吉田忠智

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日本の旗 日本の政治家
吉田 忠智
よしだ ただとも
Tadatomo Yoshida cropped 2 Masaharu Nakagawa Mizuho Fukushima and Tadatomo Yoshida 201204.jpg
生年月日 (1956-03-07) 1956年3月7日(60歳)
出生地 日本の旗 大分県臼杵市
出身校 九州大学農学部卒業
前職 自治労大分県職員連合労働組合委員長
参議院議員
所属政党 社会民主党
称号 農学士(九州大学・1979年
サイン Yoshida-Tadatomo-Signature.png
公式サイト 吉田ただとも | オフィシャルサイト

選挙区 比例区
当選回数 1回
在任期間 2010年7月26日 - 2016年7月25日

当選回数 3回
在任期間 2000年 - 2003年
2003年 - 2007年
2007年 - 2010年4月
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吉田 忠智(よしだ ただとも、1956年3月7日 - )は、日本政治家。前参議院議員(1期)、社会民主党党首(第4代)。

自治労大分県職員連合労働組合委員長大分県議会議員(3期)、大分県議会決算特別副委員長、大分県議会商工労働観光企業委員長、大分県議会福祉保健生活環境副委員長、大分県議会予算特別副委員長、県民クラブ幹事長、社会民主党参議院国会対策委員長、社会民主党参議院幹事長、社会民主党政策審議会長などを歴任した。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

1956年3月7日、大分県臼杵市生まれ。大分県立鶴崎工業高等学校に入り陸上選手を目指すも、膝の故障で断念し、進学に進路変更する(ランニングや筋力トレーニングは、議員となった今でも自彊術を取り入れつつ日課として続けている)[要出典]

1年の浪人生活を経て、九州大学農学部に入学し、卒業。大分県庁に農業土木の技術職員として入庁。労働組合活動を通じて、自治労大分県職員連合労働組合(大分県職労)で書記長、執行委員長を歴任[1]

県政にて[編集]

その後、国会へと転身した重野安正の後継として大分県議会議員となり3回当選。大分県議会では、決算特別委員会、福祉保健生活環境委員会、予算特別委員会にて副委員長を務めた。

2003年には、大分県議会の商工労働観光企業委員会にて委員長に就任した。また、大分県議会の会派である「県民クラブ」にて、2008年より幹事長を務めた[1]

国政にて[編集]

2012年4月社会民主党党首福島瑞穂(中央)とともに内閣府特命担当大臣(男女共同参画担当)中川正春(左)からポジティブ・アクション導入の検討を求める要請文を受領

2010年第22回参議院議員通常選挙社会民主党公認で比例区から立候補し、同党の候補者の中では福島瑞穂に次ぐ2位の個人票を集めて、初当選した。なお、大分県職労から大分県議、国会議員になった経歴は、村山富市・重野安正と同じである。

社会民主党の参議院議員団においては、2010年より参議院国会対策委員長を務め、2011年には参議院幹事長に就任するなど、要職を歴任した。2013年には、社会民主党本部の政策審議会長に就任した。

2013年9月26日、同年7月の第23回参議院議員通常選挙における社民党大敗の責任をとる形で党首を辞任した福島瑞穂の後任を決める党首選への出馬を表明。

同年10月14日、17年振りとなる党首選で石川大我を破って第4代党首に選出された[2]

同年10月29日、「脱原発」を訴える元内閣総理大臣小泉純一郎と会談し、意見交換した[3]

2016年7月10日に執行された第24回参議院議員通常選挙にて落選し、7月14日に社民党党首を引責辞任する意向を表明[5]。しかし、9月1日に開催された社民党常任幹事会の意向を受け入れて続投することとなった[6]

活動[編集]

1994年村山内閣が「自衛隊合憲」を表明した際、大分県職労書記長在任中であった吉田は、同郷で大分県職労出身の組織内議員だった村山を支える立場にいたことから、労組の会合で激しい批判にさらされたとされる[7]。なおこの件に関しては、社会民主党党首に就任後、報道の取材において「十分な議論や国民の理解を得ることなく政策転換し、社民党の議席を減らすことになった」と述べており、党が低迷する大きなきっかけをつくったのは、村山が首相当時に打ち出した「自衛隊合憲」だったとしている[7]

第22回参議院選挙では、ソフトバンクモバイルのキャンペーン名と自身の名前の読みが同一であることに着目し、陣営では同キャンペーンを模したポスターを掲示する戦術を展開した[8][9]。なお、これについて、携帯電話会社側は同じ読みでも意味合いが全く違い問題ないとしている。また総務省も特定企業の宣伝にはならないという見解を示している[10]。また、携帯電話会社でも、吉田陣営にパロディにされたキャラクターを「選挙に出馬」させるCMを放送した。なお、キャッチコピーは「ただともの国を一緒に」というものであった[11]

政策[編集]

文書に賛同した19人は衆議院議員では民主党の篠原孝生方幸夫 ・社民党の吉川元 、参議院議員では民主党の蓮舫小川敏夫藤田幸久相原久美子有田芳生石橋通宏小西洋之難波奨二野田国義大島九州男田城郁徳永エリ森本真治・社民党の吉田忠智福島瑞穂又市征治だった。[13]


  • 選択的夫婦別姓制度に賛成[14]。「選択的夫婦別姓について、選択肢を加えることは、同姓にしたい人には何の影響もなく、より広いニーズにこたえることができる。日本の男女平等の指数は世界で105番目。」と述べる[15]

役職[編集]

  • 大分県体育協会常務理事[1]
  • 大分県地方自治研究センター理事[1]
  • 大分モンゴル親善連絡事務所世話人[1]
  • 社会民主党大分県連合副代表[1]
  • 連合大分議員懇談会副幹事長[1]
  • 大分県自治体議員団会議幹事長[1]
  • 大分県ウエイトリフティング協会会長(2003年~)[1]
  • 大分県バンドテニス協会会長(2005年度~)[1]
  • 大分舞鶴高校ラグビー部後援会顧問(2004年度保護者会長)[1]
  • ネットワーク「地球村」会員(日本最大の環境NGO)[1]

所属団体・議員連盟[編集]

人物[編集]

  • 趣味:登山、旅行、映画鑑賞、読書、犬の散歩[1]
  • 家族:妻、長男、次男[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 公式プロフィール
  2. ^ “社民党党首選、吉田忠智氏が若手振り切り新代表に”. 産経新聞. (2013年10月14日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131014/stt13101415230001-n1.htm 2013年10月14日閲覧。 
  3. ^ “小泉元首相、脱原発へ世論喚起=「主張続ける」-吉田社民党首と会談”. 時事通信社. (2013年10月29日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201310/2013102900682&g=soc 2013年11月3日閲覧。 
  4. ^ 第70周年 光復節中央記念式典 東京韓国商工会議所
  5. ^ “社民・吉田党首、辞任の意向表明”. 日本経済新聞. (2016年7月14日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS14H37_U6A710C1PP8000/ 2016年7月17日閲覧。 
  6. ^ “吉田党首が続投=非国会議員、辞意を撤回-社民”. 時事ドットコム. (2016年9月1日). http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090100313&g=pol 2016年9月1日閲覧。 
  7. ^ a b “たそがれる護憲=社民弱体化で失速【戦後70年】”. 時事ドットコム (時事通信社). (2015年5月13日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201505/2015051300307&g=pol 2015年5月13日閲覧。 
  8. ^ ’10参院選おおいた:「ただとも」さん、比例代表で初当選 - 2010年7月12日 毎日jp(毎日新聞)
  9. ^ 選挙:参院選 民主大敗 「反菅」1人区直撃 県連、口々に反省「与党の重責、痛感」 - 2010年7月12日 毎日jp(毎日新聞)
  10. ^ 政治漂流2010参院選 参院選ポスターに犬の「お父さん」 SB「ただとも」に「ただ乗り」? - 2010年7月1日 J CASTニュース
  11. ^ 白戸次郎|softbank -softbank
  12. ^ 『朝鮮学校差別問題で院内集会/国会議員など日本人士も参加、180余人 〝許さない!子どもたちへの差別〟』(朝鮮新報)
  13. ^ 米大統領宛に集団的自衛権行使容認「不支持」を要請 蓮舫氏ら 産経新聞 2014年4月21日 2014年4月29日閲覧。
  14. ^ 金曜アンテナ2013年9月13日
  15. ^ 参議院予算委員会、2014年2月6日。

外部リンク[編集]

党職
先代:
福島瑞穂
社会民主党党首
第4代:2013年 -
次代:
現職
先代:
阿部知子
社会民主党政策審議会長
第8代:2013年
次代:
吉川元