長尾立子

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長尾 立子(ながお りつこ、1933年5月1日 - )は日本政治家。日本初の女性局長。元法務大臣(62代)。元参議院議員(1期)。前日本社会事業大学理事長。

来歴・人物[編集]

東京都立江北高等学校東京大学文学部社会学科卒業[1]厚生省年金局年金課長[2]、厚生省年金局企画課長[3]社会保険庁年金保険部長[4]、厚生省児童家庭局長[5]、厚生省社会局[6]などを歴任し、1992年第16回参議院議員通常選挙自由民主党公認で、比例区から立候補するが落選。

女性での、(全省庁における)局長昇進者は初めての事であり、前例はない。

厚生省年金局年金課長時代の1978-1979年に社労族のドン・橋本龍太郎が初入閣で厚生大臣となり、信頼関係が強固となる。

1996年1月発足の第1次橋本内閣法務大臣(女性初)として入閣。同年に内閣が提出した民事訴訟法法案の成立を推進した[7]民間人閣僚の法務大臣就任は、細川内閣三ヶ月章法相以来。同年11月まで務めた。法相在任中は、3人の死刑囚死刑執行を命令した。また同年には、全国社会福祉協議会中央共同募金会全国老人クラブ連合会の会長に就任した。

1997年5月には、嶋崎均の死去により参議院議員に繰り上げ当選したが、翌年の参院選には立候補せず、政界を引退した。引退後は自由民主党党紀委員会委員に就任し、引き続き党務には関わっている。

1999年から2010年まで、日本社会事業大学理事長を務めた[8]。2004年11月、旭日大綬章を受章。

政策[編集]

現在[編集]

その他[編集]

府立第五高等女学校(現:都立富士高校)に入学、新設都立富士高校第4回卒業生同窓会「よんの会」のメンバーでもある。

東大女子卒業生としては5回生である[9]

著書[編集]

  • 『三つの絵 しなやかな福祉社会づくり』ぎょうせい 1991

出典・脚注[編集]

関連項目[編集]

公職
先代:
宮澤弘
日本の旗 法務大臣
第62代:1996年
次代:
松浦功