左藤恵
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| 左藤恵 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1924年2月28日(94歳) |
| 所属政党 |
(自由民主党→) (新生党→) (新進党→) (国民の声→) (無所属→) 自由民主党 |
| 親族 | 左藤章(娘婿) |
| 選挙区 |
(旧大阪6区→) 大阪2区 |
| 当選回数 | 10回 |
左藤 恵(さとう めぐむ、男性、大正13年(1924年)2月28日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(10期)、元郵政大臣、元法務大臣。弁護士(大阪弁護士会所属)。
来歴・人物[編集]
大阪府立住吉高等学校卒業。1945年9月、京都帝国大学法学部卒業。同年10月、逓信院入省。
1969年、大阪府知事であった父・左藤義詮の在任中に旧大阪6区から自民党公認で出馬し初当選。衆議院議員連続当選10回(当選同期に小沢一郎・羽田孜・梶山静六・奥田敬和・渡部恒三・綿貫民輔・塩崎潤・森喜朗・村田敬次郎・松永光・江藤隆美・中山正暉・浜田幸一など)。自民党内の派閥では佐藤栄作→田中角栄→竹下登派に所属した。郵政大臣、法務大臣などを歴任。
1990年-1991年、法相在任中は自分が真宗大谷派の住職であるという宗教的信条から、死刑執行命令書に署名しなかった。このことについては賛否両論があったが、左藤の場合は本人の宗教的信条が関係していた点も議論となった(ただし、僧侶が死刑執行の署名を出来ないというのは不思議なことではなく、起用した側に問題があるともいえる。なお、父の左藤義詮は防衛庁長官の経験がある)。
1993年、同期当選の羽田孜、小沢一郎らと行動を共にし自民党離党、新生党結成に参加。1994年、羽田内閣の国土庁長官を務めた。その後は新進党、無所属を経て自民党に復党。
2006年4月、大阪弁護士会に弁護士登録。久保井総合法律事務所客員弁護士。
学校法人大谷学園(大谷幼稚園、大谷中学・高等学校、東大谷高等学校、大阪大谷大学)理事長(1969年11月~2009年10月)。大谷学園学園長(2003年4月~)
家系[編集]
左藤了秀(大谷学園創立者、真宗大谷派僧侶) ┃ ┣━━━ 左藤義詮(元防衛庁長官、元大阪府知事、大谷学園2代理事長) ┃ ┃ 妻 ┣━━━━━━━━━━ 左藤恵(元法務大臣、元郵政大臣、大谷学園4代理事長) ┃ ┃ 行子(大谷学園3代理事長) ┣━━━ 長女 ┃ ┃ 妻 ┃ 左藤章(旧姓:伊戸、衆議院議員) (出典:日外アソシエーツ(編集)『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』、2003年10月。978-4816918056)
関連項目[編集]
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: 水野清 |
1982年 - 1983年 |
次代: 志賀節 |
| 先代: 塩谷一夫 |
1980年 - 1981年 |
次代: 中山利生 |
| 学職 | ||
| 先代: 左藤行子 |
1969年 - 2009年 |
次代: 左藤一義 |
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