辻元清美

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日本の旗 日本の政治家
辻元 清美
つじもと きよみ
Kiyomi Tsujimoto.jpg
生年月日 (1960-04-28) 1960年4月28日(57歳)
出生地 日本の旗奈良県吉野郡大淀町
出身校 早稲田大学教育学部
前職 国際交流NGOピースボートスタッフ
現職 衆議院議員
所属政党 社会民主党→)
無所属→)
(社会民主党→)
(無所属→)
民主党→)
民進党
称号 教育学士早稲田大学1987年
公式サイト つじともWEB:辻元清美オフィシャルサイト

選挙区 比例近畿ブロック→)
大阪10区→)
(比例近畿ブロック→)
(大阪10区→)
(比例近畿ブロック→)
大阪10区
当選回数 6回
在任期間 1996年 - 2002年3月28日[1]
2005年 - 現職

日本の旗 内閣総理大臣補佐官(災害ボランティア活動担当)
内閣 菅第2次改造内閣
在任期間 2011年3月13日 - 2011年9月5日
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辻元 清美(つじもと きよみ、1960年4月28日 - )は、日本政治家民進党所属の衆議院議員(6期)、民進党幹事長代行、児童擁護議員連盟会長。立憲フォーラム幹事長。NPO議員連盟幹事長。

民進党役員室長、民進党ネクスト内閣府特命大臣(新しい公共・社会的包摂・消費者及び食品安全・男女共同参画・子どもの貧困・自殺対策・NPO)、民主党新しい公共・社会的包摂総合調査会長、民主党幹事長代理、社会民主党政策審議会会長(第5代)・国会対策委員長(第8代)、国土交通副大臣鳩山由紀夫内閣)、内閣総理大臣補佐官(災害ボランティア活動担当)などを歴任。前科1犯(詐欺)。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

奈良県吉野郡大淀町に生まれ、大阪府高槻市で育つ[2][3][4][5]

名古屋大学教育学部附属高校卒業。

卒業後デパートで2年間販売員として働いた[6]

1987年に早稲田大学教育学部卒業[5]

早大在学中の1983年(昭和58年)、その前年に起きた歴史教科書問題に触発され、アジア諸国と日本の交流の活性化を目的としたNGOピースボート」を設立した。

1992年5月に国連地球サミットNGO代表に就任[5]

その後も市民運動に関わり1993年(平成5年)にはエイボン女性大賞教育賞を受賞。

社民党から衆議院当選[編集]

1996年(平成8年)、同年に日本社会党から改称した社会民主党党首の土井たか子の誘いを受け、第41回衆議院議員総選挙比例近畿ブロック単独で出馬し、初当選。1998年1月に党幹事長代理に、9月に党広報委員長就任[5]

議員活動では特定非営利活動促進法NPO法)、被災者生活再建支援法情報公開法児童買春・ポルノ禁止法などに取り組んだ。COP3「地球温暖化防止」プロジェクトチーム、男女共同参画社会基本法環境アセスメント法審議に関わる。

当時、社民党は自社さ連立政権の一翼をになう与党であったが、社民党・新党さきがけ2党は総選挙直前に大量の離党者を出し(その多くが旧民主党結党に参加)、第41回衆議院議員総選挙で惨敗を喫した。

第41回衆議院議員総選挙を経て発足した第2次橋本内閣では社民・さきがけは閣僚を出さず、閣外協力に転じ、後に正式に連立政権を離脱する。なお、辻元は一般に「自社さ」と呼ばれた連立の枠組みを「社自さ」と呼んでいた。

2000年(平成12年)6月の第42回衆議院議員総選挙では大阪10区から社民党公認で出馬し、公明党石垣一夫、民主党の肥田美代子らを破り、再選。同年7月、社会民主党政策審議会長に就任[5]

逮捕・議員辞職[編集]

2002年(平成14年)3月に衆議院議員を辞職する[5]。同年7月18日、辻元本人・初代政策秘書・土井たか子党首の元秘書で指南役の五島昌子ら4人が秘書給与詐欺容疑で警視庁逮捕された。逮捕後は口裏合わせをして証拠隠滅を図った事実及び詐欺容疑を全面的に認めた。

2004年(平成16年)2月、東京地裁は、秘書給与1840万円を騙し取った詐欺罪の罪で、懲役2年・執行猶予5年の有罪判決を下した[7]2009年、猶予期間満了)。

落選から政界復帰まで[編集]

有罪判決に伴う刑の執行猶予中であった2004年(平成16年)6月に社民党を離党する[5]。同年7月第20回参議院議員通常選挙大阪府選挙区から無所属で立候補したが、次点で落選(同選挙の全国最高得票数落選者)。

2005年(平成17年)9月の第44回衆議院議員総選挙では社民党公認で出馬し、大阪10区では自由民主党松浪健太に敗北したが、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活し、3選。衆議院議員として政界復帰[5]。2006年2月に社民党女性青年委員長に就任[5]

2009年(平成21年)の第45回衆議院議員総選挙では前回敗れた松浪を大阪10区で破り、4選。選挙後の同年9月、党国会対策委員長に就任した。

早野透によれば、三党連立政権の発足時には水面下での交渉を担当したとされ、辺野古基地建設を「見直し」対象とする連立政権合意を成立させたという[8]

国土交通副大臣[編集]

2009年(平成21年)9月に発足した民社国連立政権鳩山由紀夫内閣において、国土交通副大臣に就任する[5]。国会対策委員長の職にあった辻元は当初、党務に携わるため就任の要請を固辞したが、社民党党首の福島瑞穂が既に閣議で辻元の国交副大臣就任を含む政務三役の人事案に同意し署名していたため、最終的に辻元は国土交通副大臣就任を受け入れた[9]。あわせて国対委員長を辞任し、同職は重野安正社民党幹事長が代行し[10]、辻元は翌2010年(平成22年)1月、正式に国対委員長を辞任した(後任は照屋寛徳)。国対委員長辞任後、新たに設けられた社民党特命常任幹事に就任し、党執行部には残留している。

なお国会議員時代の刑事事件で有罪判決を受けた者が刑の効力が失われた後に行政府の役職に就くのは、1997年(平成9年)に第2次橋本改造内閣総務庁長官に就任した佐藤孝行以来12年ぶり。ただし、佐藤孝行は、当時閣外協力をしていた社民党からの辞任要求によって、わずか12日間で辞任に追い込まれている。

JAL再建対策本部・事務局長[編集]

2009年10月30日、JAL再生タスクフォースの解散後に設置されたJAL再建対策本部(本部長・前原誠司)の事務局長に就任した。

大鹿靖明によれば、辻元は「JAL破綻はこれまで日本が経験したことのない国際大型倒産である」という認識から政府内やメガバンクとの調整にまわり、メガバンクとの会談では「いま、ここにいる人が大喧嘩したら日本の経済に大打撃を与えます。みなさんが鍵を握っているのです。100%納得するのはありえないでしょうから、歩み寄ってほしいのです」と説得した。[11]

しかし、日本政策投資銀行など日航の主力取引銀行は辻元からの要請を留保するだけではなく、反対に日航への融資に対する保証を政府が確保することを要請し、辻元が譲歩する結果で[12]、2010年1月19日にJALには会社更生法が適用された[13]

観光立国推進本部・事務局長[編集]

2009年12月1日に、観光立国推進本部の事務局長に就任した。中国人観光ビザ取得要件の緩和に取り組み、発給条件の年収25万元(約320万円)以上を過度な所得制限と述べ、年収6万(約80万)に引き下げた。2010年(平成22年度)の中国人観光客数の前年比41%増加を実現したことから、辻元は予算のいらない経済刺激策と自賛している[14]

2010年(平成22年)2月4日国土交通省が関連する公共事業の予算配分に関する情報を民主党の地方組織に漏洩させた馬淵澄夫国土交通副大臣の更迭を求めた自民党に対し、「(自民党は)過剰反応している」と退けた[15]

連立離脱により副大臣辞任へ[編集]

2010年(平成22年)5月沖縄県普天間基地移設問題で、日米の政府間合意に閣議決定で反対し署名を拒否した内閣府特命担当大臣福島瑞穂鳩山由紀夫首相閣僚罷免され、社民党も連立政権からの離脱を決定。

辻元は5月31日、前原誠司国交相に辞表を提出し、副大臣を辞任した。辞表提出後のインタビューで、手がけた道半ばで辞めたくなかったと涙ながらに語った。

連立離脱について辻元は「鳩山政権離脱という選択が良かったのかどうかは、迷う。離脱することによって、自民党政権が復活したり、改憲への道が開けたりする恐れがある。肝心の普天間基地の問題かって、どうしようもないカッコ悪さに耐えながら、政権に残っていた方が余地が大きかったんと違うかなあ。『地獄への道は善意で舗装されている』という言葉があるように、正しい選択が正しい結果を導くとは限らんやろ」と述べ[16]、「当時、日米合意があっても沖縄の合意がなければ辺野古移設は実現しないという閣議決定はできないか、と折衝していました。私はその歯止めができないかと考えていたんです」と主張している[17]

社民党離党から民主党入党[編集]

2010年(平成22年)7月、「現実との格闘から逃げずに国民のための仕事を一つずつ進めていきたい」[18] として、社民党を離党する意向を表明。7月26日夜に重野安正幹事長と会談し、その席で離党の意向を伝えた。7月27日の午前中には福島党首から離党を思い留まるよう慰留されるも、福島の説得を受け入れず、次の衆議院議員総選挙には無所属で出馬する考えを表明。8月に社民党を離党[5]。社民党は8月19日、離党届を受理し、除名などの処分は見送り行わなかった。これは、地元の党大阪府連合の意向に沿ったものである[19]

しかし2010年(平成22年)9月28日に辻元は衆議院会派「民主党・無所属クラブ」入会 、民主党に入党した[5][20]。辻元議員の民主党入党に、福島みずほ社民党党首は「応援した人を裏切っていくことは、一人の政治家として良いことではない。理念より権力に近寄る方を選択すると思ってしまう。すごく残念だ」と記者会見で述べた[21]。福島党首との面談が重野幹事長との会談の翌日となったことについては、福島が辻元との対話を避けたことが離党の原因であると主張している[22]

国土交通委員会与党筆頭理事[編集]

2010年9月28日、国土交通委員会与党筆頭理事に就任した[23]

2010年9月29日、中国建国記念レセプションに出席した[24]

2011年9月10日に民主党に入党届を提出し、9月27日に入党した(同時に衆院大阪府第10区支部長に就任)。

同年10月20日、民主党政調副会長に就任[25]

内閣総理大臣補佐官(災害ボランティア活動担当)[編集]

2011年(平成23年)3月13日東日本大震災を受け、災害ボランティア活動担当の内閣総理大臣補佐官に就任。

2011年(平成23年)7月30日、東日本大震災津波ボランティア連絡会議を開催。

2011年(平成23年)9月5日野田内閣の発足をうけ、首相補佐官を退任。

事業仕分け人[編集]

2011年11月に開催された事業仕分けで、前原誠司政調会長から「仕分け人」に選ばれる[26]

2011年大阪市長選挙では、平松邦夫候補を支持し、応援演説では対立候補の橋下徹を激しく批判した。

2012年4月19日、「秋の大型連休」導入を検討するプロジェクトチームの座長として初会合を開いた。 2012年4月24日、民主党の人事により国土交通部門会議座長に就任した。

2012年12月16日、第46回衆議院議員総選挙大阪10区より出馬、松浪に敗れたものの比例近畿ブロックで復活し5選。ちなみに同選挙で大阪の選挙区から出馬して当選した民主党の候補者が他にいなかったため当時は民主党大阪府連に属する唯一の衆議院議員であった。

民主党下野時代[編集]

2013年7月20日

2014年9月26日、民主党ネクスト内閣府特命大臣(新しい公共・社会的包摂・消費者および食品安全・男女共同参画・子供の貧困・自殺対策・NPO)・民主党新しい公共・社会的包摂総合調査会長に就任。安倍政権の目玉政策である、いわゆる「女性活躍」法案について、政策担当として修正案策定に携わった[27]

2014年12月14日、第47回衆議院議員総選挙で大阪10区より出馬し、自治労などの政策協力候補者として支援を受けて当選。

2015年1月に政調会長代理に就任[5]。同年行われた民主党代表選挙では、元代表岡田克也の推薦人に名を連ねた[28]

2015年12月、民主党役員室長に就任[29]

民進党[編集]

2016年3月、民進党役員室長に就任[5]

2016年7月、第24回参議院議員通常選挙大阪府選挙区において民進党所属の現職尾立源幸が落選したことにより辻元は民進党大阪府連に所属する唯一の国会議員となった。

2017年民進党代表選挙では菅直人有田芳生らとともに枝野幸男の推薦人となった[30]前原誠司代表に選出された後、民進党結党後としては初めて設置された幹事長代行に任命された[31]

政策・活動[編集]

  • 菅政権では内閣官房につくられた「一人ひとりを包摂する社会」特命チーム座長代理として、元「年越し派遣村」村長の湯浅誠らと緊急提言を作成、提出した[32]
  • 選択的夫婦別姓制度に賛成[33][34]。「上司の判断で許可されない会社もまだ多いため、通称使用では本質的な解決にはならない」と述べる[35]
  • 2011年6月、超党派のNPO議員連盟幹事長として、全会一致によるNPO法の大幅改正、新寄付税制の成立に寄与。[要出典]NPO法改正は通常国会で議員達の活躍を評価する「国会『三賞』」に選ばれた[36]
  • 2012年6月に消費税増税法案の採決で賛成した[37]
  • しきしま級「あきつしま」の建造について、海上保安庁は日本の平和維持に大きな役割を果たしており、設備の整備は大事だと思っていると述べ、肯定的に評価している[38]

人物・評価[編集]

  • 著書の中で自分の政治家としての原点として「家計が苦しくなると私と弟はしばしば奈良の親戚の家に預けられたのだが、そこでも重層的な差別があった。『部落の子供と遊んだらあかん』被差別部落を差別する大人たち。『朝鮮人帰れ』さらに在日の子を差別する子どもたち。『部落の子も朝鮮人も私らもみんな同じや。なんでそんなことを言うんや』私は大人たちに突っかかっていくような子だった。トクさん(大阪で辻元がお世話になったという在日韓国人)はじめ一生懸命生きている人たちが私の周りにたくさんいたから、子ども心にそのような反発を感じていたのだ。子どもの頃のこんな体験は、その後の私の考え方や生き方に大きく影響した」と述べている[39]
  • 小泉純一郎内閣の頃、当時社民党議員だった辻元は集団的自衛権の問題の追及で「ソーリ」を12回連呼したことで話題となり、「社民党のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた[40]
  • 2017年(平成29年)にジャーナリストの常井健一から受けた取材の中で「多様性を唱える割に異なる考えに不寛容なリベラル言論人のような人だったのにずいぶんと変わった」と指摘されると、議員秘書給与事件で失脚したこと、東日本大震災の際に菅内閣の総理補佐官として自衛隊とともに仕事したこと、国土交通副大臣として海上保安庁を担当したこと、『朝まで生テレビ!』で討論した際に「もしかしたら、私の場合は政治活動家の発想で政治をやっているんじゃないか!?」と気づいたことなどをきっかけとして「考えの違う人と対立するのではなく、その意見も聞いて命や人権を守るのが政治家の仕事」というスタンスに変わっていったと述べている[41]
  • かつて辻元を間抜けな「お花畑キャラ」として漫画で描いた[42]小林よしのりと対談し、小林から「よく勉強している」「これで改憲派だったら、わしは首相に推したいくらいだ。だが例え護憲派でも、わしは辻元議員には注目していきたい。」と高く評価された[43]。小林との関係について辻元は「なんか最近、波長が合うんですよ(笑)」と述べている[42]
  • 辻元の応援団で在日コリアン3世の辛淑玉は自身についての言及の中で、「朝鮮人であるだけでなく、女であることはそんなに叩かれやすいのか。辻元清美もそう。福島瑞穂(参院議員)もそう。」と述べている[44]

発言[編集]

  • 1987年昭和62年)(浅田彰との皇室に関する話題にて)
    • 「生理的に嫌だと思わない?ああいう人達というか、ああいうシステム、ああいう一族がいる近くで空気を吸いたくない」
    • (1986年〈昭和61年〉10月に行われた天皇陛下御在位60年奉祝10万人銀座大パレード及び提灯行列について)「ものすごく気持ち悪い。」
    • 「天皇(の存在)っていうのも、日本がいやだというひとつの理由でしょ。」
    • (日本のスポーツ界を天皇と皇族に関連させて)「人生訓とか、道徳を押し付けたがるし。 でも、そういうのって、天皇とあの一族の気持ち悪さに直結してるよね。天皇制ってなくなるかな。」
    • (浅田の「無くならない。戦後直ぐに責任者として追求すべきだった。」との返答に対して)「これはもう、悪の根源。」[45][46]
      • 2017年6月8日の衆院憲法審査会で、辻元は、これらを約30年前の学生時代の発言として「考えが一面的だったと痛感し、深く反省した」と述べた[47]。産経新聞は、学生時代だけでなく衆院議員となった後の1998年(平成10年)に出版している『辻元清美の永田町航海記』で「(憲法)第一条から第八条までの天皇に関する規定を削除すべきだ」、「天皇制について、私は個人的に反対。やっぱり抵抗がある」、2000年(平成12年)出版している『辻元清美の「今からでも、変えられる」』にも「憲法第一章の天皇に関する規定、第一条から八条までを削除したらいい」、「正確には『天皇制廃止』ではない。憲法から天皇に関する規定をはずす」と著書に書いていることから憲法に規定がある以上は『天皇制』として天皇を尊重するが、本心は天皇を無くしたいということかと疑念を呈した[47]
  • 1990年(平成2年)
    • 「まだまだ真の意味での『国際化』はなっていない。よく外国人労働者が入ってくると日本文化が脅かされるのではないかという意見を耳にするが、それは全く逆。外国文化が入ってきて衝突することによって、日本の文化に対する認識は高まる。日本人の生き方のワクも広がっていく。」[48]
    • 「(日本の難民受け入れが少ないことと日系企業によるボルネオ島での熱帯雨林伐採を論じたうえで)汚されるのは嫌だと言って他人を自分の家には上げないくせに、他人の家にはずけずけ上がり込み、荒らしまわって平気な顔をしている。それが今のこの国(日本)の素顔」[49]
  • 1998年(平成10年)
    • 「私は天皇制は憲法の主権在民、法の下の平等の精神とは相いれない物だとずっと思っていた。だから天皇という存在を国家の枠組みから外し、国家が法律によって維持する制度をなくす。そうすれば天皇イコール神であっても問題ないから『人間宣言』なんてものも必要ではない。神道の儀式を行って政治上の問題になることもない。いわゆる『民族派』の人々にしても、アメリカ人の指示によってできたと彼らが主張する憲法に『象徴』などという収まりの悪い表現で規定される天皇を快く思っていなかったはず。『憲法で規定されるからではなく、日本人が自然の気持ちで崇拝するもの』と考える人々にとって、天皇がその行動を法律によって縛られ、経済的なことも皇室会議などというところで決定されることを潔しとしていないだろう。憲法1条から8条までを削除することで戦後の多くの難題も片付くのではないか。税金で維持されることがなくなっても多くの支持者・崇拝者たちが支えればいい。」[50]
  • 2000年(平成12年)
    • 「憲法について言えば、私はいま『護憲派』と言われているわけですが、本当のことを言えば、1条から8条はいらないと思っています。天皇制を廃止しろとずっと言っています。天皇制を廃止する、女が総理大臣になる、安保を廃棄する、この3つで日本は大きく舵を切れると10年前にテレビで言った(略)日本国憲法は9条から始め、天皇は伊勢にでも行ってもらって、特殊法人か何かになってもらう。財団法人でも宗教法人でもいいけど。そして、皇居をセントラルパークにし、アジア平和記念館とかをつくり、アジアの留学生を呼ぶという計画を立てている」[51]
    • 金大中大統領は『アジアの中で日本にお願いしたいこと、アジアの中でいっしょにやっていくためにお願いしたいことは三つある。憲法9条を守ってほしい、非核三原則を守ってほしい、専守防衛に徹してほしい、この三つです』と言ったわけです。やはり私たちは、憲法9条の理念を守らないといけない。とくに、北東アジアで緊張が低下しようとしているときに、憲法9条を変えますということを世界に発信するというのは、この緊張緩和の流れに反することです。私は『国益』なんていう言葉は大嫌いですけど、あえて使えば、『日本の国益を考えた場合、いま、北東アジアがこれだけ緊張緩和に向かっているときに、憲法9条を変えるなんていうことを日本が言うことは、日本の国益に反するじゃないか』と改憲派の人に言っているわけです。『国益』という言葉は嫌いだけど、相手は好きだから、その言葉をあえて使って反論しているわけです 」[51]
  • 2001年(平成13年)
    • 「(拉致問題の解決よりも優先すべき、)北朝鮮との国交正常化のなかでは、戦後補償が出てくるでしょう。日本は、かつて朝鮮半島植民地にして言葉まで奪ったことに対して、北朝鮮には補償を何もしていないのだから、あたりまえの話です。そのこととセットにせずに、「9人、10人返せ!」ばかり言ってもフェアではない」[52]
  • 2002年(平成14年)
    • 「留学生の受け入れを活発にするほか途上国やアジアの言うことを聞くというところに軸足を置く。日本は小国でいいと思っているんです。先進国グループから離脱した方がいい。」「日本は地政学的に大国になり得ない。現在も虚勢を張っている小国に過ぎない。」「日本はジャイアン(米国)にいじめられるのび太か、と言えば(ジャイアンにすり寄る)スネ夫なんです。私は日本はのび太でいいと思う。ドラえもんという憲法9条があるんだから」[53]
  • 2005年(平成17年)
    • 国会議員って言うのは、国民生命財産を守るといわれてるけど、私はそんなつもりでなってへん。私は国家の枠をいかに崩壊させるかっていう役割の、“国壊議員”や!」[54]
    • 週刊新潮、来てへんやろな」[55]
  • 2008年(平成20年)
    • 従軍慰安婦問題日本政府が「国民基金」で解決しようとしたことを反省する必要がある」[56]
    • 金融危機の震源地である当のアメリカを見てください。まさにいま、大統領選挙をやっているではないですか。両政党がそれぞれ選挙で経済政策をはっきりと示して、国民に選んでもらおうとしています。こういうところこそ、アメリカにならうべきでしょう。私は、この危機をどう乗り切るかをテーマに、一刻も早い総選挙を行うべきだと考えます。各政党が経済政策を示し、議論すべきです。「経済が大変だから選挙をしない」のではなく、正々堂々と競い合って、選ばれた政権が国民が選んだ経済政策にのっとって実行すれば、国民も納得するはずだ」[57][58]
  • 2009年(平成21年)
    • (2009年11月13日の宮中茶会で小林よしのりからの「ブッタマゲタ!辻元、何でお前がここにいるんだ!」との問いに対する回答)「なんで? 私は日本国憲法に天皇が規定されているから来たのよ」「憲法を守ってるだけ」[59][60]
  • 2013年(平成25年)
  • 2017年(平成29年)
    • 「自民党と民進党の何人かで外交安保の勉強会を開こうと準備しています。自民党のちゃんとした保守の人たちは今弾圧されていますから、水面下で非合法組織のようにじっくりやろうと思っています」[41]
    • 「もう、国会うんざりですわ。安倍晋三の顔を見るだけでいやになるというか。考えられないような政治の私物化。今、アベトモファースト。安倍さんの友達がファーストになっているんではないでしょうか。『アベトモ政治』に終止符を打ちたいと思っている」[63]

報道[編集]

  • 2011年5月10日産経新聞で「災害ボランティア活動担当、辻元清美首相補佐官の出張関連費は114万円」と、6日の出張のための費用が高額なのではないかという批判記事が報道されている[64]。同日、辻元は、事実誤認であると産経新聞に申し入れをしている。

産経新聞への提訴[編集]

2011年3月16日の産経新聞記事において、記者の阿比留瑠比が、「13日に・・・辻元清美元国土交通副大臣を災害ボランティア担当の首相補佐官に任命したことにも必然性は感じられない。・・・辻元氏は平成7年の阪神淡路大震災の際、被災地で反政府ビラをまいた。2人の起用はブラックジョークなのか。」と報道[65]

2011年3月21日の産経新聞記事において、記者の阿比留瑠比が、「カメラマンの宮嶋茂樹氏の著書によると、辻元氏は平成4年にピースボートの仲間を率いてカンボジアの自衛隊情勢を視察し、復興活動でへとへとになっている自衛官にこんな言葉をぶつけたという。『あんた! そこ(胸ポケット)にコンドーム持っているでしょう』(中略)こんな人物がボランティア部隊の指揮を執るとは。被災地で命がけで活動している自衛隊員は一体どんな思いで受け止めているだろうか。」と報道している[66]

辻元は、阿比留が根拠とした宮嶋茂樹の著書に実際には辻元がそのような発言をしたとの記述はなかったとし、辻元自身もホームページで「この非常時に公器としての報道機関がデマを拡散させたことに、厳重に抗議いたします」と批判した[67][68]

2012年1月19日、産経新聞の2011年3月16日と3月21日にの阿比留の記事について、名誉毀損の損害賠償請求を産経新聞社および記者の阿比留に対して東京地裁提訴した[69]。2013年3月22日、「被告側は原告らに一切取材しておらず、記事が指摘した事実が真実とは認められない」として産経新聞社などに80万円の賠償を命令[70]、原告・被告とも控訴せず、この判決は確定した[71]

疑惑[編集]

森友学園関連[編集]

籠池の妻のメール内言及[編集]

2017年3月24日に公開された学校法人森友学園前理事長籠池泰典の妻による首相夫人の安倍昭恵宛のメールに、「辻元清美共産党今はぐっと辛抱です(笑)」、「辻元清美が幼稚園に侵入しかけ 私達を怒らせようとしました嘘の証言した男は辻元と仲良しの関西生コンの人間でしたさしむけたようです」、「三日だけきた作業員が辻元清美が潜らせた関西なんとか連合に入っている人間らしい(略)下請け業者の社長は現場もマスコミに写し全くうめてないことをしっていて三日だけきた作業員を辻元清美は送り込みました」、「辻元清美生コンをみればある関西こうえき連合の人間をマスコミに出し社長の言い分はのせなかったそうです 国会議員の犯罪じゃないですか」などと書かれていたと産経新聞は報じている[72](毎日新聞はインターネットで全文公開した後、この部分を削除して再公開している)。これについて、民進党は、辻元が幼稚園に侵入したとする事実はなく、作業員を下請け業者に送り込んだことは虚偽であると反論している[73]。この疑惑について、官房長官の菅義偉は、民進党から辻元の名が出ていることについての説明があるのではないか、という見解を述べている[74][75]

後に菅野完が籠池の妻にインタビューした際に、籠池の妻は辻元の塚本幼稚園への侵入を確認せずにメールを書いたと述べた[76][77][78][79]

産経新聞「3つの疑惑」報道[編集]

2017年3月28日に、産経新聞は、「民進・辻元清美氏に新たな「3つの疑惑」民進党「拡散やめて」メディアに忖度要求」と題し、(1)塚本幼稚園に侵入したのか、(2)小学校の建設現場へ作業員を派遣したのか、(3)辻元が民主党政権で国交副大臣であった時期に森友学園の隣接地「野田中央公園」(14億2386万3000円)購入時に計14億262万円の補助金支給があり、豊中市負担は2134万3000円のみで国有地払い下げが行われた事実に関する疑惑を報じ、辻元について「籠池氏の発言に依拠して首相らを追及しながら、都合の悪い妻の言葉は封じようとする矛盾に陥っている。」と批判した[80]。国有地払い下げがあった年の10月の豊中市議会で「政権が代わったからこうなったのか」という質問も出ていた[80]

辻元と民進党の反応[編集]

産経新聞への質問について、民進党役員室は3月24日に(1)(2)について「一切ない」、28日に辻元は「塚本幼稚園に入っておりませんし、入ろうとした事実もございません」、「マスコミで証言をした人物は、辻元清美とは面識がございません」「送り込んだなどということも一切ございません」、「野田中央公園の用地取得に関する補助金等は、麻生政権下の21年第一次補正予算で決定されたものを鳩山政権下で引き継いで執行したものです」と回答している[81]

3月29日に民進党は、28日付けの産経新聞の報道は事実ではないとして産経新聞宛に「抗議文」を送り[82]、民進党代表の蓮舫は「3つの疑惑」報道を「ガセネタ」とし「法的措置も含めて検討している」と述べた[83]。一方、4月6日の記者会見において、蓮舫は、産経新聞の報道について、「報道の自由は保障されておりますので、産経新聞が自らの責任で見解を表明することには何ら反対はいたしません」と述べ、疑惑報道に関して反論はあるかとの産経新聞の質問についても、「特段ありません」と答えている[84][要高次出典]


政府の反応[編集]

2017年3月24日の午後におこなわれた内閣官房長官記者会見で、記者から「メールの公開に官邸の意向も働いたのか」と質問された菅義偉は、「政府としては、メールを公開することによってひとつの物的証拠にもなるわけですよね。(中略)客観的なひとつの証拠になるんだろうと思って、公開をおこなうことを先方の了解をいただいて決断した」と回答。さらに、メールの証拠性について問われると、「それはご覧になった方が判断するんじゃないでしょうか」と返答した。[85]

産経新聞の記事が出た当日である3月28日の参院決算委員会で、安倍晋三が産経新聞で報道された“元国土交通副大臣の辻元に関する「3つの疑惑」”に言及した[77]。4月7日に政府は、産經新聞が”辻元の疑惑”と記載した内容について「事実があると主張する者により提示される証拠については検証されるべきである、との趣旨を述べたもの」とする答弁書を閣議決定している[77]

 ジャーナリストの反応[編集]

産經新聞の報道および安倍晋三の「辻元議員は疑惑を証明しなければならない」という言及についてメディアが後追いすることはほぼなく、むしろフェイクニュースであることを検証する動きが見られた。評論家の荻上チキは、“辻元が送り込んだ”とされる作業員へのインタビューを敢行。産経報道の翌日の2017年3月29日に、自らが司会を務めるラジオ番組で、作業員が「辻元とまったく接点がない」と証言する音声を公開した。[86]

ジャーナリストの江川紹子は、産經新聞が一連のメールが公開されてから4日後に記事を掲載するまでに、作業員に一切確認取材がされなかったこと、作業員が辻元清美と面識がないという事実が明らかになった後も、記事の訂正がなされていないことを指摘している。[87]

また、ノンフィクションライターの常井健一は辻元が籠池妻のメール内容を否定する記者会見や法的措置を講じなかった理由について辻元に尋ね、「籠池夫人が、公開を前提としないメールで私の名前を出したこと自体は名誉棄損だとは思っていません。こんなことで民間人が国会議員に記者会見を開かれて噛みつかれたら、そんな社会は気持ち悪いと思う。それより、中身を知りながらメールの公開を決めた人のほうが気になる。私は籠池夫人の内心の自由も守りたいから、あまり騒ぎたくないんだけどな」という回答を得ている。[88]

反響[編集]

放送法遵守を求める視聴者の会は、テレビ報道の問題点の一つとして、「森友学園問題をめぐる辻元清美元国土交通副大臣の「3つの疑惑」に関する報道が少ない」ことを指摘している[89]

ケント・ギルバートは、辻元が国会を欠席してまで森友学園の実地調査を行ったことについて、「森友学園などどうでも良い問題」であるとし、「よほどネタがないんでしょうね」と批判している[90]


「デマ被害」[編集]

著書の中でネットから「デマ被害」を受けていると訴えている。もともとネットはあまり見なかったので「デマ」を深刻に考えておらず放置していたというが、近年「デマ」対策に乗り出すようになった。その理由について辻元は著書の中で次のように述べている。

私の場合、ネット検索やGoogleサジェストで名前を入れると出てくる情報の90%位がデマという状況が長く続きました。検索すると自分の公式サイトを除いて上位1ページは全部デマという時期までありました。検索するたびに『赤軍の夫がいる』『自衛隊から食料を受け取るな』『北朝鮮』といった情報が何十万件もでてきたら『さすがにそのうち一つくらいは真実なのでは』と思ってしまうのは普通なのかもしれません。卑猥な写真に私が移っている物がありますが、すべて合成写真です。たとえネットでもここまでのひどいデマや写真を見てしまえば、これだけの『憎悪』を浴びせられる存在には近づかないようにしようという防衛反応が働いてしまうことは責められません。私は『これでは仕事にならない。きちんと向き合わなければ』と思うようになったのです[91]

カンボジアPKOで派遣された自衛官に「あんた、そこにコンドームを持っているでしょう」と暴言を吐いたとされる件や阪神淡路大震災の被災地で反政府ビラをまいたとされる件については「震災に関するデマ」[92]日本赤軍と関係があるとされる件については「日本赤軍、過激派に関するデマ」[93][94]、ピースボートが過激派の資金源になっているとされる件については「ピースボートに関するデマ」[95]、ネット上に辻元のバイブレーターの写真が出回っている件については「バイブレーターに関するデマ」[96]東日本大震災の現地視察で辻元が豪勢な出張旅行を行ったとされる件については「東日本大震災時の現地視察に関するデマ」[97]、東日本大震災の際に辻元が福島県いわき市への支援物資を止めてピースボートに横流ししたとされる件については「支援物資を横流ししたというデマ」[98]金正日に会えると号泣しているところとされる辻元の写真がネットに出回っている件については「金正日に逢えると号泣したというデマ」[99]、自衛隊は必要ないと主張したとされる件については「自衛隊への認識に関するデマ」[100]、辻元が在日朝鮮人[101]帰化日本人であるとされる件については「民族を理由とするデマ」[102]、内縁の夫がいてそれが過激派であるとされる件については「内縁の夫のデマ」[103] でそれぞれ否定している。さらに2017年3月24日付けで「安倍昭恵夫人と籠池夫人とのメールにおける辻元清美に関するデマ」を加えて、自身のサイトに、合計10の「デマ」に関する否定文を掲載している[94]。辻元は街頭演説中に「デマ」を信じた人間から襲撃された被害にも遭ったと主張している[104][105][106]

バイブレーターに関する「デマ被害」
  • 2005年、親交がある北原みのりのりこえねっと共同代表)が経営するアダルトグッズショップ「Love piece club」が、渋谷のカフェで開催した女性限定のイベントにゲストとして参加した[107]。当イベントでゲストにサインをもらってオークションにかけたいと北原に頼まれた辻元はバイブレーターへのサインに応じた[108][109]。のちに、該当の品を落札したのが週刊新潮の女性記者であったことを、北原が著書で明かしている[110]。また後日北原は、「軽い気持ち」でお願いしたこの件が、辻元へのバッシング材料を与え、その原因となったことや、辻元とバイブの合成写真が広くネット上に流布し、拡散され続けていることに責任を感じ、申し訳ないと語っている[109]
ピースポートに関する「デマ被害」
  • 2015年7月13日、自民党のネット番組で、丸川珠代が「ピースボートに乗った辻元が海賊の出る海域で自衛隊に守ってもらった」、安倍晋三が「海賊対処の法案に民主党は反対だったのに助けてくれということ」などと述べた事は、デマやレッテル貼りであるとして撤回と謝罪を求めた[111]。自民党は「誤解を招く表現(ピースボートの船が自衛隊に守ってもらったのは事実であるが辻元はその船には乗っていない)となったことで、不快の念を与えたとすればおわび申し上げる」と文書で謝罪し、丸川は辻元に直接謝罪した[112]

議員連盟[編集]

清美応援団一覧[編集]

自身のホームページでメッセージ動画を寄せている著名人[114]

著作[編集]

単著[編集]

特記なき物は第三書館

  • 『清美するで!!——新人類が船を出す』1987年
  • 『ありのまま主義宣言っ!——うどん屋の娘に国境はいらない』芸文社1990年
  • 『転職して、国会議員になった』1997年 
  • 『辻元清美の永田町航海記』1998年 
  • 『辻元清美の「今からでも、変えられる」』2000年 
  • 『総理、総理、総理!!——“小泉現象”におそれず、ひるまず、とらわれず』2001年 
  • 『なんでやねん』2002年 
  • 『へこたれへん。』角川書店2005年 
  • 『いま、「政治の質」を変える』岩波書店 2012年 ISBN9784000221924
  • 『デマとデモクラシー』イースト新書 2016

共著[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 衆議院会議録情報 第154回国会 本会議 第17号
  2. ^ 公式ページ、プロフィール
  3. ^ 辻元 清美、民進党
  4. ^ 辻元清美君、参議院
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n 辻元清美、時事通信国会議員情報
  6. ^ 『政治家の本棚』朝日新聞社 (2002年04月)p.421
  7. ^ 平成16年2月12日宣告 東京地方裁判所平成15年刑(わ)第2860号詐欺被告事件
  8. ^ 朝日新聞『ポリティカにっぽん』「民社国政権発足」2009.9.17
  9. ^ 副大臣就任に「やだ、やだ、やだ!」社民ドタバタ劇に民主が溜息 産経ニュース 2009.9.20
  10. ^ 社民、辻元副大臣に代わり重野幹事長が国対委員長を代行 産経ニュース 2009.9.24
  11. ^ 大鹿靖明・著『堕ちた翼——ドキュメントJAL倒産』朝日新聞出版、2010.4.30
  12. ^ 日航再建で銀行につなぎ融資要請 対策本部、政府保証検討へ 2009年11月6日 琉球新聞
  13. ^ 株式会社企業再生支援機構による支援決定及び会社更生手続の開始決定等に関するお知らせ JALプレスリリース
  14. ^ 辻元清美BLOG
  15. ^ 辻元副大臣、予算配分伝達の馬淵氏の更迭要求は「過剰反応」 - 産経新聞 2010年2月4日
  16. ^ 朝日新聞「耕論」2010.6.4
  17. ^ AERA』「福島瑞穂VS辻元清美」2011.9.26号
  18. ^ 私の離党届提出について つじともweb2010.7.27
  19. ^ 『朝日新聞』8月19日 辻元議員の離党届受理 社民、除名処分は見送り 2010年8月19日17時54分
  20. ^ 辻元清美氏、民主会派入り…国交委筆頭理事に 読売新聞 2010年9月28日閲覧
  21. ^ 『辻元清美氏の民主党入りに、社民党・福島瑞穂党首「裏切り、良くない」』時事通信 2011/09/08
  22. ^ 『AERA』「体重5キロ減りました」2010.8.9号
  23. ^ 衆議院国土交通委員会・筆頭理事就任にあたって
  24. ^ 中国建国記念レセプション 日本の議員50人出席もあいさつなし - MSN産経ニュース
  25. ^ 民主政調副会長に辻元氏 
  26. ^ 朝日新聞 2011/10/24
  27. ^ 2014/11/12日経新聞
  28. ^ 民主代表選候補の推薦人名簿 時事ドットコム 2015年1月7日 2015年1月8日閲覧。
  29. ^ 民主党人事、大畠氏が副代表 辻元氏は役員室長に
  30. ^ “【民進党代表選】菅直人、有田芳生氏ら 枝野幸男氏推薦人”. 産経新聞. (2017年8月21日). http://www.sankei.com/politics/news/170821/plt1708210019-n1.html 
  31. ^ “<民進党>「幹事長代行に辻元氏」など党役員人事を了承”. 毎日新聞. オリジナル2017年9月13日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20170913061604/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170908-00000052-mai-pol 
  32. ^ 自身のブログ
  33. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  34. ^ マガジン9, 2010年、「日本の政治思想図はこうなっている」、2010年12月22日
  35. ^ 「女性国会議員に『選択的夫婦別姓』の賛否を聞いてみた」、女性自身、2015年12月25日。
  36. ^ 朝日新聞「政治考」、2011.9.30
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  39. ^ 辻元清美著『へこたれへん』(2005年、角川書店)107ページ
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  42. ^ a b 渦中の辻元清美に訊く「デマと保守」 文春オンライン 2017年4月1日
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  49. ^ 辻元清美著『ありのまま主義宣言っ!―うどん屋の娘に国境はいらない』(1990年芸文社)189ページ
  50. ^ 辻元清美著『辻元清美の永田町航海記』(1998年第三書館)86ページ
  51. ^ a b 『憲法公布54周年 -憲法を守り暮らしに生かす- 護憲の集い』におけるパネラーとしての発言 (2000年10月27日)
  52. ^ 「ガールズ・ビー・ポリティカル」インタビュー記事、2001年11月12日
  53. ^ 日本経済新聞「特集 小泉外交 私はこう思う」2002年5月23日
  54. ^ 2005年10月1日、アダルトイベント「女祭」での発言 週刊新潮 2005年10月13日号
  55. ^ 2005年10月1日、上記発言を行った際の前置きとして発言 『週刊新潮』2005年10月13日号
  56. ^ 「アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会」第22回報告 2008年8月10日
  57. ^ アメリカにならって「どうやって危機を乗り切るか」をテーマに総選挙を 「辻元清美のつじもとWEB」2008年10月10日
  58. ^ 麻生内閣2008年(平成20年)内に衆議院解散・総選挙を行うかに関しての発言
  59. ^ 「新ゴーマニズム宣言」SAPIO 2010年1月27日
  60. ^ 「新天皇論」小林よしのり著 小学館 2010年 p26
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  66. ^ 阿比留瑠比 (2011年3月21日). “【政論】隊員踏みにじる最高指揮官”. 産経新聞(東京朝刊) (産経新聞東京本社) 
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  86. ^ 【森友学園問題】「まったく面識もない」〜辻元清美議員に関する“疑惑”報道で「工作員」とされた作業員が証言【音声配信&書き起こし】 TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」 2017.3.30
  87. ^ 江川紹子がフェイクニュース騒動を検証…産経新聞の「辻元清美の3つの疑惑」に異議あり! Business Journal 2017.4.6
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  90. ^ 米軍基地が沖縄に多く置かれていることが差別なのか「沖縄ヘイト」という言葉に隠されたもの ケント・ギルバート 正論5月号 産経デジタル 2017年4月22日
  91. ^ 辻元清美著『デマとデモクラシー』(2016年、イースト・プレス)42ページ
  92. ^ 震災に関するデマ 辻元清美オフィシャルWEBサイト 2014年12月2日
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  94. ^ a b 自分の××をも武器にする? 辻元清美元国交副大臣を蓮舫代表も見習おう 産経新聞 2017年4月12日
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  96. ^ バイブレーターに関するデマ 辻元清美オフィシャルWEBサイト 2014年12月2日
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  98. ^ 支援物資を横流ししたというデマに関して 辻元清美オフィシャルWEBサイト 2014年12月2日
  99. ^ 金正日に逢えると号泣したというデマに関して 辻元清美オフィシャルWEBサイト 2014年12月2日
  100. ^ 自衛隊への認識に関するデマ 辻元清美オフィシャルWEBサイト 2014年12月2日
  101. ^ 辻元清美女史とリベラルの復権その他で対談をしたんですが、話が噛み合いませんでした 山本一郎 2014年12月1日
  102. ^ 民族を理由とするデマについて 辻元清美オフィシャルWEBサイト 2014年12月2日
  103. ^ 内縁の夫のデマについて 辻元清美オフィシャルWEBサイト 2014年12月2日
  104. ^ 辻元清美氏 震災・バイブ・日本赤軍等関連デマを否定 アメーバニュース 2014年12月03日
  105. ^ 今、辻元清美はデマに苦しんでいます。 辻元清美オフィシャルWEBサイト 2014年12月2日
  106. ^ 荻上チキ・著『検証 東日本大震災の流言・デマ』P.130 光文社新書 2011.1
  107. ^ LOVE PIECE CLUB オンナ祭り (北原みのりが運営するアダルトグッズストア、公式サイト)
  108. ^ 週刊新潮 2005年10月13日号
  109. ^ a b LovePieceClub「辻元清美さんに関する中傷と私の責任・謝罪」2014年12月1日 北原みのり
  110. ^ 北原みのり・著『アンアンのセックスできれいになれた?』朝日新聞出版、2011.8.30
  111. ^ 安倍晋三総裁と丸川珠代議員の発言の撤回と謝罪を 辻元清美オフィシャルWEBサイト 2015年7月14日
  112. ^ 自民、辻元氏に謝罪 インターネット番組で 日本経済新聞 2015年7月14日
  113. ^ 週刊文春、2014年11月13日
  114. ^ 清美応援団 応援メッセージ

外部リンク[編集]

公職
先代:
金子恭之
加納時男
日本の旗 国土交通副大臣
馬淵澄夫と共同
2009年 - 2010年
次代:
馬淵澄夫
三日月大造
党職
先代:
(新設)
民進党幹事長代行
初代:2017年 -
次代:
(現職)
先代:
日森文尋
社会民主党国会対策委員長
第8代:2009年 - 2010年
次代:
照屋寛徳
先代:
濱田健一
社会民主党政策審議会長
第5代:2000年 - 2002年
次代:
大脇雅子