中尾辰義

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中尾 辰義(なかお たつよし、1916年(大正5年) - 2012年(平成24年)12月20日)は、日本の政治家。元参議院議員

鹿児島県いちき串木野市出身[1]創価学会船場支部長から1957年(昭和32年)4月の参院大阪府選挙区補選に創価学会系無所属として出馬したが落選。この時、買収が行われ、学会幹部だった小泉隆池田大作公選法違反容疑で逮捕されるも、後に無罪が確定。いわゆる大阪事件

1959年(昭和34年)参院選に全国区から出馬し当選、4期務め公明政治連盟から公明党に参加。1977年(昭和52年)には参議院法務委員長に就任。1983年(昭和58年)に第13回参議院議員通常選挙に不出馬で引退

2012年(平成24年)12月20日、肺がんにより死去した[2]。96歳没。

脚注[編集]

  1. ^ 中尾辰義氏死去 元公明党議員 MSN産経west 2012年(平成24年)12月25日閲覧
  2. ^ 中尾辰義氏死去=元公明党参院議員”. 時事ドットコム (2012年12月25日). 2012年12月25日閲覧。


議会
先代:
田代富士男
日本の旗 参議院法務委員長
1977年 - 1978年
次代:
峯山昭範
先代:
白木義一郎
日本の旗 参議院懲罰委員長
1970年 - 1971年
次代:
浅井亨