読売新聞中部支社

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讀賣新聞(中部版)
種類 日刊紙
サイズ ブランケット判

事業者 株式会社読売新聞東京本社
中部支社
本社 〒460-8470
愛知県名古屋市中区栄1-2-1
代表者 白石興二郎
創刊 1975年3月25日
前身 中部讀賣新聞
(1975年3月25日 - 1988年5月31日
言語 日本語
価格 1部 130円
月極 3,093円
ウェブサイト http://www.yomiuri.co.jp/chubu/
特記事項:
1988年5月31日付まで読売本体とは別組織による「中部讀賣新聞」の題号で発行。
1988年6月1日付から読売興業株式会社(後の株式会社よみうり)の傘下に入ったのに伴い、題号を「讀賣新聞」に改題。
2002年7月1日付から読売新聞グループの再編により、株式会社読売新聞東京本社の中部支社により発行。
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読売新聞中部支社が入居するビル(「テラッセ納屋橋」業務棟)
2017年7月17日まで使用していた旧社屋

読売新聞中部支社(よみうりしんぶん ちゅうぶししゃ)は、愛知県名古屋市中区にある読売新聞東京本社の支社である。読売新聞スポーツ報知愛知県岐阜県及び三重県伊賀地方を除く)に向けて発行している。

中部支社所在地[編集]

  • 愛知県名古屋市中区栄一丁目2番1号 郵便番号460-8470

中部支社管内の支局[編集]

歴史[編集]

「中部読売新聞」創刊[編集]

1974年7月31日、東京の株式会社読売新聞社(現:読売新聞グループ本社読売新聞東京本社)は、大阪讀賣新聞社(現:読売新聞大阪本社)の設立に関わった竹井博友が経営する印刷会社名古屋高速印刷株式会社」と業務提携(広義のフランチャイズ契約と同じ)を結び、名古屋高速印刷は商号を「株式会社中部読売新聞社」に変更した。

1975年3月25日に、読売新聞の東海3県に於いての発行としての形で、愛知県岐阜県三重県を対象地域とする『中部読売新聞』(題号:中部讀賣新聞、読み:ちゅうぶよみうりしんぶん)が創刊された。紙面は、東京で製作された紙面を一部共用し、読売本社と中部読売は編集・工務・販売・広告などの部門で互いに協力し合った。創刊号は、一般的な読売新聞の横並びの題字ではなく、中部読売独自による縦並びの題字[1]が使われた。創刊号一面には、「三県民の目となり耳となって」と題した、竹井博友社長の発刊の辞が掲載された。

中部読売時代は読売新聞本体とは別法人・別組織であったが、記事内容は一部を除いて読売東京本社版の紙面を共用していた。1面下段のコラムと社説は中部独自の物を掲載した(コラムのタイトルは『東海風』)。ただし、東京本社も東海3県向けに発行した「中京版」(番組表静岡県遠州地域版=西部地方向けと同じもの[2]を使用。地方版も3県合同の「中京読売」として発行)が存在し、所在住所も中部読売新聞社と同じながら、電話番号が異なったり、支局・通信部も3県のものを全て掲載していた[2])を出していたので、東海3県では東京本社版、中部読売版の2つの読売が併売されたことになる。

不当廉売問題[編集]

創刊当時、月極め購読料が500円(1部売り20円)と他の全国紙ブロック紙より安く、「コーヒー3杯分で一ヶ月間新聞が読めます」を謳い文句としていた。こうしたことから、中日新聞など地元の新聞社が中部読売の創刊直前から、日本新聞協会の下部機構である「新聞公正取引協議委員会」が読売本社と中部読売は同一の事業主体であると指摘。「読売新聞の差別対価・中部読売の不当廉売」との訴えを起こし、公正取引委員会に申告した。公正取引委員会は中部読売創刊当日の1975年3月25日、「月極め500円の購読料は不当廉売の疑いがある」として緊急停止命令を東京高等裁判所に申し立てた。同年4月30日に出た東京高裁の決定では、「公正取引委員会の審決があるまで月極め812円を下回る価格で販売しない」との判決が出た(中部読売新聞社緊急停止命令事件)。これを受けて中部読売は1975年5月から月極め812円に値上げした。

不当廉売問題がネックとなって、全国紙系の新聞社でありながらも創刊から長らく日本新聞協会には加盟していなかったが、1987年5月20日、創刊から12年目にして新聞協会にようやく加盟した。

読売本体へ合流[編集]

読売名誉会長の務臺光雄は、「中部進出は私の生涯で唯一の失敗だった」と竹井博友ら中部読売経営陣に退陣を求めた。その後経営不振から1988年2月1日に読売新聞本社と吸収する形で、プロ野球球団読売ジャイアンツ(以下、巨人)を経営する読売興業(のちの株式会社よみうり)に運営を委ね中部読売新聞本社(ちゅうぶよみうりしんぶんほんしゃ)となった。巨人の黒字で中日ドラゴンズ(親会社は中日新聞社[3])の地元・名古屋で新聞を発行するという形態となった。

同年6月1日には、「読売新聞中部本社」(よみうりしんぶんちゅうぶほんしゃ)となり、題号も『中部讀賣新聞』から、他の本社と同じ『讀賣新聞』として再スタートを切った。読売本紙の社説と、1面下段コラムの「編集手帳」も中部本社発足の日から掲載されるようになった。中部本社は編集と販売のみの業務で、中部本社版の紙面の制作は読売新聞社(東京・大手町。グループ再編後は東京本社)が一括して行うようになった。また、これと同時に、中部読売が発売されていた三重県の伊賀地方伊賀市名張市)は、大阪本社の管轄に変更された。伊賀地域は京阪神通勤圏に近く、近畿地方のニュースを多く利用していることや他の全国紙もこの地域は大阪本社管轄であることを配慮した。なお、他紙が大阪版管轄の熊野市南牟婁郡向けには読売のみ従前どおり中部版を発行した。ただし南牟婁郡紀宝町の一部では中部支社版と大阪本社版(和歌山県版)が併売されている。

本社から支社に格下げ[編集]

2002年7月1日に、読売新聞社が持株会社読売新聞グループ本社」に移行したことから、中部本社は株式会社よみうりの会社分割で株式会社読売新聞東京本社(東日本の読売新聞発行本社)に吸収合併され、同社の中部支社に格下げされた。またこれに伴い創刊号からの発行号数を示す紙齢も、それまでの中部読売創刊の1975年からの合計から、東京本社の創刊時(1874年)からのそれに変更された。なおこれに関連して、同じよみうり傘下の読売新聞西部本社は持ち株会社傘下の企業として改めて設立された。

支社移転へ[編集]

2017年7月18日、旧所在地(同区栄1丁目17番6号)より約200m北の納屋橋南東にある納屋橋東第一種市街地再開発事業(愛称「テラッセ納屋橋[4])の業務棟(東陽ビル)に移転した[5]

静岡県向け夕刊を印刷[編集]

読売新聞中部支社管轄地域である東海3県では中部読売の時代から夕刊を発行せず、朝刊単独で発行している[6]が、静岡県(東京本社管轄)の夕刊と浜松市など遠州地方向けの朝刊(13版S)については愛知県清須市にある読売新聞清須工場(2008年3月30日から稼動開始。同年3月29日までは中部支社工場)で印刷してトラック輸送している。

これについては、中部支社の設備が過剰とならないよう東京本社が配慮したからではないかと推測する向きもある。東西に長い静岡県においては、県西部(遠州)こそ名古屋市に近いが、大井川よりも東の地域(中部・東部伊豆)はむしろ東京の方が近く、トラック輸送のコスト的にも横浜市の瀬谷工場からの方が安価であるというのが、その推測の主な理由とみられる。

なお静岡県の読売本紙は、基本的には神奈川県横浜市瀬谷区にある読売新聞瀬谷工場で印刷している。発行所のクレジットも中部支社ではなく東京本社であり、清須工場で印刷されている夕刊及び遠州地方向けの朝刊も同様である。

ちなみに、清須工場は読売新聞東京本社と名古屋市に本社を置く竹田印刷の共同出資によって設立された「東海プリントメディア」によって運営されている。

同じようなことは静岡県全域が東京本社管轄の毎日新聞(静岡県西部向け夕刊を中部本社から委託された中日新聞社の名古屋市の工場で印刷。それ以外の地域向け夕刊と朝刊<全県>については海老名市の毎日首都圏センターにて印刷している)でも行っている。(朝日新聞は静岡県東部・伊豆・中部が東京、西部が名古屋管轄である)

スポーツ報知中部版[編集]

  • スポーツ報知の中部版も報知新聞社ではなく、読売新聞中部支社からの発行である(事実上報知新聞社と取材協力・提携関係を結んでいるフランチャイズ契約である)。創刊は1979年2月22日で、これもそれまで発行されていなかった報知新聞の東海3県での基盤を整えるために「報知スポーツ」として創刊し、基本的には中部版独自の番組表、公営競技面、大阪本社製作の中央競馬面などを除き、東京本社発行版と同じ紙面を利用している。1996年に他の本社と同じ「スポーツ報知」と改めた。
  • なお、中部版スポーツ報知では1面の日付部分、あるいは各ページの「第3種郵便物認可」の横にある「報知新聞」のクレジットは外されており、1面日付のそれにも「スポーツ報知」の題字が入っている。また、報知スポーツの時代は他本社が1面や最終面にカラー紙面を連日採用して以後もしばらくはモノクロ紙面で、見出しの色も報知のシンボルカラーである緑色ではなく朱色が使われていた時代があったが、現在は他本社同様カラー紙面・見出しも緑色ベースとなっている。なお2015年に入ってからは、1頁の題字にある発行所クレジットが従来の「©読売新聞中部本社→読売新聞社」の単独から「©読売新聞社、報知新聞社」と並列記載されている。
  • スポーツ報知中部版は名古屋で発行するスポーツ紙で唯一、新聞休刊日の特別版を発行していない。休刊日前日の1面には「あすの本紙は休みます」と表記される。
  • スポーツ報知は他の地域本社(北海道支社・大阪本社・西部本社)同様、東京本社版の紙面内容を大半現地印刷で引用しているため、編集能力が乏しい。そのことから名古屋を本拠とする中日ドラゴンズよりも読売ジャイアンツの記事が1面トップなど主軸になってきている。また系列の読売新聞では、大阪版では2000年代以降阪神タイガースオリックス・バファローズ、西部版では福岡ソフトバンクホークスの記事を主軸に据える機会が増えつつある中、中部版はやはり東京本社の本部で制作した紙面をそのまま使用することから、巨人をトップにする比率が高く、中日は地元ながらサブ扱いとされることが多い。
  • アダルト面は東京・大阪版では駅売りで一時期連載していた(現在は連載終了)が、中部版は連載していない。但し一面は日刊スポーツ、スポーツニッポン(東京本社版)とともに宅配版と駅売り版で差し替えを行っている。

紙面[編集]

番組表[編集]

愛知県・岐阜県・三重県のうち熊野・伊賀地域を除く地域[編集]

最終面

中面

三重県熊野版[編集]

最終面

  • フルサイズ…NHKテレビ(大阪局)、NHK Eテレ、MBSテレビABCテレビカンテレ読売テレビ
  • 1/3サイズ…中京テレビ、東海テレビ、CBCテレビ、メ〜テレ、三重テレビ、テレビ和歌山
    関西圏がメインとなっているのは、熊野地方が和歌山・大阪通勤圏に近いことや、本来はサービスエリア外である近畿地方のテレビ視聴を多用する傾向があることを踏まえてのものである(これは大阪版を発行している他の新聞〔三重県伊賀も含む〕も同様である)。なお、TXN系列の2局(テレビ愛知、テレビ大阪)はこれらの地域ではケーブルテレビ再配信を含めた受信が一切できないため省略されている。
  • BSデジタルは同じ

中面

番組解説記事[編集]

中部支社版のテレビ欄の番組解説は、最終面の場合、地元局表記(例:日本テレビ系の場合は「中京」または「読売」と表記)となるが、中面の番組解説は読売新聞東京本社管内の記事(東北・甲信越静・北陸地区向けのもの)を共有するため、在京キー局の表記(例:中京テレビなどで放送される番組は「日テレ系」と表記)になっている。

番組面の備考[編集]

  • ラジオ番組欄については、2012年3月31日まではMBSラジオ朝日放送ラジオ大阪KBS京都和歌山放送SBSラジオK-MIXの番組欄も全地域共通で掲載されていたが、BSデジタル放送の増加(その多くはCSからBSに移行)により掲載を打ち切った。それに代わる形で、ラジオ日本[7]を含めた在京AMラジオ4局の深夜番組欄(24時~午前5時)を掲載するようになった。また地上波テレビのびわ湖放送奈良テレビ放送も中面に全地域共通で掲載されていたが、前述の理由で掲載を取りやめている。両局はそれぞれ、東海地方のごく一部(びわ湖=三重県伊賀市亀山市鈴鹿市いなべ市とその周辺地域、岐阜県大垣市揖斐郡不破郡周辺、奈良=三重県伊賀市、名張市松阪市多紀郡周辺)で視聴できることを配慮したものである。
  • 三重県熊野版のテレビ欄の表記について、ABCテレビ1989年の名称変更後も長らく「朝日放送」として表記されていたが、2014年6月12日付から「ABCテレビ」の表記に変更された。また読売テレビの表記も同日に「よみうりテレビ」から「読売テレビ」に変更され、関西テレビの表記は2015年3月30日付から「カンテレ」に変更された。
  • エフエム愛知の表記は2015年4月1日から、これまでの「FM AICHI」から「@FM(アットエフエム)」に変更された。
  • BS11 イレブンの番組欄は2017年4月1日付から最終面に移設した。
  • またスポーツ報知の中部支社版のテレビ面も、以前は独自のカットを使用していたが、少なくとも地デジへの完全移行(2011年7月)が実施されてから、局名カットはテレビ・ラジオとも読売新聞中部支社版のものをそのまま使用している。ただし番組解説と、J SPORTS以外のCS放送(日テレジータス他の日テレ系CSも含む)、一部独立BSについては紙面構成の都合上収録されておらず、1ページにテレビ・ラジオの番組をまとめたものになっている。

地方面[編集]

愛知県

※県版の題字は「愛知」で統一(その下に黒地に白抜きでその地域名を表記)。
  • 市内
    名古屋市内
  • 名古屋圏
    名古屋市周辺(尾張地区)
  • 豊田
    豊田市
  • 三河
    東・西三河地区

岐阜県

  • 岐阜

三重県

  • 北勢
    四日市市、桑名市、いなべ市など
  • 中南勢
    津市、松阪市、伊勢市、鳥羽市など
  • 南紀
    尾鷲市、熊野市など

天気予報欄の地名掲載順[編集]

名古屋-豊橋-岐阜-高山-津-尾鷲-札幌-仙台-東京-大阪-広島-福岡-那覇

備考[編集]

  • 中部支社版朝刊のページ数の表記の横(一面を除く)に「◆」のマークが付いているが、これは中部版であることを示している物である。1988年6月の中部本社発足当初から付記されている。
  • 読売朝刊の4コマ漫画コボちゃん」は2004年12月1日付から全国紙の4コマ漫画では初めてカラー化されたが、中部支社版ではカラー化されていなかった。しかし清須工場の稼動に合わせて2008年3月31日よりカラー化された(海外衛星版は現在もモノクロ)。
  • この中部読売が創刊される前の1960年1971年の間、名古屋テレビ放送(メ~テレ。当時はNNNをメインにANNとのクロスネット局だった)では、毎週平日早朝の帯番組・「NNNあさ7時のニュース」を「読売新聞7時のニュース」と改題して放送していた。1969年に現在のNNN系列・中京テレビ放送が「中京UHFテレビ放送」(こちらもNNS・ANNのクロスネットとなる)として開局した当時も、1973年4月改編で変則クロスネットが整理されるまではメ~テレでこの番組(1972年からは「NNNモーニング7」として放送)が放送された。
  • タイトルに「読売新聞」と入れた理由は、読売新聞社がメ~テレの主要株主[8]だからである。なお、当初読売が名古屋に進出するに当たって、真宗大谷派名古屋別院(東別院)から土地を借り受けて社屋を建設することを計画していたが、現在その土地はメ~テレが社屋として使用している。
  • 2000年代中頃、プロ野球解説者の豊田泰光は、当社の中部支社格下げを毎日新聞中部本社の支社格下げと勘違いし、週刊ベースボールでの執筆連載「オレが許さん!」にその旨を記す文章がそのまま掲載されたことがあった(その後毎日からクレームがつき、豊田は以降の発行号で謝罪している)。ちなみに毎日新聞中部本社は2011年現在も「中部本社」である。

出身著名人[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 但し、読売本体も戦前に縦組の題字が使われたことがある
  2. ^ a b 参考・廃刊・休刊の新聞たち 中部読売新聞(1981年1月付の紙面が参考として掲載されている)。左端にNHKの2つのチャンネル、その隣に静岡県の番組表があり、更にその右端に向かって中京3県のものがある
  3. ^ 1952年大阪本社版が創刊され、全国紙に発展する以前は、中日と読売は提携関係にあった
  4. ^ 納屋橋東地区市街地再開発組合
  5. ^ 2017年4月29日付・読売新聞第3社会面
  6. ^ 大手3大新聞では5大都市圏向けには朝・夕刊のセットで発売されているが、毎日新聞北海道支社2008年8月30日で夕刊を休止し、朝日新聞名古屋本社でも2012年10月13日付をもって土曜日に限り夕刊を休止している。また産経新聞東京本社2002年3月30日で夕刊を休止。日本経済新聞北海道版、産経新聞西部本部(九州・山口特別版)も創刊当時から夕刊がもとから無い。
  7. ^ ラジオ日本の本社は神奈川県横浜市にあるが、番組の大半は東京支社で制作されている
  8. ^ 現在はトヨタ自動車朝日新聞社が中心だが、読売とも資本関係にある
  9. ^ 新聞教室、終了(児玉克哉のブログ「希望開発」)

外部リンク[編集]