祖母井秀隆

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祖母井 秀隆 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ウバガイ ヒデタカ
ラテン文字 UBAGAI Hidetaka
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1951-09-02) 1951年9月2日(65歳)
出身地 兵庫県神戸市
ユース
1967-1969 報徳学園高校
大阪体育大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1975 読売サッカークラブ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

祖母井 秀隆(うばがい ひでたか、1951年9月2日 - )は兵庫県神戸市出身の元サッカー選手・サッカー指導者。

来歴[編集]

報徳学園高校大阪体育大学を経て、1975年に読売サッカークラブに入団。半年で退団し、西ドイツに渡り、ドイツ4部リーグのBTSノイシュタントでプレー。退団後は引き続現地に留まり、ケルン体育大学でコーチング学を学ぶ。


1984年に帰国して、母校の大阪体育大学サッカー部および同好会チームの大体大蹴鞠団(佐川急便大阪SCの前身)でコーチを担当。

1995年からジェフユナイテッド市原・千葉(当時はジェフユナイテッド市原)の育成部長、1997年から2006年までゼネラルマネージャーに就任。

ドイツ留学時代に培った幅広い人脈を活かして、ヨーロッパからヤン・フェルシュライエン英語版ニコラエ・ザムフィール英語版ズデンコ・ベルデニックジョゼフ・ベングロシュイビチャ・オシムアマル・オシムらを招聘した。

2007年よりフランスリーグ・アン所属で、当時日本のIT企業インデックス・ホールディングスが経営権を持っていたグルノーブル・フット38のGMに就任(5年契約)。一部昇格一年目となった2008-09シーズンに残留を決めたが、翌2009-2010シーズンはリーグ・アンにおける新記録となる開幕11連敗を喫するなど早々にリーグ・ドゥ(二部)降格が決まった。

また選手の年俸、移籍金についても、コストが増大。その影響でチームの運営継続が困難になる状況を作り出した張本人ともローカル紙では報道されている。グルノーブルは2010-2011シーズンも下位に低迷し、財政上の理由でアマチュアリーグであるフランスアマチュア選手権2英語版(五部)に降格した。

2010年12月に京都サンガF.C.のGMに就任した[1]

2014年シーズン終了後に京都のGMを退任し、2015年より京都の育成部・普及部アドバイザーに就任すると発表された[2]

ドイツ人の妻との間に3子。

2016年4月より、淑徳大学客員教授、サッカー部アドバイザーとして就任。 2017年4月より、淑徳大学コミュニティ政策学部授業を担当。

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 祖母井秀隆 氏 ゼネラルマネージャー(GM)就任のお知らせ 京都サンガF.C.公式 2010年12月1日
  2. ^ “祖母井 秀隆ゼネラルマネージャー 辞任のお知らせ” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2014年11月19日), http://www.sanga-fc.jp/news/detail/27535/ 2014年11月24日閲覧。