左藤恵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

左藤 恵(さとう めぐむ、男性、大正13年(1924年2月28日 - )は、日本政治家衆議院議員(10期)、元郵政大臣、元法務大臣弁護士大阪弁護士会所属)。

来歴・人物[ソースを編集]

大阪府立住吉高等学校卒業。1945年9月、京都帝国大学法学部卒業。同年10月、逓信院入省。

1969年大阪府知事であった父・左藤義詮の在任中に旧大阪6区から自民党公認で出馬し初当選。衆議院議員連続当選10回(当選同期に小沢一郎羽田孜梶山静六奥田敬和渡部恒三綿貫民輔塩崎潤森喜朗村田敬次郎松永光江藤隆美中山正暉浜田幸一など)。自民党内の派閥では佐藤栄作田中角栄竹下登派に所属した。郵政大臣法務大臣などを歴任。

1990年-1991年、法務大臣在任中は自分が真宗大谷派住職であるという宗教的信条から、死刑執行命令書に署名しなかった。このことについては賛否両論があったが、左藤の場合は本人の宗教的信条が関係していた点も議論となった(ただし、僧侶が死刑執行の署名を出来ないというのは不思議なことではなく、起用した側に問題があるともいえる。なお、父の左藤義詮防衛庁長官の経験がある)。

1993年、同期当選の羽田孜、小沢一郎らと行動を共にし自民党離党、新生党結成に参加。1994年羽田内閣国土庁長官を務めた。その後は新進党無所属を経て自民党に復党。

2000年6月、娘婿の左藤章に地盤を譲り政界引退

2006年4月、大阪弁護士会に弁護士登録。久保井総合法律事務所客員弁護士。

学校法人大谷学園(大谷幼稚園、大谷中学・高等学校東大谷高等学校大阪大谷大学)理事長(1969年11月~2009年10月)。大谷学園学園長(2003年4月~)

家系[ソースを編集]

左藤了秀(大谷学園創立者、真宗大谷派僧侶)
  ┃
  ┣━━━ 左藤義詮(元防衛庁長官、元大阪府知事、大谷学園2代理事長)
  ┃     ┃
  妻     ┣━━━━━━━━━━ 左藤恵(元法務大臣、元郵政大臣、大谷学園4代理事長)
        ┃            ┃
       行子(大谷学園3代理事長) ┣━━━ 長女
                     ┃    ┃
                     妻    ┃
                         左藤章(旧姓:伊戸、衆議院議員)

(出典:日外アソシエーツ(編集)『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』、2003年10月。978-4816918056)

関連項目[ソースを編集]


議会
先代:
水野清
日本の旗 衆議院逓信委員長
1982年 - 1983年
次代:
志賀節
先代:
塩谷一夫
日本の旗 衆議院地方行政委員長
1980年 - 1981年
次代:
中山利生
学職
先代:
左藤行子
日本の旗 学校法人大谷学園理事長
1969年 - 2009年
次代:
左藤一義