湯原俊二

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日本の旗 日本の政治家
湯原俊二
ゆはら しゅんじ
生年月日 (1962-11-20) 1962年11月20日(54歳)
出生地 鳥取県米子市彦名町
出身校 早稲田大学
所属政党 民主党→)
民進党
公式サイト 湯原俊二のウェブサイト

選挙区 比例中国ブロック鳥取2区
当選回数 1回
在任期間 2009年 - 2012年

当選回数 4回

当選回数 1回
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湯原 俊二(ゆはら しゅんじ、1962年11月20日 - )は、日本政治家民進党所属。

衆議院議員(1期)、鳥取県議会議員(4期)、米子市議会議員(1期)を歴任。

経歴[編集]

鳥取県米子市彦名町の専業農家に生まれる[1]

米子市立弓ヶ浜中学校鳥取県立米子東高等学校卒業[1]

1986年早稲田大学卒業[1]衆議院議員の事務所に就職する。同事務所を退職。農業に従事しながら28歳で米子市議会議員に初当選[1]。32歳で鳥取県議会議員に初当選、以後4期連続当選[1]

2007年民主党鳥取県連代表代行[1]。民主党鳥取県第2区総支部代表[1]

2009年第45回衆議院議員総選挙に出馬、小選挙区では赤沢亮正に敗れ比例中国ブロックで復活し初当選。

2012年第46回衆議院議員総選挙では再び赤沢に敗れ比例復活出来ず落選。2014年第47回衆議院議員総選挙に出馬も赤沢に敗れ、比例復活出来ず落選。

人物像[編集]

大学卒業後、湯原は相沢英之(元衆議院議員)の事務所の門をたたいた[2]。相沢の秘書時代、自民政治の構造を目の当たりにした湯原は「自民党利益誘導の体質についていけなかった」として約2年で辞め、帰郷して実家で農業に従事した[2]。28歳で米子市議選に初当選[2]。相沢からは「時間がある限り、とにかく歩け」とアドバイスを受けた[2]

政策[編集]

家族[編集]

湯原家[編集]

(鳥取県米子市彦名町
  • 妻、長男、次男

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 前衆議院議員 湯原俊二 オフィシャル ウェブサイト(プロフィール)
  2. ^ a b c d 09衆院選鳥取 系譜と構図 - NetNihonkai - 日本海新聞
  3. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  4. ^ 永住外国人に地方参政権を 立法化目指しシンポ 日本海新聞 [1]
  5. ^ 民主党鳥取県第2区総支部版2012年 秋冬号 号外

関連人物[編集]

外部リンク[編集]