北川イッセイ

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北川 イッセイ
きたがわ いっせい
(北川 一成)
(きたがわ かずなり)
Kazunari Kitagawa cropped 1 Members of the Global Legislators Organization for a Balanced Environment Edward Davey and Tim Hitchens 20130530.jpg
生年月日 (1942-12-01) 1942年12月1日(78歳)
出生地 日本の旗 日本 大阪府東大阪市
出身校 関西大学文学部国文学科
前職 大阪府議会議員
参議院議員
所属政党 自由民主党細田派
称号 旭日重光章
文学士
親族 父・北川謙次大阪府議会議員東大阪市長〈第3代〉)

選挙区 大阪府選挙区
当選回数 2回
在任期間 2004年7月 - 2016年7月

選挙区 東大阪市選挙区
当選回数 4回
在任期間 1991年4月 - 2004年
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北川 イッセイ(きたがわ イッセイ 、本名:北川 一成(きたがわ かずなり)、1942年昭和17年〉12月1日 - )は、日本政治家自由民主党所属の前参議院議員(2期)。元国土交通副大臣第2次安倍改造内閣第3次安倍内閣)。元大阪府議会議員(4期)。父は東大阪市長(第3代)の北川謙次

略歴[編集]

関西大学文学部国文学科卒業[1]後、信用組合大阪弘容(本店・東大阪市。経営破たん。現のぞみ信用組合)勤務を経て、1987年昭和62年)4月の第11回統一地方選挙で、東大阪市長に転身した父北川謙次の地盤を継ぎ大阪府議会議員選挙(東大阪選挙区、定数7)に無所属で出馬。得票率8.43%(1万6,400票)を集めたが、謙次の府議辞職に伴う1982年6月の補選で東大阪市議から鞍替え当選し3期目を目指す自民党の清水行雄に、わずか295票差で敗れて次点に終わった[2]

1989年平成元年)12月6日、父の謙次が病気療養を理由に東大阪市長を退任。保守の後継市長として、イッセイの雪辱相手の清水が当選した[3]こともあり、1991年平成2年)4月の第12回統一地方選挙でイッセイは自民党の公認を得て得票率11.23%(1万9,977票)の3位で大阪府議に初当選した(トップ当選は5期目の西野陽[4])。

その後、府議4期務めた知名度で2004年7月の第20回参院選で、参議院議員に初当選。2005年経済産業委員会理事就任[要出典]2006年9月に発足した安倍内閣では防衛庁長官政務官2007年1月より防衛大臣政務官)に就任した。2010年第22回参院選で再選。 2014年9月3日第2次安倍改造内閣国土交通副大臣に就任。2016年第24回参院選に当初は出馬する意向だったが[5]、後に前立腺癌の治療のため引退を表明した[6]

政策[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

人物[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
高木毅
野上浩太郎
日本の旗 国土交通副大臣
西村明宏と共同
2014年 - 2015年
次代:
土井亨
山本順三
先代:
高木毅
愛知治郎
日本の旗 防衛庁長官政務官
防衛大臣政務官

大前繁雄と共同
2006年 - 2007年
次代:
寺田稔
秋元司
議会
先代:
大久保勉
日本の旗 参議院経済産業委員長
2013年 - 2014年
次代:
大久保勉
先代:
川口順子
山谷えり子
日本の旗 参議院環境委員長
2013年
2010年 - 2011年
次代:
佐藤信秋
松村祥史