喜田哲弘

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きだ てつひろ
喜田 哲弘
生誕 (1953-06-19) 1953年6月19日(64歳)
日本の旗 日本 大阪府富田林市
出身校 慶應義塾大学法学部
職業 実業家

喜田 哲弘(きだ てつひろ、1953年6月19日 - )は日本の実業家生命保険3社を傘下におく金融持株会社T&Dホールディングス代表取締役会長[1]

略歴[編集]

大阪府富田林市[2]出身。 大阪府立高津高等学校[3]慶應義塾大学法学部卒業後、1976年昭和51年)大同生命保険入社。1999年(平成11年)企画部長、翌2000年7月、取締役。2003年常務取締役。2010年(平成22年)代表取締役社長。 2015年(平成27年)4月、大同生命などの持株会社T&Dホールディングスの代表取締役社長[4]、同年藍綬褒章受章。2018年(平成30年)4月、代表取締役会長。

人物[編集]

経営企画部門、人事関係などを経て、大同生命と太陽生命保険東京生命保険(現T&Dフィナンシャル生命保険)の3生保の統合(2004年T&Dホールディングス設立)に尽力した。

好きな言葉の一つが、「出迎え三歩、見送り七歩」で、「お客様がお帰りになる際、お迎えした場所よりさらに先までお見送り」し感謝する、「古き良き日本人の心を表した言葉」としている[5]

大同生命の創業者と「あさが来た」の縁[編集]

喜田は期せずして、大同生命の創業者の女性実業家広岡浅子と縁がある。2002年(平成14年)企画部長として大同生命100周年事業を指揮。社史を編纂の際、浅子と嫁ぎ先の豪商加島屋に着目。「明治時代にあれほどの実績を残した女性は他にいない」「加島屋をはじめとする江戸時代の大坂商人の『知恵と実力』にもあらためて感銘を受けた」として、110周年事業の際、大同生命社長として、浅子の生涯をまとめた「小説 土佐堀川」(1988年古川智映子著)を「復刻してもらうのに尽力」[6]したり、浅子と加島屋に関する特別展を大阪本社で開いたりした。

その頃、広岡浅子が産経新聞で「九転十起の女」として連載され話題となり、「小説 土佐堀川」を原案としてNHK連続テレビ小説あさが来た」の脚本が書かれるなど[7][8]、「あさが来た」ブームとなる。

この縁について、喜田は「浅子と出会った頃の想いがこのような形で実を結び、大変うれしく思っています」と述べている[9]

関連項目[編集]

脚注[編集]