平将明

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日本の旗 日本の政治家
平 将明
たいら まさあき
生年月日 1967年2月21日(48歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都
出身校 早稲田大学法学部
前職 山邦社員(代表取締役社長)
所属政党 自由民主党山崎派→無派閥)
称号 法学士
公式サイト 平将明公式Webサイト

選挙区 東京4区→)
比例東京ブロック→)
東京4区
当選回数 4回
在任期間 2005年9月11日 - 現職
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平 将明(たいら まさあき、1967年2月21日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(4期)、内閣府副大臣第2次安倍改造内閣第3次安倍内閣)。経済産業大臣政務官内閣府大臣政務官第2次安倍内閣)、自民党副幹事長を歴任した。

略歴[編集]

政策・主張[編集]

エビソード[編集]

八百屋時代[編集]

大田市場[編集]

サラリーマンとして就職した後、1991年に父の病気をきっかけに、祖父が創った大田市場の仲卸会社「山邦」に入社した。モートラなどを操縦し3年間下積みを経て、社長に就任した。金融危機で資金繰りに奔走し、克服して、22億円だった売上を60億円にしたと述べている。[5]

青年会議所時代[編集]

1996年に(社)東京青年会議所入会。大田区委員会委員長として活躍後、2003年に第54代理事長に就任。2006年度の(社)日本青年会議所会頭に立候補し、7年ぶりとなる会頭選挙に持ち込んだが、(社)名古屋青年会議所の池田佳隆氏(現衆議院議員)に僅差で敗退。[6]

内閣府副大臣として[編集]

内閣府副大臣[編集]

2014年9月4日、第二次安倍改造内閣において内閣府副大臣(地方創生、国家戦略特区、クールジャパン戦略、沖縄関連政策などを担当)に就任し、その後の地方創生関連2法案の策定・成立に寄与した。第47回衆議院議員総選挙後の12月25日、第三次安倍内閣において内閣府副大臣(地方創生、国家戦略特区等これまでの担当に、消費者政策、食品安全問題、公正取引委員会も付加)に再任された。[7]

地方創生[編集]

フジサンケイビジネスアイの取材に対して「地方がそれぞれの成長戦略を描き、成功事例が生まれそうなところは集中的に応援する。旧来型の公共事業で一時的に地域経済を支える“ばらまき”はありえない。農林水産や観光が主力となる地方の実情を踏まえると、もともと付加価値が高い日本の農産物をアジアの高所得者層に売るなど、ローカル経済圏がアジアの成長を取り組む戦略が有効だ。海外から観光客を呼び込む『ビジット・ジャパン』も効果的なツールになる。国家戦略特区や規制緩和によって後押ししたい」と述べている。 [8]

人物[編集]

  • 平将門および平家の子孫ではない。母方は源氏の血筋である。[9]
  • バドミントンを中学校から大学まで嗜む。高校では部長を務め、大学時代は共立薬科大学バドミントン部のコーチを務めた[10]
  • 普段の食事は、ラーメンを好んで食べるほか、なか卯を頻繁に利用する。本人によれば、「平の食生活はラーメンと‘なか卯’しかないのかと指摘される」こともある[11]。また、なか卯に関しては、同僚議員の赤沢亮正とのやりとりの中で「なか卯議連」なるものを立ち上げようと冗談を飛ばしていたり[12]河野太郎によれば、「なか卯で食べた時は、平将明代議士にツィッターで報告することになっている」(ただし真偽は不明)[13]
  • AKB48で誰が好きかとの自身のGREEブログ上での質問に対し、「こじはる(小嶋陽菜)です。」と答えている[14]
  • ガンダムエヴァンゲリオンが好きであると公言している[15]

ネット活用[編集]

インターネットの政治活動に力を入れており、自民党員のネット入党システム導入[16]をしたほか、自民党のネット動画配信のcafesta[17]を運営している。cafestaではしばしば野党を持ち上げつつ落とす癖があり、ネットで批判されることがある。

主な所属団体・議員連盟[編集]

著書[編集]

  • 『超現場主義-超現場主義中小企業金融論:役人、学者、銀行員…エリートにはわかるまい!』カナリア書房、2006年。

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
後藤田正純
西村康稔
岡田広
日本の旗 内閣府副大臣
赤澤亮正西村康稔と共同
2014年 -
次代:
現職