青山繁晴

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青山 繁晴
前職 シンクタンク経営者
現職 経済産業委員会
予算委員会
北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会
資源エネルギーに関する調査会
所属政党 自由民主党
公式サイト 青山繁晴事務所

選挙区 比例区
当選回数 1回
在任期間 2016年7月26日 - 現職
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あおやま しげはる
青山 繁晴
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青山繁晴(TCR懇話会にて)
生誕 (1952-07-25) 1952年7月25日(65歳)
日本の旗 日本 兵庫県神戸市長田区
住居 日本の旗 日本 東京都
国籍 日本の旗 日本
教育 学士
出身校 早稲田大学政治経済学部
職業 共同通信社政治部記者
シンクタンク経営者
安全保障および国家政策研究員
作家
活動期間 1979年 - 現在
団体 独立総合研究所
テレビ番組 FNNスーパーニュースアンカー
たかじんNOマネー〜人生は金時なり〜
青山繁晴が答えて、答えて、答える!
肩書き 参議院議員
前独立総合研究所代表取締役社長
近畿大学経済学部客員教授
配偶者 青山千春
子供 青山大樹(長男)
次男
公式サイト http://shiaoyama.com/

青山 繁晴(あおやま しげはる、1952年7月25日 - )は、日本政治家参議院議員安全保障および国家政策研究員作家。前独立総合研究所代表取締役社長、近畿大学経済学部総合経済政策学科客員教授(国際関係論)、東京大学教養学部非常勤講師[注 1][1]。夫人は水産学研究者・水産学博士で、東京海洋大学准教授、同研究所取締役自然科学部長の青山千春、長男は同研究所社長の青山大樹[2]

来歴[編集]

生い立ちから就職以前[編集]

兵庫県神戸市長田区生まれ。3人兄弟の末っ子[3]として育った。[注 2]日本キリスト改革派教会付属長田幼稚園の通園を経て[注 3][7][8]、1971年3月、淳心学院中高等学校を卒業。同年4月慶應義塾大学文学部に入学するが、1974年2月に中退。同月中に早稲田大学政治経済学部を受験し合格。同年4月、入学[9]。その後共同通信社採用試験に合格。[注 4][10]。 1979年3月 早稲田大学政治経済学部を卒業[11]

共同通信記者時代[編集]

1979年4月、26歳で共同通信社に入社[11]。2か月の新人研修後、徳島支局へ赴任。[注 5][注 6]。1983年6月に京都支局へ異動[注 7]。1984年4月、大阪支社経済部に異動。[注 8]。1987年4月、東京本社政治部に異動。[注 9]1995年12月、外務省サブキャップを担当。1996年12月、ペルー日本大使公邸占拠事件発生直後にペルー入りし、共同通信ペルー特派員として半年間ペルーに滞在して事件の一部始終を取材した。1997年12月31日、共同通信社を依願退社。[注 10]

三菱総研研究員、独立総合研究所設立以降[編集]

1998年1月1日付で株式会社三菱総合研究所に入社、国家戦略立案の専門研究員となる[要出典]

2000年4月、小説第1作「夜想交叉路」で第90回 文學界新人賞にノミネートされた[注 11]、しかし90回の新人賞は該当者無しとなる。その後、11年3か月ぶりに小説を脱稿した[注 12][14]。 同年5月、中川暢三市長時代の兵庫県加西市の「加西市総合計画特別審議員」を委嘱される[15]。 同年6月には関西テレビの選挙解説者を委嘱される。2015年3月に至る迄、選挙解説、ニュース解説として『スーパーニュースアンカー』に番組参加(出演)していた[要出典]

2002年4月1日、有限会社独立総合研究所を設立。[注 13]同年5月には経済産業省の総合資源エネルギー調査会の専門委員に任命される。2006年1月、カタールの中東戦略会議に参加。間に招待されない年もあったが、2012年も日本から1人の参加となった[16]。2006年7月原子力安全・保安部会原子力防災小委員会 危機管理ワーキンググループ[注 14]委員[17]に四たび任命(現職)。2006年12月原子力委員会・専門委員(原子力防護専門部会所属)に就任。[注 15] 2007年1月 海上保安庁の公式政策アドバイザーに就任(現職)[11]。2007年4月 近畿大学経済学部・国際経済学科の客員教授[18](国際関係論)に就任(現職)。[注 16]

2013年9月26日、レギュラーコメンテーターとして番組参加(出演)していた、『ザ・ボイス そこまで言うか!』(ニッポン放送)の青山が出ていた放送回が「平成25年度 日本民間放送連盟賞 番組部門ラジオ教養番組」で優秀を受賞[要出典]

2016年6月20日大阪市北区帝国ホテル大阪にて記者会見を行い、通算8回目の出馬依頼を受諾し、第24回参議院議員通常選挙自民党公認で比例区から出馬する事を表明[19][20]し、比例区全体の6位である48万1890票を獲得し当選を果たした[21]。 また、選挙結果の当落関係無く、6月30日付で独立総合研究所の社長職を退任する事を発表した[要出典]

参議院議員当選以降[編集]

  • 2016年11月10日、所属する経済産業委員会の資源エネルギーに関する調査会にて、 改正 石油天然ガス・金属鉱物資源機構法の審議で、世耕弘成経済産業大臣等に対し初めて委員会質問を行った[22]
  • 参議院議員を「1期6年しかやらない」と厳然に公言している。[23]またその際に、政治家には納期が必要と峻厳に断言している。以上より、(衆・参国会議員の任期の通算が6年間を下回らない限りは)参議院選挙再出馬はおろか、衆議院議員への転身も公約破棄、即ち有権者を玩弄した上での裏切りとなるため"爪を剥がされようと"[注 17]一切ないと考えられる。

人物像[編集]

東京で開催されたTCR懇話会にて

座右の銘は「脱私即的」。[注 18][24][25]他にも、「深淡生」[注 19]も座右の銘として挙げている[要出典]。また、「武士道精神」を重んじ、『葉隠』を愛読している[26][27]。肩書きは、「実務家」である。[注 20]2002年4月から2016年までは、「独立総合研究所 社長」としていた。[注 21][28]

エピソード[編集]

  • 高校卒業後は慶應義塾大学文学部に進学。その後、慶大を中退して早稲田大学へ入学した[注 22][29]
  • 共同通信への就職活動時、年齢制限で断られるも願書を取り寄せた[注 23]面接時には三次面接では、面接官[注 24]と、最終面接時では当時社長[注 25]大喧嘩したが、結局合格した。そのため実家に帰宅した際、母親から「逆転ホームランやな」と言われた[30]。但し、青山が共同通信を退職する際、最後まで反対したのは原であった[30]
  • 1984年、日本レース株買い占め事件で許永中を追っている際に、当時住んでいた京都市伏見区の自宅マンションに匿名の脅迫電話を受けたことがあるとしている[31]
  • 政治部記者時代に、妻である千春が大学に戻る際、航海士の受験を認めない動きがあった[注 26]ので、関係省庁や国会議員に対し抗議をした。[注 27]結果、千春は航海士の試験に受験が認められ、合格したので大学に復学出来た[32]。また、自宅と会社と取材先を育児のために往復する日々を過ごした。[注 28][33]
  • 記者時代から通して、過去7回、政治家への出馬を打診されたことがあった。[注 29]その時に母親に相談したが、背筋を正し[注 30]怒られた。[注 31]また、第23回参議院議員選挙でも、自民党から出馬の打診はあったが、結局「家族の反対」を理由に断った[34]
  • ペルー日本大使公邸占拠事件後に共同通信を退社したが、その理由はペルー事件の取材手法で取材協力者について、橋本龍太郎総理大臣から当時の共同通信社長に問合せ、一切その手法を明かさなかった。以前の社風と変わったことも共同通信を退社する理由の1つになったと吐露している[29]。また、ペルー事件をキッカケに退職していなかったら、新聞労組所属の共同通信労組の書記長に就任する予定だった[35]
  • 海外留学経験は無いが、2016年時点でも実務的議論が出来る程の英語力を持っていると主張している。つまり、共同通信社から初海外出張時、通訳を「必要ない」と答えた。[注 32]そして海外に行って耳から聞いて覚え、滞在2日目に相手が何を話しているか理解できるようになりそのまま喋れるようになったと語っている。また、中国へ1人で行く前に成田空港にて本[注 33]を使用し、北京でタクシー乗車時に行き先はメモで伝えた上で[注 34]、「ゲオファキャオ(領収書ください)」をネイティブな中国語で話したことを人民解放軍の将軍に話したら大ウケして、会議の雰囲気が和んだと主張している[36]
  • "米語"を喋ると自称しており、メディア参加(出演)中も度々披露する。それは"Pasific"のアクセントを第一音節に持ってきたり[37]"Haven"を"逃げ場としての天国みたいな場所"と説明する[38]など、一般的な辞書に載るようなアメリカ英語とは違う青山独創の穎脱したるもの[39][40]である。それ故にケント・ギルバートと共演(青山は参加)した際には、普通のアメリカ英語に基いて喋っていた彼との会話に齟齬を来していたが、それを何らかにより察知し一般的な米語での説明を加えた。その時には"視聴者が勘違いしないように"という名目を要領よく付与する事で抜け目無さを見せた。
  • 記者時代よりも多忙の中、仕事が軌道に乗ると8〜10日位家に帰れない日が続いた。そのため、大手町の会社から神田の銭湯へ行き、会社の床にダンボールを敷いて会社に寝泊りしてレポートを纏める日々を過ごすようになった。また、三菱総研入社以降、2016年に至るまで休日を1日足りとも取得していないと主張している[41]
  • 2013年2月7日放送のニッポン放送「ザ・ボイス そこまで言うか!」において、中国海軍から自衛隊艦船へ向けて射撃用レーダーが照射されたとの報告が防衛省・自衛隊から(官邸に)上がっていながら、菅政権野田政権は国民にこれを一切伝えず握り潰したと発言したが[42]、翌2月8日の衆議院予算委員会及び、2月27日の参議院予算委員会で防衛大臣の小野寺五典が、そのような事実はなかったと否定[43][44][注 35]
  • 参議院選挙期間中、公示日である2016年6月22日に天王寺駅から大阪高島屋前へ移動中街宣車が交通事故を起こし、むち打ち状態で選挙戦を戦った[47]
  • 週刊文春の2016年7月7日号にて、青山が共同通信時代のペルー事件の取材に関して経費を私的に使い込んでいたとして退社に追い込まれたとの記事を掲載した[48]事に対し、文春の取材に対して反論をおこない[48][49]、虚偽の内容で選挙妨害に当たるとして、7月2日に週刊文春の記者と文春を東京地検特捜部に刑事告発した[50]。その後、2017年1月に特捜部から告発の受理の有無についての解答が来た事を明かした[51]。また、取材費の退職金からの相殺については、月刊Hanadaの編集長である花田紀凱は自身の取材として、「高額の取材費計上されるケースは理解出来る範疇であり、記事を掲載した文藝春秋社の松井清人社長が安倍政権を「極右の塊」と認識しているので、中傷記事が掲載される事は時間の問題であり、特段問題が無いことである」と見解を示した[52]
  • 議員バッジについて「自分が議員になって付けるわけにいかない。(国会の)外で付ける理由ない。(バッジを付けている議員は)偉そうにしたいから付けてるんじゃないか?」との内容を発言した。[53]

趣味・嗜好[編集]

交友関係[編集]

  • 共同通信時代の安倍晋太郎外務大臣担当時代から、当時安倍事務所の秘書をしていた安倍晋三と親交があり、渋谷区富ヶ谷の安倍邸を訪問したことがある。ただし、安倍の主義主張には是々非々で議論していることを常々強調している[要出典]
  • 交友関係は主義主張が反対の友人が多く、記者時代からリベラル派の簗瀬進保守西村真悟といった弁護士出身の国会議員らと親しく、政治部記者時代は外務省担当時に当時:朝日新聞の記者であった吉田慎一テレビ朝日ホールディングス代表取締役社長、西村陽一朝日新聞社取締役がいる[66]
  • 学校法人森友学園の前理事長、籠池泰典とも親しかったが現在は知らぬ存ぜぬを貫いている。
  • 田母神俊雄とテレビ番組で共演(青山は参加)した際、田母神に対して「いつも閣下と呼んでいる」と明かした上で「閣下!閣下!」と嬉しそうに連呼したり、田母神の肩や腕の辺りを何度も何度も手のひらで触りながらスキンシップを取るなど、昵懇の様相であった。[67]しかし、田母神の逮捕後に参加(出演)したラジオ番組では素っ気なく「ぼくはじつは(田母神と)親しいお付きあいはないんですけど」と告白した。[68]

健康[編集]

  • タバコについては、学生時代に長兄と同居時にKOOLを勧められて吸っていたが、後に金欠になり止めてしまった。また、栄養ドリンクについても効果が全くでない体質であると吐露している[69]
  • 過去、スキーを滑走している最中に足の骨を3回位折っているが、2009年2月27日、出張で訪れていた長野県内で2時間の空き時間中滑走していたら、ジャンプ台でジャンプして墜落。左側の腰椎横突起5本を骨折した。
    当時、消防大学校の講師をしていたため、自ら119番通報出来ず、人を介して通報し運ばれた。その後、入院中の病院から抜け出し、長野県から東京都の自宅まで自身で運転して戻り、翌日の佐賀県内で催された講演会に復帰した。その後の病院での検査では、歩行障害残ると医師から告知されていたが、今では腰椎の筋肉が強化され以前より調子が良くなったと回想している[69][70]
  • 2010年11月3日、『FNNスーパーニュースアンカー』の番組参加後、関西テレビから近い病院に搬送され、尿路結石に罹患したことを明らかにした。1日わずか2時間の午睡時にも眠れないほどの激痛だったが、前年の2009年に出張で浜松駅に居た時にも同様の痛みがあったが、そのままにしていた事が原因としている[71]
  • 2010年11月1、2日の人間ドックで大腸にポリープが見付かり[72]、内視鏡での除去手術を受けた。その後、切除されたポリープを病理解剖に回し、検査結果が初期の大腸がんと診断され、2011年2月17日に切除手術を受け[73]、退院の間も病院を抜け出し仕事を行っていた[74]
  • 2011年3月7日の朝に腸閉塞に罹患したことを明らかにした。3月9日に腸が破裂する位の状態で青山の自宅近所の開業医から点滴治療を受けた後、番組参加する予定だった『FNNスーパーニュースアンカー』を休んで、腸が破裂する可能性があったのに関わらず、羽田空港から伊丹空港を経て大阪へ入り、番組内で告知した尼崎市内で催された講演会にて講演後、帰りの東海道新幹線車内のトイレの中で泡を吐き続けながら新大阪駅から品川駅まで戻り、大腸癌を切除した病院へ入院して事無きを得た[75]
  • 2015年、無呼吸症候群のため、口蓋垂を切除した[76]
  • 2015年時点で睡眠時間は1時間30分位が殆どのため、現在の秘書からスマートフォンアプリケーションで睡眠管理しており、睡眠の深さを確認することが習慣になっている[77]

主張[編集]

憲法[編集]

現行の日本国憲法連合国軍による占領下連合国によって作られたものとし、ハーグ陸戦条約にも抵触すると主張している[78]。また、改憲論者だが、自民党の憲法草案には反対で、大日本帝国憲法を含め、オリジナルの憲法を作り直すことが必要だと主張している。
  • 憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」については、「国連加盟国192か国それぞれ全ての国に、国別に192通りの公正と信義があるにもかかわらず、日本国憲法前文は、あたかも唯一の公正と信義があるかのような記述になっている。「国情により異差のある公正と信義」を認識していないのが日本国憲法前文であるとし、これでは日本国民を守ることは出来ないという見地に立っている。 故に、抑止のための軍事力は必須のものである」と主張[79]
  • 日本国憲法第9条については「『国家国民をどうやって守るのか?』ということが一切書かれておらず、改憲しないのであれば、未来を見据えて、どうやって守るのかが書かれた第三項または、九条のもとに安全保障基本法が必要だ」「九条と前文は対になっており、本来九条で書かれるべき国民を守る手段は前文(平和を愛する諸国民の…)に書かれているが、国際社会においては諸国それぞれの国益において信じる正義があって、あたかも唯一同一の『公正と信義』があるかのような認識の憲法では、本当に日本国民を守ることはできない」と述べている。また、以下のように主張している[80]
  • 1項は、戦争の反省に立った不戦の誓いであると同時に、過去の否定であるとの認識。自衛隊が出動するということは、例えば沖縄県を巡り中国国際紛争が勃発した際、憲法ではこれを禁じている。しかし自衛権を行使する時は、当然国際紛争になっているので、何故自衛権が必要なのだろうか。揉めているからこそ自衛権が必要なのであり、本来ならばこの項は「不当な侵略には用いない」と記述すれば充分とし、致命的な「武力による威嚇」も永久に放棄すると定めているという解釈をされるので、改正すべきと主張[80]
  • 2項には、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とあるが、「その他」の定義が何も無いので国民がどんな目に遭っても戦う手段が無く[81]、「その他の戦力」も認めないとなると、何でもない日常の生活道具が「その他の戦力」に変わってしまうので、文面通りだと四肢を切り落とさなければならないと指摘している[82]。「交戦権を持たない」と明記されているが、これも、帝国軍隊を持たないという過去の否定であると認識。我が国は、国の交戦権を認めていない。交戦権を認めていない日本を、フランスなどは信じられないという態度で認識しており、交戦権を認めないということは、具体的に言えば、国民が他国に拉致されても取り返しにいけないということだと解釈されており、9条は武装解除のための憲法だとしている[83]。また、今まで現行憲法と憲法英原文を比較する機会が隠されていたので、憲法を自分の言葉で作る機運が無かったと指摘している[84]。また、拉致被害者を取り返すために他国では自国の軍を使ってでも取り返すのに、日本は憲法9条の1項、2項の縛りがありできないので、今すぐにでも改憲をして取り返さないと拉致被害者と被害者家族の年齢を考えたら時間が無いと主張している[85]
  • 日本国憲法第65条 で、最終責任者について唯一触れているのが憲法65条のみであり、その内閣の物事の決め方は閣議での全会一致で、条文を「行政権内閣総理大臣に属する」という形に改正すべきだとし、これにより責任の所在が行政という曖昧なものでなく、首相に帰結する。それにより首班指名に直結する総選挙への有権者の意識も変わるし、首相自身の意識も変わると主張。
  • 日本国憲法第96条 改正条項に関連し、青山は共同通信社時代に憲法を作成した米国人への取材を行い、96条について質問したが「96条について全く当時は問題にならなかった」「日本人はいずれ憲法改正をするに決まっている、だから最初のハードルを高くしただけの話だ」とのコメントを得たことを紹介し、「この憲法を変えずに来たのは私たち自身なのだ」と述べ、96条を使って改正し、改正を重ね、広げ、最終的には全面的に新憲法誕生にこぎ着けるべきと主張している[85]

国防[編集]

  • 国民防衛を主眼とする「国民軍」の創設を主張している[86](志願制の国軍[87])。同じ敗戦国のドイツは1950年に新しい軍の創設を行い、1955年にドイツ連邦軍を発足ができたことを振り返りドイツが立派で日本が愚かという観点で考えず、世界は戦争に負けた時どうするかを考えて来て、日本は一度も戦争に負けて来なかった差があるという指摘をしている[88]
  • 日本固有の武士道の精神に基づき、戦いに無関係である一般市民を無差別に殺傷する核兵器の使用には、「世論が核保有に傾き、核保有反対が少数意見になろうとも、私は命ある限り核(兵器保有)に反対する」として一貫して反対の立場を貫いている。[89][90]

エネルギー問題[編集]

自前資源[編集]

ウーマンズフォーラム魚全国シンポジウムで紹介されたメタンハイドレート。壇上スクリーン右下の人物が青山
  • 日本周辺の資源開発を進めるべきという立場で、メタンハイドレートが日本のエネルギー問題を解決する切り札と見ており、アジア諸国への安価で輸出の可能性があるので、メタンハイドレートは日本人のためだけでなくアジアの希望でもあると主張[91]。また、その他にも日本列島近海で採掘出来る、熱水鉱床レアアースを含めて勃興させるべきと主張している[要出典]
  • 2004年以降、青山は独研の自然科学部長である千春から、表層型メタンハイドレート調査の業務報告を受けるようになり[92]、その中で海底でむき出しで取り出し易く、商用化し易い表層型の研究予算が付かず、海底深く砂と分離しないと採掘出来ない太平洋側の砂層型ばかり研究開発費用が優先される状況を変えるため、「表層型メタンハイドレートの普及活動」を国会議員、官僚、文化人、マスコミ、民間企業人に対し行っていった[93]。内閣、経産省、学会は太平洋側の砂層型に重点を置いて調査研究をしているが、商用化し易い表層型から開発を行い勃興すべきと主張[注 38][94]。当時から、独研としてその予算を1円たりとも受け取っていないことを青山自身が明言している[95]。青山自身、参議院選挙での公約は過疎に苦しむ日本海側の街に資源産業を勃興し、経済活動を生むことを公約に掲げ選挙に出馬、当選後、民間時代と比較にならない程、生産技術研究や情報公開度が変化したと主張。
  • 日本の大手総合商社が参画している、ロシアのサハリン-2 プロジェクトLNG共同開発事業には批判的で、外国に頼った資源開発は意味が無く、過去ロシア政府が外国、日本企業の出資比率を反故にしたサハリン2事件の経験から、安倍政権のロシアとの経済特区事業構想で表面化した、日露天然ガスパイプライン事業についても批判的である。経済的な観点、安全保障の観点からも安価の自前資源を産業化させることが先であるとの主張。

原子力行政[編集]

  • 福島第一原子力発電所事故[注 39]が発生後、2011年4月15日、福島第一原子力発電所から20km以内が警戒区域に指定される直前に発電所周辺で、2011年4月22日には、原子力安全保障専門家としては初めて原発構内に立ち入って吉田昌郎福島第一原子力発電所所長と意見交換を行い、視察について吉田所長の対談映像を含めた詳細な報告をおこなった[96][97][98][99][100][101][102][103]。原子力委員会の専門委員を務めていることから、同年5月13日の参議院予算委員会に参考人として召致され答弁した。答弁で、「原子炉建屋は実は津波の直撃を受けた段階ではまだしっかりしていた」、「実際は事象、事故が始まった後の判断ミスなどによる対応の遅れによって水素爆発が起きて、放射性物質の漏えいの大半も、全てではありません、正確に申しますが、多くのものもその事後の言わば判断ミスや操作ミスによって起きた人災と考えるべき」などと主張した[104]。なおこの件に関しては政府、国会、民間の調査団体等が運転員の証言や運転日誌などの状況証拠に基づいていくつかの検証を発表したが[105][106][107][108][109][110]、2013年5月に最終的に東電が事故当時の発電機の起動状況を示す電流・電圧記録を公表し、2011年3月11日午後3時36分59秒に津波によって原子炉の電源が喪失していたことが明らかになり、青山らの説は否定された[111]

メディア[編集]

  • 日本のメディアのパターンとして、映画、テレビドラマの様に特ダネを求める記者像とは全然違い、特オチを気にしており、大手新聞社の東京最終版の一面に載っていない記事が出ないようにする、横並び体質を批判している[112]
  • 日本を褒める物は売れないと考えの違うメディアの人間との酒の席で言われることもあり何度もストレスが溜まると吐露している[113]
  • 朝日新聞吉田調書ならびに吉田証言の記事取り消しの謝罪内容を聞いていると、自分たちは悪く無いと論点をすり替えていると見て取れる。押し紙等で実際の販売部数が幾ら減ってるか分からないが、記者、社員の給与水準見直しやリストラを加味する必要が無い位、2015年時点で購読者がいるから、体質が変わらずにいる。但し、青山自身は朝日新聞を宅配定期購読していることを常々発信し、その理由は「考えの違う相手の主張を確認し、記事の執筆手法でどの役所の官僚や政治家に取材したかが分かるため」としている。2015年からは、並行し産経新聞も宅配定期購読をしているが、官僚や政治家に電話で意見交換する場合のきっかけは朝日の場合が殆どだと指摘している[113]
  • ニュース番組ワイドショー情報番組に出演しているコメンテーターが専門的な知識を持っておらず、いい加減なことを論評しており、そのコメンテーター達の多くは芸能プロダクションと所属契約若しくは業務提携をしている大学教授作家がいる。その立場の人間が、「ウチの事務所は、強いので様々なテレビ局に顔が利く」と自慢げにし[114]、生活の糧にしている[115]。そのため、現行憲法の言い分をベースにしか発言することを実行してると指摘する[116]
  • ジャーナリストの定義に対し、売れる物と言う考え方を示しており、自身が組織に属した経験からフリージャーナリストに対し、大手メディア所属からするとマトモに取扱うことが殆どない[注 40]。また、フリージャーナリストの問題として、大手メディアが自分が取材した記事、映像、音源を買って貰いたいから、横との繋がりで徒党を組んで事の騒ぎを大きくし危険を冒すことがある。「ジャーナリスト」の呼称を使わないように心掛け、「(染まらない、利潤を追求しない)記す者」と意識しているとの見解であった[4]

対北朝鮮外交・拉致問題[編集]

  • 参議院議員当選後所属した北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会について、特別委員会の設置をしているのに拉致問題担当大臣が兼任大臣のため、スケジュールが確保出来ないため開会出来ず、開会出来ても委員会質問で拉致に殆ど関係無い質問をする野党議員がいる状態では、拉致事件解決の逆テーマ(オウンゴール)状態にして相手に余裕を与えている。日本の国会議員がやるべき事すらやれてないから、未だに北朝鮮にナメられていて解決出来る訳が無いと主張[117]


歴史認識[編集]

  • 真珠湾攻撃は、米国によって巻き込まれた陰謀であり、ハル・ノートについてはシカとすべきだったと主張している[118][119]。また、奇襲攻撃と日本の多勢が示しているが、外務省の役人が宣戦布告文書をタイプライターでタイピングするのに時間が掛かり、アメリカ側に伝わるのが遅れたので奇襲攻撃では無いと言う主張をしている。
  • 北方領土返還については、「外交は話半分がセオリーなので2島4島で交渉しても意味が無い。」「また、「知床旅情」の歌詞は嘘で、知床半島国後展望塔から国後島まで26km程で遠く無い[120]。」「また、サハリン(南樺太)ユジノサハリンスクとメディアでもずっとそれだけ言っているが、日本は確かに本当は樺太豊原も含めて樺太の南半分(南樺太)は日本の町でサンフランシスコ講和条約で放棄したとされているが、その条約にソ連つまりロシアは加わっておらず[121]、現在でも日本と有効な条約はポーツマス条約の内容なので、ロシアの不法占拠状態(未決着地)で領土と決まっておらず、交渉のテーブルに千島列島含めて交渉して、初めて4島戻って来る。」と主張している。
  • 慰安婦に関するアメリカ合衆国下院121号決議に反対する意見広告THE FACTS)の賛同人として名を連ねている[122]。2015年12月の日韓合意については反対の立場を取り[123]、安倍にも合意すべきでない旨を伝えた[124]
  • 第1次安倍政権時、河野談話を肯定したことに対し、「村山談話はともかく、河野談話は認める必要があったのか」「アメリカ合衆国下院121号決議採択は、河野談話肯定が致命的な失策だった」と批判した。また、2015年4月29日の両院合同演説の草案作成時には、「今上天皇のお言葉(2003年12月18日のお誕生日に際しての記者会見)をもう一度読んで、内容を見直すべき」と内閣官房の当局者に意見をぶつけていた[125]
  • 731部隊が行ったとされる細菌実験や人体実験については、「その証拠が残っており、動かし難い事実である」との立場である。「中国は「南京大虐殺」の問題に決着が付いた後、次の歴史カードとして731部隊の問題を出してくる」とし、日本は先手を打って731部隊を議題にし、日中共同の歴史研究をもう一度やり直すべきであり、日本に都合の悪い部分も全部出すことによって、初めてカードを封じ込めることができると述べている[126]
当代栗林家当主と握手する青山(左)
  • 硫黄島について、[注 41]「硫黄島の映画を作ったが、"アメリカの立場"と"日本の立場"で作り、日本人俳優の渡辺謙を起用した」とクリント・イーストウッドが答えた場面を見て[注 42]「日本の立場」と言う点に着目し、2006年12月9日、同島に上陸[注 43][注 44][127][128]。上陸以後、2007年5月29日[129]、安倍に対し硫黄島の戦いのレクをして安倍が激高した。この時「間違った呼称である"いおうじま"を止めさせて欲しい」[注 45][注 46]「自衛隊基地の滑走路を引き剥がして、その下に残されている遺骨を収集して欲しい」[注 47][130]の二点を主張していた。[注 48]
  • なお、硫黄島に於いて平成26年から10年計画で約360億円の予算が付き遺骨捜索が始まったが、4年目の平成29年現在、硫黄島滑走路下からは未だに1柱の遺骨も発見されていない[131][132][133]
  • 共同通信社入社の1979年の夏休みに沖縄戦の戦跡を見るため沖縄県に行った際、現地のタクシー運転手の案内で「白梅の塔」を訪れ、塔の裏手へ回り、下部の扉を開くと中に真っ白な人骨がうず高く積まれているのを目にした[134]。その後、白梅同窓会と出会ってから交流を持つようになり、「沖縄には9つの学徒看護隊があるのに係らず、ひめゆりは観光地化されているのに、白梅は沖縄県民ですら忘れている存在なので、白梅の塔を訪問して欲しい」と主張している[135][136]
  • 靖国神社は私的な施設にしておくのではなく、国家護持にすべきと主張し、本殿隣に賊軍として祭られている鎮霊社の英霊も本殿の霊璽簿奉安殿で祀るべきと主張している。
    また、遊就館の展示内容については、「何故、戦争に負けたかと言う理由をフェアに明示べきだ」と主張している[137]

著作[編集]

単著[編集]

共著[編集]

連載コラム[編集]

現在[編集]

  • 『澄哲録片片』(Hanada)、2015年3月 - 2016年3月(月刊WiLL)、2016年4月 -

過去[編集]

参加(出演)番組[編集]

テレビ番組には出ているが、自分の考えを述べているだけで他の出演者と違い演じている訳では無いので、出演と言う言葉を使わない旨の発言をしている[138]

レギュラー参加(出演)[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

不定期参加(出演)[編集]

テレビ[編集]

インターネットストリーミング配信[編集]

ラジオ[編集]

過去の参加(出演)番組[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

単発・不定期番組[編集]

テレビ[編集]
ラジオ[編集]


公職[編集]

有識者委員[編集]

有識者委員及び官庁機関の講義の日当については、どの役所からも受取りを拒否し、無給で務めている事を強調している

講義[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2016年度Sセメスターに学生有志による自主ゼミ(非公式の単位認定が認められないもの)として『知力の再構築』を担当。2016年度Aセメスターは、学生の要望に基づき開講される、主題科目「学生の希望により開設される全学自由研究ゼミナール」(単位認定のされるもの)として『知力の再構築』を担当。2017年度Aセメスターでは、再び非常勤講師に就任し「学生の希望により開設される全学自由研究ゼミナール」を開講。
  2. ^ 青山家の祖先は、結婚式を挙げた港区南青山の青山墓地周辺の沼地で関東武士で強盗団であった。また、怪談『播州皿屋敷』に登場する青山鉄山が先祖と父親から聞かされ、家系図からも確認していることを公言している[4]が、この放送内ではその根拠とされる家系図の公開は確認できず、事実かどうかの判定を下すのは難しい。また、父親は8人兄弟の末弟で、青山が生まれた当時は実家の家業である青山織物株式会社[5]の神戸支店に勤務していたが、上の兄達がアクシデントに見舞われたことで、社長に就任するために会社のある加西郡泉町(現:加西市)へ戻ることになり、青山も家族と共に転居。高校卒業まで同地で過ごした[6]
  3. ^ また、青山が転居前に通っていた日本キリスト改革派教会付属長田幼稚園は、拉致被害者の一人である有本恵子と同じ幼稚園である
  4. ^ 以前から天職と考えた記者になるべく、毎日新聞社から内定を貰っていたが、作家になる方向も考えていたので辞退。しかし、卒業間際に大学の就職課に貼ってあった共同通信社の追加募集の求人票を見つけた女友達(のちの千春夫人)から勧められ、学生課職員に問い合わせ、採用試験を受験し合格
  5. ^ 徳島県警の事件記者を担当。徳島大学病院不正事件等の記事を配信していく。
  6. ^ 新人研修が終わり同期社員が全国に散る前の同年5月25日、港区青山にて妻千春と結婚[12]
  7. ^ 京都府警キャップの任に就く。その後、途中数か月間、宗教記者を担当し、再び、京都府政を担当。
  8. ^ 証券繊維財務金融業界を担当[13]
  9. ^ 首相官邸記者クラブでは第3次中曽根内閣の最後の1年間、竹下内閣の組閣後半年間、中曽根康弘竹下登内閣総理大臣総理番を担当。自民党では三木派、河本派を担当。民社党社民連法務省検察労働省連合防衛庁の担当を歴任。
  10. ^ #週刊文春
  11. ^ 学生時代から物書きを目指していた。
  12. ^ シンクタンクの仕事に加え、メディアへの参加(出演)で、日々のスケジュールが逼迫してしまい、小説を発表してこなかった。
  13. ^ 三菱総研時代の仲間数人と独立して設立。青山は代表取締役社長兼主任研究員に就任。
  14. ^ 経済産業大臣の諮問機関「総合資源エネルギー調査会」の部会である。
  15. ^ 内閣総理大臣の任命による。
  16. ^ 研究者としては主に安全保障・危機管理外交・政治を専門分野とし各所で講演・講義を行っている。専門分野はエネルギー安全保障、危機管理、国家安全保障、国際関係論、国家戦略立案。
  17. ^ 青山は覚悟を示す際にこの麗句を気軽に用いる。しかし、将来に亘って実際に青山が"爪を剥がされても"何かを守り続けるかどうかは断言できない。
  18. ^ 私を脱し、本来の目的に付くと言う意味である。26歳の頃、早稲田大学を卒業してから共同通信へ入社するまでの間のに、自身の体験から考案した造語である。青山はこの銘を著作のサインに書き記したり、自身のPCの天板にも座右の銘のステッカーを貼っている。
  19. ^ (深く淡く生きて死す。即ち≪思い切り自由に、深々と謙虚に、淡々と強靭に、命のまんなかは真実でいよう≫の意)
  20. ^ 新聞、テレビ等で「ジャーナリスト」、「評論家」、「タレント」などと誤って紹介されることが多いため、そのたびにこう訂正している。また、青山自身は共同通信社を退社した時点で記者人生を終え、以下「余生」としている。
  21. ^ 2002年4月に独立総合研究所を設立してから2016年に参院選立候補するまでの自身の第一の肩書である。
  22. ^ 経済学を学び直すため経済学部への転部を希望したものの、当時の慶大には転部制度が無かったため。>
  23. ^ 入社試験の過程で人事課職員に言われたため、何十度もコールバックした。
  24. ^ 当時編集局長原寿雄
  25. ^ 当時の社長は渡辺孟次。「早稲田から慶応への転学なら分かるが、慶応から早稲田の転学は許せない」と再度喧嘩になった。
  26. ^ 休学を経て退学から12年が経過し、「前例が無い」という考えがあった。
  27. ^ 青山の取材で出会っていた関係省庁や国会議員に、「受験を認めない世の中等おかしい」と公憤を主張した。
  28. ^ 大学復学後、世界一周遠洋航海に出た時期に小学生だった息子の子育てをする為、当時の上司に会社の取材用社用車(ハイヤー)を使用お願いをした。
  29. ^ 新党さきがけ担当時に代表幹事だった鳩山由紀夫や、自民党塩川正十郎から打診されたことがある。
  30. ^ 母曰く、「お前ね、政治家の如き汚らわしい職にするために、育てたのではないバカたれ!」と。
  31. ^ ちなみに、誘った政治家に母の言葉をそのまま伝えたらしばらく口を利いてくれなくなった。
  32. ^ 共同通信社から転籍直後の初海外出張時、秘書から通訳を付けるかと尋ねられたが、実務的な議論をする上で通訳を挟むと相手の考えの取り違いをしてしまうことを咄嗟に考えたため。
  33. ^ 「すぐ使える15ヶ国語」というもの
  34. ^ 青山は北京の空港からタクシーに乗った。
  35. ^ 菅直人野田佳彦が所属する民主党からは同様の報道をした日本経済新聞に対し抗議文が出されている[45][46]
  36. ^ 富士スピードウェイ開催の第1、2、5戦のエントリー
  37. ^ 佳織の弟である村治奏一が青山のファンで香織が病気休養中に青山の著作サイン会に参加し、面識を作って以後青山のラジオ番組に兄弟で出演し競演した
  38. ^ 様々なファクターが重なった結果として、2013年10月時点で約87億円が日本海側の調査予算として計上された
  39. ^ 青山は「福島原子力災害」と呼称
  40. ^ イラク戦争従軍時に、大手メディアの特派員、支局が撤収したらフリージャーナリストに委託する
  41. ^ 青山は以前からこの島の存在を知っており特には気に留めていなかった。
  42. ^ ワシントンD.C.へ出張時、ホテル自室でクリント・イーストウッドがインタビューされている番組を視聴した際のことである。
  43. ^ 青山は原則立入り禁止の硫黄島に上陸し自由に1日視察が出来る許可を防衛庁から得た。
  44. ^ この際青山は産経新聞・フジテレビ(フジサンケイグループ)が共同所有していた取材用ジェット機に搭乗した。
  45. ^ 貴方はもうすぐ失脚する。その理由は自民党内から足を引っ張られるからだ。と述べたとされる。
  46. ^ 第1次安倍内閣時に官邸での昼食懇談の席上のことである。
  47. ^ 結果、官邸は予備費から事業費として数十億円を計上した
  48. ^ この後に、前者については安倍政権により日本側の正式名称である「いおうとう」に再統一する指示が出され、2007年9月、国土地理院が硫黄島の呼称を「いおうじま」から「いおうとう」に変更した地図を刊行した
  49. ^ 後に『キュウコク』にて単行本化
  50. ^ ※議員当選し、レギュラー降板。実質準レギュラー扱いで略毎月1回番組参加(出演)
  51. ^ 2013年4月のゴールデンタイム昇格時から、降格以降スペシャル枠、レギュラーの「ゲスト」扱い(番組ナレーションでは準レギュラー扱い)
  52. ^ レギュラー参加降板の流れは
  53. ^ 2012年3月28日までニュースの見方を担当
  54. ^ ※議員当選し、レギュラー降板
  55. ^ 『中西一清スタミナラジオ』からの継続参加(出演)
  56. ^ ※2016年1月15日分収録の際に、女性出演者の生足を見せる演出に不快感を示し、それを続ける限りは不参加と表明
  57. ^ ザ・ボイスのパイロット番組
  58. ^ 2006年から2011年まで
  59. ^ 共同通信社時代から2016年時点まで講師を務めている
  60. ^ 2001年12月からの随時講義で2006年位まで担当
  61. ^ 2016年4月15日 -
  62. ^ 2004年12月の随時講義
  63. ^ 2007年4月に客員教授に就任(現職)

出典[編集]

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外部リンク[編集]