東京都立富士高等学校・附属中学校

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東京都立富士高等学校・附属中学校
校舎
過去の名称 東京府立第五高等女學校
東京都立第五高等女學校
東京都立第五女子新制高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 東京都の旗 東京都
併合学校 東京都立四谷高等家政女学校
校訓 自主自律
文武両道
設立年月日 1919年12月27日
創立記念日 11月5日
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
分校 高井戸分校(1948年-1950年
(現:東京都立松原高等学校
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 13239A
所在地 164-0013
東京都中野区弥生町五丁目21番1号
公式サイト 東 京 都 立 富 士 高 等 学 校 ・東京都立富士高等学校附属中学校
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東京都立富士高等学校・附属中学校(とうきょうとりつ ふじ こうとうがっこう・ふぞくちゅうがっこう、英称:Tokyo Metropolitan Institute Fuji Senior High School・Junior High School)は、全日制普通科都立高等学校中学校。所在地は東京都中野区弥生町五丁目。通称は「富士高」(ふじこう)。

概観[編集]

1919年大正8年)創立の東京府立第五高等女学校を前身とする都立進学校。「自主自律」「文武両道」の精神を伝統としている。都立高校全盛期は第三学区(中野区杉並区練馬区)において女子最難関であった。

学校群制度時代には、西高校と同群となったことで男子の受験難易度も上昇した。中でも1970年代から1980年代初頭には東京大学合格者数が30 - 40名前後を数え、東大合格者数ランキングでも全国で20位以内に入り、当時都立トップ校であった西と共に「西・富士」として並び称されていた。青山高校国立高校と同様に学校群制度によって進学実績を伸ばした数少ない一校である。学校群制度廃止後は都立高校間の成績別階層化が進み進学実績が低迷したが、近年は進路指導の強化や土曜授業の復活、習熟度別授業の実施などの改革を進め、進学実績、入学倍率共に上昇傾向にある。

2010年平成22年)4月に東京都立富士高等学校附属中学校が開校し、中高一貫校化(中学校併設型)された(後述の「#中高一貫校化」参照)。これに合わせ、高校入試では2010年度より、募集人員を320人(8クラス)から200人(5クラス)に減らし、国語、数学、英語(リスニングを除く)は自校作成問題を出題する[1]

高校は2012年度当時は自由な校風で知られ、制服はない(1960年代後半に生徒から制服廃止の主張があり[2]、1970年度で制服は廃止された[3]。男子・詰襟学生服、女子・セーラー服の制服は現在は標準服となっており、着用の義務はない[4])。頭髪や持ち物の制約も一切ない。しかし2010年に開校した附属中学校では制服の着用が義務づけられ[5][6]、「携帯電話は原則として禁止」される。なお、2013年度高校入学生から制服が義務化され、準制服として夏季の制服に青のワイシャツ、ポロシャツ、男子はチェックのズボン、女子はチェックのスカートが導入された(必須ではない)。2015年度現在では全学年の制服着用が義務付けられている。

剣道部は男子が2006年2007年の2年連続、女子は2002年 - 2007年の6年連続で関東大会に出場、薙刀部はインターハイに2年連続で出場するなど全国レベルにある[7]。剣道部、薙刀部以外にも、男子バレーボール部は関東大会へ2007年初出場、硬式野球部が2007年の夏の甲子園西東京大会でノーシードの都立高校ながらベスト8まで勝ち進むなど好成績を残している。

池澤夏樹津村節子の2人の芥川賞受賞者をはじめ、文芸界の第一線で活躍する多数の著名人を輩出している。文芸部の活動も発行している同人誌が常時200ページ前後を数えるなどレベルが高い。

定時制普通科[8]を併設しており、府立第五高女に起源をもち70年近い伝統を誇っていたが、2010年(平成22年)3月で廃止、定時制の機能は2010年度より荻窪高校へと移行され三部制(午前・午後・夜間)の教育課程を編成する。

教育方針[編集]

高校1年次の英語表現、数Iや2年次の数学Bなどにおいて習熟度別少人数授業を行い、生徒に考えさせる授業を展開している。3年次には科目選択の幅が広がり、かなり自由にカリキュラムを組むことができる。また月に2度、土曜授業を実施し、国語や英語の授業の充実を図っている。家庭学習は1日高校1年生2時間、2年生3時間、3年生4時間以上が目標とされている。自習室や図書室(開館時のみ)が自習スペースとして開放されており、高校1年生から3年生まで自由に使用できる。

進路指導では、卒業生による講演会や懇談会、大学教授による模擬授業などを実施し、生徒の進路意識向上が図られている。

沿革[編集]

第五高等女学校[編集]

  • 1918年11月 - 尾張屋銀行の峯島家4代目故峯島茂兵衛の妻であった峯島喜代が東京府に女子教育の強化を目的とした学校設立計画を働きかけ、資金および土地を東京府に提供[9]
  • 1919年12月27日 - 東京府立第五高等女学校設立認可(修業年限5年、定員500名)
  • 1920年4月18日 - 東京府立第三高等女学校(現駒場高校)校舎を借用し開校。本科第一回生入学式挙行。5月10日、校舎一部落成し移転。5月23日、東京府豊多摩郡淀橋町角筈879(現・新宿区歌舞伎町1-19。現在は新宿東宝ビルが建つ)に校舎落成。周辺には本校の他に大きな建物は大久保病院程度しかなく、シンボル的存在であったという。
  • 同11月5日 開校記念式を挙行し創立記念日とする
  • 1922年10月16日 - 照顔会(生徒会)開始
  • 1924年11月10日 - 『校友』創刊
  • 1925年1月15日 - 第1回生徒会開催
  • 1926年10月19日 - シャム(現タイ)文部大臣ダニー親王来校
  • 1927年4月18日 - 家事専攻科設置(修業年限3ヶ年、定員120名)
  • 1935年11月10日 - 同窓会誌『若竹』創刊[10]
  • 1936年11月18日 - 中野区富士見町9(現在地)に新校地決定
  • 1939年2月13日 - 東京府立第五高等女学校夜学校設置認可
  • 1940年4月1日 - 東京府立第五高等女学校夜学校併置
  • 1941年4月1日 - 東京府立第五高等女学校夜学校を東京府立昭徳女学校に改称
  • 1943年4月1日 - 東京府立昭徳女学校を東京府立第五高等女学校第二部に改称。7月1日、都制実施により東京都立第五高等女学校(第二部は東京都立第五高等女学校第二部)に改称
  • 1945年4月14日 - 戦災により校舎全焼。5月21日、四谷第五国民学校(現新宿区立花園小学校)を仮校舎とし授業再開
  • 1946年4月1日 - 東京都立四谷高等家政女学校(前身は、1916年開校の「東京市四谷区女子実業補習学校」)を統合。4月27日、本科1・2年生および専攻科は四谷第七小学校(現新宿区立花園小学校)。5月15日、四谷第五小学校より四谷第七小学校へ移転
  • 1947年4月1日 - 新制中学発足により1年生募集停止。10月1日、中野区富士見町9で校舎新築起工式

第五女子新制高等学校[編集]

  • 1948年4月1日 - 学制改革により東京都立第五女子新制高等学校と改称。第二部は定時制課程となり、別に高井戸分校(定時制、現都立松原高校)設置。6月19日、新校舎落成。祝賀会挙行

富士高等学校[編集]

  • 1950年1月28日 - 東京都立富士高等学校と改称。4月8日、男女共学開始。9月1日、高井戸分校が独立し東京都立松原高等学校(定時制)と改称
  • 1952年 - 講堂竣工。学区合同選抜制度導入
  • 1955年 - プール竣工
  • 1961年 - 改築校舎竣工
  • 1963年 - 清里寮(山梨県)完成
  • 1967年 - 学校群制度導入、西高校と32群を組む。所在地住居表示変更により中野区弥生町5-21-1となる
  • 1968年 - クラブハウス竣工
  • 1970年 - 体育館竣工。全日制創立50周年、定時制創立30周年記念式典を挙行
  • 1971年 - 制服廃止。講堂老朽のため取り壊し
  • 1980年 - 全日制創立60周年、定時制創立40周年記念式典を挙行
  • 1981年 - 体育館附属室竣工
  • 1982年 - グループ合同選抜制度導入、西・豊多摩武蔵丘鷺宮杉並荻窪永福の各校と31グループに編成される
  • 1988年 - 校庭における文化財発掘調査実施
  • 1990年 - 新校舎竣工・移転。清里寮廃止
  • 1991年 - 外構工事によるグラウンド等が竣工。全日制創立70周年・新校舎竣工記念式典を挙行
  • 1994年 - 単独選抜制度導入。
  • 2001年 - 新体育館竣工・旧体育館解体。全日制創立80周年記念式典を挙行。オムニコート完成附属棟改修
  • 2002年 - 中野地区中高一貫6年制学校(仮称)の設置計画策定(都教委「都立高校改革推進計画・新たな実施計画」)[11]
  • 2006年 - 中野地区中高一貫6年制学校基本計画検討委員会設置
  • 2007年 - 都教委「中野地区中高一貫6年制学校基本計画検討委員会報告書」公表[12]
  • 2008年 - 中野地区中高一貫6年制学校(仮称)開設準備室設置

富士高等学校・附属中学校[編集]

  • 2009年 - 東京都立富士高等学校附属中学校設置[13]
  • 2010年
    • 3月 - 定時制[8]閉課程
    • 4月 - 東京都立富士高等学校附属中学校開校
    • 11月 - 全日制創立90周年記念式典、および附属中学校開校記念式典を挙行
  • 2013年 - 高校に制服再導入

中高一貫校化[編集]

東京都立富士高等学校附属中学校が2010年(平成22年)4月に開校し、中高一貫校化(中学校併設型)された[14]。中高一貫校の学校像は、(1)高い知性と深い教養を目指し、(2)品性と瑞々しい感性を高め、(3)社会のリーダーとして活躍できる能力や資質を育てる学校である[15][16]。中高一貫校では東大に20 - 30人合格させたかつての実績を目指すとともに、大学入学後も伸び続ける「余力を残した生徒」を育てるという[17][18]

附属中学校では制服の着用が義務づけられるなど、高校に比べて校則は厳しく、2013年度からは附属中学校1期生の高校進学にあわせて、高校への制服導入を決めた。

附属中学校では東京都教育委員会の判断により新しい歴史教科書をつくる会扶桑社版歴史教科書が採択されている[19]。森上教育研究所代表の森上展安は「都立中高一貫校は石原慎太郎都知事の意向が強く働いており、私立でいえばオーナー型の経営に近い。教科書といい、学校の運営といい、都教委の権限が強く、母体になる高校も都教委がくみしやすい学校が選ばれている。」と指摘している[20]

基本理念[編集]

  • 育てたい生徒像[15]
    1. 高い知性と教養を身に付け、社会の様々な分野で活躍し貢献できる生徒
    2. 個性豊かで協調性に富むバランスのとれた魅力ある生徒
    3. 志が高く積極的に自ら考え判断し挑戦していく精神をもち、社会でリーダーとして活躍できる生徒[16]
  • 教育目標[15]
    1. 知性を高め、教養を深める
    2. 品性を養い、感性を磨く
    3. 自ら判断し挑戦する精神を高める

入学者選抜[編集]

  • 附属中学校の入試は例年2月3日に行われ、報告書(200点)と適性検査I・II(計800点)の合計点により合格者が決定される[21]。募集人員は120人(男女各60人)である[22]
  • 適性検査のサンプル問題と過去問題は本校サイトで公表されている[23]。適性検査I(300点)では国語と作文の問題が問われ、適性検査II(500点)では企画立案[24]、情報分析、社会(日本史)、理科(生物)、算数の問題が問われている。

クラス編成[編集]

  • 校舎は現校舎を使用し、中学校は各学年3クラス(120人)、高校は各学年5クラス(200人)となる予定[25]。高校からは2クラス(80人)の募集を行う予定(2013年度以降)[25]。クラス数は以下の通りである。
年度 中1 中2 中3 高1 高2 高3 備考
2009年度 - - - 8 8 8
2010年度 3 - - 5 8 8 中学校開校。高校からの募集は5クラスに減。
2011年度 3 3 - 5 5 8
2012年度 3 3 3 5 5 5
2013年度 3 3 3 3+2 5 5 附属中1期生が高校へ進学。高校からの募集は2クラスに減。
2014年度 3 3 3 3+2 3+2 5
2015年度 3 3 3 3+2 3+2 3+2 附属中1期生が高3へ進級(中高一貫校完成)。

教育課程[編集]

(1) 教科学習と最先端科学学習で「知性と教養」を深め、(2) 行事で「品性と感性」を磨き、(3) リーダーシップセミナーで「リーダーシップ」を高める[26]

教科学習[編集]

  • 中高一貫校のカリキュラムは「5教科7科目の国公立大学入試に対応できるようにしたい」と藤井正俊校長は述べている[27]
  • 中高一貫校では英語教育に力を注ぎ、中高一貫校用の検定外教科書である『トレジャー』を使用する[27]。また、多読[28][29]TOEIC・トレーニング[30]、短期集中英語講座(夏季休業中に行われる母語話者による集中授業)[31]、ブリティッシュヒルズ(福島県)宿泊学習(中3)[32]、英文書写も行う[33][26]
  • 附属中学校では学習習慣の定着をねらいとしてノートの取り方、予習の仕方、宿題の点検、確認小テスト、朝追試験、全員参加の放課後スタディ(週2日)[33][34]と個に応じたきめ細かな指導を徹底して行っている[35]
  • 附属中学校では、2010年度は土曜日に15回の授業を行うとともに[34]、夏季休業期間に、基礎基本の定着を図る補習や発展的な学習を取り入れた講習を行っている[25][31]
  • 附属中学校では、習熟度別の展開授業を英語(中2)、数学(中1・中3)で予定している[26][36]
  • 附属中学校では、「学習の内容を深めることを中心におく」ことを主眼に、数学などで高1の分野を取り入れる[17]。高校から入学する生徒に対しては特別授業や補講等を実施し、附属中学校からの進学者との融和を図る[37]

最先端科学学習[編集]

  • 中高一貫校では、横浜国立大学教育人間科学部地球環境課程の松本研究室や東京大学工学部電気電子工学科の日高・熊田研究室との連携を通して、最先端の科学技術の成果を生かした学びを体験する[26][38]
  • 附属中学校では、土曜セミナーを活用して東京電力の施設訪問や科学博物館等の見学を行うことにより、科学に対する興味や関心を総合的に高め、教科学習との相乗効果を深める[33]
  • 中学1年次の八ヶ岳自然体験教室(キープ自然学校に宿泊)では、富士山山麓の清掃活動[39]八ヶ岳中央農業実践大学校での農業体験、国立天文台野辺山の見学を行い、環境や最先端科学への理解を深める[40][41][31]

行事[編集]

  • 中高一貫校では「品性と感性」を磨くため、「旧制府立第五高女」の伝統を継承した毎朝1分間の瞑想や5分間の書写を行うほか[42]、四季折々の行事やミニコンサート(中1:本校多目的ホール)[43]東京都現代美術館見学(中2)、歌舞伎鑑賞教室(中3:国立劇場)、演劇鑑賞教室(高2:外部ホール)を実施する予定である[44][33][26]

リーダーシップセミナー[編集]

  • 社会のリーダーとして活躍できる能力や資質を育てる本校では[15][16]、社会の第一線で活躍する経営者による講演会等を通して、挑戦する意思と困難に負けない力を養う[26][45]

日常の生活[編集]

部活動[編集]

  • 附属中学校では2010年度に、男子バレーボール部、女子バスケットボール部、軟式野球部、サッカー部、アメリカン・フラッグフットボール部、剣道部、薙刀部、硬式テニス部、管弦楽部、合唱部、茶道部、生物部、美術部を開設した[5][31]。これらの部活動は可能な範囲で中高合同に活動している[5][46]。なお中学生の活動日数は週2日(1日1時間)である[5]

校則・制服導入問題[編集]

  • 高校は2012年度現在は自由な校風で知られ、制服はなく、持ち物の制約も一切ないが、附属中学校では制服の着用が義務づけられ[5][6]、携帯電話は原則として禁止されている[5][47]。また、安全面から自転車通学が禁止される[5]。そして附属中学校開校にあわせて高校でも2010年度入学生から式典では標準服を着用することになった。さらに附属中学校1期生が高校に進学する2013年度からの高校への制服導入を決めた。附属中学校開校前から、中高一貫校化することで自由な校風が変わってしまうという見方が出ていた[20][48]

基礎データ[編集]

教育目標[編集]

本校は、生徒一人一人の可能性を発揮させ、「優れた社会の形成者」たる人材の育成に努めている。教育目標は

  • 心身の健全な国民の育成に努める
  • 近代的紳士淑女としての教育に努力する[48]
  • 科学的合理的生活態度を養う
  • 各自の能力を最大限に発揮して社会有用の人材たらしめる

である。

校名の由来[編集]

1949年(昭和24年)春に新制高校の男女共学に基づくナンバースクール (東京都)の廃止に伴い、新校名を答申するよう通知を受けた。学期末休業中であり、生徒の希望を取ることができなかったが、職員会議の結果、所在地の中野区中野富士見町(現・弥生町)に因み、「富士高等学校」という校名でひとまず答申された。その後、新学期早々全校生徒に諮った際には「若竹」「醍醐(第五のもじり)」「富蓉」などの案が出されたが、いずれの案も圧倒的な支持を得るには至らず、年末に「富士」を交えて最終決定のため調査を行ったところ、「富士」を支持するものが多く、1950年(昭和25年)1月28日に正式に東京都立富士高等学校に改名された。

校章の由来[編集]

第五高女時代は旧校歌の歌詞「尾上の桜」「園の若松」に因み、を松葉で囲んだ校章が使われていたが、男女共学化および校名変更をうけ、1949年度より職員・生徒・保護者から募集を行った。しかし、思うような案が出なかったため、全国の学校の校章および日本の紋章を参考に製作されたものの中から10点程度を選び、生徒による投票の結果、現校章に変更された。

家紋の一種である松葉桜に、校名を象徴する富士山をあしらったもので、松には「松の緑の変わらない節操節義の基礎の上に立つ」、桜には「桜花の華やかさ・奥ゆかしさに理想をおく」という願いが込められている。

施設・設備[編集]

敷地面積は23,593m2、校舎面積は16,838m2、校庭は8,462m2。現校舎は前校舎の老朽化を受け、1990年に全面改築されたものである。

  • 校舎 - 上空から見るとアルファベットの「H」のような形をしている。音楽室や美術室の赤い三角屋根や八角倉庫、三角柱の形をした採光窓など全体的にメルヘンチックな意匠になっている。昇降口は「シンデレラ階段」と呼ばれる階段を上がった2階にある。2階に3年生、3階に2年生、4階に1年生のクラスがあり、南側校舎にA組からD組、北側校舎にE組からH組がある。普通教室には冷暖房を完備している。特徴的な施設としては、先代校舎の象徴的な場所で、生徒の憩いの場であった「青空渡り廊下(通称:あおわた)」の伝統を引き継ぐ施設として、普通教室の廊下を挟んだ北側にベランダが設置されている。玄関ホールには、中央にオブジェ、両側に作り付けの木製ベンチ、壁面にレリーフがあるほか、西側の窓の上部に特殊なステンドグラスが設置されており、午後になると南西から日光が差し込み、壁面や床に幻想的な光が差し込む仕掛けになっている。また、AEDも玄関ホール正面に設置されている。ほかには、400m2の広さを持ち、インターネットの利用が可能なパソコンなどを備えた図書室が3階に、茶道の稽古が可能な10畳と12畳の和室が1階に、屋上にアストロ工学製ドームと五藤光学研究所製15センチF15屈折望遠鏡を備えた天文台がある。中庭には校名にちなんで藤棚があるほか、野外ステージがあるものの、富士高祭等イベントでは使用されていない。
  • テニスコート - 以前は現在の体育館の位置にあったが、体育館を現在の位置に移設した際、体育館の跡地に移った。オムニコートが4面ある。
  • 体育館 - 以前は校舎と隣接しており、今のテニスコートの位置にあったが、老朽化に伴い移転・新築され、現在は校庭を挟んで反対側にある。このため体育館に行くには長い渡り廊下を通らなければならなくなっている。
  • 格技棟 - 校舎と渡り廊下で結ばれている。1階には2階まで吹き抜けの剣道場および柔道場、2階に部室・更衣室、3階にプールがある。

アクセス[編集]

東京都立富士高等学校・附属中学校の位置(東京都区部および多摩地域内)
東京都立富士高等学校・附属中学校

電車[編集]

バス[編集]

京王バス渋63・宿45
京王バス中71・宿33
  • 井の頭線 永福町駅より京王バス中71中野駅行、「中野車庫」下車徒歩2分または同駅より京王バス宿33新宿駅西口行、「多田小学校」下車徒歩9分もしくは「南中野地域センター」下車徒歩8分
  • 井の頭線 西永福駅から徒歩3分「西永福」バス停より京王バス中71中野駅行、「中野車庫」下車徒歩2分

「2007年度学校紹介」によると富士高生の6割は自転車で通学しているが[49]、附属中学校では安全面から自転車通学は禁止される[5]。オートバイ通学は1988年(昭和63年)以降全面的に禁止されている[50]

諸活動[編集]

委員会活動[編集]

  • 生徒会役員会 - 生徒総会や新入生歓迎会の運営、生徒会予算の調整と立案、生徒会広報誌の発行、目安箱の管理、週1回の定例会などを行う。生徒会選挙で選出された会長1名、副会長1名、書記2名、渉外1名、会計2名で構成される。
  • 会計監査委員会 - 予算決定時の不正の監視、会計の仕事の補佐などを行う。選挙で選ばれた2名で構成される。
  • 選挙管理委員会 - 生徒会役員選挙の際の候補者の募集、公示、投票、集計、結果発表などを行う。
  • 文化委員会 - 各文化部の部長で構成され、長期休業中の各部活動の予定の取りまとめなどを行う。
  • 体育委員会 - 各運動部の部長で構成され、長期休業中の各部活動の予定の取りまとめなどを行う。
  • HR委員会 - ホームルーム時の進行役、中央委員会の際の出席、集会時のクラスの出席確認などを行う。
  • 体育祭実行委員会 - 体育祭準備時に、種目の決定や、学年ごとに製作するTシャツのデザインの選考などを行う。
  • 文化祭実行委員会 - 文化祭準備などを行う。執行部、必要な物品の貸し出しを行う物品局、校舎内や入場門などの装飾を行う装飾局、食堂を行うクラスへの指示を行う食堂局、ポスターやパンフレットの作成を行うPR局、後夜祭の運営を行う後夜祭局、ごみ箱の設置やごみの処理を行う清掃局、売店の運営を行う売店局、招待試合などのタイムテーブルの作成を行う体育館局に別れて活動する。
  • 合唱祭実行委員会 - 課題曲の選考などを行う。委員長、副委員長、会計係、会場係、進行係、PR係、練習係、審査表彰係に分かれて活動する。
  • 編集広報委員会 - 各クラスや委員会、部活動の紹介などを掲載した機関紙「校友」の制作を行う。
  • 清美委員会 - 各クラスから回収されたゴミの分別や、体育祭、文化祭、合唱祭などの行事の際の美化活動を行う。
  • 保健委員会 - トイレ、手洗い場の石鹸の交換、インフルエンザの調査、保健プリントの作成などを行う。
  • 図書委員会 - 図書館のカウンター当番、蔵書点検、広報誌「ブラリアン」の発行、リクエストされた本の調査購入、読書会の開催などを行う。

部活動[編集]

生徒の加入率は例年90%を超える。

運動部
神宮球場で行われた2007年西東京大会準々決勝のスコアボード
  • 硬式野球部 - 軟式から発展する形で2000年創部。2007年の夏季大会ではノーシードの都立高校ながら準々決勝まで勝ち進み、出場校117校中ベスト8進出を果たした。現在は口ラッパではなく管弦楽部が応援にくる。
  • 剣道部 - 2006年から2007年にかけての男女そろっての2年連続関東大会出場は大会史上初。女子は2002~2008年の7年連続で関東大会に出場、2008年には東京都春季剣道大会兼関東大会予選会において都立高校として32年ぶりに優勝したほかに、東京都代表としてインターハイ出場も果たした[7]
  • 薙刀部 - インターハイの常連であり、関東大会では団体戦で都立高校初の優勝を果たした。
  • 男子バレーボール部 - バレ―推薦を行わないにもかかわらず、2007年、関東大会への初出場を果たす。2008年には第13回夏季都立高校選手権大会において優勝を収めた。
  • 女子バレーボール部
  • 水泳部
  • 陸上競技部
  • サッカー部
  • 男子バスケットボール部
  • 女子バスケットボール部
  • ソフトボール部 - 毎年山中湖で行われる合宿では元アジア大会2位の石川勝教がコーチする。
  • 男子硬式テニス部 - 2016年、杉並・練馬・中野からなる第3学区テニストーナメントでシングルス、ダブルス、総合優勝の三冠を達成する。2017年、東京都高等学校テニス選手権大会、団体の部でベスト32、都立対抗テニス大会団体で156校中準優勝を収めた。
  • 女子硬式テニス部 - 2010年、東京都立高等学校テニス選手権大会で342組中ダブルスベスト4に入り、シングルスでは370組中ベスト16に入った。
  • バドミントン部
  • アメリカンフットボール部 - アメリカンフットボール部は都立高校で7校しかない。チーム名は「都立富士スタリオンズ」。
文化部
天文台
  • 科学探求部 -2015年度より天文部、物理部、化学部、生物部を統合して成立した。
  • 天文班 - 物理部天文班から独立し1961年創部。月に一度の徹夜観測を中心に、機関紙「Canopus」の発行、夏季休業中の合宿、文化祭での自作のピンホール式投影機を用いたプラネタリウムの上映などの活動を行う。校舎5階に部室がある。惑星科学者・井田茂はOB。
  • 物理班 - 創部よりアマチュア無線に取り組んできたが、80年代からパソコンを導入し、89年にはFMシリーズ向けグラフィックソフトでの受賞経験がある。近年はレゴマインドストームを用いた自律型ロボットの製作に取り組む。校舎5階に部室がある。
  • 化学班
  • 生物班
  • 写真部 - 校舎5階の部室にモノクロの現像設備を有する。文化祭では展示を行う。
  • 文芸部 - 機関紙「回転木馬」を年7回、「ゆりもくば」を不定期に発行する。「回転木馬」は200ページ前後を数えることもある。
  • 美術部 - 文化祭での展示のほか、体育祭の入場門の製作などを行う。
  • 放送部 - 昼休みの校内放送のほか、学校行事全般の放送を担当する。
  • 調理部
  • 合唱部
  • 軽音楽部 - 文化祭ではPAを呼んでの本格的なライブを行う。
  • 茶道部
  • 演劇部
  • 管弦楽部
以前存在した部
  • 山岳部
  • 新聞部
  • 将棋部(1989年まで)
  • 園芸部
  • 体操部
  • 男子ハンドボール部
  • 女子ハンドボール部
  • 漫画研究同好会
  • アニメックス
  • 社会科学研究会
  • 落語部
  • 柔道部
  • 地歴部
  • ラグビー部
  • 卓球部
  • 語学部
  • ソフトテニス部

学校行事[編集]

体育祭
本校三大行事の一つ[51]。企画、準備、運営など全てを生徒主体で行う[52]。中高合同(学年対抗)で6月に実施され、2010年度は中1と高1が白組として組み、高2(青組)、高3(赤組)と競い合った[53]。中学生が高校生とともに競い合える種目や、中学生が高校生と一緒に楽しめる種目も取り入れられている[41]。各学年ごとに結成される男子の応援団、女子のチアリーダーもある[52]
2007年度富士高祭の様子
富士祭
本校三大行事の一つで[51]、中高合同で行われる[53]。例年9月中旬の土曜日から日曜日の2日間に渡って開催され、3000人程度が来場する[54]。毎年テーマを決め、各クラスはテーマに沿った企画で行う[52]。例年、劇・お化け屋敷・食堂・縁日を行うクラスが多い[55]。各部活動などの有志団体による展示も行われる[52]。前日に前夜祭、最終日に後夜祭があり、有志のバンド演奏や打ち上げ花火が行われる[52]
合唱祭
本校三大行事の一つ[51]。中高合同で[53]、毎年2月になかのZERO大ホールを使用して行われる[52]。高校3年生は大学受験が近いため参加しない[52]。1クラスにつき課題曲、自由曲の2曲を発表する[56]

事件・事故[編集]

  • 放火事件(1973年9月23日、同年10月26日、1974年9月18日、1975年4月17日)[57][58]
  • 山岳部合宿死亡事故(1976年7月27日)[59]
  • ラグビー部頚椎損傷事故(1992年12月28日)[60]
  • 天窓転落死事故(2001年10月)[61]
  • 暴力団組員拳銃自殺事件(2004年4月8日)
  • 教師による横領事件(2017年6月)

著名な関係者[編集]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 富士高校・入学者選抜 自校作成問題・解答
  2. ^ 「富士高における高校紛争」『創立70周年記念誌』30頁(富士高校創立70周年記念行事・記念誌委員会、1991年)
  3. ^ 『創立70周年記念誌』26頁
  4. ^ 富士高校・標準服
  5. ^ a b c d e f g h 富士高校附属中学校日常の生活
  6. ^ a b 「開設準備室だより」第2号(2008年5月22日) (PDF) には「現在、制服の検討を進めております。従来の標準服を尊重しつつ、新たに情報収集を行いながら、中学生が快適に生活できるような制服を制定したいと考えております。」とあり、「開設準備室だより」第4号(2008年7月29日) (PDF) には「制服につきましては、8月下旬に業者説明会を行う予定です。平成22年開校に向けて大切な制服についても、いよいよ具体化していきます。」とある。都立中高一貫校の母体となった10高校のうち、都立大附属(現桜修館)、富士、大泉小石川北多摩(現立川国際)、武蔵三鷹の7校には制服はなかった。しかし、中高一貫校化後はこの7校すべてが中学生(中等教育学校前期課程生)に制服着用を義務づけている。桜修館では後期課程生(高校生相当)にも制服着用義務があり、大泉では附属中学校1期生が高校に入学する2013年度からは高校でも制服着用となる。
  7. ^ a b 高校の入試では、2005年度から2009年度まで、剣道において都大会ベスト8またはこれに準ずる者が対象の「文化・スポーツ等特別推薦」を実施していた。
  8. ^ a b 富士高校定時制
  9. ^ 尾張屋土地の歩み
  10. ^ 若竹会・会報「若竹」バックナンバー
  11. ^ 都立高校改革推進計画・新たな実施計画の策定について(2002年)
  12. ^ 「中野地区中高一貫6年制学校基本計画検討委員会報告書」(2007年)
  13. ^ 都知事は2009年9月、2010年4月開校予定の都立中4校等の設置を定めた東京都立学校設置条例改正案を都議会へ提出した。共産自治市民'93は反対したが、民主自民公明生活者ネット・みらいの賛成多数で可決された(「都議会だより」284号(2009年)3頁、都議会文教委員会速記録第12号(2009年9月17日)、同第13号(同年9月18日))。同条例は2009年10月に施行され、東京都立富士高等学校附属中学校が設置された(「東京都公報」2009年増刊54号 (PDF) 1~2頁)。
  14. ^ これは都立高校の改革の一環として中高一貫校の設置が計画されたことによるもので(都教委「都立高校改革推進計画・新たな実施計画」)、既存の高校の敷地・設備を利用し、6年制の中等教育学校又は、高等学校に附属の中学校を設置(併設型)するというものである(その外の形態として、中学校と高等学校が各々別々の設置者、別々の学校で、両者が連携して教育を行う方式の「連携型」があり、広尾永山などが対象となっている)。中等教育学校および併設型の「既存の高校」は主に「地域のトップ校又は2番手校」であり、旧第三学区では本校と大泉の2校、他の地域では白鴎、都立大附属(現桜修館中等)、小石川、両国、北多摩(現立川国際中等)、南多摩武蔵三鷹の8校が対象となっている。このほか、九段高校が東京都から千代田区に設置者変更(都立から千代田区立に)の上、九段中等教育学校に改組された。中等教育学校は、三鷹、桜修館、小石川、立川国際、南多摩、九段の6校、併設型が富士、白鴎、両国、武蔵、大泉の5校となっている。
  15. ^ a b c d 富士高校附属中学校あいさつ
  16. ^ a b c 都立中高一貫校は、6年間一貫の継続教育の中で、教養教育を行い、社会の様々な場面、分野において人々の信頼を得てリーダーとなり得る人材を育成していくことを設置のねらいとしている(都教委「中野地区中高一貫6年制学校基本計画検討委員会報告書」2頁(2007年))。
  17. ^ a b 高清水美音子「進学校から地域密着型まで 新設の都立中高一貫4校 それぞれの『傾向と対策』」AERA2009年11月9日号66頁
  18. ^ 都立中高一貫校(全10校)は、進学指導重点校進学指導特別推進校進学指導推進校とともに、進学指導研究協議会を構成し、東京都教育委員会が進学実績の向上に向けた取り組みを進めている(進学指導研究協議会参加校について)。中高一貫校については、都教委が都立学校および東京都公立中学校から教員を公募し(「中高一貫教育校」担当教員公募のお知らせ)、中高一貫教育への理解と指導力のある教員を配置している。
  19. ^ 東京都教育委員会は2009年8月14日、2010年4月開校予定の都立中4校(富士、大泉、南多摩、三鷹)の歴史教科書として新しい歴史教科書をつくる会の扶桑社版教科書を採択した。都立中高一貫校の全10校で同会の歴史教科書が使用されることになる(2010年度使用都立中学校及び都立中等教育学校(前期課程)用教科書等の採択結果東京の中高一貫10校で扶桑社版 「つくる会」の歴史教科書 - 47NEWS 2009年8月14日、東京新聞2009年8月15日朝刊)。
  20. ^ a b 柿崎明子、堤谷孝人「公立中高一貫校『人気の裏側』[中] 私立を脅かす公立の復権」AERA2009年11月9日号66頁
  21. ^ 2011年度東京都立富士高等学校附属中学校募集要項
  22. ^ 2011年度東京都立中等教育学校及び東京都立中学校入学者決定の日程等について
  23. ^ 富士高校附属中学校生徒募集について
  24. ^ 適性検査II・サンプル問題では、小学校移動教室の班のメンバー4人が出したそれぞれの見学コース案から、ふさわしい案を1つ選び、その理由を記述する。本校は「社会でリーダーとして活躍できる生徒」を育てるが、この問題では、選んだ理由をわかりやすく他の班員に説明する能力がリーダーに必須、という学校側の考えが反映されている(若泉敏・高清水美音子『中学受験 公立中高一貫校のすべて―全国96校の傾向と対策』147頁(ダイヤモンド社、2009年))。
  25. ^ a b c 富士高校附属中学校よくある質問
  26. ^ a b c d e f 富士高校附属中学校教育課程
  27. ^ a b 「公立中高一貫校『人気の裏側』[中]」AERA2009年11月9日号65頁
  28. ^ 「開設準備室コラム」第1号(2009年) (PDF)
  29. ^ 富士高校附属中学校「土曜セミナー(英語の多読講演会)」 (PDF)
  30. ^ 中学3年次から高校2年次にはTOEIC Bridgeを受験し、高校3年次にはTOEICを受験する。TOEIC Bridgeは中3で140点、TOEICは700点が目標である(「中野地区中高一貫6年制学校基本計画検討委員会報告書」9、18頁、「開設準備室だより」第22号(2009年1月) (PDF) )。
  31. ^ a b c d 「学校だより」第3号(2010年9月) (PDF)
  32. ^ 「開設準備室だより」第13号(2009年4月) (PDF)
  33. ^ a b c d 「開設準備室だより」第22号(2010年1月)
  34. ^ a b 「学校だより」第1号(2010年6月) (PDF)
  35. ^ 「名誉会長挨拶」若竹38号(2010年) (PDF) 2頁
  36. ^ 都立中高一貫校入試の適性検査は知識ではなく思考のプロセスを問うものであり、「これができれば○点」と明確に線引きができないため、入学後に生徒間の学力格差が大きくなりがちだという(「公立中高一貫校『人気の裏側』[中]」AERA2009年11月9日号65~66頁)。
  37. ^ 「中野地区中高一貫6年制学校基本計画検討委員会報告書」5頁
  38. ^ 中学1年次(2010年度)には総合的な学習の時間において、横浜国立大学教育人間科学部地球環境課程の松本真哉准教授を招き「環境」をテーマとした授業を行う(土曜セミナー横浜国立大学出張授業を行いました)。中学2・3年次には東京大学工学部電気電子工学科の日高邦彦教授(富士高卒業生)、熊田亜紀子准教授が中学校理科「電流とその応用」と関連した授業を行い、東京大学の施設等の見学も行う(「開設準備室だより」第16号(2009年7月)、同第18号(2009年9月)、同第24号(2010年3月))。中学3年次には「進路探究」の一環で、東京大学を訪問し、日高教授の講義を受講する(同第18号)。高校段階では、2009年度まで3年次の「総合化学」で実践している横浜国立大学松本研究室と連携した授業を継続していく(同第22号、進路部通信No.2(2009年4月22日))。
  39. ^ 富士山クラブ 都立富士高校附属中学校清掃活動
  40. ^ 「開設準備室コラム」第2号(2009年11月)
  41. ^ a b 「学校だより」第2号(2010年7月) (PDF)
  42. ^ 「開設準備室コラム」第3号(2009年11月)
  43. ^ 富士高校附属中学校「ミニコンサート本校の多目的ホールで実施しました」
  44. ^ 「開設準備室だより」第18号(2009年9月)
  45. ^ 「附属中学いよいよ生徒募集 平成22年度開校に向けて」若竹37号1頁(2009年)
  46. ^ 「附属中学校がついに開校!」若竹38号3頁(2010年)
  47. ^ 携帯電話の校内での使用が禁止されるのかまたは携帯電話の学校への持ち込みも禁止されるのかは不明である。
  48. ^ a b 「富士高の教育は、真の自由とは何かと問い続け、人が敬意を払いうる自主性を身に付けさせようと努めてきたように思える。それが『紳士淑女としての』という教育目標の言葉になったのであろう。」と1970年代から1990年代に富士高に勤務した教員はこう述べたが(「富士高10年雑感」『創立70周年記念誌』63頁)、この「近代的紳士淑女としての教育に努力する」という教育目標は中高一貫校へは引き継がれなかった。
  49. ^ 富士高校「2007年度学校紹介」 (PDF)
  50. ^ 『創立70周年記念誌』57頁
  51. ^ a b c 富士高校・本校行事の特色
  52. ^ a b c d e f g 富士高校・各行事の紹介
  53. ^ a b c 「附属中学校がついに開校!」若竹38号2頁(2010年)
  54. ^ 富士高校「2009年度学校経営報告」 (PDF)
  55. ^ 第58回「富士祭」パンフレット(2010年) (PDF)
  56. ^ 「学校だより」第8号(2011年2月) (PDF)
  57. ^ 証拠調請求事件(東京地裁決定1974年12月9日刑事裁判月報6巻12号1270頁)、現住建造物等放火・窃盗被告事件(東京地裁判決1975年3月7日判例時報777号21頁、東京高裁判決1978年3月29日判例時報892号29頁)、国家賠償請求事件(東京地裁判決1984年6月29日下級裁判所民事裁判例集35巻5-8号414頁、東京高裁判決1987年12月24日訟務月報35巻9号1683頁)
  58. ^ 参考文献として「冤罪を生む"常識"という偏見─富士高放火事件の孕むもの」展望198号61頁(1975年)、八木晃介「富士高校放火事件─狭山八鹿を繋ぐもの」部落解放81号63頁(1976年)、高橋一穂「犯罪の研究─富士高放火事件」創8巻11号(1978年)、前坂俊之『冤罪と誤判』38、64 - 65、90 - 97頁(田畑書店、1982年)〔『裁判員のための冤罪、誤判の研究』(02)「別件逮捕の恐ろしさ」26頁、 同(03)「警察の科学捜査」42 - 43頁、同(04)「拷問と自白」58 - 62頁に所収〕、『創立60周年記念誌』126 - 130、169、187頁(富士高校創立60周年記念事業実行委員会、1981年)、中務嗣次郎「誤判の実態が提起するもの」和島岩吉編『狭山事件と再審』204頁(解放出版社、1984年)、『創立70周年記念誌』27、98頁、木谷明『刑事裁判の心-事実認定適正化の方策』(法律文化社、新版、2004年)、永野恒雄「都立富士高校放火事件」柿沼昌芳・永野恒雄編著『学校の中の事件と犯罪3 1973〜2005』16頁(批評社、2005年)などがある。「冤罪を生む"常識"という偏見」の著者は元被告人、木谷明は証拠調請求事件および現住建造物等放火事件一審の担当裁判官である。
  59. ^ 『創立60周年記念誌』132頁、「山岳部OB会 組織と会則を整え、恒例登山(?)活動も」若竹37号4頁(2009年)
  60. ^ 東京地裁判決2001年11月14日東京都法務資料41巻2号28頁、毎日新聞2003年7月20日
  61. ^ 事故は隠ぺいによって繰り返される - 杉並の天窓転落事故とプール事故 - JanJanニュース 2008年6月28日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]