小野寺五典

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日本の旗 日本の政治家
小野寺 五典
おのでら いつのり
Defense Minister Onodera.jpg
生年月日 (1960-05-05) 1960年5月5日(57歳)
出生地 日本の旗 宮城県気仙沼市
出身校 国立東京水産大学水産学部(現:東京海洋大学海洋科学部)
東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了
前職 地方公務員宮城県
東北福祉大学助教授
所属政党 自由民主党岸田派
称号 法学修士
公式サイト 小野寺 五典 公式ホームページ

日本の旗 第17代 防衛大臣
内閣 第3次安倍第3次改造内閣
在任期間 2017年8月3日 - 現職

日本の旗 第12代 防衛大臣
内閣 第2次安倍内閣
在任期間 2012年12月26日 - 2014年9月3日

選挙区 宮城6区
当選回数 6回
在任期間 1997年12月 - 2000年1月20日[1]
2003年11月10日 - 現職
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小野寺 五典(おのでら いつのり、1960年昭和35年)5月5日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、防衛大臣第17代)。旧姓は熊谷[2]

外務大臣政務官第3次小泉内閣)、外務副大臣第1次安倍改造内閣福田康夫内閣)、防衛大臣(第12代)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長自由民主党政務調査会長代理、自由民主党宮城県連会長等を歴任した。

気仙沼市長を務めた小野寺信雄は義父。

来歴[編集]

2014年、ペンタゴンでのヘーゲルとの会談にて
2013年、シンガポールでのヘーゲルと大韓民国国防部長官金寛鎮との会談にて
2014年、シンガポールでのヘーゲルとオーストラリア国防大臣デイビッド・ジョンストンとの会談にて
2017年、米国ワシントンDCにおいて,約3時間15分間にわたり,日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)が開催され,日本側からは,河野太郎外務大臣及び小野寺五典防衛大臣が,米側からは,レックス・ティラソン国務長官及びジェームズ・マティス国防長官がそれぞれ出席

宮城県気仙沼市生まれ。宮城県気仙沼高等学校、国立東京水産大学水産学部海洋環境工学科(現:東京海洋大学海洋科学部)卒業。1983年宮城県庁に入庁し、水産資源の研究に携わった。1990年、宮城県庁を退職し、松下政経塾に入塾(11期生)。1993年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。東北福祉大学専任講師を経て、1996年より同大助教授。

1997年衆議院宮城6区補欠選挙が行われ、小野寺は自由民主党公認で立候補し、初当選した。公職選挙法違反で2000年1月に議員を辞職し[要出典]ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究所客員研究員を経て、学校法人増子学園(東北福祉情報専門学校)理事長、東北福祉大学特任講師を務めた。

公民権が回復された[要出典]2003年第43回衆議院議員総選挙に自民党公認で宮城6区から再び立候補し、民主党前職の大石正光、社会民主党前職の菅野哲雄を破り、当選した。2005年第44回衆議院議員総選挙では、社会民主党公認の菅野哲雄を宮城6区で破り、 3選(菅野も比例復活当選)。選挙後に発足した第3次小泉内閣外務大臣政務官に任命された。2007年第1次安倍改造内閣外務副大臣に任命され、福田康夫内閣でも再任された。

2009年第45回衆議院議員総選挙では、宮城6区で社民党の菅野哲雄に比例復活すら許さず、4選。この総選挙では自民党が大敗し、宮城県内の6選挙区で議席を獲得したのは小野寺ただ1人だった。選挙後、自由民主党宮城県連会長に選出された。同年の2009年自由民主党総裁選挙では一時立候補に向けた準備を行ったものの、中堅・若手の票の分裂を懸念し、最終的には立候補を断念した[3]。総裁選では、自身が所属する宏池会谷垣禎一ではなく、麻生派河野太郎に投票した。翌年10月に設置された自由民主党シャドウ・キャビネットでは、「影の外務大臣」に起用される。

2011年3月11日に発生した東日本大震災では、小野寺の選出選挙区である宮城6区も津波の被害を受け、小野寺の実家や自宅も全壊した[4]

2012年衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長に就任。同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、民主党元職の鎌田さゆりに7万票超の大差をつけ、5選。選挙後に発足した第2次安倍内閣防衛大臣に任命され、初入閣した。第2次安倍改造内閣の発足により退任し、自由民主党政務調査会長代理に就任[5]2014年第47回衆議院議員総選挙では、宮城6区で再び民主党の鎌田さゆりを破り、6選。

2017年8月3日第3次安倍第3次改造内閣において、防衛大臣に再び起用された[6]。防衛大臣については稲田朋美の辞任後、外務大臣(当時)の岸田文雄が兼務していたが、「日報問題」等で揺れる防衛省を立て直すため防衛大臣経験者の起用が検討され[7]、小野寺が選ばれた[8]

政策・主張[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

著書[編集]

  • 「一票の値段-有権者の権利が危ない! 棄権しても政治のツケは払わされる-」三天書房、1996年2月、ISBN 4883460029

論文[編集]

出典[編集]

  1. ^ 衆議院会議録情報 第147回国会 本会議 第1号
  2. ^ “熊谷安統氏死去/小野寺五典自民党衆院議員の実父”. 四国新聞. (2004年9月17日). http://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx/?id=20040917000479 2017年8月4日閲覧。 
  3. ^ “自民総裁選、河野氏が正式表明へ 小野寺氏は出馬断念”. 共同通信. (2009年9月17日). http://archive.fo/7PZ42 2015年6月4日閲覧。 
  4. ^ 第177回国会 予算委員会 第19号(平成23年4月26日(火曜日))
  5. ^ “自民政調代理に小野寺、岩屋両氏”. 産経新聞. (2014年9月5日). http://www.sankei.com/politics/news/140905/plt1409050039-n1.html 2015年6月4日閲覧。 
  6. ^ “防衛相に小野寺五典氏”. 47NEWS(共同通信). (2017年8月4日). http://www.47news.jp/movie/general_politics_economy/post_16781/ 2017年8月10日閲覧。 
  7. ^ “稲田氏、防衛省で離任式 隊員に何語る?”. 日テレNEWS24. (2017年7月31日). http://www.news24.jp/articles/2017/07/31/04368434.html 2017年8月10日閲覧。 
  8. ^ “小野寺氏「職責重み痛感」=防衛省幹部、立て直し期待-内閣改造”. 時事ドットコム(時事通信). (2017年8月3日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2017080301094&g=soc 2017年8月10日閲覧。 
  9. ^ a b c d “2012衆院選 宮城6区 小野寺五典”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A04006001001 2013年1月18日閲覧。 
  10. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  11. ^ “尖閣の中国呼称の削除、グーグルに自民が申し入れ”. 日本経済新聞. (2010年10月13日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS13033_T11C10A0PE8000/ 2015年6月4日閲覧。 
  12. ^ 特定秘密保護法 国会議員の投票行動”. 東京新聞. 2014年12月13日閲覧。
  13. ^ a b c 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年

外部リンク[編集]


公職
先代:
森本敏
岸田文雄
日本の旗 防衛大臣
第12代:2012年 - 2014年
第17代:2017年 -
次代:
江渡聡徳
現職
先代:
岩屋毅
浅野勝人
日本の旗 外務副大臣
木村仁と共同
2007年 - 2008年
次代:
伊藤信太郎
山本一太