城内実

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日本の旗 日本の政治家
城内 実
きうち みのる
Minoru Kiuchi.jpg
生年月日 1965年4月19日(50歳)
出生地 東京都新宿区
出身校 東京大学教養学部
前職 国家公務員外務省
所属政党 無所属→)
自由民主党→)
(無所属→)
自由民主党(無派閥)
称号 教養学士
公式サイト 城内 実(きうちみのる)オフィシャルサイト

選挙区 静岡7区
当選回数 4回
在任期間 2003年 - 2005年
2009年9月1日[1] -
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城内 実(きうち みのる、1965年昭和40年)4月19日 - )は、日本政治家、元外務官僚自由民主党所属の衆議院議員(4期)、外務副大臣第2次安倍改造内閣第3次安倍内閣)、星槎大学客員教授[2]。元外務大臣政務官第2次安倍内閣)。

警察庁長官(第15代)を務めた城内康光は父[要出典]

来歴[編集]

生い立ち[編集]

東京都新宿区余丁町秋田県雄勝郡出身の母の父が当時会計事務所を構えており、その近くの産婦人科で城内は生まれた[3]本籍地は父・城内康光の実家の静岡県浜松市浅田町だった[3]。城内の出生時、父の康光は広島県警察捜査第二課長を務めており、広島抗争を担当していたため家族に被害が及ばないよう、康光を除き城内家は東京都新宿区に居住していた[3]。1965年から1968年は広島にて過ごす[4]

学歴[編集]

1968年新宿区立淀橋第四小学校付属幼稚園入園[4]。1971年西ドイツゴーテン小学校入学[4]。1975年神戸市立諏訪山小学校編入[4]。1977年港区立檜町小学校編入[4]。1978年横浜市立中田小学校卒[4]開成高等学校東京大学教養学部国際関係論分科卒業。

外務省職員[編集]

大学卒業後、外務省に入省[4]ドイツ語研修を受け、1990年に在ドイツ日本国大使館勤務、1996年には天皇首相ドイツ語通訳官となる。アジア局北東アジア課課員(韓国担当)時代には、大学入試センター試験外国語試験に韓国語を新たに加えるよう、文部科学省に働きかけた[5]2002年に外務省を退官。

政治家として[編集]

2003年11月、第43回衆議院議員総選挙に父親の出身地である静岡7区から無所属で出馬。当時、静岡7区は保守新党熊谷弘党首の選出選挙区であり、表向きの与党候補は熊谷であった[要出典]が、城内は自由民主党静岡県連から支援を受け、熊谷や民主党樋口美智子らを破り初当選。

2005年郵政国会では、安倍晋三の再三の説得にも応じず、郵政民営化法案の採決では首相(当時)の小泉純一郎の出身派閥である森派(清和政策研究会)に所属する国会議員のうち、唯一反対票を投じた[要出典]。そのため、直後の第44回衆議院議員総選挙では自民党の公認を得られず無所属で出馬するが、自民党公認の片山さつきに748票差で敗れ、落選した。選挙後、離党勧告を受けたため自民党を離党。拓殖大学客員教授を務める。

2009年8月、第45回衆議院議員総選挙に静岡7区から再び出馬し、前回敗れた片山や民主党新人の斉木武志を大差で下し、国政に復帰した[1]。なお選挙前、平沼赳夫を中心に平沼グループを立ち上げ、選挙でも平沼の支援を受けた[要出典]

2009年9月15日、平沼赳夫小泉龍司と共に「国益と国民の生活を守る会」を結成した[6]2010年4月10日に結党した、平沼を代表とする政党「たちあがれ日本」には、地元後援会の調整を理由に参加せず、小泉龍司と共に「国益と国民の生活を守る会」に残留(同会会長は小泉が引き継いだ)[7]。同年9月12日、自民党静岡県第7選挙区支部が復党要請を行う方針を固めた[8]

2011年7月、自民党に復党する方向で調整を進めることを自民党との間で合意し、時期と手順を党側に一任。同年12月、「国益と国民の生活を守る会」は解散し、小泉龍司と共に自由民主党・無所属の会に合流。2012年5月18日、自由民主党党紀委員会により城内の復党が承認され、約7年ぶりに自民党に復党。

2012年9月の自由民主党総裁選挙では安倍晋三を支援し、推薦人にも名を連ねた[9]

2012年12月、第46回衆議院議員総選挙に静岡7区から自民党公認で出馬し、斉木らを破り3選[10]。なお、城内が自民党公認で総選挙に出馬するのは、これが初めてであった。選挙後に発足した第2次安倍内閣で、外務大臣政務官に任命された。2013年1月にアルジェリア人質事件が発生した際には、クロアチアを訪問していた城内が急遽予定を変更してアルジェリアに入り、現地と日本政府の連絡調整役を務めた[要出典]

2014年9月4日第2次安倍改造内閣外務副大臣に就任(第3次安倍内閣でも留任)。

2014年12月、第47回衆議院議員総選挙に静岡7区から自民党公認で出馬。若手への応援で本人も不在が多くなる選挙戦であったが、最後まで安定した戦いを続け、民主党新人の松本泰髙らを破り4選を果たした[11][12]

政策・主張[編集]

人物・エピソード[編集]

  • 1950年代のヴィンテージ・オーディオのマニアで、SPレコードのコレクターでもある。ブログで時折こうした話題に触れている[21]。また外交官時代には、ミニコミ誌『月曜評論』誌上に「SPレコード収集家」の肩書で、自身が所有するレコードについての連載を持っていたこともある。
  • 自民党外交部会長を務めていた2013年12月、特定秘密保護法案が成立した際に、国際連合人権高等弁務官ナバネセム・ピレーの「『秘密』の定義が十分明確ではない」という懸念・指摘に対して「なぜこのような事実誤認の発言をしたのか、調べて回答させるべきだ。場合によっては謝罪や罷免(の要求)、分担金の凍結ぐらいやってもいい」と批判した[22]

選挙ポスター騒動[編集]

第45回衆議院議員総選挙を控えた2009年7月に、自身の選挙区内で眞鍋かをりの写真を載せたポスターを掲載。これに対して眞鍋が「無断で使用された」と主張。城内は「事前に承諾を得た」と反論した。

城内は眞鍋のポスターを選挙区内に掲載し、また眞鍋から「心願成就まで禁酒されているそうですが、早く祝杯を挙げられる日が来ることを祈っています」との応援メッセージも届いたと発表した。しかし、ポスターに使用された眞鍋の写真について、眞鍋自身の主張によると、かつて城内と対談した際に撮影されたもので、「何故その写真がポスターになってしまっているのかわからず困惑しています」[23]とのコメントを公表した。

また、眞鍋はこの件において特定の政党・政治家を応援することはありえないとした[23]。城内の選挙対策事務所側は眞鍋の所属事務所に許諾を得たと主張しているが[24]、所属事務所側は「全く聞いていないので、コメントできない」[24]と述べた。なお、ポスターには眞鍋が演説会に出席すると書かれているが、選挙対策事務所は眞鍋に出席要請をしていないことを認めた[24]

また、眞鍋自身は否定しているが、特定政治家の支援者をテレビに出演させることは問題があると判断し、フジテレビジョンは自社の番組において眞鍋の出演を見送る事を決定した[24]。なお、城内のブログは炎上状態となっているとの報道がなされた[25]。城内は抗議を受けた後も「ポスターを撤去するつもりはない」としていた。

その後、眞鍋との対談を仲介した、城内の後援会幹部でイベント会社「オフィスプロペラ」の社長・木村正明が事情を説明、同年6月から後援会と同社との間で城内と眞鍋の2人を起用したポスターの制作の話が持ち上がり、同社が眞鍋の所属事務所から写真の掲載許可を取った上でポスターが作られたが、眞鍋側には正確な意図が伝わっていなかったと謝罪した。また城内側も眞鍋のテレビ出演の見合わせを受け、芸能活動に支障を来すことは本意でないとして、ポスターの撤去と対談の動画の削除を行った[26][27]。これを受け眞鍋の所属事務所アヴィラは公式サイトにおいて、オフィスプロペラ側に対しポスター・インターネット上での眞鍋の写真掲載許可は出しておらず、またオフィスプロペラにポスター使用のために眞鍋の写真を貸与した事実は無いという公式な見解を示した[28]

その後8月下旬、アヴィラの事実上のオーナー・牧野昌哉が脱税容疑で逮捕された際、牧野が事前にポスター掲載を了承していたものの、そのことが眞鍋に伝達されていなかったとする関係者のコメントが報道された[29]

主な出演番組[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

著書[編集]

  • 『政治家の裏事情』 2012/5/11

論文[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 平成21年(2009年)9月1日静岡県選挙管理委員会告示第72号
  2. ^ 共生科学部 教員紹介|星槎大学
  3. ^ a b c ◇ コ ラ ム ◇ 私の半生(その一)« 城内実のとことん信念ブログ』、2008年2月28日
  4. ^ a b c d e f g 城内 実(きうちみのる) オフィシャルサイト(プロフィール)
  5. ^ 在日外国人の地方参政権問題 « 城内実のとことん信念ブログ』、2010年1月13日。
  6. ^ 平沼氏ら3人が衆院新会派を結成nikkansports.com(共同)2009年9月15日
  7. ^ 毎日新聞2010年4月11日配信記事[リンク切れ]
  8. ^ “自民支部、浜松の城内実議員に復党要請へ” (日本語). 読売新聞. (2010年9月14日). http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100914-OYT1T00544.htm 2010年9月15日閲覧。 [リンク切れ]
  9. ^ 自民党総裁選推薦人の一覧 日本経済新聞 2012年9月14日 2014年12月22日閲覧。
  10. ^ 平成24年(2012年)12月18日静岡県選挙管理委員会告示第66号
  11. ^ 「地域に活力を ― 総選挙しずおか 県内の小選挙区・比例東海当選者 ― 7区 城内実さん きめ細かい外交を」 『中日新聞』(中日新聞東海本社) 2014年12月15日朝刊 第11-12版 pp.12-13
  12. ^ 平成26年(2014年)12月16日静岡県選挙管理委員会告示第63号
  13. ^ 2009年衆院選時朝日新聞アンケート回答
  14. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  15. ^ 第174回国会 法務委員会 第7号
  16. ^ オフィシャルサイト
  17. ^ 1/3【討論!】危ない!人権救済法案の行方 桜H24/10/20
  18. ^ 日本の息吹、2008年4月号
  19. ^ 「ネトウヨも真っ青のトンデモ発言…衆院選候補者“極右ヘイト”ランキング(前編)」、リテラ、2014年12月8日
  20. ^ 「戦後70年に向けて:いま靖国から」、毎日新聞、2014年6月14日
  21. ^ 50年代のGEのフォノアンプとカートリッジ城内実ブログ2014年7月6日
  22. ^ 動2013:秘密保護法、きょう成立 首相周辺…維新が賛成しなければ「合意全部ほごと脅せ」 毎日新聞2013年12月6日
  23. ^ a b 眞鍋かをり、城内実氏の選挙援軍報道に困惑産経新聞、2009年7月29日[リンク切れ]
  24. ^ a b c d 眞鍋かをりさん激怒「応援してない!」のに選挙ポスター掲載スポーツ報知、2009年7月30日[リンク切れ]
  25. ^ 城内実氏が眞鍋かをり写真の“勝手使用”に反論「無断使用ではない」。ナリナリドットコム、2009年7月29日。
  26. ^ 「えっ」と思った…眞鍋&城内ポスター撤去で決着,夕刊フジ2009年7月31日
  27. ^ 眞鍋かをり写真使用は無断じゃなかった,デイリースポーツ,2009年8月1日[リンク切れ]
  28. ^ 眞鍋かをりのポスター掲載許可に関して,アヴィラ,2009年8月1日
  29. ^ 逆上・眞鍋かをり 牧野容疑者を訴える!? リアルライブ2009年8月26日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
岸信夫三ツ矢憲生
日本の旗 外務副大臣
中山泰秀と共同

2014年 -
次代:
現職