アルプスの若大将

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アルプスの若大将
監督 古沢憲吾
脚本 田波靖男
製作 藤本真澄
出演者 加山雄三
星由里子
田中邦衛
イーデス・ハンソン
音楽 広瀬健次郎
主題歌 君といつまでも
『蒼い星くず』
撮影 飯村正
編集 黒岩義民
配給 東宝
公開 日本の旗 1966年5月28日
上映時間 94分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 2億3323万円[1]
前作 エレキの若大将
次作 歌う若大将
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アルプスの若大将』(アルプスのわかだいしょう、英題:It Started in the Alps)は、加山雄三主演の日本映画若大将シリーズの第7弾。1966年5月28日公開。東宝製作。併映は『クレージーだよ奇想天外』(主演:谷啓クレージーキャッツ))。

配役[編集]

京南大学建築学部、スキー部
パン・アメリカン航空勤務、ローマ事務所・東京事務所

概要[編集]

銀座の若大将』以来、久々に若大将シリーズでスキーを取り上げた作品。加山は俳優デビュー前の1959年1960年国民体育大会(国体)にスキーで出場したことがあり、終盤に苗場スキー場で開催される大会ではスタント無しで滑る・飛ぶシーンが見られる。

また『ハワイの若大将』に引き続いて今はなきパンアメリカン航空(以下「パンナム」)とのタイアップ作品でもあり、今回はマドンナ役の澄子がパンナム社員という設定で、同社の極東地区広報支配人だったデビッド・ジョーンズも出演した。『ハワイの若大将』に次いで若大将シリーズでは2作目の海外ロケ作品となった。また本作はシリーズ最多の入場動員を記録している。

ストーリー[編集]

京南大学工学部建築科の若大将・田沼雄一は建築学の論文が欧州の学会で評価されて山下教授と共にヨーロッパ旅行に招待された。若大将はスイスでの余暇を利用してツェルマットへスキーに出かけ、そこでパンナムの現地グランドスタッフとして駐在している澄子と馬ぞりで相乗りになる。しかしこの旅行には青大将・石山新次郎も彼の父の依頼で随行しており、ジュネーブ滞在中に青大将はパリへナンパへ行ったことで山下教授から大目玉を喰らう。

一行はウィーンへ行き、そこでトニー・ザイラーに会えたことで嬉しかった若大将はある男性と一緒の澄子を見かけて愕然とする。更にローマでもパンナムの支店で澄子に会うが、そこで「ウィーンで一緒だった男」がジョーンズ支配人とわかり、支配人の計らいで翌日若大将と澄子はローマの市内観光がてらデートする。一方青大将は懲りずにローマでもナンパ。

日本へ帰国すると若大将はスキー部の練習に励む一方、青大将はパリでナンパしたフランス人女性(リセエンヌ)が来日したことで頭を痛めていた。当時はまだ外国人を毛嫌いする風潮が強かったため青大将の自宅に泊めることができず、ホテルに泊めようとも考えたが、宿泊費で小遣いが持たないため田能久にステイさせてもらうよう懇願する。一方押しつけられた若大将も久太郎の反発に遭ったが、りきに説得されて久太郎はやむなくリセエンヌを迎え入れる。リセエンヌは田沼家が気に入ったらしく、店のアルバイトまでしてしまう。

若大将・江口ら京南大学スキー部一行は大会を控えて苗場スキー場へ合宿に出発する。東京へ異動した澄子も若大将からの電話を受けて青大将を利用して上野駅へ見送りに行くが、白バイに追われながら上野駅へ行ったにもかかわらず見送りに間に合わなかった。その後、青大将と澄子も若大将達を追って苗場へ行くと、京南大学の悦子も若大将にスキーの指導を乞うべく苗場入りしていた。そこでの行き違いもあって若大将と喧嘩別れをした澄子は、再びヨーロッパの支店へと転勤してしまったのだった。

エピソード[編集]

  • 本作の併映(同時上映)は、谷啓主演の『クレージーだよ奇想天外』だが、こちらの作品でも星由里子がヒロインを務めている(ちなみに、脚本も本作と同じく田波靖男)。通常、同時上映される2作品は同時期に撮影されている場合が多く、このように二本立て興行でヒロインが同一というのは珍しい例である。なお、この『アルプス』と『奇想天外』の二本立て興行収入は、1966年の東宝映画の興行でトップであった。
  • トニー・ザイラーの出演に関しては、当初はトニーに出演を依頼すべく東宝が動いていたが、アポイントが取れず諦めていたところ、撮影でスイスに着いたら偶然トニー本人に出くわし、その場で依頼したところ、チョイ役とはいえ急遽特別出演が実現したという奇跡のような逸話が残っている。
  • デビッド・ジョーンズは、パン・アメリカン航空の極東地区支配人で、大相撲本場所で優勝力士に表彰状を手渡す外国人として有名だった。澄子の上司として出演し、劇中のテレビでも「ヒョーショージョー」が見られる。
  • 田能久にホームステイする役のイーデス・ハンソンは、当時、関西弁を喋る外国人タレントとして人気だったが、本作では終始標準語を通している。また、イーデス本人はアメリカ籍なのだが、本作の役柄はフランス人であった。

ロケ地[編集]

挿入曲[編集]

  • 「君といつまでも」 ※途中のセリフについて、青大将に「なかなかやるじゃね〜か!」と突っ込まれる。
  • 「蒼い星くず」 ※苗場のホテルでブルージーンズをバックに歌う。
  • 「夕陽は赤く」 ※田能久での久太郎とリシェンヌのシーンのBGMに使用される。
  • ブライト・ホーン」 ※イタリアでの雄一と澄子のデートのシーンで使用される。
  • 「ランニング・ドンキー」 ※スキー部のコンパで唄われる。
  • モンテ・ローザ」 ※モンテ・ローザをバックに歌う。歌の終了と同時に加山が足を取られて転倒するが、そのまま収録された。
  • 「クレイジー・ドライビング(インストルメンタル)」 ※「蒼い星くず」に続いて苗場のホテルのシーンで使用される。

パンナムでヨーロッパへ?[編集]

今の時代なら「ヨーロッパへのフライトになんで日本・アジアまたは欧州系の航空会社を使わないんだ?」というツッコミが入るかもしれないが、当時は国際的な航空連合がなく、大手の航空会社では世界の主要都市を経由する世界一周路線を運航しており、当時の日本航空はもちろんのこと、パンアメリカン航空とて例外ではなかった。また当時の主力機材がボーイング707だったこと、アメリカ合衆国とロシア(ソビエト社会主義共和国連邦)は冷戦まっただ中で現在のシベリア経由は不可能だったことを考えると、劇中ではこの世界一周路線か、アンカレジ経由でヨーロッパへ飛んだ可能性が考えられる。

なお若大将シリーズでは学生編の海外ロケ作品でパンナムがスポンサーについていたが、パンナムを利用して南北アメリカ以外へ渡航した作品は『レッツゴー!若大将』の香港、『南太平洋の若大将』のタヒチがある。

脚注[編集]

  1. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)230頁

外部リンク[編集]

若大将映画作品
通番 題名 公開日 脚本 監督
第1作 大学の若大将 1961年7月8日 笠原良三
田波靖男
杉江敏男
第2作 銀座の若大将 1962年2月10日
第3作 日本一の若大将 1962年7月14日 福田純
第4作 ハワイの若大将 1963年8月11日
第5作 海の若大将 1965年8月8日 田波靖男 古澤憲吾
第6作 エレキの若大将 1965年12月9日 岩内克己
第7作 アルプスの若大将 1966年5月28日 古澤憲吾
第8作 歌う若大将 1966年9月10日 長野卓
第9作 レッツゴー!若大将 1967年1月1日 岩内克己
第10作 南太平洋の若大将 1967年7月1日 古澤憲吾
第11作 ゴー!ゴー!若大将 1967年12月31日 岩内克己
第12作 リオの若大将 1968年7月13日
第13作 フレッシュマン若大将 1969年1月1日 福田純
第14作 ニュージーランドの若大将 1969年7月12日
第15作 ブラボー!若大将 1970年1月1日 岩内克己
第16作 俺の空だぜ!若大将 1970年8月14日 小谷承靖
第17作 若大将対青大将 1971年1月9日 岩内克己
第18作 帰ってきた若大将 1981年2月11日 小谷承靖