神取忍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
神取 忍
Shinobu Kandori
神取 忍Shinobu Kandoriの画像
プロフィール
リングネーム 神取 忍
本名 神取 しのぶ
ニックネーム ミスター女子プロレス
女子プロレス最強の男
身長 170cm
体重 75kg
誕生日 (1964-10-30) 1964年10月30日(53歳)
出身地 神奈川県横浜市磯子区
所属 LLPW-X
スポーツ歴 柔道
トレーナー 山本小鉄
藤原喜明
デビュー 1986年8月17日
テンプレートを表示

神取 忍(かんどり しのぶ、本名:神取 しのぶ/読みは同じ、1964年10月30日 - )は、日本の女子プロレスラー、元女子柔道家、元政治家自由民主党所属の元参議院議員(1期)。神奈川県横浜市磯子区出身。私立横浜学園高等学校卒業。所属団体はLLPW-X。現在は株式会社CINEMACTと業務提携をしている。

所属[編集]

入場テーマ曲[編集]

プロフィール[編集]

柔道家として[編集]

獲得メダル
日本の旗 日本
女子 柔道
世界柔道選手権
1984 ウィーン 66kg級

15歳から始めた柔道で、1983年から全日本選抜柔道体重別選手権(66kg級)3連覇、1984年世界柔道選手権大会3位、1983年の第1回福岡国際女子柔道選手権大会2位、1985年第3回福岡国際3位などの成績を収めた[1][2]。町道場の出身だったため厳しい体罰を受けることはなかったが[1]、柔道の総本山であった講道館からは距離を置かれていた、と語っている[3]

柔道で1988年ソウルオリンピックを目指すにはまだ3年という期間があり、その間柔道へのモチベーションが保てないと判断し、ソウル五輪選考を待たずにプロレスラー転向を決意する[4][5]。1986年に旗揚げされたジャパン女子プロレスへの入門は、周囲の勧めという説と、神取本人が履歴書をジャパン女子プロレスに送られた、と語っている文献がある[6]。もしプロレスラーにならなければトレーニングジムインストラクターになっていたと、2018年の文献では語っている[7]

プロレスラーとして[編集]

1986年、新たに発足した新団体「ジャパン女子プロレス」に入門。入門直後に「ダンプ(松本)は10秒で倒せる」と発言し、その発言がヒールとして見られる要因の1つとなり、長年「プロレスを愛していない」と思われ続けたのは、その発言にもよる[8]。ただ、柔道という縦社会に生きてきたことから、先輩は敬い、山本小鉄からの「プロレスはお互いの思いやりがあって成り立つ」という教えは守っていた[8]。入門後は山本からプロレスの基礎を教わった。練習環境が新日本プロレスと提携していたため否応なしに真面目に練習に取り組み、柔道で実績を持つ選手ということで神取だけ新日本の男子選手とスパーリングをさせられるなどのきつい練習の中でさらに技術を向上させた。その歳には柔道の習慣でつい胴着を掴むように相手選手の肉を掴んでしまい殴られたこともある[8]。1986年8月17日、ジャパン女子の旗揚げ戦・後楽園ホール大会にてプロデビュー。その初戦からジャッキー佐藤とのシングルマッチでメインイベンターを務め、ジャパン女子の「四天王(ジャッキー佐藤・ナンシー久美風間ルミ・神取)」の一角としてデビュー即団体の看板レスラーとなった[3]。その後、神取の目の負傷に端を発したジャッキーとのトラブルからジャッキーへの不信感を募らせ、1987年7月6日の試合でジャッキーの攻撃が負傷箇所にヒットした事で神取の怒りは最高潮に達し、「そのつもりなら、そういう試合をしましょうよ」と告げてジャッキーと一騎討ちでの決着戦を希望。同月18日の神奈川・大和車体工業体育館大会にて、神取いわく「(ジャッキーの)心を折る[9]」シュートマッチを仕掛けて腕を決め、ギブアップを奪った[10][11]

プロレス界初のフリー宣言を行い、全日本女子プロレスのエースで絶大な人気を誇っていた長与千種との対戦を熱望して全女と交渉した。しかし、このフリー宣言に対してジャパンプロレスは、神取とは5年契約を結んでいたと主張し、その期間内に他団体のリングに上がることは問題になる場合があると警告した。神取は労働基準法に基づいた「1年以上の拘束の禁止」を理由に弁護士を立て自らの言い分を伝えたものの、ジャパンプロレスとの間の話はまとまらなかった。このため、長与自身は乗り気だったにもかかわらず、全女側としても契約問題がクリアにならない事からゴーサインが出せず、結局長与が(一度目の)現役引退を決めたために神取が熱望していた対戦機会を失ってしまった[12]

長与との対戦が不可能となった後、フリーランスとしてジャパン女子に戻ることとなったが、全女のリングには上がれず、ジャパン女子のリングにしか上がれない処遇となった[13]。ジャパン女子の崩壊を経て1992年8月29日、新団体「LLPW(現・LLPW-X)」旗揚げに参加[14]。旗揚げの動機は、風間ルミがジャパン女子解散直前に解雇され、このまま終わるのも悔しいと思ったことである[13]

1993年、団体対抗戦では「LLPW」を背負い、全女の北斗晶と対戦し2戦1勝1敗。デンジャラス・クイーンという北斗の異名のきっかけとなる流血試合を繰り広げる[15][16]

1994年、アメリカから帰国したブル中野とのチェーンデスマッチに挑む。敗れたものの、神取はこれを自身のキャリアでのベストマッチに挙げている[11]

1995年、女子初の総合格闘技L-1に参加。自分では優勝出来ると思っていた[14]が、グンダレンコ・スベトラーナに敗れ準優勝[17]1998年の第2回大会で優勝[18]

1999年格闘探偵団バトラーツのマッハ純二(現・タナカジュンジ)に勝利[19]。また2000年天龍源一郎とシングルで対戦し、TKOで敗北した[17]

2000年1月、『Physique 神取忍写真集』(バウハウス)にてセミヌードを披露。

2002年、LLPWの代表取締役に就任[20]

2005年3月5日、秋山準森嶋猛のセコンドとしてプロレスリング・ノアに登場、相手セコンドの北斗晶と接触[21]。「(対戦相手の)天龍源一郎と(セコンドの)北斗晶が一番嫌いな人を」と秋山準に請われてのものである[22]

後楽園ホール控え室のドアを破壊したという逸話を残すなど[23]、女であるにもかかわらずその男っぷりのよさから、別名「女子プロレス最強の男」、「ミスター・女子プロレス」と呼ばれる[17]

政界入り[編集]

神取 忍
神取 しのぶ
かんどり しのぶ
生年月日 (1964-10-30) 1964年10月30日(53歳)
出生地 神奈川県横浜市
出身校 横浜学園高等学校
前職 女子プロレスラー
現職 女子プロレスラー
所属政党 自由民主党

選挙区 比例区
当選回数 1回
在任期間 2006年10月4日 - 2010年7月25日
テンプレートを表示

2004年7月、第20回参議院議員通常選挙自由民主党公認で比例区から立候補[24]。「正直さ、イラク問題とかよく分かんないんだよね、ぶっちゃけ」などの物言いで選挙戦を戦った[要出典]が、次点で落選した[25]。ちなみに、繰り上げ当選という制度がある事や、それにより自身が6年以内に参議院議員になるのが確実である事を後日ビートたけしのTVタックル舛添要一に指摘されるまで知らなかった。

2006年9月28日、竹中平蔵参議院議員を辞職したことにより自民党比例代表選出議員に欠員が発生し、10月4日に議員に就任した[26][27]。同日、参議院議長は、本名の神取しのぶに代えて、神取忍を議員氏名として使用することを許可した。同年10月12日、清和政策研究会(町村派)に入会した[要出典]

自民党が野党に転じてからは、参議院環境委員会米海軍厚木基地からの汚水流出事故などを挙げながら「米軍施設からの汚水に対して十分な対策ができることが国内法で担保されているのか」と環境大臣小沢鋭仁を問いただした[28]

2010年7月、第22回参議院議員通常選挙に自民党公認で比例区から出馬するも落選[29]

政策[編集]

  • 毎日新聞の2010年参院選候補者アンケートでは「選択的夫婦別姓制度」に対し「反対」と回答した[30]

得意技[編集]

タイトル歴[編集]

出演[編集]

テレビ番組[編集]

ほか多数

テレビCM[編集]

  • キリンビバレッジ
  • シャローズグループ
    • 税理士紹介シャローズ「代表取締役vsお悩み軍団編」(2005年3月 - )
    • 税理士紹介シャローズ「心が折れていませんか編」(2005年7月 - )

ミュージックビデオ[編集]

ライブ[編集]

著書[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 柔道体罰問題で神取が緊急提言”. 東スポWeb (2013年2月5日). 2015年12月10日閲覧。
  2. ^ 福岡国際女子柔道選手権大会 1989年〜1983年”. 柔道チャンネル. 東建コーポレーション. 2015年12月10日閲覧。
  3. ^ a b 神取忍、試合では大ケガなしもバラエティー番組で骨折”. 週刊女性PRIME. 主婦と生活社 (2015年3月8日). 2015年12月10日閲覧。
  4. ^ ジャン斉藤; 柳澤健 (2012年3月16日). “【Dropkickアンコール劇場】神取忍ロングインタビュー<前編>”. 人間風車. 2015年12月10日閲覧。
  5. ^ 神取忍が知られざる柔道家時代を明かす プロレスは正直舐めてた”. Sports Watch. ライブドアニュース (2015年6月4日). 2015年12月10日閲覧。
  6. ^ 双葉社スーパームック『俺たちのプロレスVOL.6』(2016年)59ページ
  7. ^ 『大相撲ジャーナル』2018年9月号 p.26-27
  8. ^ a b c 双葉社スーパームック『俺たちのプロレスVOL.6』(2016年)60ページ
  9. ^ なお、神取によると、事前に会社とジャッキーの了承を貰った上でのシュートマッチだったとのこと。[1] (2015年2月26日閲覧)
  10. ^ 参考文献『週刊プロレス』2014年10月22日号 pp65,
  11. ^ a b ジャン斉藤; 柳澤健 (2012年3月17日). “【Dropkickアンコール劇場】神取忍ロングインタビュー<後編>”. 人間風車. 2015年12月10日閲覧。
  12. ^ 参考文献『週刊プロレス』2014年10月22日号(通刊1761号)(ベースボールマガジン社 雑誌29684-10/22)pp63 - pp66,掲載「レスラーヒューマンストーリー」第215回
  13. ^ a b 双葉社スーパームック『俺たちのプロレスVOL.6』(2016年)62ページ
  14. ^ a b 神取忍、政界入りで眠れなくなり… 井上貴子、先輩から理不尽ないじめも”. 夕刊フジ (2013年10月18日). 2016年1月15日閲覧。
  15. ^ 俺たちの熱狂バトルTheヒストリー〈北斗晶vs神取忍〉”. リアルライブ (2015年7月16日). 2016年1月15日閲覧。
  16. ^ サンケイスポーツ 1994年11月21日 9面 など
  17. ^ a b c 痛みが身にしみた天龍チョップ…神取忍<4>”. 読売新聞 (2014年8月7日). 2016年1月15日閲覧。
  18. ^ 極上空間「7月7日(火) 第219回 ゲスト:藤原喜明×神取忍」”. BS朝日. 2016年1月15日閲覧。
  19. ^ 神取忍VS日野大介シークレットセミナー”. 株式会社ジパンゲート. 2016年1月15日閲覧。
  20. ^ 友情応援メッセージ がんばれ!!新極真会”. 新極真会. 2016年1月15日閲覧。
  21. ^ 絶対王者・小橋陥落、力皇が新王者”. 日刊スポーツ (2005年3月5日). 2016年1月15日閲覧。
  22. ^ 東京スポーツ 2005年2月23日 3面
  23. ^ ザ・インタビュー 神取忍”. 東京ドームシティ (2005年3月5日). 2016年1月15日閲覧。
  24. ^ “比例区候補者 神取忍”. asahi.com. http://www.asahi.com/2004senkyo/carta/C0101033.html 2017年12月28日閲覧。 
  25. ^ “比例区開票結果”. asahi.com. http://www.asahi.com/2004senkyo/kaihyo/pr_tousen_hireiku.html 2017年12月28日閲覧。 
  26. ^ “女子プロレスラー神取氏繰上げ参院議員に”. asahi.com. (2006年9月16日). http://www.asahi.com/culture/news_entertainment/NIK200609160007.html 2017年12月28日閲覧。 
  27. ^ “参議院議員選挙にかかる繰上補充”. 総務省. http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/kuriagehoju/kuriagehoju_2.html 2017年12月28日閲覧。 
  28. ^ 自民党の神取氏「米軍施設からの汚水に対策を」 カナロコ(神奈川新聞社)2010年4月27日
  29. ^ “神取忍氏・江本孟紀氏・敏いとう氏…落選”. ヨミウリ・オンライン. (2010年7月12日). http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2010/news/20100712-OYT1T00493.htm 2017年12月28日閲覧。 
  30. ^ 「2010参院選 候補者アンケート」毎日jp (毎日新聞社)、2010年6月26日。
  31. ^ 2014年8月17日放送分に登場。有吉反省会 2014年8月に反省した人”. 日本テレビ. 2016年12月14日閲覧。
  32. ^ “ナカイの窓”. 日本テレビ. http://www.ntv.co.jp/nakainomado/?n_sclbtn=t 2017年10月26日閲覧。 
  33. ^ SHOW-YA、23年ぶり新曲MVで念願の神取忍とタッグ ORICON NEWS 2013年7月4日 2017年8月13日 閲覧
  34. ^ “こじはるラストシングルMV解禁 まさかのプロレスに「最後だしいいかな”. 東スポWEB (東京スポーツ新聞社). (2017年2月20日). http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/653721/ 2017年2月20日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]