アカデミー賞

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アカデミー賞
受賞対象 優れた映画やその製作関係者
主催 映画芸術科学アカデミー
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
初回 1929年5月16日
公式サイト www.oscars.org
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アカデミー賞(アカデミーしょう、Academy Awards)は、アメリカ映画の健全な発展を目的に、キャストスタッフ表彰し、その労と成果を讃えるための映画賞。授与されるオスカー像から、単にオスカー(Oscars)とも呼ばれる。

アカデミー賞は授賞式前年の1年間にアメリカ国内の特定地域で公開された作品を対象に選考され、また映画産業全般に関連した業績に対して授与される。

前年の作品が対象となるため(第7回から)、2012年に開催されたアカデミー賞を2011年度などと表示することが慣例である。第1回アカデミー賞は、1927年から1928年7月31日までに公開された映画がノミネート対象となっている。なお、テレビ中継はアメリカの放送局、ABCで放送され、日本ではWOWOWで放送される。

概要[編集]

「アメリカ映画の祭典」という冠詞を付けられることが多い事からも分かるとおり、基本はアメリカ映画を対象とした映画賞であり、作品の選考対象も「1年以内にロサンゼルス地区で上映された作品(詳細は後述)」と比較的狭義である。

しかし、その知名度と世界三大映画祭よりも古い歴史を持つ権威ある賞であるため、マーケットへの影響力は国際映画祭の各賞以上に大きく、受賞結果が各国の興行成績に多大な影響を与える。このため各国のマスコミは「映画界最高の栄誉」と報道することが多い。

受賞すると、賞の名称を刻印したオスカー像と呼ばれる金メッキの人型の彫像が贈られ、賞金の類は一切付与されない。

毎年11月に予備選考が行われ、翌年の1月にノミネートが発表される。その後、映画芸術科学アカデミー会員の投票が行われ、2月の最終日曜もしくは3月の第一日曜に授賞式が行われる。第85回の開催は2013年2月24日、日曜日である。

アメリカでは非常に注目度の高いイベントの一つであり、第85回のテレビ中継の視聴者数は4030万人である[1]スーパーボウルなどNFLの一部の試合中継に次いで、アメリカで最も視聴者数の多いコンテンツの一つになっている。

沿革[編集]

最初のアカデミー賞の授与(1929)

もともとアカデミー賞の授賞式は1929年に設立された「映画芸術科学アカデミー」の夕食会の一環として始まった。第1回は1929年5月16日にロサンゼルスにあるルーズベルトホテルで行われた夕食会の際に舞台上で、3カ月前に授賞を通知しておいた受賞者を招待して賞を贈与した。当初はオスカー像ではなく、同様のデザインを施した楯が贈られた。

第1回授賞式で、『第七天国』で女優賞を受賞したジャネット・ゲイナーによれば、「これからも互いにいい仕事をして頑張りましょうという程度の、ちょっとした内輪の集まりだったのよ」と当時の様子を振り返っているとおり、授賞式は5分程度で簡単に済まされていた。

第2回から地元ラジオ局により実況が開始され、第17回から全国放送となった。エンタテインメント色が色濃くなったのは、第二次世界大戦で前線にいた兵士達の耳を喜ばせるためだったという。

テレビ中継が開始されたのは第25回の授賞式から。中継を担当したのはNBCであった。当時の視聴率はNBC開局以来の高記録であった。現在はABCが中継している。

授賞式会場は、2回目以降はアンバサダー・ホテルやビルトモア・ホテルが使用され、晩餐会形式で執り行われた。回を増すごとにスケールが拡大していき、やがて収容人数の多い映画館で行われるようになった。第74回からは現行のドルビー・シアター(旧コダック・シアター)で行われている。ドルビー・シアターとは10年の契約であり、現在のアカデミー会員数はすでに収容人数の5800人を超えているため、手狭になるのも時間の問題であるといわれている。

名称[編集]

Academy Awards」は日本[2]アメリカ合衆国[3][要出典]において商標登録されているため、これらの国では当該商標権を侵害する形での無断使用はできない。逆に日本語表記の「アカデミー賞」は商標登録されておらず、「日本アカデミー賞」や「レコード・アカデミー大賞」など各方面で「アカデミー賞」の語が用いられている。ゆえに日本語表記の「アカデミー賞」に、登録商標を示すとされる®(丸アール)マークをつけるのは誤りである。

また、この他にも料理や建築、文学や美術などさまざまな映画以外の賞においても、「○○界のアカデミー賞」という具合に、アカデミー賞はその権威の高さを表す冠詞として扱われている。

選考[編集]

選考はアメリカの映画産業従事者の団体、映画芸術科学アカデミー(AMPAS)の会員の無記名投票が行われ、所定の賞を授与される。

基準[編集]

アカデミー賞は、原則として前年の1年間にノミネート条件(ロサンゼルス郡内の映画館で連続7日以上の期間、有料で公開された40分以上の長さの作品で、劇場公開以前にテレビ放送、ネット配信、ビデオ発売などで公開されている作品を除く、など)を満たした映画作品について扱われる。

なお「劇場公開以前にテレビ放送などで公開されていない」という基準については、かつて『Shall we ダンス?』が米国内での公開前に日本国内で日本テレビ系列でテレビ放映されたことが原因でノミネート対象から外されたことがある[4]など、基準が曖昧な時期があったが、現在は米国外ですでに公開されている映画については「映画が最初に公開されてから90日間、劇場公開以外の方法で公開されていない」「ロサンゼルスでの劇場公開の前に米国内で劇場公開以外の方法で公開されていない」の2条件を満たすことが要件とされている[5]

また長編アニメ賞、外国語映画賞、ドキュメンタリー映画賞など、賞によっては独自のノミネート条件を設けているものがある。詳細はそれぞれの賞の記事を参照のこと。

選出[編集]

投票権を持つ映画芸術科学アカデミー会員は、大部分がハリウッドの業界関係者による編成であり、新聞記者や映画評論家など公平な立場で判断できる分野の会員が少ないのが特徴。各賞の投票についても、例えば「アカデミー監督賞」であればハリウッドで働く映画監督の会員がノミネート作品選定に投票するなど、賞に応じた業務に携わる会員が担当する(もっとも、作品賞のノミネートおよび各賞ノミネート発表後の本選の投票は全会員が行うことができるので、最終的には各部門に携わる者以外の意向が結果に反映される)。

情報管理[編集]

最終投票は授賞式の一週間弱前に締め切られ集計されるが、結果は厳重に封印されて、大手会計事務所のプライスウォーターハウスクーパースの金庫に保管され、結果書類は当日、事務所の職員2人が授賞式会場に直接持ち込む。(生中継では、会場に入っていく会計事務所の職員が映されることもある。)賞の授与担当プレゼンターがステージで開封するまでは、外部へは一切知らされない。

受賞結果について、当初は報道の関係上マスコミには事前通達してあったが、1939年に『風と共に去りぬ』が作品賞を受賞した際に、一部新聞が主宰者との協定を破って前日に抜け駆け報道をしたため、翌年より前記会計事務所の管理するシステムとなり、今日に至る。

特色と現状[編集]

アカデミー賞はハリウッドの映画関係者が選考を行うことから、各賞の選出については、アメリカの国情や世相などが色濃く反映され、必ずしも芸術性や作品の完成度の高さでは選ばれない。例えばカンヌ国際映画祭などの著名な国際映画祭で大賞を受賞した作品が、アカデミー賞ではノミネートもされないことが多いのは有名。ゆえに、どうしても選出作品の足並みが揃ってしまう他の国際映画祭では見られない、独特の傾向と盛り上がりを見せる映画賞である。

授賞式[編集]

第81回授賞式

式典[編集]

授賞式は毎年2月の最終もしくは3月の第1日曜日にハリウッドドルビー・シアターで行われる。会場前を通るハリウッド大通りは、ドルビーシアターを中心に東はカフエンガ通りから西はラ・ブレア通りまで、東西計1マイル(1.6km)程度にわたり、授賞式当日午前からほぼ1日中、招待状を持つ関係者およびロサンゼルス市警察関係以外の車両は一切通行止めとなる。特に会場へ到着するリムジンなどの下車場所となる東側のハイランド通りとの交差点付近からシアター前までの通路は赤い絨毯で装飾されるため、一般に「レッドカーペット」とも呼ばれている。

出席は招待客のみで、チケットの販売は行われておらず、それ以外の客は出席できないので、15時頃までであれば、先述のハイランド通りとの交差点東側まで近寄ることはできるが、交差点手前50m程度の位置で警察官によるセキュリティチェックが行われ、ナイフなど不審物を持つ者は通過が許されない。また交差点付近各方向10m程度の幅はフェンスに設置された黒幕で覆われており、レッドカーペット付近を最短距離で直接見ることは難しい。なお15時以降からは招待客の到着が活発化するため、それ以上の交差点以降の立ち入り自体を一切禁止する。

主演男女・助演男女の各賞のプレゼンター(賞の授与者)は、基本的に前年度の受賞者が反対の性の賞(前年の主演男優賞受賞者が翌年の主演女優賞)に対して行うことが慣例となっている。支払われるギャランティはなく、あくまでも無償奉仕である。

第66回のクリント・イーストウッド、第67回のスティーヴン・スピルバーグ、第68回のロバート・ゼメキス、第69回のメル・ギブソン、第80回のマーティン・スコセッシのように、近年は監督賞プレゼンターを前年度の受賞者が担当している。

受賞スピーチ[編集]

スピーチは45秒以内と制限されている。これは、第15回に主演女優賞を受賞したグリア・ガースンが自分の生い立ちまで話し始めてしまい、実に5分半もスピーチしたためである。以来、時間制限が導入されているが、第73回ジュリア・ロバーツは4分以上、第74回ハル・ベリーは約5分と、感激のあまり制限を無視する人もいる[6]

賞品[編集]

受賞者には受賞名が刻印されたオスカー像が贈られる。賞金や副賞は一切無く、あくまでも名誉のみが与えられる賞である。但しアカデミー賞効果で受賞作がヒットしロイヤリティ収入が増える、次回作での出演料が増える、といった形で結果的に受賞者の収入に影響が出る場合が多い。

逆にノミネートされただけで賞を逃した人物には残念賞として、日本でいうところの福袋のようなものが与えられる。袋の中身は服飾品や旅行券、あるいは洗剤やシロップなど、その年によって異なる雑多な物品が入っており、その総額は数万ドル相当にも及ぶ。

エピソード[編集]

種類[編集]

賞はいくつかの部門に分かれている。

部門[編集]

撮影賞・美術賞(当時の呼称は室内装置賞)・衣裳デザイン賞はカラーと白黒で部門分けされていた時期がある。第30回1957年度)に一本化されたが、撮影賞は第31回1958年度)に、美術賞と衣裳デザイン賞は第32回1959年度)に二分化された。第40回1967年度)から全てが一本化された。

特別賞[編集]

本賞以外に、『表彰に値する顕著な功績のあった者』に対して贈与される賞全般を指す。毎年必ず選出されるわけではなく、該当者が存在する場合に設定されている。これらの賞には定まった賞の名称はなく、単に「特別賞」として贈与されるものや、「名誉賞」の名称で贈与されるものもある。なお、特定の条件を満たした者は、特別賞枠内に設定された下記のような特定の賞が贈与される。

映画業界に顕著な功績のあったプロデューサーに対して贈られる賞
長年にわたり映画業界全体の発展に顕著な功績のあった人物に対して贈られる賞
映画業界に技術面で顕著な功績のあった技術者に対して贈られる賞

最近では、アメリカのスタントマンが在籍している団体が、スタントマン部門賞を設立してほしいという嘆願を出している。[要出典]

2009年から、功労賞に関わる賞を「ガバナーズ賞」としてアカデミー賞とは独立して表彰されるようになった[8]

英語以外の映画の扱い[編集]

アカデミー賞は「米映画の祭典」と銘打ってはいるものの、前記ノミネート条件を満たしていれば、英語音声以外で公開される映画(アメリカ以外の国で製作された映画を含む)であっても作品賞を含む本賞にノミネートされたり、あるいは受賞したりということは可能である。(但し実際には、ハリウッドの関係者が選出するというシステム上、純粋な外国映画はノミネートはされても受賞に至ったことは少ない。)

前記ノミネート条件を満たしていないアメリカ国外制作の非英語作品の場合は、各国の映画産業が映画芸術科学アカデミーに推薦する形で「外国語映画賞」にエントリーされる。

「外国語映画賞」の第1回は、1946年の第19回で「特別賞」に選出されたイタリア映画の『靴みがき』。もっとも、この時点で「外国語映画賞」という賞は存在せず、前述の「特別賞」の一つという扱いであった。ちなみに『靴みがき』の選出理由は、「敗戦国であるイタリアが、創造精神を駆使して、敗戦の逆境を跳ね返す作品を作り出したこと」であった。

翌年の1947年に「この年にアメリカ国内で公開された、最も優れた外国語映画」という理由付けで、フランス映画『聖バンサン』が選出され、外国語映画賞の母体的な選考理由がここに初めて誕生、以後同選考基準によって、米国内で公開された優れた外国語映画が1本、選出されるようになる。

「外国語映画賞」という正式な賞として、これまでの特別賞から独立したのは1956年(同年の受賞作はイタリア映画『』)からで、同年から各国推薦の作品を5本厳選してノミネートし、うち1本に賞を授与するという、現在のスタイルが完成した。

一方、アニメーション作品など特定ジャンルの作品は、当該ジャンルの規定に沿った賞の対象となる(アニメーション作品で長編のものなど)が、作品賞を含む他の各賞の条件も満たしていればそれら各賞の選考対象にもなりうる。

日本との関係[編集]

  • この項目では、アカデミー賞において受賞を含めてノミネートされた日本映画や映画に関わった日本人などを主に記している。
  • 以下の表では、アカデミー賞を受賞した場合、各賞を太文字で表記。
年(回数) ノミネートした各賞 ノミネートした作品・人物 特記事項
1936年
第9回
美術賞 巨星ジーグフェルド』 - 今津やすへい(エディ今津)
1951年
第24回
名誉賞を受賞 羅生門』(黒澤明監督作)
1952年
第25回
美術賞 『羅生門』(黒澤明監督作) - 松山崇 当時映画雑誌の編集長を務めていた淀川長治が日本人として初めて授賞式に正式に招待される。
1954年
第27回
名誉賞を受賞 地獄門』(衣笠貞之助監督作)
衣装デザイン賞を受賞 『地獄門』(衣笠貞之助監督作) - 和田三造
1955年
第28回
名誉賞を受賞 宮本武蔵』(稲垣浩監督作)
衣装デザイン賞 雨月物語』 - 甲斐荘楠音
1956年
第29回
衣装賞 七人の侍』(黒澤明監督作) - 江崎孝坪
美術賞 『七人の侍』(黒澤明監督作) - 松山崇
1957年
第30回
助演女優賞を受賞 サヨナラ』 - ナンシー梅木
助演男優賞 戦場にかける橋』 - 早川雪洲
外国語映画賞 ビルマの竪琴』(市川崑監督作)
美術賞 十戒』 - アルバート野崎
1961年
第34回
外国語映画賞 永遠の人』(木下惠介監督作)
衣装デザイン賞 用心棒』 - 村木与四郎
1963年
第36回
外国語映画賞 古都』(中村登監督作)
1964年
第37回
外国語映画賞 砂の女』(勅使河原宏監督作)
1965年
第38回
監督賞 『砂の女』 - 勅使河原宏
外国語映画賞 怪談』(小林正樹監督作)
1966年
第39回
助演男優賞 砲艦サンパブロ』 - マコ岩松
作曲賞 天地創造』 - 黛敏郎
1967年
第40回
外国語映画賞 智恵子抄』(中村登監督作)
1970年
第43回
撮影賞 トラ・トラ・トラ!』 - 佐藤昌道姫田真左久古谷伸
編集賞 『トラ・トラ・トラ!』 - 井上親弥
美術賞 『トラ・トラ・トラ!』 - 村木与四郎、川島泰造
1971年
第44回
外国語映画賞 どですかでん』(黒澤明監督作)
1972年
第45回
科学技術賞を受賞 キヤノンの向井二郎、広瀬隆昌 向井、広瀬の両氏は、映画用マクロズームレンズの開発による受賞。
1975年
第48回
外国語映画賞を受賞 デルス・ウザーラ』(黒澤明監督作) 『デルス・ウザーラ』は、ソ連代表として受賞。
外国語映画賞 サンダカン八番娼館・望郷』(熊井啓監督作)
科学技術賞を受賞 キヤノンの鈴川博
1980年
第53回
外国語映画賞 影武者』(黒澤明監督作)
美術賞 『影武者』(黒澤明監督作) - 村木与四郎
1981年
第54回
外国語映画賞 泥の河』(小栗康平監督作) 富士写真フイルムの受賞は、映画用高感度カラーネガフィルムの開発による。
科学技術賞を受賞 富士写真フイルム(現在の富士フイルムホールディングス
1985年
第58回
衣装デザイン賞を受賞 』 - ワダ・エミ 『乱』は、衣装デザイン賞の受賞を含めて全4部門で候補になる。
監督賞 『乱』 - 黒澤明
撮影賞 『乱』 - 斎藤孝雄上田正治中井朝一
美術賞 『乱』 - 村木与四郎、村木忍
1987年
第60回
作曲賞を受賞 ラストエンペラー』 - 坂本龍一 坂本は、デヴィッド・バーンコン・スーとの共同で受賞。
1989年
第62回
名誉賞を受賞 黒澤明
1991年
第64回
衣装デザイン賞を受賞 ドラキュラ』 - 石岡瑛子
1998年
第71回
短編ドキュメンタリー映画賞を受賞 『パーソナルズ~黄昏のロマンス~』(伊比恵子監督作)
2002年
第75回
長編アニメ賞を受賞 アニメ映画『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督作)
短編アニメ賞 頭山』(山村浩二監督作)
2003年
第76回
助演男優賞 ラストサムライ』 - 渡辺謙
外国語映画賞 たそがれ清兵衛』(山田洋次監督作)
2004年
第77回
ゴードン・E・ソーヤー賞を受賞 宮城島卓夫
2005年
第78回
長編アニメ賞 アニメ映画『ハウルの動く城』(宮崎駿監督作)
2006年
第79回
助演女優賞 バベル』 - 菊地凛子 アメリカ映画ではあるが、日本側の視点で硫黄島の戦いを描いた『硫黄島からの手紙』が音響編集賞の受賞を含め、作品賞・監督賞・脚本賞の4部門にノミネート。また、日本語による作品が外国語映画賞ではなく、作品賞候補になったのは史上初。
メイクアップ賞 もしも昨日が選べたら』 - 辻一弘(メイクアップアーティスト)
音響編集賞を受賞 硫黄島からの手紙』(主演・渡辺謙)
2007年
第80回
科学技術賞を受賞 坂口亮 坂口は、流体シミュレーション・システムの開発により共同で受賞。辻は、メイクアップ賞を2年連続でノミネート。『モンゴル』は、カザフスタン映画としてノミネート。
メイクアップ賞 マッド・ファット・ワイフ』 - 辻一弘
外国語映画賞 モンゴル』(主演・浅野忠信)
2008年
第81回
外国語映画賞を受賞 おくりびと』(滝田洋二郎監督作) 『おくりびと』の受賞は、外国語映画賞が独立した賞となってからの日本映画の受賞として史上初。また、左記の日本の作品のダブル受賞は、実に54年ぶり(第27回以来)の快挙。
短編アニメーション賞を受賞 アニメ映画『つみきのいえ』(加藤久仁生監督作)
2012年
第85回
衣装デザイン賞 白雪姫と鏡の女王』 - 石岡瑛子 石岡は、21年ぶり(第64回の受賞以来)2度目の衣装デザイン賞にノミネート。ノミネート時点で石岡は既に亡くなっていた。
2013年
第86回
長編アニメ賞 アニメ映画『風立ちぬ』(宮崎駿監督作)
短編アニメ賞 アニメ映画『九十九』(森田修平監督作)
長編ドキュメンタリー映画賞 キューティー&ボクサー』(日本人の芸術家夫婦を描いた作品)
2014年
第87回
長編アニメ賞 アニメ映画『かぐや姫の物語』(高畑勲監督作)
短編アニメ映画賞 アニメ映画『ダム・キーパー』(堤大介、ロバート・コンドウ共同監督作)
2015年
第88回
長編アニメ賞 アニメ映画『思い出のマーニー』(米林宏昌監督作)

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ Oscars 2013: TV ratings rise with Seth MacFarlane as host Los Angeles Times 2013年2月26日閲覧。
  2. ^ 登録商標 第2720595号及び第4198514号
  3. ^ 米国登録商標 第1103859号 第1880473号 第1956313号 及び第2245965号
  4. ^ 『「Shall we ダンス?」アメリカを行く』(周防正行著、太田出版1998年)pp.411 - 412
  5. ^ 80th annual Academy Awards of merit・RULE THREE 'THE AWARDS YEAR and DEADLINES'
  6. ^ ハル・ベリーは後に『キャットウーマン』でゴールデンラズベリー賞を受賞してしまった際、その授賞式でこのアカデミー賞の受賞スピーチのパロディーを演じて喝采を浴びた。
  7. ^ ただし後に故意であったことが判明した。
  8. ^ ガバナーズ賞授賞式にアカデミー賞候補が結集”. 映画.com (2015年11月17日). 2015年11月17日閲覧。

外部リンク[編集]