佐藤剛男

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日本の旗 日本の政治家
佐藤 剛男
さとう たつお
生年月日 (1937-07-16) 1937年7月16日
出生地 福島県福島市
没年月日 (2013-01-23) 2013年1月23日(満75歳没)
出身校 東京大学法学部卒業
前職 中小企業庁小規模企業部部長
所属政党 自由民主党
称号 従三位
旭日大綬章
法学士(東京大学・1961年

日本の旗 内閣総理大臣補佐官
(行政改革推進担当)
内閣 第2次小泉内閣
第2次小泉改造内閣
在任期間 2003年11月20日 - 2004年9月29日

日本の旗 内閣総理大臣補佐官
(行政改革推進担当)
内閣 第1次小泉第2次改造内閣
在任期間 2003年9月25日 - 2003年11月19日

選挙区 旧福島1区→)
福島1区→)
比例東北ブロック
当選回数 5回
在任期間 1993年 - 2009年7月21日
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佐藤 剛男(さとうたつお、1937年7月16日 - 2013年1月23日)は、日本通産官僚政治家弁護士(登録番号:32402)。位階従三位勲等旭日大綬章

衆議院議員(5期)、内閣府副大臣内閣総理大臣補佐官(行政改革推進担当)、法務副大臣などを歴任した。

来歴・人物[編集]

福島県福島市生まれ。近未来政治研究会に所属し、自由民主党の国際局長や衆議院北朝鮮による日本人拉致問題等に関する特別委員会理事などを務めた。

第1次小泉第2次改造内閣にて内閣府副大臣に就任するとともに、内閣総理大臣補佐官(行政改革推進担当)を兼任した。第2次小泉内閣でも内閣府副大臣に再び就任し、内閣総理大臣補佐官(行政改革推進担当)にも再度任命された。その後、内閣改造にともない内閣府副大臣を退任した。また、内閣総理大臣補佐官(行政改革推進担当)は第2次小泉改造内閣が成立したのちに退任した。福田康夫改造内閣では法務副大臣に就任した。

東京電力東北電力消費者金融業界の政治団体全国貸金業政治連盟」(全政連)からパーティー券購入などにより資金提供を受けているとしんぶん赤旗により報道された[1][2]

2013年1月23日に肺炎のため死去[3]。75歳没。

政策[編集]

  • 選択的夫婦別姓制度導入に賛同。「この問題につきましては、私は、自民党の中で、いろいろな意見集約に必要なる需要があればそれにこたえるのが、五%であれ一〇%であれこたえるのが立法の仕事であるだろう、政治家の仕事であるだろうという認識のもとで努力している者の一人でございます。」と述べていた[4]

略歴[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 電力役員 横並び献金 しんぶん赤旗 2002年9月13日
  2. ^ パーティ券リストの面々 しんぶん赤旗 2003年9月12日
  3. ^ 佐藤剛男氏が死去 元衆院議員 日本経済新聞 2013年1月23日閲覧
  4. ^ 第154回国会 法務委員会 第2号 平成十四年二月二十七日
  5. ^ http://www.jiji.com/jc/zc?k=201302/2013021500368&g=pol

関連項目[編集]

議会
先代:
松下忠洋
日本の旗 衆議院内閣委員長
2005年 - 2006年
次代:
河本三郎
公職
先代:
河井克行
日本の旗 法務副大臣
第11代:2008年 - 2009年
次代:
加藤公一
先代:
伊藤達也
根本匠
米田建三
日本の旗 内閣府副大臣
伊藤達也中島真人と共同
2003年 - 2004年
次代:
七条明
西川公也
林田彪