山本明彦

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山本 明彦
やまもと あきひこ
生年月日 (1947-04-01) 1947年4月1日(71歳)
出生地 愛知県宝飯郡一宮町(現・豊川市
出身校 名古屋大学工学部建築学科
前職 会社社長
愛知県議会議員
所属政党 自由民主党細田派
称号 工学士
旭日重光章2017年
親族 義父・山本寛開(愛知県議会議員)

選挙区 愛知15区
当選回数 3回
在任期間 2000年6月25日 - 2009年7月21日

選挙区 豊橋市選挙区
当選回数 3回
在任期間 1987年4月30日 - 1999年4月29日
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山本 明彦(やまもと あきひこ、1947年4月1日 - )は、日本政治家。元自由民主党所属の衆議院議員(3期)。

財政政策金融政策に詳しく、経済産業大臣政務官第2次小泉改造内閣)、自由民主党金融専任部会長・財務金融部会長内閣府副大臣金融行政改革公務員制度改革拉致問題等担当)(第1次安倍改造内閣福田康夫内閣)、愛知県議会議員などを歴任した。義祖父・山本一二は豊橋市議会議長・愛知県議会議員。義父・山本寛開は愛知県議会議員。

経歴[編集]

愛知県宝飯郡一宮町(現・豊川市)出身。愛知県立時習館高等学校卒業。1969年3月、名古屋大学工学部建築学科卒業。同年4月、株式会社フジタに就職。一級建築士などの資格を持つ。建設会社社長、自動車学校社長、豊橋青年会議所理事長、日本青年会議所長期政策会議議長などを務めた[1]

義祖父・義父の跡を継ぎ、1987年、愛知県議会議員に初当選。以降県議を3期務める。

2000年6月、村田敬次郎から地盤を引継ぎ、衆議院議員選挙に愛知15区から立候補し初当選。以降引退まで連続当選3回。第2次小泉改造内閣経済産業大臣政務官。その後、自民党金融専任部会長、自民党財務金融部会長、衆議院財務金融委員会筆頭理事。第1次安倍改造内閣・福田内閣では内閣府副大臣金融行政改革公務員制度改革拉致問題等担当)を務め、麻生内閣では自民党財務金融部会長代理・自民党住宅土地調査会事務局長。

2009年第45回衆議院議員総選挙では民主党森本和義に敗れ、重複立候補していた比例東海ブロックでも復活できず落選。2010年9月21日、政界引退を表明。

2017年4月29日付の春の叙勲で、旭日重光章を受章[2]

主な活動[編集]

衆議院初当選後は、一貫して大蔵・財務金融委員会に所属。現在は「まずは景気回復」を旗頭に財政・金融畑を歩く。他にも農政・教育・社会保障・インフラ整備等をライフワークに議員活動を続けた。

国会議員の中でも建築の教育をうけて専門資格も持ち、「耐震偽装問題(構造計算書偽造問題)」での対応・対策議論では現場出身者として中心的役割を果たしてきた。党住宅土地調査会事務局長としては「住宅ローン減税」の旗振り役として景気対策に力を注いだ。

選択的夫婦別姓制度導入にも賛同し[3]例外的に夫婦の別姓を実現させる会にも参加した。

所属していた団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 経済産業大臣政務官 山本明彦首相官邸ホームページ
  2. ^ 読売新聞 2017年4月29日 13面
  3. ^ 野田聖子「選択的夫婦別姓制度」2001年11月6日
公職
先代:
平沢勝栄大村秀章林芳正
日本の旗 内閣府副大臣
木村勉中川義雄と共同
2007年 - 2008年
次代:
増原義剛宮沢洋一谷本龍哉