黄金世代

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黄金世代(おうごんせだい)は、特定の分野において比較的狭い年齢層に突出した才能を持つ人材が集中することを指す言葉であり、英語の「golden generation」の和訳である。近年ではスポーツ分野、特にサッカーで用いられることが多く、他のスポーツを含めた分野では代表的な人物や生年・デビュー年などを使って「○○世代」、「○○組」と表現する場合が多い。

黄金世代に対して、golden ageという英訳をあてる例がしばしば見られるが英語圏ではgolden ageは「老人世代」もしくは「黄金時代」(特定の分野が隆盛を誇った時期)という意味で用いられることが多い。ただし、稀にgolden generationも老人世代の意味で用いられることがある。

サッカーにおける黄金世代[編集]

サッカーにおいては、U-20(20歳以下)ワールドカップ、U-17ワールドカップという世代別の世界大会が開催されていることがサッカーを各世代で注目されやすいスポーツにしている理由だといわれている[1]

日本の場合は、開催が2年に1回のU-20ワールドカップ、4年に1回の夏季オリンピックサッカー競技(規定によりU-23のみ出場可)の代表選手たちの自称やマスコミ報道などにより大会開催地の名を冠した「○○世代」、「○○組」の呼称で世代分けされることが多い。

また、日本サッカー協会にはトレセン制度という将来トップレベルの選手になれる可能性がある選手を発掘する制度があり、男子はU-12,U-14,U-16、女子はU-12,U-15,U-18のカテゴリーで実施している。この制度によって選抜されることは、ある意味その世代がトップとなったときのエリート候補であることを意味するという[2]

ポルトガルサッカーの黄金世代[編集]

現代において最もよく知られた黄金世代のひとつは1969-1974年生まれで、1990年代に活躍したサッカーポルトガル代表の選手たちである。

1989年のワールドユース選手権ではパウロ・ソウザフェルナンド・コウトらを擁して優勝、さらに1991年に地元で開催された同大会にはルイス・フィーゴマヌエル・ルイ・コスタらが出場し、ポルトガルは連覇を果たした。ジョアン・ピントは1989年度大会および1991年度大会の双方で代表メンバーに招集され、フェルナンド・ブラッサルドと共に連覇を経験した

彼らに続く世代も、1994年のUEFAU-21選手権準優勝、1995年ワールドユース3位、1996年アトランタオリンピックベスト4といった成績を残した。

1998年までワールドカップ大陸予選での敗退が続いていたポルトガルは2000年の欧州選手権でベスト4に進出し[3]、将来に期待を抱かせた。しかし2002年ワールドカップでは大陸予選を突破したものの、本大会ではコンディション不良から1次リーグ敗退に終わり、多くの黄金世代が大会後に代表から引退した。

2004年、地元ポルトガル開催での欧州選手権は決勝まで進出したが、ギリシャに敗れた[4]。このとき代表に留まっていた黄金世代はフィーゴ、ルイ・コスタ、コウトのみであり、同大会後に代表から引退した。ポルトガルにおいて「黄金世代」と称された世代の全員が代表を退き[注釈 1]、A代表としては優勝を経験しないままキャリアを終えた。

イングランドサッカーの黄金世代[編集]

1990年代後半、マンチェスター・ユナイテッドアレックス・ファーガソン監督が下部組織から抜擢したデイヴィッド・ベッカムポール・スコールズニッキー・バットら「ファーギー・ベイブス」が活躍し、1998-1999シーズンにクラブ史上初の三冠(トレブル)を達成した。彼らを追うようにマイケル・オーウェンスティーヴン・ジェラードフランク・ランパードジョン・テリーリオ・ファーディナンドウェイン・ルーニーらヤングスターが現れ、2000年代のイングランド代表の主力メンバーとなった。しかし、ワールドカップや欧州選手権ではベスト16かベスト8止まりで、フットボールの母国の期待を裏切り続けた。当事者たちは所属クラブ間のライバル意識が代表チーム内に派閥を生み、選手同士の関係を損ねていた[5]、あるいは、代表監督が豊富な中盤のタレントを活かしきれなかったと考えている[6]

しかし、イングランドサッカー協会が始めた育成改革が実を結び、2017年に行われたU-17ワールドカップU-20ワールドカップでイングランド代表がともに初優勝した[7][8]

ベルギーサッカーの黄金世代[編集]

ベルギー代表チーム(2018 FIFAワールドカップ)

2010年代のサッカー界では、ベルギーの1986年以降に生まれた選手たちが黄金世代として躍進している。エデン・アザールロメル・ルカクドリース・メルテンスマルアン・フェライニケヴィン・デ・ブライネヴァンサン・コンパニティボー・クルトワらはベルギーサッカー界の育成改革の成功例として「赤い悪魔」の主力選手となり、各々が欧州各国のビッググラブで活躍している。

ベルギーは1980年欧州選手権準優勝、1986年ワールドカップ・メキシコ大会4位などの成績を収めてきたが、オランダと共催したEURO 2000で「開催国のグループリーグ敗退」という失態を犯し、2002年ワールドカップ・日韓大会を最後に、EUROとワールドカップの本大会出場から遠ざかった。ベルギーサッカー協会は2000年代はじめよりフランスやオランダの育成システムを取り入れ、スカウティングの強化、育成環境の整備、指導方法の統一などを行った。ブリュッセル大学と共同で開発した育成部門査定システム「フットパス」はドイツやイングランドのリーグでも採用され、日本のJリーグでも2015年より導入された[9]ワロン(フランス語圏)対フラマン(オランダ語圏)というベルギーの社会構図は代表チームにも影響してきたが、モロッコマリコンゴコソボなどの移民第二世代の選手の増加が多様性をもたらしている[10][11]

若きタレント集団は3大会ぶりに出場した2014年ワールドカップ・ブラジル大会でベスト8に進出。60位台に低迷していたFIFAランキングも、2015年11月に初めて1位に立った[12]。しかし、EURO 2016ではベスト8で格下のウェールズに敗れ、個人の能力頼みで組織力がない欠点を露呈した[13]

ロベルト・マルティネス監督就任後は2016年9月以降無敗、9勝1分け(総得点43点)で欧州予選を通過し、2018年ワールドカップ・ロシア大会では1986年のベスト4を上回る3位を獲得した。

クロアチアサッカーの黄金世代[編集]

旧ユーゴスラビア連邦の崩壊後、1991年に独立したクロアチアは、ダヴォール・シュケルズボニミール・ボバンロベルト・プロシネチキアリョーシャ・アサノビッチズボニミール・ソルドら豊富なタレントを擁し、EURO'96でベスト8進出、初出場の1998年ワールドカップ・フランス大会で3位(シュケルは大会得点王)という快挙を達成し、紛争に疲弊した国民を喜ばした。

当時少年だったルカ・モドリッチイヴァン・ラキティッチマリオ・マンジュキッチニコラ・カリニッチイヴァン・ペリシッチらは新たな黄金世代として期待されたが、2010年ワールドカップ・南アフリカ大会は本大会出場を逃し、その後の大舞台もEURO 2016のベスト16が最高であった。主力選手が30歳前後になった2018年ワールドカップ・ロシア大会マテオ・コヴァチッチアンテ・レビッチら若手が加わり、ハードワークと結束力を武器に決勝戦へと進出。フランスに敗れるも準優勝という快挙を達成した。

日本サッカーの黄金世代[編集]

概要[編集]

日本のサッカーにおける黄金世代は「79年組」とも呼ばれ、元々は1994年に開催されたU-16アジアユース選手権カタール大会の優勝した事からこう呼ばれるようになった。この大会の主な参加選手は小野伸二稲本潤一高原直泰酒井友之播戸竜二辻本茂輝手島和希本山雅志らであるが、[14]U-16アジアユースには出場しなかったものの、その後に準優勝したU-20ワールドユースに参加した中田浩二遠藤保仁加地亮小笠原満男らも含んで呼ばれる。中でも小野、稲本、高原の三人はこの世代を代表する選手であり、海外でも成功を収めた数少ないプレーヤーでもある。

軌跡[編集]

ユース代表時代[編集]

1993年12月滋賀県立守山高等学校サッカー部監督(当時)の松田保がU-15日本代表の監督に就任した。当初、松田は1978年生まれの選手達を中心に当初は結成しようとしたが、メンバー編成には8月1日以降生まれという制限があった為に、1979年生まれ以降の選手達までに選択肢を広めざるを得なかった。そこでチームを高原や小野、稲本らを中心にU-15日本代表を編成し、1年後の1994年U-17日本代表としてU-16アジアユース選手権カタール大会に出場した。

同大会のグループリーグこそはUAE代表(2-5)とイラク代表(0-1)に負けたものの、韓国代表(3-0)とバーレーン代表(3-0)に勝利して、準決勝へ進出すると、準決勝のオマーン代表(4-3)にVゴールで勝利して決勝に進出し、決勝のカタール代表を(1-0)のVゴールで下し、同大会での初優勝と自力での世界選手権出場という2重の快挙を成し遂げた。

しかし4年後に清雲栄純を代表監督に迎えて出場したU-19アジアユース選手権タイ大会では、グループリーグこそは3戦無失点という好成績で決勝トーナメントに進んだものの、決勝では韓国代表(1-2)に敗北するという苦汁をなめた。

ただ、1999年に当時のA代表監督も務めていたフィリップ・トルシエを代表監督に迎えて出場したワールドユース選手権・ナイジェリア大会では、イングランド代表やポルトガル代表といった強豪チームを下して決勝まで進み、スペイン代表(0-4)には惨敗したものの、「準優勝」という成績を収めて、同大会における最高成績を収めた(もし、この快挙が無ければ、彼らが“黄金世代”と呼ばれなかった可能性は高い)。

五輪代表(U-23日本代表)時代[編集]

2000年9月、1999年のワールドユース選手権ナイジェリア大会に引き続いてフィリップ・トルシエが五輪代表監督を務め、新たなメンバーに1977年生まれ松田直樹中田英寿宮本恒靖柳沢敦など、柳沢以外の3人は早生まれ)と1978年生まれ中澤佑二中村俊輔など。ただし、中澤は早生まれ)、オーバーエイジ枠(1974年生まれ三浦淳宏1975年生まれ森岡隆三1976年生まれ楢崎正剛)の選手が加わった五輪代表はシドニー五輪に出場した。

グループリーグでは南アフリカ代表(2-1)とスロバキア代表(2-1)に勝利し、ブラジル代表(0-1)には敗北したものの、グループリーグを突破した。準々決勝のアメリカ代表(2-2)ではPK戦で中田英寿が外し(4-5)で敗れた(ベスト8)。しかし、決勝トーナメント進出という成績はメキシコ五輪以来となる32年ぶりの快挙として、「史上最強」と称された彼らはこの頃から世間の注目を大きく集めるようになった。

A代表時代[編集]

シドニー五輪後、同年10月に出場したアジアカップ・レバノン大会で優勝して本格的にA代表(日本代表)に定着した彼らは2001年に地元で開催されたコンフェデレーションズ杯で準優勝し、翌年に控えた地元開催のFIFAワールドカップ・日韓大会へ勢いづけた。

2002年6月、地元開催となったWC日韓大会ではベルギー代表(2-2)と引き分けるも、ロシア(1-0)とチュニジア(2-0)から勝利をおさめ、グループリーグ1位通過で決勝トーナメントに進出するが、トルコ代表(0-1)に敗北した(ベスト16)。日本サッカー協会は4年後にゴールデンエイジが年齢的に全盛期となることを見越し、その創造力を発揮させられると期待して新監督にジーコを招聘。2004年に出場したアジアカップ・中国大会では、地元の中国人サポーターによる激しいブーイング行為の洗礼に見舞われるものの、前回大会に引き続いて優勝し、同大会連覇を果たした。

ただ、2006年FIFAワールドカップ・ドイツ大会でのグループリーグ敗退を境に彼らの実力と人気は次第に下降し、2007年に出場したアジアカップ・タイ・マレーシア・ベトナム・インドネシア大会では準決勝で敗退して3連覇を逃した。この頃になると国内開催の国際親善試合であっても観客席がなかなか満員にならず、人気の面でも苦戦している。2010年のFIFAワールドカップ日本代表チームでは黄金世代と呼ばれた世代はまだまだ老け込む歳ではないにもかかわらず遠藤保仁、稲本潤一のみの出場にとどまった。

選手個人の活躍[編集]

かつては各年代における代表実績に限らず、欧州リーグなどにおける活躍も突出している世代であった。

小野はUEFA杯優勝&アジア年間最優秀選手賞受賞を経験し、稲本はUEFAインタートトカップ決勝戦での欧州日本人初ハットトリック達成&優勝を経験した。高原直泰は、ブンデスリーガでの1シーズン2桁得点を挙げた。いずれも、日本サッカー界において歴史的快挙に値する実績を残している。

人気[編集]

黄金世代人気はテレビ界にも反影し様々な特集が組まれる中、2002年から2006年までフジテレビで黄金世代の顔と言われている小野・稲本・高原に密着した特別番組『ワールドカップをめぐる冒険』が年に1度正月番組として放送されていた。

黄金世代後の世代[編集]

黄金世代以降、育成年代の選手は国際大会の成績を比較され、将来への期待値により良い方にも悪い方にもネーミングが付けられてきた。しかし、必ずしもその名の通りに成長する訳ではなく、期待されながらプロで伸び悩む選手もいれば、不名誉な称号を見返し大成する選手もいる。FIFAワールドカップ・ドイツ大会で円熟期の黄金世代が惨敗してから4年後の南アフリカ大会では「谷間世代」「谷底世代」と呼ばれた選手たちが決勝トーナメント進出・ベスト16という成果を残した。黄金世代後の世代の成績については、サッカー日本代表#成績などを参照。

谷間世代
1981-1984年度生まれで、2004年のアテネ五輪に出場したU-23日本代表と、その同世代の選手たち。1981年生まれは田中マルクス闘莉王駒野友一阿部勇樹茂庭照幸鈴木啓太松井大輔山瀬功治石川直宏前田遼一高松大樹。1982年生まれは岩政大樹大久保嘉人田中達也佐藤寿人。1983年生まれは川島永嗣徳永悠平今野泰幸。1984年生まれは長谷部誠菊池直哉が該当する。
U-17世界選手権は1997年・1999年と2大会連続で出場を逃し、2001 FIFAワールドユース選手権はグループリーグ敗退と、黄金世代に比べて国際大会の成績が振るわず、このように呼ばれるようになった。アテネ五輪もグループリーグ敗退に終わるが、2006 FIFAワールドカップ・ドイツ大会以降日本代表に定着し、2010 FIFAワールドカップ・南アフリカ大会ではベスト16進出を果たした。
平山世代
1985-1986年生まれで、高校時代より「怪物」と呼ばれた平山相太と同学年の選手たち。カレン・ロバート増嶋竜也水本裕貴伊野波雅彦梶山陽平水野晃樹兵藤慎剛中村北斗豊田陽平らが該当する。国見高校の平山・兵頭・中村、市立船橋高校のカレン・増嶋など、高校サッカー選手権で注目されたタレントが多く、2005 FIFAワールドユース選手権でベスト16の成績を残したが、五輪代表やA代表にはあまり定着できなかった。
谷底世代
1986-1988年度生まれで、2008年の北京五輪に出場したU-23日本代表と、その同世代の選手たち。1986年生まれは岡崎慎司家長昭博本田圭佑長友佑都細貝萌青山敏弘髙萩洋次郎西川周作東口順昭。1987年生まれは森重真人。1988年生まれは森本貴幸内田篤人吉田麻也乾貴士。1989年生まれは香川真司権田修一金崎夢生永井謙佑が該当する。
U-17世界選手権は2003年・2005年と2大会連続で出場を逃し、北京五輪は3戦全敗・グループリーグ敗退と、前の谷間世代や後の新黄金世代よりも成績が悪かったためこう呼ばれた。しかし、2010年のFIFAワールドカップ・南アフリカ大会の前後から海外主要リーグで活躍する選手が増加し、2018年のFIFA ワールドカップ・ロシア大会まで3大会連続して日本代表の中心勢力となった。
調子乗り世代
1987-1988年生まれで、2007 U-20ワールドカップに出場した選手たち。柏木陽介槙野智章安田理大梅崎司田中亜土夢森島康仁ハーフナー・マイク太田宏介林彰洋らが該当する(内田・香川ら北京五輪組も含む)。陽気なチームカラーで、様々なゴールパフォーマンスを披露した。
新黄金世代
1990-1991年生まれで、2006年に黄金世代以来6大会ぶりにAFC U-17世界選手権を制覇し、3大会ぶりにU-17ワールドカップに出場した。柿谷曜一朗齋藤学山田直輝水沼宏太岡本知剛米本拓司鈴木大輔らが該当する[15]。AFC U-17世界選手権で「ゴールデン・トライアングル」「ファンタスティック4」[15]と呼ばれた中盤(柿谷・水沼・山田・岡本)など、将来が嘱望された。2012年のロンドン五輪で4位を獲得した大津祐樹酒井宏樹酒井高徳山口螢東慶悟扇原貴宏らロンドン五輪組、そのほか大迫勇也原口元気工藤壮人らもこの世代に属する。
プラチナ世代
1992年生まれを中心とした世代で、2005年に韓国で開催された第1回世界幼少年サッカー大会にU-13日本代表として出場して優勝し、黄金よりも価値のあるプラチナになって欲しいという期待からこう命名された[16]宇佐美貴史宮吉拓実宮市亮高木善朗小野裕二武藤嘉紀柴崎岳杉本健勇小川慶治朗昌子源などが該当する[17]2009 FIFA U-17ワールドカップではグループリーグ3戦全敗を喫したが、ネイマールらを擁するブラジル代表と2-3の接戦を演じた[18]

オリンピック世代[編集]

オリンピックの男子サッカー1992年のバルセロナオリンピックから年齢制限が23歳以下の年代別大会となったことから、日本では各オリンピックにU-23日本代表として出場する世代、出場した世代をそのオリンピックの開催地を取って「○○世代」と呼ばれる。上記の黄金世代を含む1977年-1980年生まれはシドニーオリンピックに出場した世代なので「シドニー世代」とも呼ばれた。アテネオリンピックに出場した「アテネ世代」(1981-1984年生まれ)は上記の谷間世代に該当する。

北京世代
2008年北京オリンピックに出場した1985年-1988年生まれで、上記の「谷底世代」「平山世代」「調子乗り世代」にも該当する。北京オリンピックは3戦全敗に終わり上記のように「谷底世代」と呼ばれるも、2010年FIFAワールドカップ南アフリカ大会でベスト16に進出し、以後2018年FIFAワールドカップロシア大会まで3大会連続で日本代表の中心として活躍したことから黄金世代の1つにもあげられるようになった。
ロンドン世代
2012年ロンドンオリンピックに出場した1989年-1992年生まれで、上記の「新黄金世代」「プラチナ世代」にも該当する。2007年と2009年とFIFA U-17ワールドカップは出場するもともにグループリーグ敗退、FIFA U-20ワールドカップは2009年、2011年と2大会連続で出場を逃し、Jリーグ発足後続けていたU-20ワールドカップの連続出場を途絶えさせたことから一時期「谷間世代」と評する新聞もあったが、ロンドンオリンピックでは初戦で優勝候補のスペインを1-0で破り、1968年メキシコシティオリンピック以来44年ぶり、プロ解禁で23歳以下の出場資格になってからは初のベスト4進出を果たした。
このオリンピックに出場した清武弘嗣酒井宏樹酒井高徳山口蛍権田修一2014年FIFAワールドカップブラジル大会の代表に選ばれるもグループリーグ敗退。その後ロンドンオリンピックに出場した選手の日本代表定着はそれほど多くなく、2018年FIFAワールドカップロシア大会では2大会ぶりに決勝トーナメントに進出したがロンドンオリンピック出場選手のメンバー入りは山口蛍、酒井宏樹、酒井高徳の3人に留まった。同世代では大迫勇也原口元気柴崎岳昌子源とロンドンオリンピックの代表には選ばれなかった選手の活躍が目立った。
なお香川真司は生年月日でいえばロンドン世代に該当するが、学年は多くが北京世代となる1988年度生まれになることや、北京オリンピックに飛び級で代表に選ばれるもロンドンオリンピックにはクラブの都合で代表選出を断念したこと、北京世代の本田圭佑岡崎慎司とよく比較されたことから北京世代として扱われることもある。
リオデジャネイロ世代
2016年リオデジャネイロオリンピックに出場した1993年-1996年生まれ。そのうち2011 FIFA U-17ワールドカップで1993年以来18年ぶりにベスト8に進出した1994年生まれは「94ジャパン」「無慈悲世代」とも呼ばれる。1993年生まれは久保裕也原川力遠藤航(早生まれで学年は1992年度生まれ)、大島僚太(早生まれ)、1994年生まれは浅野拓磨中島翔哉植田直通鈴木武蔵(早生まれ)、矢島慎也(早生まれ)、1995年生まれは南野拓実(早生まれ)、中村航輔(早生まれ)、1996年生まれは井手口陽介らが該当する。
ロンドン世代に続きFIFA U-20ワールドカップに2013年、2015年と2大会連続で出場を逃し、さらにAFC U-22選手権20132014年のアジア大会でも早期敗退が目立ったことから過去最も評価の低い世代とも言われた。AFC U-23選手権2016で優勝しリオデジャネイロオリンピック出場を決め、オリンピック本大会では1勝1分1敗の勝ち点4と健闘するもグループリーグ敗退に終わる。その後一部の選手は日本代表に定着し、2018年FIFAワールドカップロシア大会には遠藤航大島僚太植田直通中村航輔が選ばれた。
東京世代
2020年東京オリンピックに出場する1997年-2000年生まれ。

日本女子サッカーの黄金世代[編集]

日本の女子サッカー界では、2011 FIFA女子ワールドカップで初優勝しロンドンオリンピックで銀メダルを獲得した日本代表を黄金世代と呼ぶことがある。ただし年齢の幅が広いため特定の年代を指す用語ではない。

またU-17女子日本代表が2010 FIFA U-17女子ワールドカップでU-17の女子サッカー史上最高となる準優勝という結果を残したことから、黄金世代と呼ばれた[19]。なお、4年後の2014 FIFA U-17女子ワールドカップでは、日本が初優勝を果たしている。

日本におけるサッカー以外の黄金世代一覧[編集]

大相撲[編集]

プロ野球[編集]

ベースボールマガジン社「プロ野球データファイル」にて特集が組まれた世代のみを扱う。

ゴルフ[編集]

競馬[編集]

競輪[編集]

競艇[編集]

競泳[編集]

卓球[編集]

バスケットボール[編集]

  • 花の78年組 - 1978年4月2日から1979年4月1日の間に生まれた選手
  • 竹内世代 - 竹内公輔竹内譲次ら1984年4月2日から1985年4月1日の間に生まれた選手。2007年ユニバーシアードベスト4の快挙を決める原動力となった。

バレーボール[編集]

漫画[編集]

  • 24年組 - 竹宮惠子ら昭和24年(1949年)ごろに生まれた少女漫画家のこと。SF、ファンタジー、古典などのシチュエーションを用いてそれまでの少女漫画の常識を打ち破るような作品を発表した[21]

将棋[編集]

政界[編集]

芸能界[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ のちにフィーゴのみ代表復帰、2006年W杯ベスト4進出に貢献し代表引退。

出典[編集]

  1. ^ 鍋田 2007, p. 61.
  2. ^ 鍋田 2007, p. 63.
  3. ^ 'Golden Generation' Must First Beat World Champion France - International Herald Tribune
  4. ^ Portugal's golden generation just misses glory - Sports Illustrated
  5. ^ イングランドサッカー「黄金世代が失敗した理由」ージェラード、ランパード、ファーディナンドらが語る - ESQUIRE(2017年11月28日)
  6. ^ Ben’s Foot! notes Week 17後半 - イングランドの黄金世代が失敗した理由 - DAILY SOCCER NEWS FOOT(2017年12月6日)
  7. ^ イングランドに黄金世代到来?…ユース世代でW杯独占、国際タイトルは4つ - サッカーキング(2017年10月29日)
  8. ^ 必然だったイングランド育成年代の躍進。積極的なインフラ整備、覇権奪回へのシナリオ - フットボールチャンネル(2017年11月20日)
  9. ^ 木崎伸也 ベルギー、サッカー「世界1位」へ 育成成功で躍進 - 日本経済新聞(2015年10月29日)
  10. ^ 小川由紀子 九州の3/4の小国ベルギーがFIFAランキング1位になれた理由 - footballista(2017年11月13日)
  11. ^ ベルギー代表、国民つなぐ存在 主力は「移民第2世代」 - 朝日新聞DIGITAL(2018年7月2日)
  12. ^ ベルギーがアルゼンチンを抜きFIFAランク1位…8カ国目の首位誕生へ - サッカーキング(2015年10月14日)
  13. ^ ベルギーはただ個の力に頼ったチーム、エゴが蔓延してる スペイン紙が”黄金世代”を批判 - ザ・ワールド(2016年7月5日)
  14. ^ Nagai seeks home shocker - FIFA.com
  15. ^ a b 新黄金世代!日本優勝/U17アジア選手権 - 日刊スポーツ(2006年月日)2018年月日閲覧
  16. ^ 質問なるほドリ:今春高卒のサッカー選手、なぜ「プラチナ世代」?(毎日新聞) - ウェイバックマシン(2011年3月10日アーカイブ分)
  17. ^ 安藤 2011, pp. 189-191.
  18. ^ 日本、プラチナ世代が初8強の扉開く!宇佐美&昌子、涙の誓い - スポニチアネックス(2018年7月5日)2018年7月4日閲覧
  19. ^ 女子サッカーに黄金世代誕生
  20. ^ 川野美佳 畑岡、勝、新垣、小祝、三浦……加速する黄金世代の活躍は宮里藍の蒔いた種!? - みんなのゴルフダイジェスト(2018年5月21日)
  21. ^ 中川 2013, pp. 142-143.

参考文献[編集]