伊藤忠彦

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日本の旗 日本の政治家
伊藤忠彦
いとう ただひこ
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生年月日 (1964-07-11) 1964年7月11日(53歳)
出生地 愛知県名古屋市
出身校 早稲田大学法学部卒業
前職 会社員
所属政党 自由民主党二階派
称号 学士(法学)(早稲田大学)・1988年
公式サイト 衆議院議員 伊藤忠彦

選挙区 愛知8区
当選回数 3回
在任期間 2005年 - 2009年
2012年12月18日[1] - 現職

選挙区 知多市選挙区
当選回数 2回
在任期間 1999年4月30日 - 2005年8月30日
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伊藤 忠彦(いとう ただひこ、1964年7月11日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(3期)、環境副大臣内閣府副大臣第3次安倍第2次改造内閣第3次安倍第3次改造内閣)。

第2次安倍内閣において総務大臣政務官内閣府大臣政務官を務めた。和泉短期大学の第7代学長の伊藤忠彦[2]とは別人。

略歴[編集]

愛知県名古屋市出身。東海銀行頭取・伊藤喜一郎の次男。東海中学校早稲田大学高等学院早稲田大学法学部を卒業。1988年電通に入社。1994年に電通を退社[要出典]

1996年10月20日第41回衆議院議員総選挙に、比例近畿ブロックから新党さきがけ公認で出馬するが、落選。また、1998年7月25日第18回参議院議員通常選挙には、比例区から出馬するが、落選。

1997年から小渕恵三の秘書を務めた[要出典]

1999年4月11日愛知県議会議員選挙に、知多市選挙区から出馬。対立候補の近藤久義を破り初当選(伊藤:16,948票、近藤:16,893票)。

2003年4月13日愛知県議会議員選挙に、知多市選挙区から出馬し、2期目の当選。

2005年9月11日第44回衆議院議員総選挙に、愛知8区から自民党公認で出馬。民主党前職の伴野豊を破って初当選。

2009年8月30日第45回衆議院議員総選挙に、愛知8区から出馬。再び伴野との対決となったが大差で敗北、惜敗率が低かったため、重複立候補していた比例東海ブロックでの復活当選もできず、議席を失った。

2012年12月16日第46回衆議院議員総選挙に、愛知8区から出馬。前回敗れた伴野を下し当選、国政に復帰した。

2013年9月30日第2次安倍内閣総務大臣政務官内閣府大臣政務官に就任した(2014年9月、退任)[3]

2014年12月14日第47回衆議院議員総選挙に、愛知8区から出馬し、3選。

2016年8月5日第3次安倍第2次改造内閣環境副大臣内閣府副大臣に就任した[4]

政策[編集]

  • 2012年のアンケートでは、選択的夫婦別姓制度導入に、「消極的に賛成」[5] としていた。一方2014年のアンケートでは、反対としている[6]
  • 2014衆院選 毎日新聞候補者アンケートにおいて、以下のように回答した。
    • 憲法改正と集団的自衛権の行使に賛成。
    • アベノミクスを評価する。
    • 軽減税率の導入に賛成。
    • 原発は日本に必要。
    • 河野談話を見直すべきだ。
    • ヘイトスピーチを法律で規制することに賛成。[7]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 平成24年(2012年)12月18日愛知県選挙管理委員会告示第111号(衆議院小選挙区選出議員選挙の当選者)
  2. ^ 「法人について」、和泉短期大学
  3. ^ 総務大臣政務官 初登庁後会見の概要
  4. ^ 副大臣.20人交代 閣議決定
  5. ^ mネット 2012年衆議院選挙仕分け結果
  6. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  7. ^ http://senkyo.mainichi.jp/47shu/meikan.html?mid=A23008001001&st=tk
  8. ^ 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
井上信治平口洋
日本の旗 環境副大臣
関芳弘と共同→
渡嘉敷奈緒美と共同

2016年 -
次代:
現職
先代:
橘慶一郎片山さつき北村茂男
日本の旗 総務大臣政務官
松本文明藤川政人と共同
2013年 - 2014年
次代:
武藤容治赤間二郎長谷川岳