岡下昌平

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岡下昌平
おかした しょうへい
生年月日 (1975-03-08) 1975年3月8日(43歳)
出生地 日本の旗 日本東京都目黒区
出身校 日本大学経済学部
前職 大阪府議会議員
所属政党 自由民主党 (二階派)
親族 母・岡下信子 (内閣府大臣政務官)
公式サイト 自民党 衆議院議員 岡下昌平 公式ホームページ

選挙区 比例近畿ブロック大阪17区
当選回数 2回
在任期間 2014年12月14日 - 現職

選挙区 堺市南区選挙区
当選回数 1回
在任期間 2011年5月1日 - 2014年12月2日
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岡下 昌平(おかした しょうへい、1975年3月8日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(2期)。元大阪府議会議員(1期)。母は元衆議院議員で内閣府大臣政務官を務めた岡下信子

来歴[編集]

東京都目黒区に生まれる[1]日本大学経済学部経済学科卒業[1]後、父・岡下昌浩[注 1]の秘書を務める。父の死後、2000年からは母・岡下信子[注 2]の秘書を務める[1][3]2011年第17回統一地方選挙大阪府議会議員選挙に出馬し、初当選[3]

2012年第46回衆議院議員総選挙において日本維新の会の新人馬場伸幸に敗れて母・岡下信子が落選。大阪17区の一部の堺市南区を府政の地盤としていた岡下昌平は、後継候補として国政に転身し、2014年第47回衆議院議員総選挙に出馬。馬場に敗れたものの、比例復活し初当選した。当選後、二階派に入会した[4]2017年第48回衆議院議員総選挙に出馬し、再び馬場に敗れたものの、比例復活で再選。

政策[編集]

人物[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 財務官僚。1993年大蔵省退官後、政治活動を開始[2]旧大阪5区小選挙区制導入以降は、大阪17区)を地盤として3度の選挙活動を行うもいずれも振るわず落選。1998年に急死した[2]
  2. ^ 夫・岡下昌浩の死後、地盤を引き継ぎ[2]2000年第42回衆議院議員総選挙において自民党公認で出馬し初当選[2]。2度の落選を経験するも3期務めた。

出典[編集]

  1. ^ a b c 議員情報衆議院
  2. ^ a b c d 内閣府大臣政務官 岡下信子内閣総理大臣官邸
  3. ^ a b 自己紹介岡下昌平公式ホームページ
  4. ^ 「数は力だ!」 新人15人めぐり争奪戦 首相も参戦 ますます太る町村派 焦る額賀派産経新聞
  5. ^ a b c d e 毎日新聞候補者アンケート選挙毎日
  6. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査
  7. ^ a b 九州市医報(平成29年7月)第720号 - オリンピックと屋内全面禁煙法・条例(その33)”. 北九州市医師会 (2017年7月1日). 2018年7月21日閲覧。
  8. ^ a b c 俵義文 『日本会議の全貌』 花伝社、2016年
  9. ^ 「自民勉強会発言――安保国会新たな火種」『毎日新聞』50135号、14新版、毎日新聞東京本社2015年6月27日、3面。

外部リンク[編集]