東京都立西高等学校

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東京都立西高等学校
Tokyo Metropolitan Nishi High School.JPG
過去の名称 東京府立第十中學校
東京都立第十中學校
東京都立第十新制高等學校
国公私立の別 公立学校(都立)
設置者 東京都の旗 東京都
併合学校 東京府立第十八中學校
(玉泉中學校)(1946年統合)
設立年月日 1937年1月22日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 13213G
所在地 168-0081
公式サイト 都立西高HP
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正門
昇降口
校舎
西高会館

東京都立西高等学校(とうきょうとりつにしこうとうがっこう)は、東京都杉並区宮前に所在する全日制普通科都立高等学校。府立第十中(1937年)以来、いわゆる都立ナンバースクールの一つであり、特に公立学校としては高い進学実績と入試難易度(学校群制度導入時代もある程度高い実績を残していた)である。

2001年から進学指導重点校東京都教育委員会)に指定されている。

概観[編集]

都立ナンバースクールの府立十中を前身とする。通称「西高(にしこう)」。規模は24学級、生徒数は979名(2014年)である。

戦後の1950 - 60年代のいわゆる都立高校全盛期には、武蔵野台地ベッドタウン化を背景に進学実績も急伸し始め、小石川新宿両国等をはじめ、都立伝統校の日比谷戸山と並び、東京大学合格者数全国最上位校に名に成すようになった。その後、1967年学校群制度導入により受験者が限られ志願者層も変化したこともあり、進学実績は往時ほどには及ばなくなったが、都立高の中では戸山等と共に比較的緩やかな退潮にあった。

2001年に入り進学指導重点校に指定され、2002年から自校作成問題の導入や学区撤廃等の都立高校の諸改革を経て、現在では、公立高校としては日比谷の他に、県立浦和県立千葉等と並び東京大学合格者数の上位を維持している。

なお、高校名は当初「大宮前」をとる予定であったが、地域が狭すぎるので「東京の西」と範囲を広げたのが「西」となった経緯といわれている。またこの由来には、西へ西へというパイオニア精神、西方文化、西方浄土の西をとったという説もある。

沿革[編集]

基礎データ[編集]

所在地[編集]

アクセス[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

  • JR中央線荻窪駅から関東バス「宮前三丁目」行き、「宮前四丁目」下車、徒歩3分
  • JR中央線西荻窪駅から区内バスすぎ丸かえで路線「久我山駅」行き、「西高校西門前」下車
  • JR中央線吉祥寺駅から関東バス「中野駅」行き、「宮前三丁目」下車、徒歩3分

入試および教育[編集]

  • 一般入試に自校作成問題が導入されているが、石原慎太郎都知事辞任直後の2013年、国分寺高校入試での一部問題流用を理由として2014年度から東京都教育委員会がグループ分けに基づくグループ作成問題に変更した。ただし、進学指導重点校などでは一部自校作成問題に差し替えて出題している[1][2]
  • 少人数授業習熟度別授業が行われるなど日々の授業が重視されており、「授業で勝負」を合言葉にしている。土曜日や長期休業中には受験対策講座が数多く開かれるほか、通常授業では扱われない教養講座の充実が大きな特長であり、校外学習講座として博物館史跡名所の見学会が頻繁に実施されている。また、2年次には英語以外の外国語の履修が可能である。敷地に隣接している西高会館を放課後15時から20時まで自習室として開放しており、記念祭後の10月頃から自習室の利用者が急増する。
  • 2017年現在、生徒の6人に1人が帰国子女にあたるが、そうした理由もあってかハーバード大学大学院やマサチューセッツ工科大学で体験授業を実施している[3]

進学実績[編集]

学校群制度施行後も、東大合格者数では戸山等と共に高位安定を保った[4]

諸活動[編集]

毎年、卒業していく3年生が、入れ違いで入学する新入生のために『飛翔』という冊子を発行し続けている。1975年から30年以上にわたって伝統が受け継がれている。『飛翔』には、新入生には不可欠な、学校生活を送る上での基礎知識が盛り込まれており、独自の「飛翔文字」と呼ばれる手書き風のフォントで統一されている。

学校行事[編集]

5月に運動会、6月に夏クラスマッチ、9月に記念祭(文化祭)、3月末に冬クラスマッチが行われる。運動会では生徒は特に応援団に力を入れており赤青黄緑の各団が昼休みや放課後など、1ヶ月近く練習する。クラスマッチとはクラス対抗別の大会で、2週間にわたって行われる。種目はバスケットボールバレーボール卓球サッカードッジボール百人一首、大縄である。最終日には学校の外周を使っての駅伝が行われる。また、校歌の他に学友歌という歌があり、運動会や文化祭などの行事では毎回歌い継がれている。

部活動[編集]

硬式テニス部、バスケ部、ハンドボール部や同校が発祥ともいわれる関東大会常連校であるアメフト部は毎年活躍している。2007年春には吹奏楽部の打楽器パートが東京都代表として全日本アンサンブルコンテストに出場し、金賞に輝いた。打楽器メンバーの大半が高校から始めた初心者であった。

高校関係者と組織[編集]

関連団体[編集]

  • 東京都立西高等学校同窓会

高校関係者一覧[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 東京都 公立高校 グループ作成問題 2014年度 2014年度、自校作成問題からグループ作成問題に変更 Z KAI
  2. ^ 東京都立進学指導重点校への入試対策 SAPIX
  3. ^ 日経出世ナビ
  4. ^ ※参考 東大合格者数(1951年 - 2016年) 出典 『創立70周年記念誌』 左側の数字が現浪、右側が現役合格者数
    1951年 - 64人(現役48人) 1952年学区合同選抜制度導入)- 32人(現役11人) 1953年 - 52人(現役12人) 1954年 - 55人(現役20人) 1955年 - 55人(現役17人) 1956年 - 64人(現役13人) 1957年 - 69人(現役24人) 1958年 - 69人(現役22人) 1959年 - 83人(現役26人) 1960年 - 100人(現役30人) 1961年 - 109人(現役37人) 1962年 - 121人(現役44人) 1963年 - 134人(現役48人) 1964年 - 156人(現役53人) 1965年 - 127人(現役63人) 1966年 - 127人(現役57人) 1967年学校群制度導入、富士高校と32群形成)- 120人(現役46人) 1968年 - 102人(現役35人) 1969年 - 東大紛争により入試中止 1970年 - 100人(現役32人) 1971年 - 81人(現役29人) 1972年 - 80人(現役32人) 1973年 - 81人(現役30人) 1974年 - 57人(現役14人) 1975年 - 42人(現役12人) 1976年 - 47人(現役20人) 1977年 - 53人(現役25人) 1978年 - 57人(現役18人) 1979年 - 45人(現役11人) 1980年 - 37人(現役13人) 1981年 - 46人(現役17人) 1982年グループ合同選抜制度導入)- 30人(現役7人) 1983年 - 33人(現役5人) 1984年 - 36人(現役4人) 1985年 - 26人(現役9人) 1986年 - 36人(現役13人) 1987年 - 35(現役9人) 1988年 - 28人(現役10人) 1989年 - 20人(現役5人) 1990年 - 25人(現役11人) 1991年 - 24人 (現役10人) 1992年 - 18人(現役5人) 1993年 - 31人(現役16人) 1994年単独選抜制度導入)- 18人(現役8人) 1995年 - 21人(現役8人) 1996年 - 12人(現役6人) 1997年 - 8人(現役5人) 1998年 - 13人(現役1人) 1999年 - 12人(現役7人) 2000年 - 22人(現役4人) 2001年(東京都より進学指導重点校に指定される)- 13人(現役9人) 2002年 - 17人(現役8人) 2003年学区制度廃止)- 25人(現役11人)、2004年 - 11人(現役7人) 2005年 - 18人(現役9人) 2006年 - 19人(現役9人) 2007年 - 16人(現役7人) 2008年 - 28人(現役10人) 2009年 - 15人(現役11人) 2010年 - 20人(現役10人) 2011年 - 29人(現役14人) 2012年 - 24人(現役9人) 2013年 - 34人(現役18人) 2014年 - 31人(現役11人) 2015年 - 22人(現役15人) 2016年 - 32人(現役17人)

外部リンク[編集]