コーエン兄弟

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コーエン兄弟
Coen brothers
Ethan and Joel Coen
Coen brothersEthan and Joel Coen
2001年カンヌ国際映画祭にて。
向かって左がイーサン、右がジョエル。
本名 Joel Daniel Coen
Ethan Coen
別名義 Roderick Jaynes
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミネソタ州ミネアポリス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 映画監督
脚本家
映画プロデューサー
活動期間 1984年 -
主な作品
映画
バートン・フィンク
ファーゴ
ビッグ・リボウスキ
ノーカントリー

ジョエル・コーエンJoel Coen, 1954年11月29日 - )とイーサン・コーエンEthan Coen, 1957年9月21日 - )は、アメリカ合衆国映画監督脚本家映画プロデューサーである。コーエン兄弟(コーエンきょうだい、Coen brothers)として共同で映画製作に携わっている。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

兄のジョエルは1954年11月29日に、弟のイーサンは1957年9月21日に、ミネソタ州ミネアポリス郊外のセントルイスパークで生まれた。父親のエドワードはミネソタ大学で経済学を、母親のレナはセントクラウド大学で美術史を教えていた。また、兄弟の上にデビィという姉がいる[1]

少年時代から兄弟は読書や映画鑑賞を趣味としていた。ジョエルが貯めたお金で8ミリ映画撮影用機材を購入し、近所で仲間を募って映画を撮り始めたこともあった。この頃製作した映画には、当時兄弟の好きだった映画のリメイクのほかに、ヘンリー・キッシンジャーを主人公にしたオリジナル作品も有ったという[1]

二人はマサチューセッツ州バード大学サイモンズロック校を卒業。ジョエルはニューヨーク大学で映画製作を学ぶ。一方イーサンはプリンストン大学で哲学を学んだ。ニューヨーク大学を卒業後、ジョエルはアシスタントとして映画やミュージック・ビデオの製作現場で働くようになる。ジョエルは映画監督のサム・ライミと知り合い、彼が監督したホラー映画死霊のはらわた』(1981年)の編集助手となった[2]。その後もライミは、コーエン兄弟の友人として公私共に親密な交際を続けている。

映画製作者として[編集]

このころプリンストン大学を卒業したイーサンが、ジョエルの住むニューヨークを訪れてくる。兄弟は共同で脚本の執筆を開始、後にそれを彼ら自身の手で映画化した処女作『ブラッド・シンプル』(1984年)を発表する[2]。同作は低予算での製作ながら、完成度の高いスリラー映画として好評を博した。この作品で兄弟はインディペンデント・スピリット賞の監督賞を受賞し、一躍インディペンデント映画界で注目される存在となる。

その後兄弟はハリウッド大手スタジオの20世紀フォックスと契約する。そして20世紀フォックスからのバックアップを受けて『赤ちゃん泥棒』(1987年)、『ミラーズ・クロッシング』(1990年)、『バートン・フィンク』(1991年)といった話題作を次々に公開する。特に『バートン・フィンク』は同年度のカンヌ国際映画祭パルム・ドール監督賞男優賞の主要3部門を制覇、兄弟の国際的な知名度を向上させた。

ハリウッドスターを数多く起用し、巨額の製作費を掛けた『未来は今』(1994年)では興行的に惨敗を喫したものの、捲土重来を期した次作『ファーゴ』(1996年)は批評家たちに絶賛され、兄弟に初のアカデミー賞脚本賞)を齎した。海外での評価も高く、この作品で兄弟は二度目のカンヌ国際映画祭監督賞を受賞している。『ファーゴ』は2014年からTVシリーズ『FARGO/ファーゴ』となり、兄弟が製作総指揮を務めている。『ビッグ・リボウスキ』(1998年)は公開当時は興行的にも批評的にも微妙な評価だったが、現在ではカルト映画として一部の熱狂的なファンから絶大な支持を受けている[3]

2000年代に入ってもコーエン兄弟は意欲的に作品を発表していく。ジョージ・クルーニー主演の『オー・ブラザー!』(2000年)は、映画のサウンドトラックが700万枚を超える売上[4]を挙げるという話題作となった。翌年の『バーバー』(2001年)では往年のフィルム・ノワールを髣髴させる白黒映画の製作に挑戦。『バートン・フィンク』『ファーゴ』に続き三度目のカンヌ国際映画祭監督賞を受賞した。『ディボース・ショウ』(2003年)、『レディ・キラーズ』(2004年)も興行的に成功を収め、批評家たちからの評価は高くとも一般受けはしないという兄弟に貼られたレッテルを返上する活躍を見せた。

ノーカントリー』(2007年)では作品賞を含むアカデミー賞4部門を受賞、批評家たちから『ファーゴ』に匹敵する傑作だと賞賛された。全世界で1億6000万ドルを上回る興行収入を挙げ[5]、コーエン兄弟のキャリアにおいて最大のヒット作となった。翌年に公開された『バーン・アフター・リーディング』(2008年)も全米興行収入初登場1位という大ヒットを記録。アメリカを代表する映画製作者としての地位をますます不動のものとしている。

映画製作[編集]

便宜上、『ディボース・ショウ』(2003年)までは監督・脚本にジョエル、脚本・製作にイーサンがそれぞれ別個にクレジットされてきたが、実際はどちらも兄弟の共同作業であり、『レディ・キラーズ』(2004年)からは監督・脚本・製作はすべて兄弟の連名となっている。また、コーエン兄弟はロデリック・ジェインズRoderick Jaynes)という変名で映画の編集作業も行っている[6]

特徴[編集]

コメディ色の強いスリラー映画、もしくはスリラー色の強いコメディ映画、特にユダヤ的な笑いを用いたものを得意としている。作品のテーマとして犯罪、特に誘拐恐喝を取り扱うことが多い。

脚本[編集]

基本的に兄弟が制作する映画は彼ら自身が書き上げた脚本に基づくものであるが、物語の大まかな枠組みとして既存の文学作品などからモチーフを借りてくることも多い。

特に兄弟のハードボイルド小説への傾倒は顕著である。『ミラーズ・クロッシング』はダシール・ハメットの『ガラスの鍵』や『血の収穫』を[7]、『ビッグ・リボウスキ』はレイモンド・チャンドラーの『大いなる眠り』を[8]、『バーバー』はジェームズ・M・ケインの『殺人保険』や『郵便配達は二度ベルを鳴らす』をそれぞれ参考にしている[9]。『オー・ブラザー!』ではギリシャの古典叙事詩オデュッセイア』の翻案がなされた。

撮影[編集]

技術的な特徴としては、移動撮影や複雑なカット割りの多用が挙げられる[10]

撮影監督として処女作の『ブラッド・シンプル』から3作目の『ミラーズ・クロッシング』までをバリー・ソネンフェルドが、4作目の『バートン・フィンク』以降の『バーン・アフター・リーディング』を除くすべての作品をロジャー・ディーキンスがそれぞれ担当している。

配役[編集]

兄弟は彼らの制作映画にしばしば特定の俳優たちを起用することで知られる。スティーヴ・ブシェミフランシス・マクドーマンドジョン・ポリトジョン・タトゥーロジョン・グッドマンらが「コーエン組」として認知されている。しかし近年では彼らの出演機会は以前と比べ相対的に減少しつつある。

音楽[編集]

映画中の音楽はカーター・バーウェルが一貫して作曲している。

評価[編集]

兄弟はカンヌ国際映画祭の常連であり、『バートン・フィンク』(1991年)で同映画祭初の主要3部門(パルム・ドール、監督賞、男優賞)を制覇したのを皮切りに、『ファーゴ』(1996年)、『バーバー』(2001年)でも監督賞を、『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(2013年)で審査員特別賞をそれぞれ受賞している。『ノーカントリー』(2007年)では同年度のアカデミー賞で作品賞を始めとする計4部門を受賞し、名実ともに現代のアメリカ映画界を代表する巨匠として注目を集める存在である。

私生活[編集]

ジョエルは1984年に『ブラッド・シンプル』に主演したフランシス・マクドーマンドと、イーサンは1993年に『ミラーズ・クロッシング』の編集助手を担当したトリシア・クックとそれぞれ結婚した。どちらの夫婦もニューヨーク在住である。

ジョエルは『ファーゴ』でアカデミー賞脚本賞を、妻のマクドーマンドはアカデミー賞主演女優賞をそれぞれ受賞している。

作品[編集]

監督作品[編集]

  1. ^ パリを舞台にしたオムニバス映画。コーエン兄弟は『テュイルリー』を担当。
  2. ^ 映画館をテーマにしたオムニバス映画。コーエン兄弟は『ワールド・シネマ』を担当(ただし、日本では権利の関係上『ワールド・シネマ』のみ未公開であり、同作のDVD及びCSでのテレビ放送の際においてもカットされている)。 

その他[編集]

主な受賞[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b Russell p. 4
  2. ^ a b Russell p. 5
  3. ^ Finlo Rohrer、“Is The Big Lebowski a cultural milestone?”、BBC News Magazine、2008年10月10日。(参照:2009年4月4日)
  4. ^ Paul Grein、“Chart Watch Extra: Ropin' The Biggest Country Hits”、Yahoo! Music、2008年11月7日。(参照:2009年4月4日)
  5. ^ BOX OFFICE MOJO、“No Country for Old Men (2007)”(参照:2009年4月4日)
  6. ^ Jada Yuan、“Roderick Jaynes, Imaginary Oscar Nominee for ‘No Country’”、New York Magazine、2008年1月22日。(参照:2009年4月4日)
  7. ^ Russell p. 45
  8. ^ Production Notes(『ビッグ・リバウスキ』の製作秘話、ユニバーサル・ピクチャーズ版DVD収録)
  9. ^ Nev Pierce、“The Man Who Wasn't There (2001)”、BBC、2001年10月1日。(参照:2009年4月4日)
  10. ^ 百科事典『マイペディア』の「コーエン兄弟」の項目より。
  11. ^ G・クルーニーはセリフ忘れ、S・ヨハンソンは人魚姿に「ヘイル、シーザー!」予告”. 映画ナタリー (2016年2月10日). 2016年2月10日閲覧。

参考文献[編集]

  • Carolyn R. Russell (2001). The Films of Joel and Ethan Coen. Jefferson: McFarland & Company, Inc., Publishers. ISBN 0-7864-0973-8.

外部リンク[編集]