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手島和希

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
手島 和希
名前
愛称 テシ、テッシー
カタカナ テシマ カズキ
ラテン文字 TESHIMA Kazuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1979-06-07) 1979年6月7日(47歳)
出身地 福岡県飯塚市
身長 180cm[1]
体重 72kg[1]
選手情報
ポジション DF[1](CB)
利き足 右足
ユース
1995-1997 日本の旗 東福岡高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998 日本の旗 横浜フリューゲルス 0 (0)
1999-2009 日本の旗 京都サンガF.C.[注 1] 242 (3)
2006 日本の旗 ガンバ大阪 0 (0)
通算 242 (3)
代表歴
1999  日本U-20 7 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

手島 和希(てしま かずき、1979年6月7日 - )は、元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー

来歴

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高校時代にキャプテンとしてインターハイ、全日本ユース選手権、高校選手権で優勝し、史上初の3冠を達成。大会優秀選手にも選出された。本山雅志古賀誠史、古賀大三は同期、金古聖司千代反田充宮原裕司は1年後輩である。

1998年に横浜フリューゲルスに入団するがチームは1年で解散する。1999年には京都パープルサンガへ移籍。同年開催のワールドユースに出場し[1] フラットスリーの中央CBとして活躍、チームの準優勝に貢献した。

2003年に日本代表に選出されるが[1]、怪我やチーム状況から辞退し、最終的に国際Aマッチ出場には至らなかった。尚、サイドバックの選手として招集された。これはこの年のオールスターにおいて、サイドバックで出場し活躍、ジーコ監督の目をひいたことに起因する。

2006年はガンバ大阪期限付き移籍したが、出場機会に恵まれず、ベンチ入りするに留まり、同年4月25日付で京都に復帰した。しかし復帰2試合目で鎖骨骨折により戦線離脱した。

2009年12月に現役を引退し、翌2010年より京都のアカデミーセンターコーチに就任[1]

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1998横浜F26J00100010
1999京都17J12202020260
20002104010260
20015J24202030470
2002J12001050260
20032303010270
2004J2352-20372
2005171-10181
2006G大阪13J100--00
京都321920000192
20075J2190-10200
2008J12405020310
200900200020
通算日本J1 12921801101582
日本J2 113320701223
総通算 24252001802805
その他の公式戦

代表歴

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指導歴

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タイトル

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クラブ

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横浜フリューゲルス
京都パープルサンガ

脚注

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  1. 2006年までは「京都パープルサンガ」
出典

関連項目

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外部リンク

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