山中郁子

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山中 郁子(やまなか いくこ、1932年3月15日 - )は日本労働運動家政治家。元参議院議員日本共産党公認、3期)。日本共産党中央委員会名誉幹部会委員[1]秋元有子(あきもと ゆうこ)のペンネームで創作活動も行う。国文学研究資料館教授の山中光一

来歴[編集]

東京都練馬区出身。東京都立豊島高等学校早稲田大学第二文学部卒業。1952年日本電信電話公社(電電公社、現・NTT)に入社し電話交換手として勤務。同年日本共産党に入党し、後に全国電気通信労働組合(全電通)中央委員及び東京市外電話支部書記長などを務める。また、1970年に電電公社を退社した後は党中央委員会の労組部に入り、後進の育成に当たる。

1974年の参院選全国区から出馬し初当選を果たす。以後比例区から連続3期当選し、1992年引退を表明する。議員時代は党婦人局長などを歴任した。

1979年6月6日、参議院本会議にて、日本共産党代表として元号法案反対の討論を行った[2]

政界を引退した現在は鹿児島県に移住、同地の日本民主主義文学会会員として小説を執筆している[3]

主著[編集]

山中郁子名義[編集]

秋元有子名義[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 名誉役員と顧問を承認 あらたに31氏 日本共産党第21回大会 1997年9月26日
  2. ^ 官報 (号外)(PDF) 24-25頁(通号 582-583頁).昭和五十四年六月六日.国会会議録検索システム。2017年3月28日閲覧。
  3. ^ 『倦まざりて来たりし-私的覚書と半生の記』紹介文光陽出版社ホームページ

関連項目[編集]