「熱帯夜」リリース。
- 1月21日、5thシングル「Love Communication」リリース。
- 2月1日、4thアルバム『smile』リリース。初のオリコンアルバムチャートTOP10入りを果たす。ポップな路線を目指し、売り上げは大幅にアップした。
- 3月1日、6th『嘆くなり我が夜のFantasy』リリース。アルバムからのシングルカット。
- 4月11日、初の日本武道館公演を実施。
- 7月21日、7thシングル「追憶のマーメイド」、ライブビデオ『Cherry Blossom Revolution-Live at BUDOKAN-』リリース。
- 9月30日、8thシングル「太陽が燃えている」リリース。初のオリコンシングルチャートTOP10入りを果たす。
- 11月1日、5thアルバム『FOUR SEASONS』リリース。バンド初のオリコン初登場1位を記録。
- 12月、「TOUR'95 FOR SEASON」を実施。
- 1月12日、「TOUR'96 FOR SEASON」追加公演をスタート。
- 2月29日、9thシングル「JAM/Tactics」リリース。累計80万枚を超えるヒットとなる。
- 3月30日、ミュージック・ビデオ『CLIPS Video Collection 1992〜1996』リリース。
- 5月、全国43公演を回るツアー「FOR SEASON-野生の証明」を実施。
- 7月10日、10thシングル「SPARK」リリース。
- 8月31日、モット・ザ・フープルのトリビュート・アルバム『MOTH POET HOTEL』リリース。英語カバー曲「すべての若き野郎ども」(アルバム参加アーティスト共同カバー)、日本語カバー曲「ホナルーチ・ブギ」(THE YELLOW MONKEY単独カバー)収録[* 8]。
- 10月21日、ライブビデオ『TRUE MIND TOUR'95-'96 FOR SEASON:in motion』リリース。
- ツアー終了後、所属レコード会社をファンハウス(現・アリオラジャパン)に移籍。
- 11月25日、11thシングル「楽園」リリース。
- 12月7日、、日本コロムビアより非公認ベスト・アルバム『TRIAD YEARS actI〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY』リリース。バンド唯一のミリオンセラーとなる。
- 12月21日、インディーズ盤『Bunched Birth』を再発。
- 12月28日、バンドの誕生日であるこの日に武道館で「メカラ ウロコ・7」を実施。過去の曲を中心に演奏された。
- 1月22日、6thアルバム『SICKS』をリリース。オリコン初登場1位。オリジナルアルバムでは自身最高のセールスを記録。
- 2月、20公演を回る初のアリーナ・ツアー「FIX THE SICKS」を実施。
- 4月19日、12thシングル「LOVE LOVE SHOW」、非公認ベスト・アルバム『TRIAD YEARS actII〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY』リリース。
- 7月24日、13thシングル「BURN」リリース。累計90万枚を売り上げ、シングルでは自身最高のセールスを記録。
- 同日、第1回目の「フジロック・フェスティバル’97」1日目に参加。
- 8月、全国5会場のスタジアムツアー「紫の炎」を実施。
- 11月1日、ミュージック・ビデオ『BLUE FILM』リリース。
- 12月3日、ライブビデオ『RED TAPE』リリース。
- 12月10日、TRIADよりリリースされた全ての音源を網羅した『TRIAD COMPLETE BOX』リリース。
- 12月17日、LD盤『PURPLE DISC』リリース。『BULE FILM』と『RED TAPE』のセット。
- 2月4日、14thシングル「球根」リリース。シングル初のオリコン初登場1位を記録。
- 3月4日、7thアルバム『PUNCH DRUNKARD』リリース。オリコン初登場1位。
- 4月、ホール72本、アリーナ41本、計113本を1年かけて回る「PUNCH DRUNKARD TOUR」を実施。
- 6月2日、15thシングル「離れるな」リリース。アルバムからのシングル・カット。
- 7月13日、『SUGAR FIX』、『PUNCH DRUNKARD』をイギリスでリリース。同月に現地でライブを実施。
- 8月21日、16thシングル「SUGAR FIX」を国内でリリース。
- 10月21日、17thシングル「MY WINDING ROAD」、ライブビデオ『メカラ ウロコ・7』リリース。
- 11月18日、ミュージック・ビデオ『CLIPS 2 Video Collection 1996〜1998』リリース。
- 12月10日、非公認ベスト・アルバム『THE YELLOW MONKEY SINGLE COLLECTION』リリース。
- 12月28日、「メカラ ウロコ・9」を実施。
- 所属レコード会社ファンハウスがBMGジャパンに吸収合併され、BMGファンハウスとなる(後にBMG JAPANに改称。現在はソニー・ミュージックエンタテインメント傘下のアリオラジャパン)。
- 3月3日、18thシングル「SO YOUNG」リリース。
- 3月10日、延べ55万人を動員した「PUNCH DRUNKARD TOUR」を終了。バンドは約2ヶ月間の休養期間へ。
- 5月26日、「PUNCH DRUNKARD TOUR」から選曲されたライブ・アルバム『SO ALIVE』リリース。
- 6月23日、ライブビデオ『PUNCH DRUNKARD TOUR 1998/99 FINAL 3.10 横浜アリーナ』リリース。
- 7月1日、プレイステーション専用ソフト『PERFECT PERFORMER -THE YELLOW MONKEY-』発売。
- 8月2日、メンバーの映画初出演作『trancemission』公開。
- 12月8日、19thシングル「バラ色の日々」リリース。初の外部プロデューサーとのコラボレーション作品。
- 12月10日、ライブビデオ『jaguar hard pain Live'94』リリース。
- 12月28日、「メカラ ウロコ・10」を実施。バンド結成10周年を迎える。
2000年代[編集]
- 1月26日、20thシングル「聖なる海とサンシャイン」リリース。
- 4月5日、21stシングル「SHOCK HEARTS」リリース。
- 4月8日、計10本のアリーナ・ツアー「SPRING TOUR」を実施。
- 7月12日、22ndシングル「パール」リリース。4作品ぶりの吉井のセルフプロデュース。
- 7月26日、8thアルバム『8』リリース。
- 11月1日、23rdシングル「BRILLIANT WORLD」リリース。
- 11月15日、1月4日の大阪ドーム、1月8日の東京ドームの公演「メカラ ウロコ・8」終了後、バンドを活動休止することを各マスコミに発表。
- 12月9日、ライブビデオ、DVD『SPRING TOUR』リリース。これまでのビデオ作品も全DVD化された。
- 12月30日、『CDTV年越しプレミアライブ』に緊急生出演。
- 1月8日、「メカラ ウロコ・8」を終え、バンドを活動休止。
- 1月31日、24thシングル「プライマル。」リリース。結果的にバンドのラストシングルとなった。
- 3月1日、非公認ベストアルバムTRIAD YEARSを一つにまとめた『TRIAD YEARS actI & actII〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY』リリース。
- 3月14日、ミュージック・ビデオ『CLIPS 3 Video Collection 1999〜2001』リリース。
- 6月13日、シングルコレクションアルバム『GOLDEN YEARS Singles 1996-2001』リリース。
- 7月7日、解散。
- 12月8日、初のメンバー監修で製作されたベストアルバム『MOTHER OF ALL THE BEST』、PV BOX『THE YELLOW MONKEY CLIP BOX』、LIVE BOX『THE YELLOW MONKEY LIVE BOX』リリース。
- 12月26日、東京ドームで開催された「THE EXHIBTION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY メカラ ウロコ・15」の最終日にメンバーが再集結。「JAM」を演奏した。
- 12月26日、ライブDVD『THE YELLOW MONKEY LIVE AT TOKYO DOME』リリース。
- 12月23日、ライブDVD『ライブ帝国 THE YELLOW MONKEY』リリース。
- 9月17日、『THE YELLOW MONKEY 20th Anniversary Year Project』始動、3タイトルのリリースを発表。
- 12月3日、オフィシャルフォトグラファー有賀幹夫の撮影・編集による写真集『THE YELLOW MONKEY HEAVEN -SICKS years '96〜'97-』リリース[* 9]。
- 12月9日、結成20周年記念企画の一環で、トリビュートアルバム『THIS IS FOR YOU〜THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』、全4回行われた「メカラ ウロコ」を完全収録したDVD-BOX「メカラ ウロコ・LIVE DVD BOX」を同時リリース。
- 12月19日、1、2月合併号の『ROCKIN'ON JAPAN』で9年ぶりに表紙を飾った。『ROCKIN'ON JAPAN』が現存しないバンドを表紙にしたのは史上初である。
2010年代[編集]
- 1月22日、結成20周年記念企画第3弾として、6thアルバム『SICKS』の完全版である『COMPLETE SICKS』のリリースが決定。『SICKS』のデジタルリマスタリング・Blu-spec CD盤、デモ音源を収録したCD、レコーディング風景など秘蔵映像を収録した豪華3枚組仕様での発売となる。
- 7月、結成20周年記念企画の一環で、ユニクロとのコラボレーションTシャツを発売。
- 5月21日、メジャーデビューから20年を迎えた同日に、バンドの全アルバムとミュージック・ビデオを6月20日から一斉配信されることが発表された。2007年に、シングル曲と一部楽曲は配信されていたものの、全てのオリジナル・アルバム曲が配信されるのは今回が初となる[62]。
- 6月5日、日本コロムビアより、Twitterでの「THE YELLOW MONKEY -DEBUT 20TH- 」オフィシャルアカウントと、バンドの公式Facebookの開設が発表された。
- 6月6日、YouTubeの公式チャンネルが開設され、1stシングル「Romantist Taste」から24thシングル「プライマル。」までの全24曲のPVが1コーラス限定で公開された[63]。余談であるが、この日はドラムの菊地英二の誕生日であった。
- 6月19日、レコチョクにて1日限定で、バンドの全シングル24曲を100円(税抜)にディスカウントした状態で配信された[64]。また、同日の20:00から翌20日の20:00の24時間にわたって、ニコニコ生放送でバンドの特番がオンエアされた[64]。
- 6月20日、バンドの全アルバムとミュージック・ビデオの一斉配信が開始。
- 9月12日、ニコニコ動画内で「THE YELLOW MONKEYチャンネル」がオープン。
- 10月10日、デビューシングル「Romantist Taste」を新たにリミックスした「Romantist Taste 2012」を初回生産限定シングルとしてリリース[65]。
- 10月21日、1996年に発売されたライブ作品『TRUE MIND TOUR'95-'96 FOR SEASON:in motion』の完全版となる5枚組作品『TRUE MIND “NAKED”』が、オリジナル作品の発売日と同じこの日に発売[66]。同作品には、オリジナル作品に収録されていた日本武道館公演とNHKホール公演がほぼ完全な形でDVD化される他、ツアーオフショットやメンバーのインタビューもロングバージョンとして収録されることが決定している。
- 11月23日、タワーレコード渋谷店の8Fにオープンした「SpaceHACHIKAI」にて、TOWER RECORDS SHIBUYA×THE YELLOW MONKEYのコラボ企画「タワモン」が開催(〜12月16日)。
- 12月3日、1997年に発売されたライブ作品『RED TAPE』の完全盤DVD『RED TAPE "NAKED"』が発売[67][68]。
- 7月31日、ファン投票で収録曲が決定したベストアルバム『イエモン-FAN'S BEST SELECTION-』が発売。アルバム発売時には、投票したファン全員の写真で作られた巨大フォトモザイクアートが全国5大都市に登場。
- 9月28日、劇場版『パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE』公開。1998年から1999年にかけて全113本行われた「PUNCH DRUNKARD TOUR」のツアードキュメント。
- 12月4日、全オリジナル・アルバム、ベスト・アルバムリマスター盤Blu-spec CD2にて再発売。劇場版『パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE』DVD/Blu-ray発売。
- 1月14日、公式サイトがリニューアルされ、スマートフォン専用サイトがオープンした。
- 1月8日0時、メンバー4人全員が"集結"した写真と共に全国10ヵ所を巡る20本のアリーナ・ツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016」を発表。
- 2月10日、再結成後初の新曲となる「ALRIGHT」が初解禁され、その後音楽サイトや、動画サイトの公式アカウントでも無料配信されている(後にシングル「砂の塔」のカップリングにてCD化された)。
- 5月11日より、再結成後初となる16年ぶりの全国ツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016」を開催(全国12会場で24公演)。初日となる5月11日に国立代々木第一体育館で行われた公演では、「1曲目のみを複数メディアが生配信」という異例の形がとられた。その一曲目は解散前最後のシングルであり、シングル曲で唯一コンサート未演奏状態であった「プライマル。」であり、ファンを大いに沸かせた。
- 7月2日、7月2日の日本テレビ系音楽番組『THE MUSIC DAY』に出演。テレビ出演は、活動休止直前の2000年に放送されたTBS系『CDTV年越しプレミアライブ』以降15年半ぶりとなった。
- 8月6日、8月7日、8月13日、8月14日の四日間にわたり、国内ロックフェス「ROCK IN JAPAN FES」に16年ぶりに出演。
- 8月20日より開催される「SUMMER SONIC 2016」にTHE YELLOW MONKEYとして初の出演。
- 10月3日、MTV Video Music Awards Japan 2016「Inspiration Award Japan」受賞。
- 10月19日、TBS系ドラマ『砂の塔〜知りすぎた隣人』の主題歌として書き下ろした新曲「砂の塔」を、「プライマル。」以来15年9カ月ぶりのシングルとしてリリース。同日には約15年半ぶりに再集結した全国ツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016」のさいたまスーパーアリーナの模様を収録したLIVE DVD/Blu-rayが発売された。
- 11月12日より、全国16公演となるホールツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -SUBJECTIVE LATE SHOW-」開催。
- 11月16日、第49回日本有線大賞・特別賞を受賞[69]。
- 12月28日、日本武道館にて「THE YELLOW MONKEY SUPER メカラ・ウロコ 27」開催。
- 12月30日、第58回日本レコード大賞「特別賞」受賞。
- 12月31日、「第67回紅白歌合戦」(NHK総合)に初出場した[70]。曲目は「JAM」。
- 3月7日、SPACE SHOWER MUSIC AWARDS 2017「BEST RESPECT ARTIST」受賞。
- 3月17日0時、メジャーデビュー25周年を記念して2013年にファンによるリクエスト投票としてリリースされた企画ベストアルバム『イエモン-FAN'S BEST SELECTION-』の収録曲の中から新録されたセルフカバー企画ベストアルバム『THE YELLOW MONKEY IS HERE. NEW BEST』が5月21日に発売する事と12月に約17年振りとなる解散後初の東京ドーム2daysライブを開催される事、2017年第一弾となる新曲「ロザーナ」が解禁されるなどの2017年の活動が発表された[71]。
- 8月9日、16年ぶりの全国ツアーでの彼らに密着したドキュメンタリー映画『オトトキ』は、公開予定日(11月11日)もサイトリニューアルも、さらにツイッター、フェイスブック、インスタグラム開設、これら全てをこの日にプレゼンテーションした。
- 9月13日、3か月連続配信リリースの第1弾として、デヴィッド・ボウイの楽曲「ジギー・スターダスト」のカバーをAmazon(日本)限定で配信開始。同日、Amazon(日本)限定で同カバーのアナログ盤(7インチ・ピクチャー・ディスク仕様)の受注受付を開始。
- 10月12日、映画『オトトキ』が出品された釜山国際映画祭に日本人ロックバンドとして初めて参加。開幕式と翌日の舞台挨拶にメンバー4人と松永大司監督が登場した。
- 10月13日、釜山国際映画祭で映画『オトトキ』のワールドプレミア(世界初演)が行われた。菊地英昭が作詞・作曲をした『オトトキ』の主題歌「Horizon」が、この上映で解禁された。
- 10月27日、3か月連続配信リリースの第2弾として「Stars」を配信開始。
- 11月11日、映画『オトトキ』一般公開。
- 11月29日、3か月連続配信リリースの第3弾として「Horizon」を配信開始。
ディスコグラフィ[編集]
シングル[編集]
| リリース日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | 収録アルバム (オリジナル) | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 1992年5月21日 | Romantist Taste | 8cmCD | CODA-17 | THE NIGHT SNAILS AND PLASTIC BOOGIE (夜行性のかたつむり達とプラスチックのブギー) |
| 2nd | 1993年3月1日 | アバンギャルドで行こうよ | 8cmCD | CODA-142 | EXPERIENCE MOVIE (未公開のエクスペリエンス・ムービー) |
| 3rd | 1994年2月21日 | 悲しきASIAN BOY | 8cmCD | CODA-305 | jaguar hard pain |
| 4th | 1994年7月21日 | 熱帯夜 | 8cmCD | CODA-459 | smile |
| 5th | 1995年1月21日 | Love Communication | 8cmCD | CODA-567 | |
| 6th | 1995年3月1日 | 嘆くなり我が夜のFantasy | 8cmCD | CODA-608 | |
| 7th | 1995年7月21日 | 追憶のマーメイド | 8cmCD | CODA-715 | FOUR SEASONS |
| 8th | 1995年9月30日 | 太陽が燃えている | 8cmCD | CODA-731 | |
| 9th | 1996年2月29日 | JAM/Tactics | 8cmCD | CODA-834 | FOUR SEASONS (「Tactics」のみ) |
| 10th | 1996年7月10日 | SPARK | 8cmCD | CODA-970 | - |
| 11th | 1996年11月25日 | 楽園 | 8cmCD | FHDF-1593 | SICKS |
| 12th | 1997年4月19日 | LOVE LOVE SHOW | 8cmCD | FHDF-1621 | PUNCH DRUNKARD |
| 13th | 1997年7月24日 | BURN | 8cmCD | FHDF-1644 | |
| 14th | 1998年2月4日 | 球根 | 8cmCD | FHDF-1672 | |
| 15th | 1998年6月3日 | 離れるな | 8cmCD | FHDF-1688 | |
| 16th | 1998年8月21日 | SUGAR FIX | 12cmCD | FHCF-2428 | - |
| 17th | 1998年10月21日 | MY WINDING ROAD | 8cmCD | FHDF-1697 | 8 (初回限定盤のボーナスCD) |
| 18th | 1999年3月3日 | SO YOUNG | 8cmCD | FHDF-1713 | |
| 19th | 1999年12月8日 | バラ色の日々 | 12cmCD | FHCF-5001 | 8 |
| 20th | 2000年1月26日 | 聖なる海とサンシャイン | 12cmCD | FHCF-5002 | |
| 21st | 2000年4月5日 | SHOCK HEARTS | 12cmCD | FHCF-5007 | |
| 22nd | 2000年7月12日 | パール | 12cmCD | FHCF-5011 | |
| 23rd | 2000年11月1日 | BRILLIANT WORLD | 12cmCD | FHCF-5019 | - |
| 24th | 2001年1月31日 | プライマル。 | 12cmCD | FHCF-5024 | - |
| 企画 | 2012年10月10日 | Romantist Taste 2012 | 12cmCD | COCA-16672 | - |
| 25th | 2016年10月19日 | 砂の塔 | 12cmCD | COCA-17240(初回盤) | - |
| COCA-17241(通常盤) |
その他のシングル[編集]
| リリース日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| オリジナル | 2017年2月12日 | ALRIGHT | ファンクラブ限定配信 | - | シングル「砂の塔」B面に収録。 |
| オリジナル | 2017年3月17日 | ロザーナ | ファンクラブ限定配信 | - | 『THE YELLOW MONKEY IS HERE. NEW BEST』の早期購入特典CDに収録。 |
| カバー | 2017年9月13日 | ZIGGY STARDUST | Amazon限定配信 | - | 3か月連続配信リリース第1弾。スタジオ音源のみ。 |
| 7inchアナログ盤(完全受注生産) | TYMS-003 | A面はスタジオ音源、B面はライブ音源。2017年10月4日に受注受付終了、2018年1月8日より発送開始予定。 | |||
| オリジナル | 2017年10月27日 | Stars | 配信 | COKM-40181 | 3か月連続配信リリース第2弾。各配信サイトにて配信。 |
| オリジナル | 2017年11月29日 | Horizon | 配信 | COKM-40182 | 3か月連続配信リリース第3弾。各配信サイトにて配信。 |
| オリジナル | 2018年11月9日 | 天道虫 | 配信 | テレビ東京系ドラマ「天 天和通りの快男児」主題歌 | |
| オリジナル | 2019年1月25日 | I don’t know | 配信 | テレビ朝日系ドラマ「刑事ゼロ」主題歌 |
オリジナル・アルバム[編集]
| リリース日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | |
|---|---|---|---|---|
| インディーズ | 1991年7月21日 | Bunched Birth | CD | EB-306 |
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | POCS-1119 | ||
| 1st | 1992年6月21日 | THE NIGHT SNAILS AND PLASTIC BOOGIE (夜行性のかたつむり達とプラスチックのブギー) |
CD | COCA-9797 |
| 2000年8月19日 | COCA-50366 | |||
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | COCP-38275 | ||
| 2nd | 1993年3月1日 | EXPERIENCE MOVIE (未公開のエクスペリエンス・ムービー) |
CD | COCA-10630 |
| 2000年8月19日 | COCA-50367 | |||
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | COCP-38276 | ||
| 3rd | 1994年3月1日 | jaguar hard pain | CD | COCA-11539 |
| 2000年8月19日 | COCA-50368 | |||
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | COCP-38277 | ||
| 4th | 1995年2月1日 | smile | CD | COCA-12258 |
| 2000年8月19日 | COCA-50369 | |||
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | COCP-38278 | ||
| 5th | 1995年11月1日 | FOUR SEASONS | CD | COCA-12994 |
| 2000年8月19日 | COCA-50370 | |||
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | COCP-38279 | ||
| 6th | 1997年1月22日 | SICKS | CD | FHCF-2355 |
| 2010年1月22日 | LP(2枚組) | BVJL-2〜3 | ||
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | BVCL-30010 | ||
| 7th | 1998年3月4日 | PUNCH DRUNKARD | CD | FHCF-2412 |
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | BVCL-30011 | ||
| 8th | 2000年7月26日 | 8 | CD(2枚組) | FHCF-2501 |
| CD | ||||
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | BVCL-30013 | ||
| 9th | 2019年4月17日 | 9999 | CD+DVD | WPZL-31619/20(初回生産限定盤) |
| CD | WPCL-13119(通常盤) |
ベストアルバム[編集]
| リリース日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | |
|---|---|---|---|---|
| シングルコレクション | 2001年6月13日 | GOLDEN YEARS Singles 1996-2001 | CD | FHCF-2530 |
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | BVCL-30014 | ||
| ベストアルバム | 2004年12月8日 | MOTHER OF ALL THE BEST | CD(3枚組) | BVCR-18040〜18042 |
| CD(2枚組) | BVCR-18043〜18044 | |||
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2(2枚組) | BVCL-30015〜30016 | ||
| ベストアルバム | 2013年7月31日 | イエモン-FAN'S BEST SELECTION- | Blu-spec CD2+DVD | COZP-786〜787 |
| Blu-spec CD2 | COCP-38132 | |||
| 新録企画ベスト | 2017年5月21日 | THE YELLOW MONKEY IS HERE. NEW BEST | CD+『2017 LIMITED SPECIAL SINGLE CD』特典付 | COCP-39968 |
| アナログ盤(2枚組) | COJA-9324〜5 | |||
| FC限定盤(2枚組) | COCP-1001〜2 |
非公認ベストアルバム[編集]
| リリース日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| 1996年12月7日 | TRIAD YEARS actI〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY | CD | COCA-13914 |
| 1997年4月19日 | TRIAD YEARS actII〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY | CD | COCA-14101 |
| 1998年12月10日 | THE YELLOW MONKEY SINGLE COLLECTION | CD | COCP-50016 |
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | COCP-38282 | |
| 2001年3月1日 | TRIAD YEARS actI & actII〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY | CD(2枚組) | COCP-50486〜50487 |
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2(2枚組) | COCP-38280〜38281 |
その他のアルバム[編集]
| リリース日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| ボックス・セット | 1997年12月10日 | TRIAD COMPLETE BOX | 6CD | COCA-14660〜14665 | TRIADよりリリースされた全ての音源を網羅したBOXセット。 |
| ライブ・アルバム | 1999年5月26日 | SO ALIVE | CD | FHCF-2457 | 「PUNCH DRUNKARD TOUR」からメンバー自らがセレクションしたライブアルバム。 |
| 2013年12月4日 | Blu-spec CD2 | BVCL-30012 | |||
| トリビュート・アルバム | 2009年12月9日 | THIS IS FOR YOU〜THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM | CD(2枚組) | BVCL-50〜51 | 結成20周年記念企画の一環で発売。 |
| 6thアルバム完全盤 | 2010年1月22日 | COMPLETE SICKS | CD(2枚組)+DVD | BVCL-20025〜20027 | 結成20周年記念企画の一環で発売。 完全生産限定盤 Blu-spec CD+CD+DVDの3枚組 |
オムニバス・アルバム[編集]
| リリース日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1996年8月31日 | MOTH POET HOTEL〜A TRIBUTE TO MOTT THE HOOPLE | CD | COCA-13627 | TRIADよりリリース。3曲目に吉井の日本語詞によるモット・ザ・フープル「ホナルーチ・ブギ」のカバーを収録[* 8]。吉井はMoth Poet All Stars(モス・ポエト・オールスターズ)として1曲目「すべての若き野郎ども」(英語詞)メドレーに参加。 |
| 1997年11月21日 | T・レックス・トリビュート・アルバム〜ブギー・ウィズ・ザ・ウイザード | CD | TECW-30613 | 2曲目に吉井の日本語詞によるT・レックス「ティル・ドーン」のカバーを収録。吉井はBolan's children(ボランズ・チルドレン)として最終曲「T・レックス・トリビュート・メドレー」の「20センチュリー・ボーイ」(英語詞)に参加。 |
| 1998年2月25日 | 地獄の賞賛〜KISS トリビュート・イン・ジャパン | CD | PHCL-5085 | 1曲目にKISS「Shout It Out Loud」(狂気の叫び)のカバーを収録。英語詞。 |
| 2017年9月13日 | T. Rex Tribute 〜Sitting Next To You〜 presented by Rama Amoeba | CD | VICL-64822 | マーク・ボラン生誕70年/没後40年記念アルバム。3曲目「Light Of Love」(マーク・ボラン作曲)、11曲目「The Prettiest Star」(デヴィッド・ボウイ作曲)、12曲目「Sitting Next To You」(ボラン&ボウイ作曲)のカバーにTHE YELLOW MONKEYメンバーが参加[73]。 |
ビデオ・DVD[編集]
| リリース日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | |
|---|---|---|---|---|
| ライブビデオ | 1993年9月1日 | life Time・SCREEN〜追憶の銀幕〜 | VHS | COVA-4282 |
| 2000年12月9日 | DVD | COBA-50447 | ||
| ライブビデオ | 1995年7月21日 | Cherry Blossom Revolution -Live at BUDOKAN- | VHS | COVA-4579 |
| 2000年12月9日 | DVD | COBA-50448 | ||
| ミュージック・ビデオ | 1996年3月30日 | CLIPS Video Collection 1992〜1996 | VHS | COVA-4680 |
| LD | COLA-3198 | |||
| 2000年12月9日 | DVD | COBA-50449 | ||
| ライブビデオ | 1996年10月21日 | TRUE MIND TOUR '95-'96 FOR SEASON:in motion | VHS | COVA-4800 |
| LD | COLA-3230 | |||
| 2000年12月9日 | DVD | COBA-50450 | ||
| ミュージック・ビデオ | 1997年11月1日 | BLUE FILM | VHS | FHVF-1126 |
| 2000年12月9日 | DVD | FHBF-1003 | ||
| ライブビデオ | 1997年12月3日 | RED TAPE | VHS | FHVF-1127 |
| 2000年12月9日 | DVD | FHBF-1004 | ||
| ミュージック・ビデオ & ライブビデオ |
1997年12月17日 | PURPLE DISC | LD(2枚組) | FHLF-1128〜1129 |
| ライブビデオ | 1998年10月21日 | メカラ ウロコ・7 | VHS | COVA-6252 |
| 2000年12月9日 | DVD | FHBF-50451 | ||
| ミュージック・ビデオ | 1998年11月18日 | CLIPS 2 Video Collection 1996〜1998 | VHS | FHVF-1130 |
| LD | FHLF-1130 | |||
| 2000年12月9日 | DVD | FHBF-1005 | ||
| ライブビデオ | 1999年6月23日 | PUNCH DRUNKARD TOUR 1998/99 FINAL 3.10 横浜アリーナ | VHS | FHVF-1133 |
| LD(2枚組) | FHLF-1133〜1134 | |||
| 2000年12月9日 | DVD | FHBF-1006 | ||
| ライブビデオ | 1999年12月10日 | jaguar hard pain Live '94 | VHS | COVA-50201 |
| 2000年12月9日 | DVD | COBA-50452 | ||
| ライブビデオ | 2000年12月9日 | SPRING TOUR | VHS | FLVF-1146 |
| DVD | FLBF-1002 | |||
| ミュージック・ビデオ | 2001年3月14日 | CLIPS 3 Video Collection 1999〜2001 | VHS | FLVF-1147 |
| DVD | FLVF-1007 | |||
| ミュージック・ビデオ(BOX) | 2004年12月8日 | THE YELLOW MONKEY CLIP BOX | DVD(3枚組) | COBA-50833〜50835 |
| ライブビデオ(BOX) | THE YELLOW MONKEY LIVE BOX | DVD(9枚組) | COBA-50836〜50844 | |
| ライブビデオ | 2004年12月28日 | THE YELLOW MONKEY LIVE AT TOKYO DOME | DVD(2枚組) | BVBR-11050〜11051 |
| BVBR-11052〜11053 | ||||
| ライブビデオ | 2005年12月23日 | ライブ帝国 THE YELLOW MONKEY | DVD | JPBP-13603 |
| ライブビデオ(BOX) | 2009年12月9日 | メカラ ウロコ・LIVE DVD-BOX | DVD(9枚組) | BVBL-20〜28 |
| ライブビデオ | 2012年10月21日 | TRUE MIND "NAKED" | DVD(5枚組) | XT-3262〜3265 |
| ライブビデオ | TRUE MIND "NAKED" -TOUR '96 "FOR SEASON" at 日本武道館- | DVD(2枚組) | COBA-6350〜6351 | |
| ライブビデオ | TRUE MIND "NAKED" -TOUR '96 FOR SEASON "野性の証明" at NHKホール- | DVD(2枚組) | COBA-6352〜6353 | |
| ライブビデオ | 2012年12月3日 | RED TAPE "NAKED" | DVD(5枚組) | XT-3270〜3273 |
| ライブビデオ | RED TAPE "NAKED" -ARENA TOUR '97 "FIX THE SICKS" at 横浜アリーナ- | DVD(2枚組) | COBA-6387〜6388 | |
| ライブビデオ | RED TAPE "NAKED" -TOUR '97 〜紫の炎〜 at 西宮スタジアム- | DVD(2枚組) | COBA-6389〜6390 | |
| ドキュメンタリー | 2013年12月4日 | パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE | DVD(2枚組) | BVBL-92〜93 |
| DVD | BVBL-94 | |||
| Blu-ray | BVXL-37 | |||
| ライブビデオ | 2016年10月19日 | THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -SAITAMA SUPER ARENA 2016.7.10- | DVD | COBA-6924〜5 |
| Blu-ray | COXA-1143 |
ゲーム[編集]
| リリース日 | タイトル | 規格品番 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| プレイステーション用ソフト | 1999年7月1日 | PERFECT PERFORMER -THE YELLOW MONKEY- | SLPS-02135 | ファンハウスから発売された。THE YELLOW MONKEYの曲を使用した音ゲー。
収録曲: 「楽園」、「TVのシンガー」、「紫の空」、「LOVE LOVE SHOW」(Album Version)、「BURN」、「MY WINDING ROAD」、「NEW YORK CITY LOSER」 |
| プレイステーション用ソフト | 2000年4月14日 | THE YELLOW MONKEY trancemission VJ Remix | SLPM-86473 | ハンズオン・エンタテインメントから発売された。映画『trancemission』主題歌「SO YOUNG」のPVをVJとして編集体験ができるゲーム。その他、同映画の解説やPV8曲を収録。 |
未発表曲[編集]
| 曲名 | 備考 |
|---|---|
| 毛皮のコートのブルース | 1999年12月29日の『We are Petticort Laner de 公演』で演奏された。後に『メカラ ウロコ・LIVE DVD-BOX』の特典ディスクに収録される。2018年12月28日の『メカラ ウロコ・29 -FINAL-」で約19年ぶりに演奏された。9thアルバム『9999』のダウンロード限定盤にて初録音しボーナストラックとして収録。 |
| セミシグレ | ある不良青年の一生を描いた楽曲。1997年の『TOUR '97 〜紫の炎〜』にて披露される予定であったが、見送られた。1999年に出版された『So YOUNG―吉井和哉詩集』に歌詞が掲載されている。 |
| DUST TO DUST | 1994年の『TOUR '94 "jaguar hard pain"』のオープニングにて、偽ジャガーの登場とともに披露された楽曲。映像作品『jaguar hard pain Live'94』ではカットされている。 |
ライブ・コンサートツアー[編集]
| 年 | タイトル | 公演規模・会場 |
|---|---|---|
| 1992年 | TOUR 1992 FIRST | 全7公演
3月25日 Electric Lady Land |
| RADICAL HYSTERY TOUR | 全5公演
7月22日 amHALL | |
| RADICAL HYSTERY TOUR #2 | 全10公演
8月9日 石川県森林公園 | |
| 1992年 - 1993年 |
PLAY DON'T WORRY ボインでぶっとばせ! | 全5公演
12月24日 Electric Lady Land |
| 1993年 | EXPERIENCE MOVIE ROAD SHOW | 全7公演
3月23日 Electric Lady Land |
| Life Time・SCREEN〜追憶の銀幕 | 全3公演
6月10日 名古屋CLUB QUATTRO | |
| THREE DOG NIGHT | 全3公演
8月3日 日清パワーステーション(無害の狂犬DAY) | |
| マリーの悪戯 | 全4公演
9月2日 ナミキジャンクション | |
| Hello My Lovers “蟻地獄で逢いましょう” | 全3公演
11月20日 難波W'OH0L | |
| 1994年 | TOUR '94 JAGUAR HARD PAIN | 全11公演
3月19日 NEOPOLIS HOLL |
| JAGUAR HARD PAIN ENCORE TOUR '94 〜つわものどもの熱帯夜〜 | ||
| JAGUAR HARD PAIN FINAL TOUR '94 "I Shall Return!" | ||
| 1995年 | TOUR '95 "LOVE COMMUNICATION" | 全11公演
3月21日 大阪厚生年金会館 |
| TOUR '95 SUMMER SPECIAL “真夏の暴走” | 全3公演
8月15日 富士急ハイランド コニファーフォレスト | |
| TOUR '95 FOR SEASON | ||
| 1996年 | TOUR '96 FOR SEASON SPECIAL | 1月12日 日本武道館
|
| TOUR '96 FOR SEASON | 全5公演
1月18日 静岡市民文化会館 | |
| TOUR '96 FOR SEASON “野性の証明” | 全43公演
5月17日 戸田市文化会館 | |
| メカラ ウロコ・7 | 12月28日 日本武道館
| |
| 1997年 | ARENA TOUR '97 "FIX THE SICKS" | 全20公演
2月21日 松本市総合体育館 |
| TOUR '97 〜紫の炎〜 | 全5公演
8月23日 国営みちのく杜の湖畔公園 | |
| 1998年 | PUNCH DRUNKARD TOUR “あしたのショー” | 3月27日 赤坂BLITZ
|
| 1998年 - 1999年 |
PUNCH DRUNKARD TOUR 1998/99 | 全113公演
1998年 |
| 1998年 | メカラ ウロコ・9 | 12月28日 日本武道館
|
| 1999年 | メカラ ウロコ・10 | 12月28日 日本武道館
|
| We are Petticoat Laner de 公演 | 12月29日 日本武道館
| |
| 2000年 | SPRING TOUR | 全10公演
4月8日 名古屋市総合体育館 レインボーホール |
| 2001年 | メカラ ウロコ・8 | |
| 2004年 | Petticoat Lane PRESENTS THE EXHIBITION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY メカラ ウロコ・15[* 10] |
全10公演
12月10日 岩手県民会館 |
| 2016年 | THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 | 全20公演
5月11日 国立代々木競技場 第一体育館 |
| THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -YOKOHAMA SPECIAL- |
全2公演
8月2日 横浜アリーナ | |
| THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 SPECIAL -ARE YOU A BELIEVER?- |
全2公演
8月27日 福島県営あづま総合体育館 | |
| THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 SPECIAL -KUMAMOTO SPECIAL- |
9月1日 熊本B.9 | |
| THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -SUBJECTIVE LATE SHOW- |
全16公演
11月12日 森のホール21 | |
| THE YELLOW MONKEY SUPER メカラ ウロコ・27 | 12月28日 日本武道館
| |
| 2017年 | THE YELLOW MONKEY SUPER FC PARTY 2017 -DRASTIC HOLIDAY- | 全8公演
10月1日 釧路市民文化会館 |
| THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2017 | 全2公演
12月9日 東京ドーム | |
| THE YELLOW MONKEY SUPER メカラ ウロコ・28 -九州SPECIAL- | 12月28日 福岡 ヤフオク!ドーム
| |
| 2018年 | THE YELLOW MONKEY SUPER メカラ ウロコ・29 -FINAL | 12月28日 日本武道館
|
| 2019年 | THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2019 -GRATEFUL SPOONFUL- | 全22公演
4月27日 静岡県小笠山総合運動公園アリーナ |
書籍[編集]
| 発売日 | タイトル | 出版元 | ISBN | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1996年10月21日 | TRUE MIND TOUR'95-'96 FOR SEASON:still | 綜合出版 | 4-915713-04-0 | 初の写真集。フォトグラファーは有賀幹夫とMitch池田。 |
| 1996年12月20日 | 7YEARS | ビクターエンタテインメント | 4-89-389141-3 | 写真やインタビューを収録。 |
| 1999年4月10日 | So YOUNG―吉井和哉詩集 | ロッキング・オン | 4-94-759946-4 | 吉井和哉著書による初の詩集。未発表曲「セミシグレ」の歌詞が掲載されている。 |
| 2000年12月15日 | BURN | ロッキング・オン | 4-94-759985-5 | 『ROCKIN'ON JAPAN』に掲載されたインタビューをまとめたもの。完成直前に活動休止が発表された。 |
| 2000年12月25日 | SYN THE YELLOW MONKEY LENSMAN MITCH IKEDA | 綜合出版 | 写真集。フォトグラファーはMitch池田。 | |
| 2004年12月15日 | 15YEARS | ぴあ | 4-83-560982-4 | 写真やインタビューを収録。 |
| 2005年5月13日 | COMPLETE BURN | ロッキング・オン | 4-86-052049-1 | 『BURN』の増補改訂版。 |
| 2009年12月3日 | THE YELLOW MONKEY HEAVEN -SICKS years ‘96〜’97- | 宝島社 | 4-79-667499-3 | 写真集。フォトグラファーは有賀幹夫。 |
出演[編集]
テレビ[編集]
映画[編集]
- Trancemission - 1999年8月2日公開。バンドのMVを数多く手がけた高橋栄樹の映画監督デビュー作品。
- パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE - 2013年9月28日公開、ドキュメンタリー映画。監督は高橋栄樹。
- オトトキ - 2017年8月9日公開、ドキュメンタリー映画。
タイアップ一覧[編集]
| 起用年 | タイトル | 収録 | タイアップ |
|---|---|---|---|
| 1994年 | 熱帯夜 | 4thシングル | TBS系「所さんのワーワーブーブー」エンディングテーマ |
| 1995年 | Love Communication | 5thシングル | テレビ朝日系「mew」オープニングテーマ |
| 嘆くなり我が夜のFantasy | 6thシングル | TBS系「たけし・所のドラキュラが狙ってる」エンディングテーマ | |
| 追憶のマーメイド | 7thシングル | テレビ朝日系「はなきんデータランド」エンディングテーマ | |
| 太陽が燃えている | 8thシングル | テレビ朝日系「Jリーグ A GOGO!!」オープニングテーマ | |
| 1996年 | JAM | 9thシングル両A面 | NHK「ポップジャム」エンディングテーマ |
| Tactics | フジテレビ系アニメ「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」1stエンディングテーマ | ||
| SPARK | 10thシングル | TBS系「COUNT DOWN TV」7月度エンディングテーマ | |
| 楽園 | 11thシングル | フジテレビ系ドラマ「新・木曜の怪談」主題歌 | |
| 1997年 | BURN | 13thシングル | TBS系ドラマ「職員室」主題歌 |
| 1998年 | 球根 | 14thシングル | NHK「ポップジャム」エンディングテーマ |
| O.K. | 17thシングル C/W | WOWOW「WOWOWスーパーサッカー」エンディングテーマ | |
| 1999年 | SO YOUNG | 18thシングル | テレビ朝日系「ニュースステーション」3月度ウェザーテーマ |
| 映画「trancemission」主題歌 | |||
| バラ色の日々 | 19thシングル | NHK「ポップジャム」エンディングテーマ | |
| 2000年 | 聖なる海とサンシャイン | 20thシングル | テレビ朝日系「おネプ!」エンディングテーマ |
| 映画「現実の続き 夢の終わり」主題歌 | |||
| SHOCK HEARTS | 21stシングル | 大鵬薬品工業「チオビタドリンク」CMソング | |
| パール | 22ndシングル | NTV系「劇空間プロ野球」8・9月度イメージソング | |
| BRILLIANT WORLD | 23rdシングル | TBS系「世界ウルルン滞在記」エンディングテーマ | |
| 2001年 | GIRLIE (Original Mix) | 23rdシングル C/W | 映画「弟切草」主題歌 |
| 2009年 | SPARK | 10thシングル | パチンコ「CR忍術決戦 月影」使用曲 |
| 楽園 | 11thシングル | ||
| BURN | 13thシングル | ||
| 2012年 | Romantist Taste (LIVE音源) | 1stシングル | テレビ朝日系「musicる TV」10月度テーマソング |
| 2013年 | 太陽が燃えている | 8thシングル | テレビ朝日系「ゴーちゃん。GIRL'S TV」エンディングテーマ |
| SPARK | 10thシングル | TBS系「エン活!」エンディングテーマ | |
| 楽園 | 11thシングル | フジテレビ系「たけしのコマ大数学科」7〜9月度エンディングテーマ | |
| パール | 22ndシングル | 日本テレビ系「ミュージックドラゴン」POWER PLAY | |
| 2016年 | 砂の塔 | 25thシングル | TBS系ドラマ「砂の塔〜知りすぎた隣人」主題歌 |
| 2017年 | ALRIGHT | 25thシングル C/W | インベスターズクラウド「TATERU」CMソング第1弾 1月6日TV放映開始[74] |
| SPARK (2017 新録版) | 10thシングル | TBS系「イベントGO!」5月度オープニングテーマ | |
| インベスターズクラウド「TATERU」CMソング第2弾 8月4日TV放映開始 | |||
| 楽園 (2017 新録版) | 11thシングル | フジテレビ系「魔女に言われたい夜〜正直過ぎる品定め〜」5月度エンディングテーマ | |
| パール (2017 新録版) | 22ndシングル | 日本テレビ系「バズリズム」POWER PLAY | |
| 太陽が燃えている (2017 新録版) | 8thシングル | テレビ朝日系「musicる TV」6月度オープニングテーマ | |
| バラ色の日々 (2017 新録版) | 19thシングル | NHK-FM「ミュージックライン」6・7月度オープニングテーマ | |
| Stars | 配信限定シングル | 石川テレビ「N-18 凸」11月度エンディングテーマ | |
| くまもと県民テレビ「テレビタミン」11月度エンディングテーマ | |||
| くまもと県民テレビ「ROCKET COMPLEX」11月度エンディングテーマ | |||
| インベスターズクラウド「TATERU」CMソング第3弾 | |||
| Horizon | 配信限定シングル | 映画「オトトキ」主題歌 | |
| 2018 | 『FINAL FANTASY XV』 2 Year Anniversary 記念映像 | ||
| 天道虫 | 配信限定シングル | テレビ東京系ドラマ「天 天和通りの快男児」主題歌 | |
| 2019年 | I don’t know | 配信限定シングル | テレビ朝日系ドラマ「刑事ゼロ」主題歌 |
CD解説[編集]
- レディオヘッド『OK コンピューター(日本盤)』(1997年5月21日)
- あがた森魚『20世紀漂流記』(2001年5月23日)
- 解説には、音楽的影響などあがた森魚の作品に対する思いが書かれている。
- デヴィッド・ボウイ『best of bowie』(2002年10月30日)
- ブックレットに、吉井が山崎洋一郎との対談という形式で参加している。THE YELLOW MONKEY活動休止後かつ吉井がYOSHII LOVINSONとしてソロ活動を開始・バンドを解散する以前の時期であり、吉井和哉の名を使っている。
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ パッケージ作品の発売元としてもクレジット。
- ^ 松尾賢一が1989年11月29日の渋谷La.mamaライブを最後にTHE YELLOW MONKEYを脱退したことは当時の音楽誌に掲載された。松尾はその後、グラムロックバンド「GLANEY TAKE・the・TRIPP」(グラニー テイク・ザ・トリップ)のボーカルを務めた(GIMMY松尾)。このバンドは元・ZIGGYの津谷正人も在籍し(VIGIL津谷)、『Bunched Birth』と同じくENGINEレーベルからインディーズ・アルバム『A・TEST TUBE BABY』(ア・テストチューヴ ベイビー)を1992年に発表、1995年にインディーズ・レーベルのファイルレコードからリリースされたT・レックスのカバーアルバム『x-rex』に10組のアーティストの1組として参加し「TRUCK ON (TYKE)」のカバーを発表した。2008年5月10日に行われたLa.mama生誕祭に、GLANEY TAKE・the・TRIPPがこの日一夜限りの再結成をして出演し、解散中であったTHE YELLOW MONKEYの廣瀬洋一(HEESEY)がゲストDJとして参加した[9]。
- ^ a b c d 2004年12月の展示会・フィルムコンサート「メカラ ウロコ・15」会場に展示された吉井和哉による銘文から。
- ^ ロンドンはローリング・ストーンズにとってバンドを結成した出発地点である。前年の2012年、ローリング・ストーンズは結成50周年を迎えた。
- ^ 「地蔵」とは、音楽フェス等で何時間も最前列付近に立ち、目的のアーティストが登場するまで無反応で動かない観客をいい、自分中心で他のアーティストやファンに対する迷惑行為としてこのように呼ばれる。2013年サマーソニック大阪における「ミスチル地蔵」はよく知られる事例であり、この現象は後を絶たない[44]。
- ^ 傘をさす観客は後方へ行くように促されていた[45]。
- ^ このインタビューの翌週に行われた大阪・なんばHatchにおけるジーン・シモンズ・バンド単独公演では、THE YELLOW MONKEYの楽曲はカバーしていないが、THE YELLOW MONKEYのメンバーらが1994年1月26日に日清パワーステーションにおけるライブイベント「TRIAD SENSATION」でカバーしたKISS「Deuce」や、THE YELLOW MONKEYがアルバム『KISS トリビュート・イン・ジャパン』(1998年)でカバーしたKISS「Shout It Out Loud」を演奏した。
- ^ a b 『TRIAD YEARS actII〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY』(1997年)、『MOTHER OF ALL THE BEST』(2004年)等に収録された「ホナルーチ・ブギ」は、このトリビュート・アルバムが初出。
- ^ 1990年よりローリング・ストーンズのオフィシャルフォトグラファーを務めている有賀幹夫は、1995年よりTHE YELLOW MONKEYのオフィシャルフォトグラファーとなる。最初のオフィシャル撮影はTHE YELLOW MONKEY初の日本武道館公演[61]。
- ^ メンバー出演は最終日のみ。
出典注[編集]
- ^ 『THE YELLOW MONKEY 再集結記念特集』 (ナタリー)
- ^ E-TALENTBANK (2016年10月24日)
- ^ a b “吉井和哉、カバーアルバム第2弾は「ヨジー・カズボーン」収録10曲を発表” (2015年10月16日). 2018年9月8日閲覧。
- ^ 増田勇一 (2008年7月31日). “増田勇一のライヴ日記 7月回顧編(1)MURBAS”. 2018年9月8日閲覧。
- ^ a b c 『ROCKIN'ON JAPAN』 1998年4月号
- ^ 吉井和哉 2007, p. 80
- ^ ナタリー (2013年7月2日)
- ^ タワーレコード (2013年7月2日)
- ^ 廣瀬洋一BLOG (2008年4月3日)
- ^ 吉井和哉 2007, p. 90
- ^ 吉井和哉 2007, p. 104
- ^ 吉井和哉 2007, p. 111
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- ^ a b 『徹底座談会』 (ナタリー), p. 2
- ^ 吉井和哉 2007, p. 129
- ^ 『ROCKIN'ON JAPAN』 2010年1、2月合併号
- ^ 吉井和哉 2007, p. 155
- ^ 吉井和哉 2007, p. 162
- ^ 吉井和哉 2007, p. 189
- ^ 吉井和哉 2007, p. 191
- ^ 吉井和哉 2007, p. 201
- ^ 吉井和哉 2007, p. 198
- ^ 吉井和哉 2007, p. 199
- ^ MANTANWEB (2016年5月12日)
- ^ 吉井和哉 2007, p. 205
- ^ 吉井和哉 2007
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- ^ 吉井和哉 2007, p. 209
- ^ 『よなよな…』 (2015年4月7日)
- ^ 吉井和哉 2007, p. 214
- ^ 吉井和哉 2007, p. 216
- ^ 吉井和哉 2007, p. 217
- ^ 吉井和哉 2007, p. 246
- ^ 吉井和哉 2007, p. 247
- ^ 吉井和哉 2007, p. 245
- ^ a b c J-WAVE (2016年10月23日)
- ^ BARKS (2015年4月2日)
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- ^ http://theyellowmonkeysuper.jp/feature/mekarauroko28_kyushusp
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- ^ 吉井和哉 2007, p. 160
- ^ a b c d e f g h i j k l 富士祭電子瓦版 (2016年4月8日), p. 2
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- ^ 『RED TAPE "NAKED"』特典DVD、2012年。
- ^ 映画『パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE』、2013年。
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- ^ 『トライセラ吉田×椿屋中田対談』 (ナタリー), p. 2
- ^ 『トライセラ吉田×椿屋中田対談』 (ナタリー), pp. 2-3
- ^ 松尾潔Twitter (2017年11月15日)
- ^ Fashionsnap (2013年4月19日)
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- ^ “THE YELLOW MONKEY「天道虫」配信リリース決定、ティザー映像公開”. ナタリー. (2018年10月19日) 2018年11月21日閲覧。
- ^ ナタリー (2017年7月11日)
- ^ ナタリー (2016年12月21日)
参考文献[編集]
- 図書
- THE YELLOW MONKEY 『COMPLETE BURN』 ロッキング・オン、2005年5月13日。ISBN 4-86-052049-1。
- 吉井和哉 『吉井和哉自伝 失われた愛を求めて』 ロッキング・オン、2007年12月21日。ISBN 978-4-86052-071-7。
- 雑誌
- 『ロッキンf97年7月号別冊 Rockin'Talk CAFE』 (立東社)。 ※『ロッキンf』1995年4月号掲載文。
- 『ROCKIN'ON JAPAN』 (ロッキング・オン) 第140巻、1997年11月号。
- 『ROCKIN'ON JAPAN』 (ロッキング・オン) 第148巻、1998年4月号。
- 『ROCKIN'ON JAPAN』 (ロッキング・オン) 第361巻、2010年1、2月合併号。
- オンライン
- 『THE YELLOW MONKEY特集』 hot express music magazine、2009年12月3日。
- 『私のTHE YELLOW MONKEY「この1曲」!』 日本コロムビア、2013年。
- 平山雄一 『平山雄一 ウィークリーレビュー すばらしいひび: 連載 第55週 吉井和哉「クリア」』 EMTG MUSIC、2015年1月28日。
- 西廣智一 『Power Push 祝・結成20周年! 伝説のバンドの魅力を語り尽くすトライセラ吉田×椿屋中田対談 THIS IS FOR YOU - THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』 ナタリー、2013年。
- 森朋之 『徹底座談会で明かされる真実とそれぞれの1曲』 ナタリー、2013年7月31日。
- 森朋之 『THE YELLOW MONKEY 再集結記念特集』 ナタリー、2016年3月22日。
- 松尾潔 『2017年11月15日のツイート』 Twitter。
- “THE YELLOW MONKEY、全アルバム&全PVが6月一斉配信”. ナタリー. (2012年5月21日)
- “THE YELLOW MONKEY楽曲投票企画&全PV視聴スタート”. ナタリー. (2012年6月6日)
- “イエモン一斉配信直前に全シングル100円配信&ニコ生特番”. ナタリー. (2012年6月13日)
- “イエモン「TRUE MIND」を丸裸にした完全版DVD発売”. ナタリー. (2012年8月15日)
- “イエモン20年前のデビュー曲が装い新たにシングル化”. ナタリー. (2012年8月31日)
- “ヒーセ&エマも登場! 熱狂のイエモンリリースパーティ”. ナタリー. (2012年10月11日)
- “THE YELLOW MONKEYベストは「イエモン」&衝撃ジャケ”. ナタリー. (2013年7月2日)
- “「日本有線大賞」にAKB48、JUJU、西内まりや、西野カナら8組ノミネート”. ナタリー. (2016年11月16日)
- “THE YELLOW MONKEY「ALRIGHT」バックに本田が吠える、新CM公開”. ナタリー. (2016年12月21日)
- “新録ベスト! 東京ドーム2DAYS! 新曲公開! THE YELLOW MONKEY新情報一挙解禁”. ナタリー. (2017年3月17日)
- “イエモン、志磨遼平、オカモトショウら参加したT. Rexトリビュートアルバム完成”. ナタリー. (2017年7月11日)
- “DJ HEESEY@La.mama INFORMATION”. 廣瀬洋一 公式サイト. (2008年4月3日)
- “THE YELLOW MONKEY 今度は『RED TAPE “NAKED”』が発売決定!”. ローチケHMV. (2012年10月9日)
- “吉井和哉を撮り続ける有賀幹夫の写真展 リチウムオムが開催”. Fashionsnap.com. (2013年4月19日)
- “イエモン新ベストのタイトルは〈イエモン〉! ジャケは野性爆弾・川島”. TOWER RECORDS ONLINE. (2013年7月2日)
- “KISSが日本のバンドを研究。「イエモンとB’zを勉強。X-JAPANは影響力があった」”. Techinsight. (2013年10月22日)
- “吉井和哉、日本コロムビアへ移籍で18年ぶりTRIADレーベルに復帰&シングル発売決定も”. BARKS. (2014年11月18日)
- “吉井和哉、EMI時代が蘇るAL 5/27にリリース&ソロ6作もリイシュー。「EMIは僕の憧れのレーベルでした。」”. BARKS. (2015年4月2日)
- “ジーン・シモンズ、「やりたいことのすべてができる」”. BARKS. (2017年10月12日)
- 常見陽平 (2015年7月23日). “日本のフェス文化は、第1回フジロックの「失敗」のおかげで成り立っている”. BLOGOS
- “フジロック生みの親、日高正博氏インタビュー 『中編: あのときフジロックで起きたこと』”. フジロック・オフィシャルショップ岩盤『富士祭電子瓦版』. (2016年4月8日)
- “THE YELLOW MONKEY: 15年ぶり“復活ツアー”開幕 1曲目「プライマル。」に100万人が熱狂”. 毎日新聞 MANTANWEB. (2016年5月12日)
- “音楽フェスに出現する「地蔵」 各地で問題化している”. NEWSポストセブン. (2016年9月22日)
- “Guest : THE YELLOW MONKEY”. J-WAVE TOKIO HOT 100. (2016年10月23日)
- “THE YELLOW MONKEY・吉井和哉、再結成の動機を語る「みんな元気なうちに」。SMAPファンからの意外な反応も”. E-TALENTBANK. (2016年10月24日)
- “THE YELLOW MONKEY、宇多田ヒカル、PUFFY、RADWIMPSら『紅白』初出場決定”. music.jpニュース. (2016年11月24日)
- ラジオ
- 『ABCラジオ1008kHz 「よなよな…」 (2015年4月7日)』 ABCラジオ『よなよな…』公式Ustream。 ※HEESEYインタビュー放送回 (2時間10分〜)。
- 『ABCラジオ1008kHz 「よなよな…」 (2015年4月28日)』 ABCラジオ『よなよな…』公式Ustream。 ※EMMAインタビュー放送回 (1時間20分〜)。
外部リンク[編集]
- THE YELLOW MONKEY 公式サイト
- theyellowmonkeyCh - 公式YouTubeチャンネル
- THE YELLOW MONKEY (@TYMSproject) - Twitter
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