田内千鶴子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

田内 千鶴子(たうち ちづこ、1912年大正元年)10月31日[1] - 1968年昭和43年)10月31日)は、韓国で孤児救済のために生涯をかけたクリスチャン。木浦の母、韓国孤児の母と呼ばれる。

生涯[編集]

高知県高知市若松で生まれる[1]。1938年、日本統治時代の朝鮮全羅南道木浦市尹致浩と結婚する。夫と共に、孤児救済のために共生園で働く。朝鮮戦争で夫が行方不明になった後も孤児救済のために尽くし、3000人の孤児を守り育てた。1965年韓国文化勲章国民賞を受賞する。1968年に木浦市で死去した。木浦市では市民葬を行い、3万人が出席した。現在共生園は長男の田内基が園長をしている。

田内の生涯は『愛の黙示録』という題名で、日韓合作で映画化された。2012年には、生誕100周年の記念行事が田内の故郷・高知市で開催された[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c “〝木浦の母〟の精神永遠に 田内さん生誕100年行事開幕”. 高知新聞. (2012年11月9日). http://203.139.202.230/?&nwSrl=295351&nwIW=1&nwVt=knd 2012年11月27日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 『クリスチャン情報ブック2006』いのちのことば社、2005年

外部リンク[編集]

執筆の途中です この項目「田内千鶴子」は、キリスト教に関連した書きかけ項目です。加筆・訂正などをして下さる協力者を求めていますP:キリスト教/PJ:キリスト教)。