滝川太郎

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滝川 太郎(たきがわ たろう、1903年 - 1980年)は、絵画鑑定家画家である。石井柏亭の書生となり、太平洋画会研究所で絵画を学び、1930年にパリに渡った。

贋作の製作者として[編集]

滝川は西洋絵画の贋作を大量に製作した人物として知られている。もともと彼は絵画を中心とした西洋美術をパリで買い付けて日本に持ち込むという画商業を営んでいたが、同時に鑑定家としての知識を流用して多数の西洋絵画贋作を作成した。

1962年(昭和37年)、ルノワールの『少女』が日本の展覧会で盗難にあったことを発端とし、1968年(昭和43年)、芸術新潮による大々的な「滝川贋作」の糾弾報道によって、贋作事件が明らかになった。

1971年(昭和46年)、本人が芸術新潮の取材の中で、200点をはるかに超える西洋絵画の贋作を製作したと告白した。

画家としての滝川作品も数多く、各地の美術館や画廊で現在も見ることができる。その多くは印象派的で牧歌的な風景作品が中心である。

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