宇賀神友弥

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宇賀神 友弥 Football pictogram.svg
名前
愛称 ウガ
カタカナ ウガジン トモヤ
ラテン文字 UGAJIN Tomoya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-03-23) 1988年3月23日(29歳)
出身地 埼玉県戸田市
身長 172cm
体重 71kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 浦和レッズ
ポジション MF / DF
背番号 3
利き足 右足
ユース
2000-2002 浦和レッズジュニアユース
2003-2005 浦和レッズユース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010- 浦和レッズ 183 (12)
代表歴2
2017 日本の旗 日本 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年11月6日現在。
2. 2017年6月13日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

宇賀神 友弥(うがじん ともや、1988年(昭和63年)3月23日 - )は、埼玉県戸田市出身のサッカー選手。ポジションミッドフィールダーディフェンダーJリーグ浦和レッズ所属。元日本代表

来歴[編集]

中学・高校年代ではジュニアユース・ユースと浦和レッズのアカデミーに所属。同期には堤俊輔西澤代志也小池純輝らがいた。トップ昇格を果たせず、流通経済大学に進学。 流通経済大学サッカー部でも当初はRKU-19、20、21、22 (サテライトチーム)からのスタートでクラブ・ドラゴンズ (社会人チーム)流通経済大学FC(社会人チーム) を経てトップチーム (学生リーグ用) に昇格した。

2009年シーズン途中に流通経済大学に在籍しながら、特別指定選手として浦和にトップチーム登録された[1]

その後、アビスパ福岡からのオファーもあったが、2009年10月21日、2010年シーズンより正式に浦和に加入する事が発表された[2]。ユース→大学→トップチームという経歴の選手は、浦和では宇賀神が初となる。

2010年、キャンプや練習試合で左サイドバックとして質の高いプレーを披露し、2月20日に行われたプレシーズンマッチ、対徳島戦では柏木陽介ロブソン・ポンテが欠場したことにより左サイドハーフとして先発出場した。この試合では序盤から積極的なプレーで攻撃陣を牽引し、後半には鋭い突破から精度の高いクロスを上げエスクデロ・セルヒオのゴールをアシストした。そして3月6日、J1第1節、対鹿島戦で左サイドバックとして先発出場。これがプロでの公式戦デビューとなった。その後はサヌと左サイドバックのポジションを争う中でJ1第15節の対京都戦で途中出場し、J1初得点を記録。J1第18節、対名古屋戦では一時は同点となる鮮やかなミドルシュートを決めるなど、守備的なポジションでありながらも左サイドの攻撃の起点として活躍。終盤は故障での離脱を繰り返すこともあったが、最終的に公式戦32試合に出場し、3得点を記録した。

2011年は背番号を3番に変更し、開幕当初は左サイドバックのレギュラーとして定着していたが、不安定なプレーに終始しJ1第15節、対広島戦から平川忠亮にポジションを奪われてしまった。その後も故障や体調不良に悩まされ、前年から大きく出場機会を減らすこととなった。

2012年は、ベンチスタートが多いものの途中出場ではコンスタントに出場。また、左ウィングバックの梅崎司が2シャドーに入る試合は左ウイングバックでスタメン出場している。

2015年からは橋本和の加入で右ウイングバックにコンバートを予想されたが、橋本とのポジション争いに競り勝ちスタメン出場してるが、右ウイングバックでも出場している。この年、J1最多のイエローカードを受けた[3]

2016年は左ウイングバックでスタメン出場を続け日本代表サポートメンバーに選出された。Jリーグ2ndステージ9節で槙野智章が怪我を負い遠藤航が槙野の代わりにサッカー日本代表に選出されたためJリーグカップ準々決勝ヴィッセル神戸は自身初の左センターバックで出場した。また準決勝第2戦FC東京戦も左センターバックで出場した。阿部勇樹が肋骨を骨折し出場を回避したためキャプテンマークを巻いた。

2017年5月25日、日本代表に初選出された[4]

人物・エピソード[編集]

  • トップチームに昇格出来なかった悔しさから、流通経済大学在学中は「違うチームで埼スタに乗り込んで、レッズを倒したい」と思っていたという[5]。また、浦和への練習参加の話もユース時代の同僚に「成長していないと思われるのが嫌だ」と当初は拒否の姿勢を示していた中での参加だったが、そこでフォルカー・フィンケ監督に見初められ、特別指定選手として加入する事になった。
  • 浦和との契約を決断したのは、2009年天皇杯でのガンバ大阪戦。本人曰く「通用しなかったらJ2から始めようと思っていた」が、得意とするプレーがある程度通用したため、J1の浦和との契約に踏み切った。また、流通経済大学の先輩にあたる宮崎智彦に「(オファーを受けたクラブの中で最も競争が厳しい)鹿島を選んだことに後悔していない」とアドバイスされたことも影響したと語っている[6]
  • プロ入り後は、ユース時代の同期である西澤をライバルとして強く意識していると語っていた。その西澤は2010年途中、ザスパ草津期限付き移籍し、2011年栃木SCへ完全移籍したが、その年の2月27日に行われたプレシーズンマッチ、栃木SC対浦和レッズ戦で西澤は右サイドバックで、宇賀神は左サイドバックで先発出場し、対面サイドでのマッチアップが実現した。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2006 流経大 - JFL 2 0 - 0 0 2 0
2007 ドラゴンズ 8 関東2部 - -
2007 流経大 - JFL 1 0 - 0 0 1 0
2008 29 18 2 - 2 1 20 3
2009 6 10 3 - 1 0 11 3
2010 浦和 35 J1 26 2 4 0 2 1 32 3
2011 3 14 0 4 0 3 0 21 0
2012 24 2 4 2 3 0 31 4
2013 31 1 5 0 0 0 36 1
2014 31 3 4 0 1 1 36 4
2015 31 1 2 0 3 1 36 2
2016 26 3 4 0 1 0 31 3
2017
通算 日本 J1 183 12 27 2 13 3 223 17
日本 JFL 31 5 - 3 1 34 6
日本 関東2部 - -
総通算 214 17 27 2 16 4 257 23

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2013 浦和 3 5 0
2015 3 0
2016 5 1
2017
通算 AFC 13 1

その他の国際公式戦

タイトル[編集]

チーム[編集]

浦和レッズ

代表歴[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]