石川博崇

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日本の旗 日本の政治家
石川 博崇
いしかわ ひろたか
生年月日 (1973-09-12) 1973年9月12日(43歳)
出生地 日本の旗 大阪府豊中市
出身校 創価大学工学部
前職 国家公務員外務省
現職 参議院議員
所属政党 公明党
称号 工学士
親族 義父風間昶(元参議院議員)
公式サイト 石川ひろたかウェブサイト

日本の旗 参議院議員
選挙区 大阪府選挙区
当選回数 2回
在任期間 2010年7月 - 現職
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石川 博崇(いしかわ ひろたか、1973年9月12日 - )は、日本政治家外交官公明党所属の参議院議員(2期)、公明党青年委員長。防衛大臣政務官内閣府大臣政務官第2次安倍改造内閣第3次安倍内閣)を歴任した。第二外国語はアラビア語でアラビアの元首相通訳も務めた。

義父は元参議院議員風間昶

来歴[編集]

大阪府豊中市生まれ。関西創価高等学校創価大学工学部生物工学科卒業。創価大では海洋生物学を専攻していた。大学卒業後、1996年外務省入省。同期入省に井ノ上正盛がいる。井ノ上が奥克彦参事官(死後、大使)らとともに殉職(イラク日本人外交官射殺事件)した際、葬儀では同期を代表して弔辞を読んでいる[1]

アラビア語研修を経てシリアオマーン日本大使館に勤務[2]2004年より、陸上自衛隊派遣されていたイラクサマーワ宿営地内に開設されていた外務省連絡事務所に勤務し[2]小林弘裕所長の下でイラク戦争下のムサンナー県へのインフラ整備をはじめ、イラク国内の人道復興支援に従事した。2005年に帰国し、外務省総合外交政策局国連政策課、中東アフリカ局中東第二課を経て2009年11月に退官[2]

2010年7月、第22回参議院議員通常選挙大阪府選挙区(当時は定数3)から公明党公認で出馬し、初出馬にしてトップ当選した。2013年9月、公明党青年委員長に就任。2014年9月、第2次安倍改造内閣において防衛大臣政務官に任命された[3]。公明党所属の議員が防衛省副大臣政務官に任命されるのは、副大臣・政務官が設置された2001年以来、初めてである[4]。同月26日、内閣府大臣政務官に任命された[5]。同年12月、第3次安倍内閣で内閣府大臣政務官・防衛大臣政務官に再任[2]2016年7月、第24回参議院議員通常選挙に大阪府選挙区(定数4)から出馬し、再選。

年譜[編集]

政策[編集]

  • 選択的夫婦別姓制度に関する選択式アンケートにおいて、「どちらかといえば賛成」としている[6]

著作[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ (日本語) 【イラク情勢】棺の上にゆかりの品 「涙が止まらない」外務省同期生ら”. asahi.com. 2014年3月26日閲覧。
  2. ^ a b c d 第3次安倍内閣 大臣政務官名簿”. 首相官邸. 2016年6月28日閲覧。
  3. ^ 『官報』 平成26年(2014年)9月9日付 本紙第6371号 p. 7
  4. ^ “公明から初の防衛政務官 石川参院議員が就任の見通し”. 日本経済新聞. (2014年9月4日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS03H1L_T00C14A9PP8000/ 2015年7月8日閲覧。 
  5. ^ 『官報』 平成26年9月30日付 本紙6384号 p. 10
  6. ^ 朝日新聞2016年参院選候補者アンケート(朝日・東大谷口研究室共同調査)、(2016年6月23日閲覧)

外部リンク[編集]

公職
先代:
木原稔
若宮健嗣
日本の旗 防衛大臣政務官
原田憲治と共同

2014年 - 2015年
次代:
熊田裕通
藤丸敏
先代:
越智隆雄松本洋平小泉進次郎大塚拓岩井茂樹福山守
日本の旗 内閣府大臣政務官
越智隆雄松本洋平小泉進次郎大塚拓岩井茂樹福山守と共同
越智隆雄松本洋平小泉進次郎大塚拓岩井茂樹大塚高司福山守と共同
越智隆雄松本洋平小泉進次郎大塚拓岩井茂樹鈴木馨祐福山守と共同

2014年 - 2015年
次代:
牧島かれん酒井庸行高木宏壽古賀篤田所嘉徳豊田真由子星野剛士津島淳白石徹藤丸敏