東京都立三鷹高等学校

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東京都立三鷹高等学校
MitakaHighSchool.JPG
過去の名称 三鷹町立三鷹新制高等学校
三鷹町立三鷹高等学校
三鷹市立三鷹高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 東京都の旗 東京都
設立年月日 1948年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科(1学年4学級)
学期 3学期制
高校コード 13256A
所在地 181-0004
東京都三鷹市新川六丁目21番21号
外部リンク 公式サイト
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東京都立三鷹高等学校(とうきょうとりつ みたかこうとうがっこう)は、東京都三鷹市新川六丁目に所在していた都立高等学校東京都立三鷹中等教育学校への移行に伴い、2015年3月に閉校した[1]

概要[編集]

1949年に三鷹町立三鷹新制高等学校として開校した都立進学校。1955年に東京都に移管(設置者変更)となった。

学校群制度の下では、都立武蔵高校とともに74群を形成し、都立国分寺高校と共に72群の立川国立に次ぐ多摩地域ナンバー2の難関校であった[2]

定時制課程が併設されていたが、中等教育学校への改組に伴い閉課。全日制課程も2015年3月に閉課した。

  • 校訓は「気力を起こして我が身をためそう」。
  • 目指す学校像は
    • ① 「自主自律」「文武両道」という学校の校風と特色化を踏まえて、豊かな人間性を育成する。
    • ② 「規律ある自由」を確立し、社会的リーダーとしての資質を身に付けながら社会貢献の精神を育成する。
    • ③ 3年間を見通した学習計画の確立を通して、生徒一人一人の進路意欲・態度を育成する。

沿革[編集]

  • 1949年 - 三鷹町立三鷹新制高等学校開校(1月定時制、4月全日制)
  • 1950年 -
    • 三鷹町立三鷹高等学校(1月校名変更)
    • 三鷹市立三鷹高等学校(11月市制施行による校名変更)
  • 1955年 - 東京都へ移管
  • 2009年 - 退職校長が、職員会議での言論の自由を侵害するおそれのある通達を出した東京都教育委員会を相手取り訴訟を提起(2012年1月1審敗訴。控訴中)
  • 2010年 - 定時制課程閉課、東京都立三鷹中等教育学校新設
  • 2014年 - 秋の叙勲において第13代校長・島根岱助が瑞宝小綬章を受章する[3]
  • 2015年 - 卒業式と同日に閉校記念式典挙行、全日制課程閉課

生徒数[編集]

※定時制は2007年度から募集停止、補欠募集のみとなる。2010年3月に閉課。

※全日制は2010年度から募集人数が半分(4クラス)になり、2013年度より募集停止。2015年3月に閉課。

※中等教育学校は2010年度から4クラス分の募集を開始し、2015年度にすべての学年が中等教育学校となった。

立地[編集]

  • 土地 - かつては東八道路開通でなくなった東大グランド(草原)に隣接していた。現在も、深大寺、神代植物公園、都市農業が行われている地域が近辺にある。杏林大学病院に隣接している。
  • アクセス -

環境[編集]

中等教育学校改編に伴い、校舎の大規模改修・工事が始まった。従来からある南棟・中棟・北棟・第一体育館・第二体育館とあった校舎のうち、南棟・中棟・第一体育館を改修し、北棟は改築、第二体育館は位置を変え格技棟となった。 2013年夏までに全て完了。

中高一貫校化[編集]

都立高校の改革の一環として、中高一貫校の設立が計画された。既存の高校の敷地・設備を利用し、6年制の中等教育学校又は、高等学校に附属の中学校を設置(併設型)するというものである。その外の形態として、中学校と高等学校が各々別々の設置者、別々の学校で、両者が連携して教育を行う方式の「連携型」があり、広尾永山などが対象となっている。中等教育学校及び併設型の「既存の高校」は「地域のトップ校又は2番手校」であり、進学指導重点校、進学指導特別推進校、進学指導推進校とともに、進学指導研究協議会を構成し、東京都教育委員会が進学実績の向上に向けた取り組みを進めている。多摩地区では本校と北多摩南多摩武蔵の4校、23区内では白鴎都立大附属(現桜修館)、小石川両国大泉富士の6校が対象となっている。このほか、九段が東京都から千代田区に設置者変更(都立から千代田区立に)の上、中等教育学校に改組された。中等教育学校は、三鷹、桜修館、小石川、北多摩、南多摩、九段の6校、併設型が白鴎、両国、武蔵、富士、大泉の5校となっている。

行事[編集]

  • 「鷹高祭」と称し、体育祭が9月上旬、文化祭が9月下旬に行われていた(ただし2014年度は逆の順)。
    • 体育祭は青団・黄団・赤団・紫団の4つの団の色別で点を競う。
    • 文化祭は2日間行われ、各クラスの展示や発表、販売に加え、生徒会や部活動の発表などもある。最終日にはフィナーレが行われ、有志による発表や打ち上げ花火がある。
    • 2010年度からは中等教育学校開校に伴い、「鷹高祭」を「鷹校祭」に改称した。
  • 6月に行われる合唱祭は、30年以上前から行われていた。私服校のため、衣装は自由曲に合わせて生徒たちが自ら製作するのが一般的となっている。優勝クラスは自由曲をアンコールで歌う。1位から12位まで全てのクラスの順位を発表することが伝統の一つとなっている。
    • 2012年度からは中等教育学校との合同行事となっており、結果は中学、高校の部に分けて発表される。中学の部は学年で優勝・準優勝を出し、高校の部は全学年12クラスを1位から12位まで発表する。また課題曲賞や自由曲賞、指揮者賞、伴奏者賞も別に審査する。

部活動[編集]

サッカー部
女子バレーボール部
  • 1963年に全国大会(インターハイ)で優勝した。その時の監督は、後に全日本女子バレー監督となる山田重雄だった。
陸上競技部
ラグビー部
  • 関東大会に2度の出場経験がある。
書道同好会(現在は書道部)

著名な出身者[編集]

文化
マスコミ
芸能
  • 姫くり(なみえ、ゆず) - お笑いタレント。小峰優子(ゆず)が都立三鷹高校出身
スポーツ
学問
教員

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]