河井克行

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日本の旗 日本の政治家
河井 克行
かわい かつゆき
Katsuyuki Kawai.jpg
生年月日 1963年3月11日(53歳)
出生地 日本の旗 広島県広島市安佐南区
出身校 慶應義塾大学法学部政治学科
所属政党 自由民主党(無派閥)
公式サイト 衆議院議員 河井克行 公式サイト

選挙区 広島3区→)
比例中国ブロック→)
(広島3区→)
(比例中国ブロック→)
広島3区
当選回数 6回
在任期間 1996年10月21日 - 2000年6月2日
2003年11月10日 - 現職

選挙区 広島市安佐南区選挙区
当選回数 1回
在任期間 1991年 - 1993年
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河井 克行(かわい かつゆき、1963年3月11日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(6期)、内閣総理大臣補佐官第3次安倍第1次改造内閣)、きさらぎ会幹事長。

法務副大臣第1次安倍改造内閣福田康夫内閣)、外務大臣政務官第2次小泉改造内閣第3次小泉内閣)、衆議院外務委員長広島県議会議員(1期)等を務めた。

略歴[ソースを編集]

  • 昭和38年 広島県生まれ
  • 昭和56年 広島学院高等学校卒業
  • 昭和56年 慶應義塾大学法学部政治学科入学
  • 昭和60年 同大学卒業後、財団法人松下政経塾に第六期生として入塾
  • 昭和63年 米国オハイオ州デイトン市行政管理予算局国際行政研修生
  • 平成 2年 財団法人松下政経塾卒業
  • 平成 3年 広島県議会議員選挙、初当選〔広島市安佐南区〕
  • 平成 8年 衆議院議員総選挙、初当選〔広島県第三区選挙区〕
  • 平成15年 衆議院議員総選挙、二期目当選〔比例中国ブロック〕
  • 平成16年 外務大臣政務官に就任【第二次小泉内閣】
  • 平成17年 衆議院議員総選挙、三期目当選〔広島県第三区選挙区〕
  • 平成17年 外務大臣政務官に再任【第三次小泉内閣】
  • 平成17年 自由民主党国会対策副委員長に就任
  • 平成18年 自由民主党国防部会長に就任
  • 平成19年 法務副大臣に就任【第一次安倍改造内閣】
  • 平成19年 法務副大臣に再任【福田内閣】
  • 平成20年 自由民主党副幹事長に就任
  • 平成21年 衆議院議員総選挙、四期目当選〔比例中国ブロック〕
  • 平成21年 自由民主党国会対策副委員長に就任
  • 平成23年 自由民主党組織運動本部地方組織・議員総局長に就任
  • 平成23年 衆議院外務委員会筆頭理事に選任
  • 平成24年 自由民主党副幹事長に就任
  • 平成24年 衆議院議員総選挙、五期目当選〔広島県第三区選挙区〕
  • 平成24年 衆議院外務委員長に選任
  • 平成25年 自由民主党総務会副会長に就任
  • 平成26年 衆議院議員総選挙、六期目当選〔広島県第三区選挙区〕
  • 平成27年 内閣総理大臣補佐官に就任【第三次安倍改造内閣】[1]


来歴[ソースを編集]

広島県広島市安佐南区生まれ。広島市立安小学校広島学院中学校広島学院高等学校慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1985年、大学を卒業し、松下幸之助が創設した松下政経塾に入塾(第6期生)。同期生に、福井県越前市長の奈良俊幸がいる。1990年、松下政経塾を卒塾し、出身地である広島県に帰郷。

1991年広島県議会議員選挙に広島市安佐南区選挙区から出馬し、初当選した。1993年、県議を1期目の任期途中で辞職し、第40回衆議院議員総選挙旧広島1区から自由民主党公認で出馬するも落選。1996年第41回衆議院議員総選挙広島3区から自民党公認で出馬し、新進党新人の増原義剛らを破り、当選した。2000年第42回衆議院議員総選挙では、前回の選挙で破った無所属増原義剛に敗れ、比例復活もならず落選。増原がその後自民党に入党したため、以後2009年第45回衆議院議員総選挙まではコスタリカ方式が採られ、河井、増原が交互に比例中国ブロック、広島3区から出馬する構図が続く。2003年第43回衆議院議員総選挙では比例中国ブロック単独2位で出馬し、3年ぶりに国政に復帰した。2004年第2次小泉改造内閣外務大臣政務官に任命され、第3次小泉内閣まで務める。

2007年第1次安倍改造内閣法務副大臣に任命され、福田康夫内閣まで務める。2009年第45回衆議院議員総選挙に比例中国ブロック単独3位で出馬し、4選。一方、広島3区から出馬した増原義剛は比例復活も叶わず落選し、2010年に政界引退を表明した。2011年6月、鳩山邦夫を中心に結成された「きさらぎ会」に参加し、同会幹事長を務める[2]

2012年第46回衆議院議員総選挙では、広島3区で民主党前職の橋本博明を比例復活すら許さない大差で破り、5選。選挙後の第182回国会において、衆議院外務委員長に起用された。2014年第47回衆議院議員総選挙では、民主党元職の橋本に前回よりも票差を縮められたものの、橋本に比例復活を許さず、6選。2015年第3次安倍第1次改造内閣内閣総理大臣補佐官(ふるさとづくり推進及び文化外交担当)に任命された。

政策・主張[ソースを編集]

人物[ソースを編集]

  • 2012年9月の自由民主党総裁選挙では安倍晋三を支持し、安倍の推薦人に名を連ねた[7]
  • 妻の河井案里は広島県議会議員であったが、2期目の任期途中である2009年10月、広島県知事選挙に立候補したため自動失職した。国民新党亀井静香らの支援を受けて出馬したものの、湯崎英彦に敗れ、落選。その後、2011年4月の広島県議選で、かつての河井の選出選挙区でもある広島市安佐南区選挙区から出馬してトップ当選し、県政に復帰した。
  • 鳩山邦夫の側近の1人であり、鳩山が設立した派閥横断型の政策グループ「きさらぎ会」や、「有機野菜を食べる会」等の会合に定期的に参加している。

所属団体・議員連盟[ソースを編集]

著書[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]


議会
先代:
中山義活
日本の旗 衆議院外務委員長
2012年 - 2013年
次代:
鈴木俊一
公職
先代:
水野賢一
日本の旗 法務副大臣
第10代:2007年 - 2008年
次代:
佐藤剛男
先代:
松宮勲荒井正吾田中和徳
日本の旗 外務大臣政務官
福島啓史郎小野寺五典と共同

2004年 - 2005年
次代:
山中あき子伊藤信太郎遠山清彦