フェデリコ・フェリーニ

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フェデリコ・フェリーニ
Federico Fellini
Federico Fellini
1965年
生年月日 1920年1月20日
没年月日 1993年10月31日(満73歳没)
出生地 イタリアの旗 イタリア リミニ
職業 映画監督脚本家
ジャンル 映画

フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini, 1920年1月20日 - 1993年10月31日)はイタリアリミニ生まれの映画監督脚本家。「映像の魔術師」の異名を持つ[1]

プロフィール[編集]

高校卒業後、新聞社に勤務し、古都フィレンツェや首都ローマで挿絵や雑文を書いていた。その後、ラジオドラマの原稿執筆などを経てロベルト・ロッセリーニ監督の映画『無防備都市』のシナリオに協力。同作品はイタリア・ネオレアリズモ映画を世界に知らしめた記念碑的作品である。

寄席の脚光』(1950年)でアルベルト・ラットゥアーダとの共同監督にて監督デビュー。1952年の『白い酋長』で単独監督。この作品で音楽監督として起用されたニーノ・ロータは、『オーケストラリハーサル』に至るまでのすべてのフェリーニ作品で音楽を手がけることになる。三作目となる『青春群像』(1953年)では故郷の街とそこで生きているどうしようもない青年達の姿を描いてヒットを飛ばし、ネオレアリズモの若き後継者として注目された。ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。続く『』(1954年)では甘美なテーマ曲と物語の叙情性とヒューマニズムから世界的なヒット作となり、フェリーニの国際的な名声が確立する。

ネオレアリズモ的作風に変化が現れるのは『甘い生活』(1959年)からとされる[要出典]。退廃的なローマ社会を描いたこの作品はフェリーニの力強い社会批判であるが、ヘリコプターで吊るされた巨大なキリスト像の冒頭シーンや、河から引き上げられた怪魚のラストシーンに顕著なように、ストーリーの随所にシンボルが配置されて独特の映像感覚が発揮される。この手法は『8 1/2』(1963年)で極度に推し進められ、「映画が撮れなくなった映画監督」の話を借りてフェリーニの内面が赤裸々かつ高度なシンボル的映像表現で綴られることになる。

その後もチネチッタ・スタジオに巨大なセットを組み、『サテリコン』、『フェリーニのローマ』、『カサノバ』、『オーケストラ・リハーサル』、『女の都』、『フェリーニのアマルコルド』、『そして船は行く』など、重層的で夢幻の広がりを与える手法を駆使した作品群を立て続けに監督。いつしか世界の映画製作人から「スタジオの魔術師」と呼ばれることになる。

『道』、『カビリアの夜』、『8 1/2』、『フェリーニのアマルコルド』で4度のアカデミー賞外国語映画賞を、1992年にはアカデミー賞名誉賞を受賞。『甘い生活』ではカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞。

1993年に脳内出血で倒れ、同年10月31日、心臓発作で死去。73歳。その葬儀はローマのサンタマリア・デリ・アンジェリ教会にて国葬として執り行われた。

妻のジュリエッタ・マシーナは駆け出し時代の彼のラジオドラマに出演し、『』、『カビリアの夜』、『魂のジュリエッタ』、『ジンジャーとフレッド』などにも主演した。

作品の評価[編集]

『甘い生活』の舞台となったヴェネト通りに掲げられたプレート

『フェリーニのローマ』では、ローマ外環道路の交通渋滞を巨大な屋内セットによって再現したというぐらいに、中期以降のフェリーニはスタジオ撮影にこだわった。セット撮影を排したネオレアリズモ映画を出発点としながら、巨大なセット撮影を駆使して人工美の世界を構築したという点で、やはりネオレアリズモ映画出身だったルキノ・ヴィスコンティと並び称されることも多い。だが、本物の貴族出身だったヴィスコンティの華麗な絵作りに対してフェリーニの作品にはモダンアートの明るさと庶民的な俗っぽさが満ち溢れている。こうした絵画的感覚についてはイタリア・オペラの伝統を指摘する声もある[要出典]

また、フェリーニ映画には巨乳巨尻の女性が多く出てきて「フェリーニ的」画面を構成する。猥雑な女たちの娼館や道化師のサーカスはフェリーニのお得意素材である。

ペシミストとしても語られはするが、基本にあるのは生きていく意志である。『8 1/2』のラストシーンでの有名な台詞「人生は祭りだ。共に生きよう」はそれを端的に言い表している。それは『道』の中で悲惨な境遇にあるヒロインに向かって語られた「どんな物でも何かの役に立っている。この石ころだって」という台詞から一貫したフェリーニのヒューマニズムでもある。『8 1/2』のラスト、それまでの全登場人物(および主人公がこれまでの一生で出会った人々)が何の説明もなく勢ぞろいし、環になって踊りながら消えていく場面は、さまざまな議論を生みながらも人々に大きな衝撃を与え、我が国のマンガやアニメも含め、膨大な数の作品がオマージュを捧げている。

監督作品[編集]

脚本作品[編集]

出演作品[編集]

受賞歴[編集]

部門 作品 結果
アカデミー賞 1946年 脚色賞 無防備都市[2] ノミネート[3]
1949年 脚本賞 戦火のかなた[2] ノミネート[4]
1956年 脚本賞 ノミネート[5]
外国語映画賞 受賞
1957年 脚本賞 青春群像 ノミネート[5]
外国語映画賞 カリビアの夜 受賞
1961年 監督賞 甘い生活 ノミネート
脚本賞 ノミネート[6]
1963年 監督賞 8 1/2 ノミネート
脚本賞 ノミネート[6]
外国語映画賞 受賞
1970年 監督賞 サテリコン ノミネート
1975年 監督賞 フェリーニのアマルコルド ノミネート
脚本賞 ノミネート[7]
外国語映画賞 受賞
1976年 脚色賞 カサノバ ノミネート[8]
1992年 名誉賞[9] - 受賞
カンヌ国際映画祭 1957年 国際カトリック映画事務局賞 カリビアの夜 受賞
1960年 パルム・ドール 甘い生活 受賞
1972年 フランス映画高等技術委員会賞 フェリーニのローマ 受賞
1987年 40周年記念賞 インテルビスタ 受賞
ヴェネツィア国際映画祭 1953年 サン・マルコ銀獅子賞 青春群像 受賞
1954年 サン・マルコ銀獅子賞 受賞
1985年 金獅子賞・特別功労賞 - 受賞
ゴールデングローブ賞 1965年 外国映画賞(外国語) 魂のジュリエッタ 受賞
1969年 外国映画賞(外国語) サテリコン ノミネート
1972年 外国映画賞(外国語) フェリーニのローマ ノミネート
1974年 外国映画賞 フェリーニのアマルコルド ノミネート
ニューヨーク映画批評家協会賞 1956年 外国語映画賞 受賞
1961年 外国語映画賞 甘い生活 受賞
1963年 外国語映画賞 8 1/2 受賞
1965年 外国語映画賞 魂のジュリエッタ 受賞
1974年 作品賞 フェリーニのアマルコルド 受賞
監督賞 受賞
全米監督協会賞 1963年 長編映画監督賞 8 1/2 ノミネート
1986年 Golden Jubilee Special Award - 受賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 1960年 外国語映画賞 甘い生活 受賞
1963年 外国語映画賞 8 1/2 受賞
1965年 外国語映画賞 魂のジュリエッタ 受賞
1970年 外国語映画賞 フェリーニの道化師 受賞
リンカーン・センター映画協会 1985年 Chaplin Award Gala - 受賞
英国アカデミー賞 1955年 作品賞(総合) ノミネート
1958年 作品賞(総合) カリビアの夜 ノミネート
1960年 作品賞(総合) 甘い生活 ノミネート
1963年 作品賞(総合) 8 1/2 ノミネート
1986年 外国語映画賞 ジンジャーとフレッド ノミネート
フェローシップ賞 - 受賞
ヨーロッパ映画賞 1989年 生涯功労賞 - 受賞
セザール賞 1988年 最優秀外国映画賞 インテルビスタ ノミネート
ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞 1957年 監督賞 カリビアの夜 受賞
1960年 監督賞 甘い生活 受賞
1974年 監督賞 フェリーニのアマルコルド 受賞
1984年 監督賞 そして船は行く ノミネート
脚本賞 受賞[10]
1984年 ルキノ・ヴィスコンティ賞 - 受賞
1986年 監督賞 ジンジャーとフレッド ノミネート
脚本賞 ノミネート[11]
ルネ・クレール賞 受賞
Medaglia d'oro del Comune di Roma - 受賞
1988年 監督賞 インテルビスタ ノミネート
1990年 監督賞 ボイス・オブ・ムーン ノミネート
モスクワ国際映画祭 1963年 グランプリ 8 1/2 受賞
1987年 金賞 インテルビスタ 受賞
ブルーリボン賞 1957年 外国作品賞 受賞
キネマ旬報ベスト・テン 1957年 外国映画ベストワン 受賞
外国映画監督賞 受賞
1965年 外国映画ベストワン 8 1/2 受賞
外国映画監督賞 受賞
1974年 外国映画ベストワン フェリーニのアマルコルド 受賞
外国映画監督賞 受賞

受勲[編集]

  • 1964年 イタリア共和国功労勲章 グランデ・ウッフィチャーレ(grande ufficiale)
  • 1987年 イタリア共和国功労勲章 カヴァリエーレ・ディ・グラン・クローチェ(cavaliere di gran croce)

その他[編集]

著書[編集]

※日本語文献のみ

  • 『アマルコルド』トニーノ・グエーラ共著、千種堅訳(早川書房、1974年)
  • 『私は映画だ 夢と回想』アンナ・ケール、クリスティアン・シュトリッヒ編、岩本憲児訳(フィルムアート社、1978年) ISBN 4845978237
  • 『フェリーニ,映画を語る』竹山博英訳(筑摩書房、1985年)ISBN 4480870792 - ジョヴァンニ・グラッツィーニによるインタビュー。
  • 『フェデリコ・フェリーニ作品イメージ画集』藤井ラウラ訳(TOKYOFM出版、1993年)ISBN 4924880124 - 大部なイメージ画集。
  • 『魂のジュリエッタ』柱本元彦訳(青土社、1994年)ISBN 4791753569
  • 『映画監督という仕事 <リュミエール叢書24>』リータ・チリオと共著、竹山博英訳(筑摩書房、1996年)ISBN 448087304X
  • 『フェリーニ・オン・フェリーニ』コスタンツォ・コスタンティーニ編 中条省平・中条志穂訳(キネマ旬報社、1997年)ISBN 4873762138


関連文献[編集]

  • トゥッリオ・ケジチ『フェリーニ 映画と人生』押場靖志訳(白水社、2010年6月) - 親友による「公認」の評伝
  • ベニート・メルリーノ『フェリーニ 世界の傑物 <ガリマール新評伝シリーズ>』山口俊洋訳(祥伝社、2010年9月)
  • 川本英明『フェデリコ・フェリーニ 夢と幻想の旅人』(鳥影社、2005年)
  • ジョン・バクスター『フェリーニ 〈20世紀メモリアル〉』 椋田直子訳(平凡社、1996年)
  • 『フェリーニを読む 世界は豊饒な少年の記憶に充ちている <ブック・シネマテーク>』岩本憲児編(フィルムアート社、1994年)
  • ユリイカ 詩と批評 特集フェリーニの世界』、1994年9月号(青土社
  • 『スタジオボイスVol.237 特集フェリーニ主義』、1995年9月号(インファ)
  • 『フェリーニの宇宙 <シネアルバム>』 根岸邦明・柳沢一博編(芳賀書店、1985年)

脚注[編集]

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  1. ^ http://www.nytimes.com/learning/general/onthisday/bday/0120.html
  2. ^ a b ロベルト・ロッセリーニ監督作品。
  3. ^ セルジオ・アミデイと共にノミネート。
  4. ^ セルジオ・アミデイ、チェレステ・ナガルヴィッレ、ヴィクター・ヘインズ、マルチェロ・パリエーロ、ロベルト・ロッセリーニと共にノミネート。
  5. ^ a b エンニオ・フライアーノ、トゥリオ・ピネッリと共にノミネート。
  6. ^ a b エンニオ・フライアーノ、トゥリオ・ピネッリ、ブルネッロ・ロンディと共にノミネート。
  7. ^ トニーノ・グエッラと共にノミネート。
  8. ^ ベルナルディーノ・ザッポーニと共にノミネート。
  9. ^ 世界的な聴衆をぞくぞくさせて楽しませた彼の映画の業績に対して。
  10. ^ トニーノ・グエッラと共に受賞。
  11. ^ トニーノ・グエッラ、トゥリオ・ピネッリと共にノミネート。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]