北村誠吾

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日本の旗 日本の政治家
北村 誠吾
きたむら せいご
生年月日 (1947-01-29) 1947年1月29日(69歳)
出生地 日本の旗 長崎県北松浦郡小値賀町
出身校 早稲田大学政治経済学部経済学
前職 長崎県議会議員
所属政党 自由民主党→)
無所属→)
(21世紀クラブ→)
自由民主党
称号 経済学士(早稲田大学)
公式サイト 北村誠吾WebSite

選挙区 長崎4区→)
比例九州ブロック→)
長崎4区
当選回数 6回
在任期間 2000年6月25日 - 現職

選挙区 北松浦郡選挙区
当選回数 4回
在任期間 1987年 - 2000年

Flag of Sasebo, Nagasaki.svg 佐世保市議会議員
当選回数 1回
在任期間 1983年 - 1986年
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北村 誠吾(きたむら せいご、1947年(昭和22年)1月29日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(6期)、自由民主党副幹事長

防衛副大臣福田康夫改造内閣麻生内閣)、長崎県議会議員(4期)、佐世保市議会議員(1期)等を歴任。

2016年末現在、69歳・当選6回というベテランながら、大臣就任経験がない。

来歴[編集]

長崎県北松浦郡小値賀町生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業[要出典]

1982年長崎県議会議員補欠選挙(北松浦郡選挙区)に立候補するが、落選。1983年に佐世保市議会議員選挙に出馬し、初当選した。1期目の任期途中で市議を辞職し、1986年第38回衆議院議員総選挙旧長崎2区から保守無所属として[要出典]出馬したが、落選。1987年に長崎県議会議員選挙に出馬し、当選した。以後4回連続当選。

4期目の任期途中で長崎県議を辞職し、2000年第42回衆議院議員総選挙長崎4区から無所属で出馬。自由民主党現職の宮島大典らを破り、当選した。当選後は、同様に保守系無所属として当選した衆議院議員9人で院内会派「21世紀クラブ」(代表:山本幸三)を結成[要出典]2001年、自民党に復党する。第2次小泉改造内閣では防衛庁長官政務官に任命された。2003年第43回衆議院議員総選挙2005年第44回衆議院議員総選挙で再選。

2008年福田康夫改造内閣防衛副大臣に就任、麻生内閣まで務める。2009年第45回衆議院議員総選挙に自民党公認・公明党推薦で長崎4区でから出馬。民主党の宮島に初めて敗れたが、重複立候補していた比例九州ブロックで復活し、4選[1]

2010年10月、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長に就任[要出典]

2012年第46回衆議院議員総選挙では自民党公認(公明党推薦)で長崎4区から出馬し、前回敗れた民主党の宮島に比例復活を許さず、5選。2014年第47回衆議院議員総選挙では再び宮島を比例復活も許さず破り、6選。

政策[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 比例貢献が基準?公明が自民92候補を推薦(2009年7月30日20時25分 読売新聞)
  2. ^ a b c d e f “2012衆院選 長崎4区 北村誠吾”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A42004002002 2014年4月9日閲覧。 
  3. ^ しんぶん赤旗 2013年1月6日
  4. ^ 「<憲法特集>九州・沖縄の国会議員アンケート(3)主なテーマ」、西日本新聞、2016年4月30日。
  5. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  6. ^ 第154回国会 法務委員会 請願2057号
  7. ^ 朝日新聞2001年11月6日
  8. ^ a b c 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年

外部リンク[編集]


議会
先代:
江渡聡徳
日本の旗 衆議院安全保障委員長
2014年 - 2016年
次代:
左藤章
先代:
山本公一
日本の旗 参議院沖縄及び北方問題
に関する特別委員長

2010年 - 2011年
次代:
福井照
公職
先代:
江渡聡徳
日本の旗 防衛副大臣
第3代:2008年 - 2009年
次代:
榛葉賀津也