稲盛和夫

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いなもり かずお
稲盛 和夫
Kazuo Inamori 2011 Heritage Day HD2011-71.JPG
生誕 (1932-01-21) 1932年1月21日(85歳)
日本の旗 鹿児島県鹿児島市薬師町[1]
出身校 鹿児島大学工学部
職業 実業家
稲盛和夫(中央の人物、カリフォルニア州パロアルトのクラウンプラザカバナにて)

稲盛 和夫(いなもり かずお、1932年昭和7年)1月21日[2] - )は、日本実業家京セラ第二電電(現・KDDI)創業者。公益財団法人稲盛財団理事長。日本航空名誉会長。

人物・来歴[編集]

1932年(昭和7年)、鹿児島県鹿児島市薬師町に7人兄弟の二男として生まれる。父畩市は「稲盛調進堂」という名で印刷工場を経営していた。西田尋常高等小学校(現在の鹿児島市立西田小学校[1]、鹿児島中学(現在の鹿児島高等学校)を卒業する。銀行就職を考えたが、周囲の勧めで鹿児島高等学校第三部(旧・県立高等女学校、現・鹿児島県立鶴丸高等学校)へ進学、その後鹿児島市立鹿児島玉龍高等学校に転校し同校の第一期生として、卒業する[要出典]大阪大学医学部の受験に失敗し、当時新設大学であった鹿児島県立大学(現鹿児島大学)の工学部応用化学科で、有機化学を専攻[3]

1955年(昭和30年)、鹿児島県立大学工学部を卒業後、有機化学の教授の紹介でがいしメーカーの松風(しょうふう)工業に入社、1958年(昭和33年)退社する。妻の朝子は、禹長春の四女である[要出典]

経営[編集]

当時の松風工業は、倒産寸前で退職が相次いでいた。1959年(昭和34年)、社員8人で京都セラミツク(現京セラ)を設立し、1966年(昭和41年)に社長に就任。1969年(昭和44年)、創業12年で大阪証券取引所に株式上場[要出典]

1973年(昭和48年)、京都セラミックが音頭をとり、ジャパンソーラー・エナジーを設立する。その後提携企業は撤退し、京セラが単独で事業を継続する。

1984年(昭和59年)には通信事業の自由化に際し、京セラの資金を投入し第二電電 (DDI) を設立(後にケイディディ日本移動通信と合併し、今日のKDDIとなる)。

1988年(昭和63年)に会社更生法の適用を申請した、複写機メーカー三田工業からの要請により、三田工業を京セラミタとして京セラの子会社に編入。9年かけて達成されるはずだった更生計画を、僅か2年で達成する。

2010年(平成22年)2月、日本航空会長に無報酬で就任する。JALフィロソフィの策定など積極的な社員の意識改革に取り組み、全従業員の3分の1にあたる1万6千人のリストラを断行して、着任の翌期には営業利益1800億円の高収益企業に生まれかわせることに成功。赤字続きだった日本航空を3年足らずで再上場させた。

その独特な経営管理手法は「アメーバ経営」と呼ばれる。稲盛は全国に支部を持つ盛和塾と、PHP研究所致知出版社をはじめとする出版社から出版した多数の経営指南書・自己啓発書をとおして、アメーバ経営や自らの経営哲学理念啓蒙・普及に努めている。また、稲盛哲学を中国に広め、中国人経営者の心を高めるために「稲盛和夫管理顧問有限公司」を北京に設立しており[4]、中国でベストセラーになった稲盛の著書もある[5]

2017年フォーブス日本長者番付49位、資産840億円[6][7]

慈善活動[編集]

企業家の育成にも力を注ぎ、1983年には若手経営者の勉強会「盛友塾(現:盛和塾)」を開塾。1984年に財団法人稲盛財団を設立して理事長に就任。1985年には同財団主催の京都賞を創設し、同年第1回受賞式で三笠宮崇仁親王夫妻やスウェーデン王国シルヴィア王妃列席のもと、ノーベル財団に特別賞を授与した[8]。稲盛財団の現在の資産総額は1108億円で、民間で設立された財団法人としてはトップ5に入っている[9]

1986年には京セラ会長に就任。1994年5月から1995年5月まで関西経済連合会副会長を務めた。1994年にはDDIポケット企画(現・ウィルコム)を設立。1997年には、京セラ・DDIの会長を退き、臨済宗妙心寺円福寺得度し僧籍を得た。戒名は『大和(だいわ)』[10]。得度後はテレビ出演などの際に僧衣を纏っていた時期がある。

母校の鹿児島大学に個人資産を寄附し大学キャンパス内に新しいホール稲盛会館(建築家安藤忠雄が設計を担当)を寄贈したほか、稲盛アカデミーへの援助を行なう。また地域社会はもとより国際社会において21世紀の更なる学術・文化の発展に貢献していくことを目的として、京都大学九州大学の学術・文化趣旨に賛同し、稲盛財団記念館を寄贈竣工したほか、2013年11月、京都府に次世代を担う若者の創造教育の為に20億円を寄付し、2014年に完成した大学施設は稲盛記念会館と名付けられた[11]。関西鹿児島県人会総連合会会長も務める[12]

現在、ワールドメイト深見東州(半田晴久)やオリックス宮内義彦などとともに、パシフィックフォーラム CSISの日本在住理事を務める。2016年には郷里の鹿児島県鹿児島市にそれぞれ10億円、計20億円を寄付した[13]

政治[編集]

小沢一郎とは新進党時代からの仲であり、のちの民主党を支持して、前原誠司の後援者ともなった[14]。しかし、2011年2月8日日本記者クラブで会見し、政権交代後の民主党の体たらくに落胆した、政権交代も民主主義の結果であるが、色んなことが起きて新たな政治体制もできあがるだろう、歳もとったので今後は党への支援には距離を置き静観すると述べた[15]

2010年1月に日本航空 (JAL) の代表取締役会長として日航再建に取り組むよう、鳩山由紀夫首相(当時)から要請された。国土交通大臣の前原が鳩山に進言したことが就任の一つの理由とされるが、2月1日からJALの会長を無給で務め、2012年会社更生法の適用から2年で営業利益2000億円というV字回復を果し、建て直すことに成功した[16][17]。同年2月末、鳩山からは、非常勤の内閣特別顧問に任命された[18]

エピソード[編集]

  • 少年期に肺浸潤という結核の初期の病に侵されたことがあり、その時隣家の女性に勧められて読んだ谷口雅春の『生命の実相』に衝撃を受け、心のあり方が現象として現れるという考え方(ニューソート)の基盤になったとのこと[19]

役職[編集]

稲盛財団記念館、京都市左京区

言葉[編集]

動機善なりや、私心なかりしか
DDI(第二電電)を設立し、電気通信事業へ参入するにあたって、自身の動機に利己的な心、「私心」がないかと、半年間にわたり自問したときの言葉。動機が善であり、実行過程が善であれば、結果は問う必要はない、必ず成功するという信念を表す[20]
経営に権謀術数は一切不要
企業経営には、権謀術数が不可欠だと感じている人が多いかもしれないが、そういうものはいっさい必要ない。今日一日を一生懸命に生きさえすれば、未来は開けてくる。また、正々堂々と人間として正しいやり方を貫けば運命は開けてくると考えている。実際に京セラやDDIの経営に携わり、日々懸命に働いているうちに、次に打つべき手は自ずから見えてきたし、そうすることが素晴らしい成果をもたらせてもくれた。(著書『人生と経営』より)

著書[編集]

2015年8月末に、世界での著書の累計発行部数が1000万部を突破した[5]。うち日本では約490万部を発行[21]。日本国外では中華人民共和国での発行が9割以上を占める[21](京セラ調べ)。

受賞[編集]

関連項目[編集]

関連人物[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 年譜|創業者 稲盛和夫 - 京セラ 2013年6月14日閲覧。
  2. ^ 戸籍上は1月30日。
  3. ^ http://president.jp/articles/-/23299
  4. ^ 稲盛哲学を中国に広め 中国人経営者の心を高める 2015年5月29日 SHANGHAI LEADERS。
  5. ^ a b c 世界で累計1000万部突破:中国で「稲盛和夫」“爆読み”のワケ (1/3)、ITmedia ビジネスオンライン(産経新聞)、2016年01月18日 7:00。
  6. ^ 日本長者番付 2017 - フォーブス
  7. ^ Japan’s 50 Richest People”. Forbes. 2017年12月13日閲覧。
  8. ^ 稲盛財団 沿革
  9. ^ 日本の助成財団の現状 -資産総額上位100財団 - 公益財団法人助成財団センター
  10. ^ 〈証言そのとき〉不屈不撓の一心:10 会長を引退 65歳で得度 - 朝日新聞デジタル(2014年6月2日01時00分)アーカイブ
  11. ^ 教養教育共同化施設の概要|京都三大学教養教育研究・推進機構
  12. ^ 鹿児島県/県人会連合会
  13. ^ 鹿児島県と鹿児島市への寄付について - 京セラ ホームページ(2015/06/05)。
  14. ^ 前原は、京セラ本社所在地の京都市を地盤とするが、前原は京都2区の選出で、京セラ本社は伏見区にあり、伏見区は前原の選挙区ではない。小沢が2008年9月21日に民主党代表として再選された際には来賓として挨拶する。
  15. ^ JAL稲盛会長「政権の体たらく、大変落胆」 - 読売新聞 2011年2月9日13S版4面
  16. ^ “JALの幹部社員を叱り続けた日々「解剖・稲盛経営」――稲盛和夫インタビュー”. 週刊ダイヤモンド. (2013年6月17日). http://diamond.jp/articles/-/37468 2014年9月13日閲覧。 
  17. ^ 『「利他」 人は人のために生きる』、小学館、ISBN 978-4093798273
  18. ^ 鳩山内閣になっての内閣顧問の任命は初めて。
  19. ^ 『稲盛和夫のガキの自叙伝』 - 日経ビジネス人文庫(私の履歴書)、日本経済新聞社。
  20. ^ 動機善なりや、私心なかりしか - 京セラホームページ。
  21. ^ a b c d e f g 世界で累計1000万部突破:中国で「稲盛和夫」“爆読み”のワケ (2/3)、ITmedia ビジネスオンライン(産経新聞)、2016年01月18日 7:00。

外部リンク[編集]